中学一年生の時の冒険 その11
勝負の場、訓練場に入ると不思議とおどおどした気持ちにならなかった。
これは意外だった。
緊張に耐えれなくなるのではないかと考えたが、思ったより平静である。
自分が情けない人間ではないとわかり、ほっとしている。
周りを一瞥する余裕が出た。
学生たちが賑やかに見物している。
ユーナ姫もその中にいる。
少し緊張した面持ちのようだった。
自分より緊張しているのではないかと思い、可笑しかった。
励まされた気分になり、よしやるぞと気持ちが入った。
ロバートは既に訓練場内で待っていた。
スカした余裕を見せている。
腹ただしい。
この腹ただしさは気持ちの余裕がそうさせるのだろう。
「遅かったね。」
「申し訳ないです。」
舐め腐った態度を叩き直してやりたい。
親に人には敬意を持って接するように習わなかったのか。
そうしたことから何もしないのに偉そうに他人を品評するろくでなしが育つんだよ。
そう言うわけにもいかず腹に収めていると、不思議と冷静な自分がいた。
「さぁ、準備はいいかい?僕と君、どちらが姫様の右腕に相応しいか、決着を着けよう。」
「望むところです。」
大仰に振る舞うロバートは、何処か滑稽にも見えた。
その自信に溢れる様は強敵を思わせるが、同時に噛ませ犬レベルではないかとも思う。
実力は見たことないから何とも言えないが、ユーナ姫は勝機はあると言っていた。
なら、弱点とかあるのではないか。
そう思う。
係員の人が、的を設置していく。
的は白い丸い板に円が何重にも書かれているものだ。
意外と的は大きい。
魔法を外す心配は無さそうだ。
ユーナ姫が一歩前に出た。
「これより健太とロバートの決闘を始める。この決闘の見届け人として、公正に見させてもらいます。二人とも紋章人の名に恥じぬ決闘を。」
その話をしている時の周囲の人たちは、厳かな態度だった。
みんな直立不動で一言一句聞き漏らさないようにという感じで、ユーナ姫のお言葉に耳を傾けていた。
俺もここは厳粛にしなくてはいけない所だと思い、真剣な顔で拝聴していた。
ロバートをチラリと見ると彼は決意の表情をしていた。
この決闘に賭けてるんだなと思った。
俺も負けられない。
係員からルールについて説明があった。
交互に的に魔法を放つ。
それを10回繰り返す。
的の中央に近いほど得点は高い。
同点だった場合は、追加で3回やって、勝負を決める。
ルールは分かりやすいものだ。
順番はコインを投げて、表なら自分、裏ならロバートからになった。
ロバートは自分が裏なのが不服そうだったが、ユーナ姫が言うので納得してはいた。
コインは裏になった。
これで俺が後攻となった。
少しほっとした。
いきなり人前で魔法を放つのは緊張する。
授業で急に前に来て発表しろと言われるように嫌なものだ。
ロバートを見ると今か今かとうずうずしているようだ。
ユーナ姫にいいところを見せようということか。
本当に王家への厚い尊敬の心には感服する。
しかし、当のユーナ姫は迷惑そうであるが。
ロバートは前に出て、構えた。
流石、様になっている。
いよいよ決闘が始まる。
俺は鼓動が速まるのを感じる。
それに対して、観客はどこかゆったりとしていた。
のんびりと見物しようというものらしい。
ユーナ姫の右腕を決める決闘なのに優雅なものだ。
ユーナ姫は真面目な顔をして見ているが、他の人はまるで大道芸を見に来たかのようである。
アンリやヴェリスたちと話していて感じるが、この王国の人たちは王家に敬意を表するが、畏怖はしない。
元いた世界とは異なり、王家と臣民に絶対的な上下関係がないのである。
だから、気さくに王家を考えるし、結局のところユーナ姫の右腕が誰になろうと構わないのである。
それはきっと大変なことなのだ。
「一本目。」
