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中学一年生の時の冒険 その4

 パン屋に着くと見たことのある人がいた。

 その人はユーナ姫である。

 何故、一国のお姫様がこんなところにいるんだろうかと訝しんだ俺は、店に入ろうか躊躇した。

 しかし、向こうが気付いた。


「健太、こっちに来てたのね。」


 そう言いながら来る。

 俺は少し後ずさりした。


「今日、引っ越しできたんですよ。で、昼食をと思いまして。」


 恭しく言った。

 ユーナ姫は苦い顔をした。

 でも、すぐに涼しい顔になった。


「そうか。初めての街だろうら色々わからないこともあるだろうから遠慮なく私に聞くと良いわ。」


 お姫様が市井のことわかるのかと失礼なことを思った。

 でも、そういえば最初会った時も、お付きの人いたけど街の教会に来てたな。

 結構、街を見て回ってるのかも。

 そうだったら何だか物語の人みたいだなと思う。

 中々民想いの人なのかもしれない。


「はい、困ったことがあったら相談させていただきます。」


 礼儀作法など知らない俺は出来る限り謙虚で恭しい言い方はこうかなと考えて話し、頭を下げた。

 これが俺に出来る礼儀だ。

 下げた頭を少し上げ、ユーナ姫の顔をちらりと見ると真顔だった。

 粗相を働いて怒らせたかなと心配になったが、杞憂だった。

 ユーナ姫はふふんと微笑したのだ。

 余裕を感じさせるその様子に俺は大丈夫だったと確信した。

 

「健太は私の右腕になるのよ。何でも言ってね。」

「はい。」


 重いことをおっしゃる。

 とりあえず、返事をした。

 

「ところで私はこれからパンを食そうと思うのだが、健太も一緒にどう?」


 お姫様のお誘い断るわけにはいかない。

 ちょっと浮き足立つ自分がいる。

 たぶん、女の子から食事に誘われるのは初めてだ。

 憧れの三文字が頭を過ぎる。

 デートか。

 いや違うな。これは仕事だ。

 お姫様の食事のお供するという。

 うん?そういえば。


「ユーナ姫、一つお伺いしてもよろしいですか?」

「うん?なに?」

「お付きの人とかいないんですか?」


 周りを見てもお付きの人らしき者はいない。

 ユーナ姫一人だ。

 一国の姫が街を出歩くのだから、それは盛大な大名行列があるだろうと思っていた。

 しかし、ここにはユーナ姫が一人パンを買おうと店によっている。

 周りの人もあまりこちらを気にしてないように思う。

 一応、ちらりとこちらを見るので、気にはしているようだが。

 ユーナ姫は不思議そうな顔をした。


「私がパンを食いたいと思ったから出て来ただけだからね。」

 

 この国ではお姫様が街に出かけるのは大したことではないのか。

 そんなことを考えていると、ユーナ姫は微笑んだ。


「もしかして、健太の国では王族が外出するときは、何人かで出るのが慣わしなのか。」


 何人というよりも馬車に乗って兵士を付き従えたりと一大イベントなとこがある。

 こんな風に街の人があまり気に留めないなんてことはない。


「まぁ、そうですけど。この国ではお姫様は一人で外出しても良いんですか?」


 最初に会った時はお付きの人がいた。


「他の紋章人と出かけることもあるけど、一人で出歩いても何ら問題はないわね。」

「へぇ。」


 この国の意外な一面をまた一つ知った。

 お姫様だからって大名行列するわけではないのか。

 ちょっと好感を持ってしまう。

 庶民と変わらない生活をしているのかなと感じてしまうのだ。


「で、健太はどうする?」


 そういえばお食事に誘われていたのだった。

 誘いを断ったら男が廃る。ここは男を見せなくては。


「お供させていただきます。」

「それは良かった。」


 ほっとしたような顔をユーナ姫はした。

 心配が杞憂だったと分かったように。

 俺とユーナ姫は揃ってパン屋のドアを開けた。

 入る時は勿論、レディファーストで。

 ユーナ姫はありがとうと微笑んでくれた。

 良かった。この国でもレディファーストはあるようだ。

 自分の世界と感覚が違うところがこの世界にはあるから、やること思うこと一つ一つにここでは大丈夫だろうかと考えてしまう。

 そういう不安がいつもつきまとう。

 大分、この世界のルールには慣れてきているけど。

 店に入ると木製の棚にパンがお行儀よく陳列されていた。

 内装も元の世界でちょっとお洒落な町のパン屋さんという風情で、とても好感が持てる。

 木造の建物は安心感がある。

 並んでいるパンはどこか元の世界のパンを彷彿とさせ、懐かしさを感じる。

 ユーナ姫はお目当てのパンがあるのか、他には目もくれずにパンのところへ直行していった。

 俺はゆっくり選ぼうとパンを眺める。

 どれにしようかと考えていると、ユーナ姫が豆をこの世界のスパイスで味付けしてパンに詰めたものを持って来た。

 

