中学一年生の時の冒険 その7
「紋章を持っている人っているの?」
アンリが淡々と聞いてきた。
高貴な知性を感じさせる物言いだった。
「いないよ。」
もちろん俺のいた世界にはそういった人はいない。
「タトゥー入れてる人ならいるけど。」
「タトゥーってあれか。体に模様刻み込む。そういう部族もいるわね。」
ヴェリスは頷いている。
「健太くんのいた世界は辺境なのかしら。」
そういう訳では無いが、アンリにそれを言うと議論になりそうなので、何も言わなかった。
「じゃあ、紋章なしでどうやって才能ある人を見つけるの?」
「ヴェリスさん、僕の国では才能ある人は探すんじゃなくて手を上げてもらうんです。手を上げた人の中から才能があって努力出来る人がすごい人物になるんです。」
「それじゃあ埋もれてしまう人が大勢出てしまうわ。」
「それが何とかなるもんなんですよ。」
俺が笑みを浮かべて言うとヴェリスは納得のいかない顔をしていた。
「経済状況はどうなの?」
ヴェリスが頭の硬い言葉を使うので面くらった。
でも、言いたいことは分かるので話した。
「他の国では食べるのに困っているところもあるけど、自分のところは餓死することはないです。」
こういうことだろうと話した。
そこにユーナ姫が口を挟んだ。
「初めて会った時も健康そうだったし、紋章人がいないからって貧しい訳ではないのね。」
「よく出来た世界のようだね。」
アンリは納得しているようだった。
ヴェリスはまだ唸っている。
「ねぇ、健太の世界の学生の間では何が流行ってるの?」
「僕の周りだと動画とかゲームです。」
ユーナ姫が前々から聞いてみたかったようで、身を乗り出すように聞いてきた。
「ゲームってカードとか?」
「いえ、なんというか、機械で動くおもちゃですよ。」
「そんな物があるの。」
ヴェリスは興味深そうだ。
この世界にはゲームってなかったなと思った。
自分は流行りのゲームをやるくらいだから無くても良いが、クラスメイトの松原とかは発狂するだろうなと思う。
動画についても話すとそれに似た魔法を使う人がいると話題になった。
報告書代わりに映像を出すらしい。
あまり役に立つようでもないので、王国での評価は低いそうだ。
その後も色々と俺の世界について談笑した。
昼休みが終わる頃、ヴェリスとアンリは職員室に用事があると先に食堂を出て行った。
残った俺とユーナ姫はお茶を飲みながら落ち着いていた。
「中々騒がしい人たちだったでしょ。」
お茶を一口、口に含んでいた俺は喉に流しながら考えて言った。
「楽しい賑やかなコンビでしたね。」
「明るさが取り柄の二人だから。一緒にいると楽で楽しいのよね。」
それはユーナ姫にはとても良いことな気がした。
楽だということは安心してるということだ。
人に見られ人から期待される一国のお姫さまには良い友人だ。
気付いたら食堂から人はほとんどいなくなり、午後の空気が漂い始めていた。
それを感じとり、ユーナ姫に教室に戻りましょうと言った。
姫さまは温かい笑顔でそうしましょうと言った。
午後の授業は辛い辛い歴史の授業だ。
元々、縁もゆかりも無い世界の歴史など興味を持てるわけがない。
念仏のような先生の口から流れ出るこの世界の成り立ちを聴くのに耐えた。
外からは魔法の授業だろうか呪文名を唱えるようや声が聞こえる。
自分としては何の意味があるかわからない話を聴くよりも、体を動かす体育をやりたい。
サッカーしたいなとふと思う。
少々、センチメンタルな気分になっていると、先生に指された。
「健太くん、君にはこの国の制度はどう映るかい。」
そんなこと急に言われてもわからない。
話聞いてなかったので、わからない。
聞いたところでわからない。
とりあえず誉めておこうと考えた。
「素晴らしい制度で羨ましいです。」
「そうだろそうだろ。我が国は...」
国の話が始まった。
ただ、自分はこの国をこんなにも知って愛しているんだと言いたいだけだろう。
そんな自慢話には付き合ってられない。
早く終われと念じていた。
雲が出できて室内を暗くした。
まるで、自分の今の気持ちを代弁してくれているかのように。
授業が終わり帰ることにした。
ユーナ姫は生徒会に用があるとのことだった。
色々やる事があるのだろう。
ご苦労さまです。
帰り際に先生から感想聞かれ、記憶に残らないような事を言った。
早く帰りたかったのだ。
ユーナ姫のいない放課後の学校などいない方が良い。
ほら、校庭で青春している声が聴こえる。
こうして緊張と新しい日々の初日の一日が終わった。
次の日も何事もなく授業を受けていた。
しかし、平穏とは長くは続かないものだ。
それは3時間目の授業のことだった。
「佐藤健太という奴はいるか?」
突如、教室にやってきた、そのおそらく上級生の男は俺の名前を言った。
黙ってることにした。
しかし、すぐに座ってる場所はバレた。
みんなの視線が真っ直ぐこちらに向かってきたからだ。
その男は俺の前に来た。
背は高く、髪は首の辺りまで伸びた銀髪、顔つきは貴族然としたイケメンで、たぶんモテる。
こんなのに目をつけられた日にはもう学校に来れなくなると思った。
教室は妙な緊張感が漂う。
先生も固唾を飲んで見守っている。
いや、止めろよ。
今、授業中だぞ。
授業妨害じゃないのか?
