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中学一年生の時の冒険 その2

 店に着いた。

 相変わらず、こじんまりとした佇まいである。年季の入った看板に壁。甘い香りがしてくる。ここは焼き菓子も売っている。それも美味しいと有名である。

 店内に入り、顔なじみになっている店員のおばさんに注文をする。すぐさまお菓子を袋に詰めて出してくれた。


「はい、ご苦労さま。いつもありがとうね。」

「ありがとうございます。」

「もう、この街には慣れたかい?」


 このおばさんは俺がのっぴきならない事情で、教会に転がり込んで来ていると思っている。あまり深くは突っ込まないように心配してくれる。

 

「おかげさまで、慣れました。みんな優しいです。あっ、これ代金です。」

「それは良かった。大変だろうけど頑張ってね。」


 家に帰りたいが、それほど絶望してない俺には空虚に感じる励ましだった。

 それを言葉はもちろん態度に出すわけにはいかないので、精一杯の笑顔でお辞儀をして立ち去った。何だか気まずく感じたので。

 教会に戻りお菓子を神父に渡すと礼を言われた。働くというのは良いものだ。役立っているということが、心に優しい。

 次は食器の洗い物の仕事を仰せつかった。洗い物は得意だ。

 皿を一枚ずつ手に取り、洗剤で泡立てていく。

 この教会は奉公人が多く出入りしているので、彼らの分も含めると結構な量となる。それを一枚一枚丁寧に泡を洗い流していく。

 この作業は結構好きである。汚れが落ちていく様が気持ち良い。気分が晴れていく。

 腕まくりをして一人厨房で食器の皿に洗剤をつけて洗っていると、料理担当の奉公人がやって来た。いつも声をかけてくれる人だ。

 だいたい食事は彼を中心に3人で作っている。自分もたまに手伝う。主に食材を運んだり、洗ったり。

 その時につまみ食いさせてもらうが、それは食事の時より格別だった。神父に見つかると怒られるけど、密かな楽しみでいた。

 中心で料理を作っている彼は俺を見るなり声をかけてきた。


「健太、ご苦労さん。」


 相変わらず安っぽい服を着て、暑そうに腕まくりをしていた。

 肩幅の広いがたいの良い体躯である。下顎から伸びる無精髭が、そのワイルドさを強調する。

 優しく屈託を感じさせない顔をしていた。


「お疲れ様です。カーデンさん。」


 そう言って俺は笑顔で挨拶した。

 窓から日光が射す気持ち良い昼過ぎだった。

 皿を一枚一枚食器棚に置いていくと綺麗に揃う。朗らかな気持ちになる。

 奉公人のカーデンさんは笑いながら俺の肩をポンポン叩いた。いつものことだ。これをされると温もりを感じて穏やかな気持ちになる。


「食器洗いが終わったら出かけないか?面白い店を見つけた。世界の調理器具を扱う店だ。」

「それは良いですね。神父さまに許可を貰いに行きます。」


 ゲームとかがないこの世界ではそういった珍しい物を見るのは娯楽になる。

 一応、スポーツもあるにはあるが、あまり興味を持てなかった。元の世界のスポーツの方が、派手さも面白さも勝っているように思う。この世界の住人もそれほど熱を入れてないように感じた。

