春の街 やっぱり怒られた
「よぉ。おかえり。楽しかったか……?」
街から大慌てで戻ってきた私を迎えたのは、この世の終わりのような顔をした
幼馴染でした。
侯爵と共に屋敷の前に立ちはだかるイクスの顔はおよそ王子様がしていいような
表情ではなく、昔から一緒に過ごしてきた私にとっては、恐怖の象徴だった。
「た、ただいま……。えっと、イクスもおかえり?」
「…………おかえり?っじゃねーだろ‼ばーーーーか‼」
「ひぃ!ごめんなさい!」
つかつかと近づいてきたイクスに思いっきり拳骨をお見舞いされ涙目の私は、
ずるずると邸の中に引きずり込まれたのでした。
「それで……、聖女様におかれましては今までどちらに?」
侯爵と共に連れてこられた食堂で夕食を食べながら、イクスにこんこんと叱られていた私は侯爵の質問にナイス!と思いながらここぞとばかりに街で聞いた噂について話し出した。
「えと……。街に行って買い物をしていたんですけど、
そこで気になる噂を教えていただいて。」
「気になる噂……ですか?」
「買いっ……もの⁉一人で?聖女が……?」と隣でさらに怒気が強くなった気が
したが、全力で気にしないふりをしながらみんなに見えるように指輪を置いた。
「はい。そこで買ったものが、この指輪なんですけど……。」
そういって出した指輪を見た途端、その場にいた全員が目を見張った。
「これを、街で買ったのですか?いったい誰に……?」
「……これは……。」
先ほどまで怒り狂っていた幼馴染も指輪の存在感に目を奪われている。
侯爵に至ってはこれを街で手に入れたなどと信じられないといった眼差しで
こちらを見ていた。
「私もお店で見つけたときは驚きました。それから、この指輪を見つけたときに教えていただいた噂があるのですが……。」
それから、先代聖女と共にいた魔術師が作ったものであること。魔力を持つものが今まで店に訪れなかったために誰にも売られずにいたことなどを二人に話した。
「……先代聖女に関係する指輪が、街の店に?そんな馬鹿な……。」
にわかには信じられないと、首をふるイクスはそれでも完全に嘘だとは言い切れない顔をしていた。それもそのはず。たしかに疑問は数多く浮かぶが、この指輪を
目にすればその魔力が真実だと思わせられる。
「その店は、街のどこにあるか教えていただけますか?これが最初からそこに
あったのか、それとも誰かから仕入れたものか。
少なくともそこの事実確認はしたほうがいいでしょう。」
「たしかに。いわれてみれば、先代聖女様に関係するという噂を知っていながら
どうして今まで聖殿に届け出なかったのか。
ただの噂と信じていなかったにしても、確認はするべきだ。」
そういわれれば、たしかに。なぜそんな簡単な疑問も浮かばなかったのか。
それほどまでに浮かれていたのかと自分が信じられない。
指輪を見た瞬間イクスに知らせなければと考えたのならば、どうやって手に入れたのかを尋ねるべきだったはずだ。その場所にあるのがおかしいと思ったのに。
「まぁ。今日はもう夜も更けてきています。詳しい調査は明日にしてひとまず
ここまでとしませんか?聖女様もなれない場所でお疲れでしょう。」
「……そうですね。まぁ抜け出した件については後でしっかり叱るとして。
指輪についてはまた明日に、詳しく聞きこうか。」
侯爵の提案に甘えようと今夜はここまでとお開きになり、部屋に戻った私は一度は逃げられたと思った幼馴染のお説教を受けながら眠りについた。
さっきまで浮かんでいた疑問もなぜか忘れていたことを知らないまま。