中学一年生の時の冒険 その13
ロバートとの決闘からしばらく経ったころ、王都はあることで危機感が蔓延していた。
いつものように学校に行くと生徒たちは、その問題であるアースドラゴンについて噂していた。
アースドラゴンは大地の守護神と呼ばれる崇拝されているドラゴンだ。
この王国の人たちの信仰の対象の一つなのである。
そのアースドラゴンが暴れているというのが、現在、王国の一大事となっている。
理由は定かではないが、何か理由があるのだろう。
調査されているが、中々原因究明とはいかないようである。
信仰対象とはいえ、周辺の町や村に被害が出ているので討伐も計画されたが、アースドラゴンは不死身ということで、計画は実行されていない。
今はまだ、アースドラゴンの生息地周辺のみの被害だが、少しずつ行動範囲を広げており、いずれは王都まで襲いに来るのではないかと、王都住民の間で不安が広がっている。
住民の不安を和らげるために王国政府は、アースドラゴンは今のところ王都に向かってないなど気休めな情報を出している。
その効果はほとんどなく、いつでも逃げれるように食料を確保しつつ、荷物をまとめている住民が多い。
中には気が早く、アースドラゴンの生息地から離れた場所に避難している人もいるという。
王都は今、脅威から来る不安に覆われている。
「アースドラゴンの暴れた地域は壊滅しているらしい。」
「こっちに向かっているんだろう?いつ王都まで来るんだろう。」
紋章人の生徒たちも不安のようだ。
いざとなったらまず駆り出されるから、他人事ではないのだろう。
俺も前線に立つことになるかもしれない。
「いつ招集がかかるかわからないな。」
「今のうちに覚悟しなくちゃな。」
「怖いなぁ。何かでアースドラゴンが大人しくならないかしら。」
戦いになったらどのくらいの死者が出るだろう。
神様扱いされているドラゴンだ。
その力は強大だろう。
紋章人が総力を挙げれば何とかなるのかな。
いや無理かもしれない。
実際、紋章人である生徒たちは軽く絶望している。
アースドラゴンはそんなに強いのか。
こっちに来なければいいけどと思う。
俺なんか戦力にならないだろう。
突撃して戦死かな。
「聞いたか?コロル村が壊滅したって。」
「やはり、王都に向かっているんだな。」
「王都を襲うのは時間の問題か。」
王都が主戦場になるのだろうか。
王都に住んでだいぶ経つから、この首都には愛着が湧き始めてる。
この町が破壊されるのは忍びない。
その前に何とかならないものだろうか。
例えば進行ルートを変えさせるとか。
倒せなくてもどこかに閉じ込めるとか。
色々考えたが、良い案は思いつかなかった。
ただ、その時を待つしかないか。
「姫様は何か言っているか?」
「いや、難しい顔をされている時があるけど、何も。」
「あっ、健太。」
背の高い男子生徒に急に声をかけられた。
準備なく声かけられたので、慌てた。
好奇の目にさらされたことから他の生徒に話しかけられると身構えてしまう。
俺は平静を装って応えた。
「何?」
「王宮で何か話があったか、聞いてないか?」
そんなことを言われても自分はユーナ姫付きの従者みたいなところあるから、王様やその近臣たちが何を話しているかなんてわからない。
取り合えず、何も聞かされてないと言おうと思った。
「そういう話は聞いてないね。きっと、会議を重ねているところじゃないか。」
「そうか。みんな戦いになったら、行かねばならないと思っているけど、不安げなんだよな。せめて、どういう対処をするかだけでも分かるといいけど。」
「必要になれば指示が出るよ。それを待とう。」
「うん。」
背の高い男子生徒は不安げにしていた。
他の生徒も情報が欲しいといった面持ちだった。
みんな紋章人としての戦いに出る覚悟はあるにはあるけど、怖いというのもあるようだ。
俺には励ましの一つもかけてやれない。