 そうして俺が洗い物を終わらせようと働いているとカーデンさんは気付いた。


「なぁ、お前の腕にあるその黒い紋様はなんだ?」


 指さしたところを見ると俺の腕の洗っても落ちないマジックペンで書いた紋様だった。


「ああ、これですか?これはふざけて書いたら落ちなくなって。」


 苦笑しながらそういったが、カーデンさんは真剣な顔でそれを見つめた。そして、言った。


「いやこれは紋章だ。お前は紋章人だったのか。」


 そんなはずはない。

 俺はこの世界の住人ではない。この世界の原理の外の人間だ。

 それにこれはただのマジックペンで書いた落書き。そんな大層な代物ではない。

 きっと、カーデンさんは勘違いをしているのだ。

 そう思い俺は苦笑いをした。それは違いますよとの意味を込めて。

 しかし、カーデンさんは俺の苦笑いを別に受け取った。むしろ、何か理由があると踏んでいるようであった。


「事情は詮索しないが、見つけた以上は報告しないといけねぇ。」

「まぁ、わかりました。」


 どうせすぐに紋章ではなく、ただの落書きだわかるだろう。

 そう信じて疑わない俺は、神父さまに事情を話し、城へと向かった。


「いやぁ、お前が紋章人だとわな。何者なんだと思っていたがまさかな。」

「だからさっきも言ったじゃないですか。これはマジックペンというので書かれているだけだと。」


 俺達は今、王都の中心にある城へと向かっていた。

 その道すがらカーデンさんに何度も腕の紋章はマジックペンで書いた落書きで、洗っても落ちないのだと説明した。

 しかし、落ちないと言ったことが良くなかったようで、逆にこれが紋章であると信じて疑わなくなってしまった。

 神父さまもこれは神の導きとか何とか言っていた。

 観念するしかないと思った。

 どうなるのだろうかと不安になった。

 間違っても高官にはなりたくなかった。

 俺はのんびりと過ごしたい質なので、国の重役に就くなど真っ平ごめんである。

 明日の国のことを考えるよりも、今日の夕飯を考えたい。

 しかし、こうなったら行くしかない。

 城に到着するとカーデンさんが、2人の門番に注進を頼んだ。


「おい、新しい紋章人が見つかった。」

「それはめでたい。」


 俺としてはめでたくないが、この国では紋章人の発見は新たな戦力の発見だから喜ばしいことだった。


「で、その方は今、いらっしゃられているのか?」


 恭しく言うあたり、どれだけこの国で紋章人が尊い存在なのかがわかる。


「こいつだよ。」


 そう言って、カーデンさんは俺を前に進ませた。

 

「では、私が大臣に報告してこよう。」


 2人のうち背の高い痩せっぽちの方が、城に入っていった。

 入っていった男は胸を高鳴らせているようだった。

 その光景を見送りながらこれから普通の人として生きていけなくなるのかと、思わずにはいられなかった。

 カーデンさんを見ると、今にも歌い踊りだしそうな高揚した様子だった。

 しばらく待つと背の高い痩せっぽちの男が戻ってきて城内へと案内された。

 城の中に入るのは始めてで、物珍しく感じた。

 しかし、思ったより豪勢ではなく、ヨーロッパの宮殿より簡素な造りに思えた。

 高そうな陶器があるわけでもなく、何も無いよりはオシャレだろうくらいの内装だった。

 城の奥へと行くとそこだけは豪華な装飾と頑丈に見える扉があった。

 その扉の前に着くと背の高い痩せっぽちの男は扉の横にいた身分の高そうな青年に恭しく声をかけた。


「こちらが新たな紋章人の佐藤健太様です。」

「そうか彼がか。」


 風格のある話し方に俺が気圧されていると、青年はにっこりした。


「大丈夫さ。そんなに緊張しなくてもいい。」

「はぁ、はい。」


 俺が困ったように反応を返すと、青年は微笑してから扉を開けた。


「紋章人の列に新たに加わる佐藤健太をお連れしました。」


 その大音声に俺がびっくりした。

 ここまで隣を歩いていたカーデンさんは、これで役目を終えたと言わんばかりに数歩下がって頭を下げた。


「俺はここで失礼する。」


 俺が不安そうに見ると、カーデンさんは微笑み辞去した。

 カーデンさんが立ち去った後、扉の向こうの部屋から声が聞こえた。


「謁見を許可する。」

「王がお呼びだ。中に入るぞ。」

「は、はい。」


 青年に先導されて中に入ると広く兵士が十数人と大臣と思われるものが、3人、そして王と王妃、世話してくれたお姫様がいた。

 俺は青年とともに跪いた。


「顔を上げよ。」


 そう言われると俺と青年は顔を上げた。

 まず、青年が話始めた。


「陛下、こちらが我らの新たな仲間である佐藤健太です。」

「よ、よろしくお願いします。」


 上擦った声で俺が挨拶する。恥ずかしく緊張する。


「はっはっ。娘のユーナからお前の話は聴いている。教会での生活はどうだったかな?」


 お姫様はユーナというらしい。

 優しい声色で語りかける王に少しの安心感を持った。

 とにかく何か言わなくてはと義務感のようなものが、芽生えた。


「良くしてもらっていました。毎日を忙しくものんびりと過ごさせていただきました。感謝してます。」

「それは良かった。あの教会の神父は気の良い者だからな。きっと、良き日々だったろう。」


 王は頷き、そして、コホンと一回咳をした。


「さて、お前には紋章があるということだが、それを見せてくれぬか?」


 俺は戸惑った。

 どうすればよいか分からず、隣りにいる青年を見た。

 すると青年は耳打ちするように小声で言った。


「王が言ってるのだから見せれば良い。王の前に行って腕を見せろ。大丈夫、失礼にはならない。」


 そう言うので俺は立ち上がり王の前に行った。

 顔は見れなかった。

 俺が腕の袖を捲りあげて見せると、王は目を瞠った。


「これは黒い紋章。」


 まぁ、黒のマジックペンで描きましたから。


「我が王家の右腕となる者の紋章は黒字という。」


 えっ!?


「お前は選ばし者の中の選ばし者だ。」


 そりゃまた大層な。


「うむ。」


 王は何かを決心したようだった。

 たぶん、大変な。

 王妃もユーナ姫も何かを心に誓ったようだった。

 王はゆっくり口を開く。


「この者をユーナの懐刀に育てよう。そして、ユーナの右腕として将来に渡って活躍してもらおう。」


 俺は目が点になった。

 どうしてこうなったと混乱した。


「よろしく健太。」


 そう言うユーナは新たな責任を背負う覚悟の顔をしていた。


 

 

  

 

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