第3章 月曜日のヒミツ
月曜日の朝、電車はいつものように混み合っている。乗客たちは車両に押し合いながら、それぞれの考えに沈んだり、スマートフォンに夢中になったりしている。僕は吊り革に掴まりながら、半分閉じた目で立っている。先週は「ウィスパリングハーツ」プロジェクトで忙しく、疲労がたまっていて、眠気に勝てない。
突然、優しい声が僕を呼んだ。
「佐藤さん? 佐藤さーん!」
顔を上げると、目の前にハルカが立っていた。ツインテールの女子高生、ハルカだ。彼女の茶色い髪がふわりと揺れ、少しだけ僕に近づいてくる。その瞳には心配の色が浮かんでいる。
「えっ、あ…ハルカ?」
「佐藤さん、めっちゃ疲れてる顔してるよ? 大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。ただ最近ちょっと仕事が忙しくてね…」
ハルカは同情するような、でも少し気まずそうな顔で僕をじっと見つめる。
「もしかして、昇進とかしたんですか?」
僕は軽くため息をつく。
「うん、そうなんだ。新しいプロジェクトのリーダーになってね、責任も増えて、仕事も多くて…」
ハルカは頷きながら、真剣な目で僕を見つめ続ける。
「佐藤さん、本当にお疲れみたいですね…もしよかったら、隣に座りますか? それで、眠かったら、私の肩に頭を乗せてもいいですよ?」
「えっ⁉」思わず声が大きくなってしまった。「い、いや、それはさすがに…ちょっと変だし、なんか気まずくならない?」
ハルカはクスッと笑いながら、僕の戸惑いを察しているようだ。
「大丈夫ですよ! 今日、私だけ早く学校に行かなきゃいけなくて、だから毎週月曜日は、佐藤さんと私だけの時間ですから!」
彼女はいたずらっぽく指を口元に当て、ヒミツを守る仕草を見せる。
「ふふ、これ、私たちのヒミツですね?」
「えっ、そ、そうかもね…でも、ありがとう。なんとか頑張って起きてるよ…」
ハルカは可愛らしく首を傾げて、ツインテールが揺れる。
「気にしないでください! お手伝いできるのが嬉しいです!」
そのまましばらく、僕たちは黙って過ごす。彼女は窓の外を見つめ、僕は心の中の疲れと混乱した感情を整理しようとしている。電車は揺れながら進んでいき、その中で僕は、彼女の存在とその心遣いに少しだけ心が安らぐのを感じる。
やがて、ハルカが降りる駅が近づく。彼女は立ち上がり、僕に向かって明るい笑顔を見せた。
「それじゃ、また来週の月曜日にね、佐藤さん!」
僕は少し恥ずかしそうに笑い返しながら、彼女が電車を降りるのを見送る。彼女がいなくなると、不意に訪れる空虚感と、同時に何とも言えない温かさが心に残る。ドアが閉まり、彼女が去った後、僕は考え込んだまま立ち尽くす。感謝と困惑が入り混じった感情が、心の中でじんわりと広がっていく。
電車が再び走り出し、僕は物思いにふける。ハルカの優しさと彼女の申し出が、心のどこかに引っかかり、理解しきれない感情が湧き上がってくる。オフィスに向かう道中、これからの月曜日の朝が僕にとってどんな意味を持つのか、この新しいつながりがどこに向かうのかを考えてしまう。
仕事の一日は、会議やタスクであっという間に過ぎていくが、思考は何度もハルカと「ヒミツ」に戻ってしまう。