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中学一年生の時の冒険 その3

 ユーナ姫の右腕になる教育を受けるために、俺は教会から引っ越すことになった。

 引っ越し先は王都の中心街の一角、紋章人たちが集住しているところだ。

 この王国伝統の木造建築が建ち並ぶ地域である。

 この地域には必要なものは一揃いしている。

 紋章人たちに無駄な時を過ごさず、責務を果たすのに邁進してもらうためだそうだ。ある時、街の近くを通った際に神父が言っていた。

 自分とは関係のない街だと思っていたが、これからそこの住人になる。

 城に行った後、教会でお祝いをされた。

 神父や奉公人たちはみんな祝福をしてくれた。

 俺としてはあまり嬉しくない祝賀会である。

 神父は神の恵みに感謝していた。

 カーデンさんは仲間とともに酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしていた。

 歌ってみたり、酒の肴をありあわせで作って振る舞ったりしていた。

 炙った肉に名前が覚えられないソースをかけたやつが美味だった。

 神父が紋章人の活躍を語りだしたのには辟易した。

 みんなのお祝いがたけなわになった頃、一人の奉公人が俺にだけ聴こえる声で言った。


「これから望まない責任を持たされるが、まぁ、あまり深刻に考えなくて大丈夫だからな。」

「はい。」


 紋章人の責任をあまり良いものと考えてない人もいるのだなと感心した。何だか少し安心した。

 世の中が一色に染まっているように見えても、そうじゃない考え方の人も居るのだなとその時思った。

 長い宴会の後、神父が片付けは我々でするからもう休むとよいと言われたので、部屋に戻った。

 月明かりが射し込む部屋で俺はベッドに横になった。

 明日の朝には出発だ。

 もう気楽な庶民生活には戻れない。

 責任に追われる日々が始まる。

 でも、あまり気負いしなくてもいいと言われてるし、何とかなるのかもしれない。

 面倒なことも多いだろうが、その立場での楽しみというのもあるだろうし。

 立場が違えば苦労も違うし、幸せも違う。


「明日は明日の風が吹くってね。」


 横になってそう呟くとこの世界に染まっていっている自分に気づく。

 帰りたい気持ちもあるが、このままこの世界に生きることを想像してしまう。

 それを案外受け入れている自分がいる。

 さぁ寝よう。

 明日は朝早い。

 そう思い俺は目を瞑り眠りについた。

 次の日の朝、俺は神父との最後の朝食を食べていた。


「荷物はまとめてあるかい?」

「はい、もう全て。」


 とはいってもそれほど私物はない。

 必要な物は国から支給されるので、ほとんどはここを出るのが決まった時に処分した。

 なので、持って行く荷物は軽い。

 小旅行するくらいの量だ。


「奉公人たちも見送りしたいと言っていたが、お勤めがあるからなぁ。」


 神父は残念そうに言う。

 この人は心からの優しさを持っている方だとしばらく一緒に過ごして理解した。

 流石は教会を任されている神父なだけある。

 