「健太、これおすすめよ。」


 この国には豆料理が多いが、これもその一つだろう。

 教会にいた時から普段はパン少しと豆料理を食べていた。

 パンを少ししか食べないのは、この国の倹約といえばパンを節約することだからだそうだ。

 こういう所謂惣菜パンというのは食べる機会があまりなかった。

 ユーナ姫が持って来たパンは見たことあるが、食べたことがない。 

 

「いつも住んでいた教会近くのパン屋にもありましたが、美味しいんですか?」


 よく考えたらお姫様にこれは非礼だと思った。

 慌てて訂正しようとしたら何故かユーナ姫は得意げだった。


「これは我が王国と南方の王国の異文化交流の結果生み出されたパンなのよ。」

「へぇ。」


 ユーナ姫は続ける。


「友好関係を高める一助になればと、王都の無名のパン職人が作ったの。それが美味しいと評判になって、広まったのよ。私も食べてみてその刺激的な味に虜になったわ。」


 そうまくし立てるようにユーナ姫は熱弁した。

 お姫様がここまで言うのだからきっと美味いのだろう。

 自分もそれにすることにした。

 男たるもの支払いはするべきと思った俺はユーナ姫の分も支払おうとすると、ユーナ姫は自分が誘ったのだからと自ら支払いした。

 小太りおっさん店員は少し恐縮そうにお金を受け取っていた。

 店員が深々と頭を下げているのを後にして、店を出た。

 店の外は少し雲が出て来ている。

 

「そういえば城の天気観測員が、雨が時折降るかもしれないと言っていたなぁ。」


 ユーナ姫は空を眺めてそう呟いた。

 後ろでパンを持っていた俺に向き直った。

 パンは買った時、ユーナ姫が自分で持とうとしたので、流石に荷物は自分が持つと言って持たせてもらった。

 ユーナ姫は言った。


「公園で食べようかと思ったけど、雨降ってきたら嫌だから城で食べよう。」


 にこやかに言う様は高貴さの中の親しみやすさを感じさせた。


「城にそんな理由で入っても良いんですか?」


 紋章人になったとはいえ、雨が降りそうだから城で食事するというのは許されるのだろうか。


「言われたじゃない。私の右腕にするって。これくらい親睦を深めるためってことで許されるわ。」


 自信ありげに言うのできっと大丈夫なのだろう。

 ユーナ姫がそう言って歩き出したので、俺は一抹の不安を抱えつつ、ユーナ姫に付いて行った。

 城に到着するとユーナ姫に合わせて門番に挨拶をしてから中に入った。

 門番は恭しくしていた。

 城中に入るとユーナ姫はベテラン風のメイドに3階の来客用の食事場所を借りたいと言った。


「しばらくは使う予定もありませんから準備させましょう。」

「ありがとう。健太、準備が出来るまでどうしましょう。」


 そう言われても勝手の知らない城。

 やることなど思いつかない。

 俺が何を言えばいいか困っていると、ベテラン風のメイドが提案する。

 

「それでしたら少し中庭を案内されては。」

「それは良い。あそこにはこの王国の植物が所狭しと植えられているから。」


 ユーナ姫はにこやかに俺に向き直った。

 最高だ。


「健太、中庭を腹ごなしに散策してきましょう。」


 もう既にお腹は空いているが、準備が出来るまで我慢しよう。

 それにそんな準備を整えるのに時間はかからないだろう。


「わかりました。」


 返事をするとユーナ姫は背中を向けて歩き始めた。

 同じくらいの年なのに何故か頼りがいを感じてしまう背中だった。

 中庭には階段を使って2階から入る。

 途中、何人もの使用人に挨拶されながらユーナ姫と共に城の隅にある階段を使って2階に上がった。

 中央階段を使うと大臣に見つかって、今日、一人で外出したことを注意されるかもしれないから避けたいそうだ。

 本来は問題ないはずだが、一部の外国の王室をよく知り、影響を受けている者の中には、もっと王族らしい振る舞いをと言うものもいるとか。

 お姫様というのは大変な立場だなと、元々何となくは思っていたが、猶思うようになった。

 塔を登るように階段を上がり、城の中心にある中庭へとやってきた。

 そこには街で見かける花や木から見たことのない植物まで多種多様な緑が広がっていた。

 フットサルができそうなくらいの広さだ。

 

「ここは王国中の植物が集められてるの。」

「へぇすごいですね。」


 まったく興味が湧かなかった。

 小学校の時にチューリップとかアサガオを学校で世話したけど、あれは授業の一環の強制で興味などなかった。

 そして、異世界の植物などまったく知らないし、関心は持てない。

 とりあえず、適当に相槌を打っていればいいだろうか。

 ユーナ姫の嬉嬉とした解説を遠くの海の波音のように聴いていた。

 その解説がたぶんこれから盛り上がるだろうというタイミングで、ベテラン風のメイドが食事場所の準備が出来たと呼びに来た。

 何とかやり過ごせたと思った。

 


 

 

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