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中学一年生の時の冒険 その12

「よく勝ちました。」


 ユーナ姫が厳かな雰囲気を保とうとしているが、嬉しそうなのが見て分かる。

 開放感がその口調と態度から分かる。

 アンリとヴェリスもよくやったと労ってくれた。

 他の見物していた人たちの様子を確認すると、やっぱり、ロバートはロバートだという口ぶりの人もいた。

 ロバートのこの学校における評価がよく分かる。

 あまりよろしくない目で見られているのだろう。

 まぁ、あの言動を見たら誰でもそう思うよな。

 一方、俺に対しては姫様の右腕の面目を保ったなという評価である。

 自分もあまりいい評価は得てないようだ。

 この称えられているわけではない褒められ方は、モヤモヤした気持ちになる。

 まぁ、こんな低レベルな勝負を見せたらそうなるか。

 仕方がないとはいえもう少し称えてくれてもいいじゃないかと、心の中で小さくいじける。

 誰にも気取られないようにその気持ちを胸にしまって家に帰ろう。

 このヒーローにならなかった今日は早く思い出にしてしまおう。

 今日まで一応特訓していたことへの虚しさを感じながら、家に帰ろうかと思い始めていたら、ユーナ姫が食事に誘ってくれた。


「健太、今日の祝いの席を用意するわ。」


 多分、俺を祝いたいというよりは、右腕が俺のままになったことを祝いたいのだろう。

 その今日の仕事を終えた開放感のあるような顔からそれがありありと伝わる。

 

「行きます。」


 俺は二つ返事でOKした。

 ユーナ姫からの食事の誘いを断るという選択肢は俺にはなかった。

 むしろ、褒めてもらいたくて行きたいくらいだ。

 食事は何が出るのだろう。

 一国のお姫様が招待する食事なのだから期待していいだろう。

 今から楽しみだ。

 

「お城のシェフにとびっきりのを作ってもらうよう言うから、健太は一旦帰って。」

「はい。楽しみにしてます。」

「期待してて。」


 ユーナ姫の招待に喜んでいると、先生が来た。


「決闘は終わったな。授業するよ。」


 そういえば今日は休日じゃない。

 多分、ユーナ姫が無理言って、決闘させてもらったのだろう。

 休日にやればいいのにと思ったが、この王国の人は休日はしっかり休むと決めている節があるから、平日にやることにしたのだろう。

 俺はユーナ姫たちと共に教室に行こうとした。

 その時にユーナ姫が思い出したようにロバートの側に行き、声をかけた。

 何を言ったか分からないが、ロバートはありがたそうにしていた。

 おそらく、労ったのだろう。

 負けたけどよく戦ったと。

 俺も一言声をかけようかと思ったが、勝った側が負けた側を称えるほど傲慢なことはないと思いなおし、何も言わずに去ることにした。

 語らずも何か分かり合えていると信じて。


 教室に行くと、見物に来なかった生徒が着席していた。

 臨時休講したようなものだから、思い思いに過ごしていたことだろう。

 見に来てくれてもいいのにとも思うが、あんな低レベルな決闘など見る価値なかったとも思う。

 見に来ないのは賢明だったと思う。

 決闘を見に来ていた生徒たちも続々と教室に入って来て着席した。

 俺はユーナ姫の隣に座った。

 ユーナ姫は清々しい面持ちでいた。

 そこに先生が教室に入って来た。


「今日は朝から決闘なんてお楽しみがありましたが、それも終わり、今からは紋章人としての務め、勉強を始めますよ。」


 そう言って先生は黒板に板書を始めた。

 この時間の授業は地理だ。

 決闘の勝利の余韻を頭の隅に置き、授業に耳を傾けた。


 授業も終わり、帰りの支度をしているとユーナ姫が声をかけてきた。

 