戦ったことなんてないし、紋章人だって好きでなったわけではない。
紋章人の心構えなんてない。
ただ、準備しようくらいしか言えない。
俺はこれ以上その場にいると悩ましくなりそうなのでさっさと教室へと向かった。
廊下はアースドラゴンの話で持ち切りだ。
ユーナ姫が何か言わないといけなくなるかもしれないなと感じつつ、教室に入った。
ユーナ姫が既に来ていた。
少し深刻な顔をしているような気もする。
「おはようございます。」
俺は朝の挨拶をした。
こういう時は平時通りにするのが一番だ。
ユーナ姫は固い顔を少し和らげて挨拶を返した。
「いやぁ、学校中アースドラゴンの話題で持ちきりですね。」
あまり話題にしない方が良いかなと思いつつ、話してみた。
ユーナ姫は眉間にしわを寄せて何か考えているようだった。
「アースドラゴンは信仰の対象、戦うのは気が引けるし、何より不死身と言われているからね。他の生き物とは危機のレベルが違うわ。」
独り言ちのようにユーナ姫は言った。
俺は席に着いた。
ユーナ姫の視線がゆっくり俺の方に向く。
その目はこの王国のことを憂いている形だ。
この方は王族の人間なんだなと思う。
頭の中で考えるときに背負うものが俺とは違う。
この王国を背負っているのだ。
実際に姫をとしてこの学校の精神的支柱を担っている面がある。
みんなのために動くことになるかもしれない。
そうしたら俺も協力しよう。
着実にユーナ姫への忠誠心が高まっている。
最初の頃は可愛い偉い人くらいに思っていたのが、この人のために尽くそうという気になる。
これは王族の右腕と称されるせいだろう。
立場がその人の考えを形作る。
俺もその例に漏れない。
先生が教室に入って来て授業が始まり、一旦、アースドラゴンのことは忘れることにした。
しかし、ふと頭をよぎる。
このままアースドラゴンが王都に襲来したらどんなことになるだろうと。
そんなことを考えているうちに授業は終わった。
休み時間にユーナ姫が話し始めた。
「健太、父上は王都に来る前に何とかすると言っているけど、私は難しいと思うわ。」
ユーナ姫がこんな悲観的なことを言うのは珍しい。
いつでも負けない気持ちで事に当たる人がこんなことを言うとは。
「王様には優秀な紋章人の側近がいますから打開策を立てるのではないですか?」
こう言ったものの俺も難しいと思う。
しかし、こう言わないと不安が募るだけだろう。
「うん。でも、宮廷の様子を見ていると良い案が出てないことが分かるわ。アースドラゴンを追い払うにしても厳しい戦いを強いられるでしょうね。」
「その時は紋章人一丸となって戦いますよ。」
俺としては気合を入れたことを言ったつもりが、空虚な感じになった。
ユーナ姫は苦笑した。
「その時は私が先頭に立って戦うわ。」
「お供しますよ。」
「まぁ、そうならないように方策を考えなくてはいけないのだけどね。」
ユーナ姫の言い草に少しほっとした。
思いつめてはないようだ。
王都が破壊されてしまうかもしれないとなれば不安にもなるだろうに、ユーナ姫はアースドラゴン対策を考えているようだ。
「しかし、アースドラゴンは何故暴れ始めたのでしょう。」
俺は疑問を口にした。
そもそもアースドラゴンの暴れだした原因というのがわからないだろうか。
分かれば対策の立てようもあるだろうに。
現地に行けば何かわかるかもしれないが、そんな危険なことはしたくないと思う。
ユーナ姫は思案してから言った。
「何か少しずつ狂暴化したそうよ。」
「何か不満でもあったんでしょうか。」
少しずつというのが気になる。
イラついてたのかなと思ったりする。
「ここで話しても何も分からないわ。帰ったら父上と話してみるわ。」
「被害が収まるといいんですけどね。」
鐘が鳴り、先生が教室に入って来て授業を始めた。
俺もユーナ姫も授業を真面目に聴いてこの危機を一時的に忘れようとした。