春の街 先代の指輪?
侯爵邸を抜け出してやってきた街は、まだ明るいというのもあってたくさんの人で賑わっていた。
赤や黄色、ピンクといった色とりどりの建物の前に、屋台が並び立っている。
すぐ近くにあるのは食べ物を扱っているのか、香ばしいいい匂いが漂ってきた。
「すごい……!こんなにたくさんの人たちがいるなんて!お店もたくさん……。
うわーー!どこから行こう!」
見たこともない奇妙な形をした置物に、不思議な音を出しながら踊るぬいぐるみ。
キラキラ光る鉱石でできたアクセサリーなど、物珍しい商品が見回す限りあちこちに並んでいる。
「お嬢ちゃん。この街に来るのは初めてかい?ここにある物はどれも一級品だよ。
もし気に入ったものがあれば、一つおまけしてやるよ。」
近くにいたがっしりとした体形の店主にあれはこういう物で、これはと教えて
もらっているとその中で一つ目を引く指輪があるのに気付いた。
「ねぇねぇ店主さん。あそこにある、あの指輪はなに?なんだか普通の指輪とは
違うみたいだけど……。」
「おっ!目ざといねぇ。あれは軌跡の指輪と言って、先代の聖女様に仕えた魔術師が作ったといわれているんだ。なんでも身に着けているだけで魔力が増幅、怪我もたちまち治るとの噂だぜ。」
「へぇ……。そんなにすごい指輪があったなんて……。」
「まぁ。そんな噂があるってだけで、本物かどうかは実際使ってみないとわからねぇ。魔力を持たない俺たちから見ればただの指輪だ。こんな平民の店に魔力持ち
なんてそうそう訪れねぇし。もし気に入ったんなら、安く売ってやるぜ。」
近くで見て見れば、たしかにとても満ちた魔力を感じる。ここまで精巧な物は
かなりの魔術の使い手でなければ作れないだろう。けれどもし、本当に先代聖女に関係するものならば、なぜ普通の店で商品として売られているのだろうか?
本来であれば旅を終えたときにすべて聖殿へと納めなければならないはずだ。
(偽物とは思えないけど……、でもおかしいわよね?)
どちらにせよ、一度幼馴染に確認したほうがよさそうだ。本物だった場合、
原因を探らなくてはならない。
(それに……。先代聖女ってたしか……。)
「お嬢ちゃん?どうする?買ってくかい?」
「あっ!ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって。……そうですね。
やっぱり気になるのでこの指輪売っていただけますか?」
「あいよ。こんなもんでよけりゃ持って行ってくれ。このままここにあったって、宝の持ち腐れになっちまうからな。」
おまけにと気になっていたぬいぐるみも貰い、店を出た時にはすっかり暗くなっていたことに気づいた私は、まずいと思いながら大慌てで侯爵邸へ戻ることにした。