「健太。今日の日が沈むころにお城に来て。その頃には準備も終わっているだろうから。」

「わかりました。その時間に合わせて向かいます。」

「じゃあ、私は先に帰るね。今日は本当によくやったわ。感謝します。」


 そう言ってユーナ姫は王族の威厳を持って教室を出て行った。

 俺もさっさと帰ろうと教室を出た。

 廊下を歩きながら今日のことを話している人はいないかと勝手に耳を立てた。

 

「ロバートはやっぱりだめだなぁ。」

「これで姫様への求愛行動もやめるだろう。」


 ロバートが気の毒に思えた。

 外の世界から来た自分はこの王国の人と感覚が違うから、この王国のことを客観視できる。

 だから、ロバートに対してもこの王国の人とは少し違った視点で見れる。

 ロバートのことは困ったやつだとは思うが、健気な奴だとも思う。

 ユーナ姫へのあの忠誠心。

 紋章人であることのプライド。

 家族への尊敬。

 どれを取っても俺はロバートを馬鹿にできる人間だろうかと思う。

 腹立つ奴だけど、敬意を持った方が良いのではないかと思う時もあった。

 今、ロバートは何を思っているだろう。

 悔しがっているだろうか。

 再戦しようと企んでいるだろうか。

 すっぱり、諦めることにしたのだろうか。

 何にせよ、俺が勝ち、ロバートが敗れた。

 その事実は覆せないのだから、それを以っての何かが変わるだろう。

 今、俺に出来ることは勝利の美酒に酔うことなんだと思う。

 ロバートは決して愚劣な奴ではないと、勝利者の余裕か、そう今は思う。

 また、噂している人たちがいる。


「健太も何とか勝ったって感じだったな。」

「ああ、面目は保ったところだろう。」

「これで安泰だと安心しているだろうな。」

「でも、次のロバートが出てくるかもしれないぞ。」

「いや、ロバートみたいなのそうはいないよ。」


 聴いているのが辛くなるので、俺は足早に去ることにした。

 この学校の人間関係の一端を見て、何だかなぁという気分になった。

 校門を出たら空は日が沈み始めるところだった。

 取り合えず、一旦帰って支度しよう。

 校内からは生徒たちの声が聴こえていた。

 肩の荷が下り、少し寂しい気持ちになりながら家路に着いた。

 家では今日のことを思い返しながら、ジュースの美酒を味わった。

 王国では一番人気らしいその果汁ジュースは少しの酸味と芳醇な甘みが味わえるとても美味しい飲み物であった。

 何か食べようかと思ったが、祝賀会で豪華な食事が出るだろうと踏み、腹には固形物は入れないことにした。

 美味しいものは腹いっぱい食いたい。

 そんな食い意地を張っていた。

 それにしてもギリギリの勝利だった。

 あんなの俺が負けていてもおかしくなかった。

 もし負けてたら、帰りに耳にした悪口が俺に向けられていたのかもしれなかった。

 人間というのは失敗した人に厳しい。

 自分のことは棚に上げて、失敗した人に愚か者の烙印を押したがる。

 まぁ、そういうこと言う人は大したことやってないつまらない人間に多いんだよな。

 だから始末が悪い。

 失敗するようなことしてないから、自分のことを愚か者とか思わない。

 そういうモードの人には近づかないのが一番だ。

 こっちが不愉快になる。

 ロバートのことが少し心配になって来た。

 勝利者の余裕もあるが、やはり一度戦った相手には敬意を持つようだ。

 日が沈みかけてきたので、俺は城へと出発した。

 学校での勝利の祝いなので、制服で行くことにした。

 これで大丈夫かなと不安になりながら城へ向かった。

 ちょっと王族の祝いに緊張した気分で、歩いてたら途中で人に何度もぶつかりそうになった。

 その度に「すいません。」と簡単な陳謝をして、人混みをすり抜けていった。

 みんな今日のお勤めを終わらせ、明日のための英気を養いに家に帰ったり、飲み屋に行くのだろう。

 俺はこれから祝賀会だ。

 みんなとは違うことが待っている。

 それに少し鼓動が早くなるのを感じる。

 多少の優越感を持ちながら城へと着いた。