「神父さまにはお世話になりました。」


 俺がそう言うと神父は快活に笑った。


「姫様の頼みだから断れずにお世話しただけさ。何も偉くない。」

「本当に優しい人だ。」

「あなたも真面目によく働いてくれた。感謝してるよ。」


 にこにこと好々爺な感じに話す神父は眩しかった。

 ここに来てしばらく慣れない生活を送っている時は、いつも気を利かせて俺が安心するまで話を聴いてくれた。

 元の世界の話をすると大袈裟に楽しげに聴いてくれて話していて気持ちよくなる。

 そうしているうちに俺はこの世界にすっかり慣れていった。

 今、俺が異世界で心折れずに過ごせているのも神父のおかげと言って過言ではない。

 いつまでもここに居たい名残り惜しさを持ちつつ、俺は今日、この教会を出るのだ。


「食事が終わったら最後のお勤めしますよ。」


 元の世界にいた時には考えられなかったような言動をした。

 親のためにも何もしなかった俺がここでは甲斐甲斐しく働いてるのだ。

 人というのは住む環境で変わるものだ。

 それを今、身に沁みて感じている。


「あなたは紋章人になったのですから、雑用などしなくてよいのです。」


 神父は優しく語りかけるように断った。


「最後まで働かせてください。」

「いや、そういうわけにはいきません。」


 俺はこれ以上言っても申し訳なく思われるだけだと思い引いた。

 朝食を終えると荷物をまとめて教会から出ることにした。

 神父は教会の門まで見送ってくれた。

 名残り惜しさを感じながら教会から出発した。

 自分の新たな住まいへはちょっと遠い。

 住んでいた教会は中心街から2,3街区を抜けて行かなくてはいけない。

 特にカルシロスト区は人が多い。

 なぜなら、外から来る人が大勢利用する商業区であるからだ。

 さらに王都の住人も利用するので、いつも賑やかな風景が広がっている。

 雑踏はその区の明るさを奏でている。

 カルシロスト区の前の区であるニールヴァーラ区は逆に閑静な住宅街だ。

 主に労働者が住んでいる。

 普段は静かだが、朝の通勤時間は多くの人が勤務地へと向かって歩いて行く。

 俺も朝に用事を仰せつかり、歩いたことがある。

 どこから出てきたんだと思うくらい人が多い。

 そのニールヴァーラ区を荷物を背負って歩いて行く。

 結構、広い街区は朝の通勤時間を過ぎた今は静かである。

 レンガ造りの平屋が建ち並ぶ。

 時折、家の前を掃除している人を見かける。

 平穏無事といった世界が広がっていた。

 ニールヴァーラ区を抜けるとそこは大勢の人々が行き交うカルシロスト区である。

 今日も人々の活気で満ち溢れている。

 お土産を見ている旅行客らしき人もいれば、日用品の調理器具を品定めしている人もいる。

 カフェでお茶を嗜む人もいれば、食い歩きをしている人もいる。

 みんなそれぞれの目的を持って歩いている。

 そうした中を歩いていると少しの疎外感を感じてしまう。

 人々は日常をたのしんでいるが、俺はこれから紋章人として生きていかないといけない。

 少なくとも元の世界に帰る方法を見つけるまでは。

 そのような特殊な状況下にある自分と見えてる他人を比べると悲しくなる。

 違う生き物のように感じてしまう。

 いや、違う世界の住人だから違う生き物と言えるかもしれない。

 基本は同じだが、根本的に違うとこもある。

 そこに恐ろしさを感じることもある。

 見かけるあの人は自分とは違う。

 そんな哀しみや恐怖心を持つのだ。

 何だか寂しさを感じ始めたので、俺は足早にそこの区を去った。

 紋章人が集住する地区の手前の街区を抜けて行く。

 そうして俺は王都の中心街に着いた。

 身なりの良い高貴そうな人たちが歩いている。

 自分の服を見下ろすと身分の低そうな人がいる。

 場違いなところに来てしまったかと思った。

 きょろきょろしないように目立たぬようにそそくさと街中を縫って行った。

 幸い人に注目されずに引っ越し先に着いた。

 この辺に住んでいるのは紋章人ばかりのはず。

 紋章人というのはあまり身なりで人を判断しない人たちなのかもしれない。

 まぁ、元は庶民だから特権意識低いのかも。

 それなら少しは気楽に付き合えそうだと淡い期待を寄せるのであった。

 俺が住むのはレンガ造りの1階建ての一軒家である。

 一人住まい用らしい。

 家具などは王国を代表する腕の立つ職人が作ったものである。

 神父曰くとても使い勝手が良くて丈夫なのだそうだ。

 庶民では中々手を出せない代物らしい。

 ちょっと嬉しい。

 新しい我が家の前に役人と思われる人が立っていた。

 その人は俺を見つけるとすたすたと歩いて来た。


「お待ちしておりました。健太殿。さぁ、家をご案内しましょう。」


 そう言って俺を家の中に連れていった。

 家の中はいたってシンプルである。

 特別な装飾もなく、ただ、住みやすさを重視した造りになっていた。

 あまり派手だと庶民の反感を買うとか考えているのだろうか。

 そんなことを考えながら俺は家の中を見て回った。解説付きで。

 一通り見終わると役人は挨拶して、明日王宮への迎えに来ると言って帰っていった。

 一人になった俺は荷物を整理しようと思い寝室に行った。

 こじんまりとした内装にクローゼットと小机が一つあった。

 とりあえずベッドに腰掛けた。

 上等な布団だとすぐに分かった。

 教会で使っていた布団とは比べものにならないくらい寝心地が良さそうだ。

 とりあえず、ベッドの上に荷物を広げる。

 着替えに私物にと色々出してどこにしまおうかと考えた。

 着替えはクローゼットにしまい、私物は飾ったり、小机に入れておいた。

 部屋の中が少し自分の空間になった気がした。

 これからここで一人暮らしするんだなと思うと一抹の寂しさを感じる。

 元いた世界は家族と教会で神父たちと暮らしていた。

 今まで一人で暮らすなんてことはなかった。

 夜は一人で寝るとはいえ、同じ屋根の下に家族がいた。

 今日の夜からは一人ぼっちで、ひとつ屋根の下で寝ることになる。

 緊張してきた。

 その気持ちを和らげようと俺は外に出てみることにした。

 外を歩くとやはり人々の服装が自分より明らかに上等で、髪も整っている。

 髪型も他の街区の人とは少し違うように思える。

 やっぱり、紋章人と庶民では流行が違うのだろうか。

 日が高いこの時間、お腹が空いてきた。

 そういえば昼食をまだ食べていなかった。

 何か買ってこようと思い、そういえば、ここに来る途中でパン屋があったなと思い出した。

 今日はそこのパンを食べよう。

 いくらかの持ち合わせはあったので、そのお金を持ってパン屋に向かった。

 

 

 

 

 

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