そう思ったが、無駄なようだった。
男は俺を睨みつけていた。
「ちょっと、ロバート。あまり健太を怖がらせないで。」
そこに割って入ったのはユーナ姫だった。
流石はユーナ姫。
他の生徒、教師と違い、毅然としている。
一国の姫様に言われたらこいつも引き下がるだろう。
しかし、ロバートとかいう男は恭しくユーナ姫のお辞儀した。
「これはユーナ姫、ご機嫌麗しゅうございます。今日も美しく気高き心を感じます。」
「何をしに来たの?今、授業中よ。」
そうだそうだ。
今は授業中だぞ。
帰った帰った。
俺は心の中でそう念じた。
しかし、無情にもロバートやらは薄ら笑い浮かべていた。
変える気ないなこいつと思った。
たぶん、自分の正義に酔いしれているのだろう。
「私は畏れ多くも姫様の右腕を自称しているものがいると聞き及びどのような顔か見に来たのです。」
自称じゃなくて他称なんだよな。
面倒な絡み方してくる。
「健太は勝手に名乗ってるんじゃない。腕にあるその紋章が王家を支える黒の紋章だからよ。」
「本当にその黒の紋章なのですか?偽物ではないのですか?」
そうです、マジックで書いたやつです。
「本当に伝承通りの存在なのか確かめなくてはいけません。」
へっ?
「私、ロバート・スタルスフォイは佐藤健太に決闘を申し込む。」
いや待てよ。
なぜそうなる。
戸惑っているとヴェリスが耳打ちしてきた。
「ロバートの家って、紋章人が多くたまたま出ているからって、名門気取りなのよ。」
アンリも来た。
「そんなんだからロバートは年の近い自分こそユーナ姫の側近に相応しいと思ってるのよ。」
なるほど一族総出で自惚れてたら、こんな迷惑なのが育つな。
そう思うと何とも言えない気持ちの悪さが、腹の底から上がって来る。
目を逸らしたいけど、そういう訳にはいかない。
困った感覚だ。
とにかく決闘は断ろう。
「申し訳ないけど、決闘はちょっと。」
「ほう断るのか。」
勝ち誇った顔でロバートは口角を上げた。
心の底から馬鹿にしている。
そんな顔だ。
不愉快極まりないが、ここはぐっと湧き上がる毒を浄化しよう。
水でとにかく薄めるように。
「なら、貴様は御役御免だな。姫様、このような腰抜けは不要。明日からは、いや今から私が側近として手となり足となります。」
「それは四六時中ついて回るということ?」
ユーナ姫は眉間にシワを寄せ、片方の眉毛をピクピクさせた。
それはもう堪えてますよが、全開に感じられるほどに。
それに気づいてないのか、むしろ、期待されていると思ったのか、ロバートは恭しく頭を下げながらこう言った。
「ついて回るのではなく、身を挺して姫様をずっとお守りするのです。」
いるよな女の人にしつこくつきまとって愛情表現するやつ。
ユーナ姫は何かを決意したように目を見開いた。
そして、言った。
「我が側近の健太に命じます。」
「はい。」
「ロバートと決闘して勝利しなさい。決して私に恥ずかしい日々を送らせないように。」
こうなったか。
ユーナ姫に命じられたら、断れない。
この国唯一の高貴な家柄の王家の跡取り娘の命令。
この国で過ごすなら絶対に拒否出来ない。
それぐらいは分かっている。
一応、抵抗してみる。
「しかし、ユーナ姫。私は魔法の授業もろくに受けておりません。公平とは言い難いです。」
我ながら合理的な理由を言ったと思う。
実際、本当の話だ。
どう考えてもロバートは授業等で、魔法の訓練してるだろう。
家で秘密特訓もしてるかもしれない。
そんなのと戦って勝てるわけがない。
何とか決闘をしないで済むように側近らしく意見した。
しかし、
「私の側近ならロバートくらい勝てなくてはダメよ。必ず、勝利しなさい。」
有無を言わせぬお言葉だった。
「しかしですね。」
もっと何か理由を付けねばと思い言おうとした時、ユーナ姫は本音を言った。
それはもう個人的な。
でも、予想通りの。