 城の門番に来城を伝えると中に通された。

 中では案内係に先導されて、城のユーナ姫の居住する棟へと向かった。

 途中、すれ違う使用人に「おめでとうございます」と祝福され、城中の人が知っているのかと気恥ずかしくなった。

 案内された部屋に入ると、そこそこの広さの部屋とそこそこの大きさのテーブルがあった。

 しばらく待つように言われ俺は案内された椅子に座って待つことになった。

 静かに落ち着きなく待っているとドアがノックされた。

 そして、ユーナ姫が、食事を運ぶ給仕と共に部屋に入って来た。

 俺はすぐに立ち上がり、一礼した。


「今宵は私の勝利の祝いの席を設けていただきありがたき幸せでございます。」

「固い挨拶はいいわ。今日の祝賀会は個人的なもの。参加するのは私と健太だけ。後は給仕が控えているくらい。気楽に話しましょう。」


 そう言われてホッとした気持ちになった。

 これで王様とかの前で今日のこと話せと言われたら、食事はのどを通らないし、あんな低レベルな決闘の話なんてしたくない。

 その気持ちをユーナ姫は察したのか、にこやかに微笑み俺を席に就けた。

 そして、


「父上がいたら楽しめるものも楽しめないでしょう。」


 と言って席に就いた。

 苦笑するしかなかった。

 流石に「そうですね」などとは口が裂けても言えない。

 この王国の人たちは王族のことを軽く捉えている節があるが、しかし、敬意は持っている。

 俺なんかもユーナ姫には気楽にしつつも、きちっと敬意を払う。

 王様相手には跪く。


「食事を始めましょう。」


 ユーナ姫がそう言うと給仕の人が、次々と食事を運んでくる。

 その料理は豪華とは言い難いが、庶民の出の自分には十分色とりどりの料理たちだった。

 祝賀会が始まり、ユーナ姫とは色々話した。


「でも、よく勝てたわ。私、健太は負けるかなと少し覚悟してたの。」

「自分でもよく勝てたなと思います。」


 そんな話をしていたら、ふとユーナ姫は言った。


「このまま健太には居残ってほしいわ。」

「まぁ、帰り方が見つからなければそうなりますね。」

「そうじゃなくて見つかっても残ってほしいということ。」


 困ってしまった。

 ユーナ姫からそのように言われるのは嬉しいが、やはり家族の許には帰りたい。

 確かにこの世界の生活は紋章人ゆえ堅苦しいところもあるが、快適でもある。

 ユーナ姫に引き留められるなら残ってもいいかなとそんな風に思った。

 しかし、元の世界に帰るのをやめたら何かを失いそうな気がする。

 だから、


「友達や親の顔が見たいですから。」


 と言った。

 それにユーナ姫は微笑んだ。


「それもそうよね。私も父上や学友に会えなくなるのは嫌だもん。健太にだけその責めを負わせるのは違うわね。」

「そう思っていただけるのは嬉しいです。」


 その後も祝いの席は続いた。

 食事もだいぶ食べた頃、ユーナ姫の執事が来た。


「姫様、もうそろそろお開きにされたら。明日も学校がございますし。」

「ええ、いいじゃないもう少し。」

「だめです。国王陛下にもあまり遊ばせすぎるなと言われています。」

「もう。」


 残念そうなユーナ姫を見て、楽しんでくれたようだとホッとした。


「健太、今日は本当にお疲れ様です。あなたのことを誇りに思うわ。」


 そんな大げさに言われるほどのことはしてないけどと思うが、その言葉は有難く心に刻もう。


「では、私はこれで失礼します。今日は祝いの席を設けていただきありがとうございました。」

「また、明日。」


 俺は城を後にした。

 家に向かって歩き出した。

 町はすっかり家を温めていた。

 今日は色々あったなと思う。

 決闘や学校、祝賀会とイベントだらけだ。

 考えることもあったが、充実した一日だったと言っていいだろう。


「明日も何かあるかな。」


 すっかりこの世界の生活にはまってしまったようだ。 

 

 

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