得点係が合図した。
「我が指より放て、光の矢!」
ロバートが放った魔法が、真っすぐ飛んだ。
一直線に光の矢は的へと突き刺さった。
これはいきなり高得点かと思った。
厳しい戦いになると覚悟して、的を見たら、光の矢は的の端っこの方に刺さっていた。
「5点。」
得点係が的を確認し、気の抜けた声で得点を言った。
下から2番目の得点だった。
周りからはやっぱりなという空気が漏れてきた。
そう、ロバートはあまり魔法が上手くないのである。
あまり。
あくまであまり上手くない。
全くできないわけではなく、そこそこ出来ない。
だから自分はユーナ姫の右腕には到底相応しくないと考えず、出来るかもしれない、いや出来る、出来るようになると考えるのだろう。
始末が悪い。
出来ないこともないというのは一番つらいだろうが、彼の場合、自信に繋げているようである。
「ふっ。」
ロバートは用意されている椅子に座った。
カッコつけるような得点ではない。
自分の番になったので、俺は的の前に立った。
ロバートの腕前を見る限り、これは確実に勝てるのではないかと俺は踏んだ。
むしろ余裕ではないかと思える。
いけると確信めいたものを心の中に抱いた。
気分が楽になった。
今なら軽口も叩けると思うくらいにロバートを舐め、自分の方が上ではないかと思った。
ユーナ姫の方をちらりと見た。
期待している眼差しをしていた。
これなら応えられる。
そう思い、構えた。
「光の矢!」
魔法を放つと一直線に的の端っこに刺さった。
矢は消え、跡が残った。
それを得点係が確認し、
「5点。」
と言った。
これは長くなりそうだ。
魔法教習所内は何とも気まずい雰囲気になった。
決闘は低レベルな一進一退の攻防を繰り広げていた。
ゲームというのは同レベル同士でやると面白い勝負になる。
そんな感じ。
見物している人たちもこれはこれで面白いとなっていた。
ロバートがたまに良い点出すと、俺も良い点を出す。
どちらかが優勢になってもまたトントンになる。
それを繰り返していた。
ユーナ姫の方を見るとハラハラしている様子であった。
ここまでもつれるとは思わなかったようで、ちょっとイラついているようにも見えた。
俺は思った。
こんな低レベルな戦いに敗れたら不登校になる。
家から出たくなくなる。
よし、負けたら引き籠りになろう。
そう頭の中で決意をしていた。
決闘も佳境に入り、残すところ後一回ずつ。
得点は俺が72点、ロバートが68点。
わずかに俺が勝っているが、一回のミスと成功で逆転する得点差だ。
ロバートが椅子から立ち上がる。
今までにないくらい真剣な顔だ。
こんな低レベルな戦いでよくそこまで真剣になれるなと感心してしまう。
純粋な奴だとつくづく思う。
見習った方が良いだろうか。
少なからず俺はロバートにリスペクトする気持ちが芽生えてきているようだ。
友情とか育めるかなとか思うが、きっと、それは無理だろう。
多分、終生ライバル視され続けるだろう。
ロバートは構えた。
「10本目。」
得点係ののんびりとした掛け声に合わせて、
「光の矢!」
魔法を放った。
的に光の矢が突き刺さった跡を得点係が確認する。
得点係はゆっくりと得点を言った。
「15点。」
これでロバートの得点は83点になった。
今日一番の得点だった。
ここに来て俺とロバートのレベルでは高得点を出した。
意外に勝負強い。
ロバートを見るとクールに鼻を鳴らしていた。
見物している人たちはいい勝負だなと感心していた。
これで11点以上出す必要が出た。
俺のこれまでの得点からすると出せるか微妙なところである。
見物している人たちの視線が俺に注がれる。
今日一番に盛り上がっている。
小鳥のさえずりが遠い。
ここで決めなくてはユーナ姫に顔向けできない。
そう思うと緊張してきた。
手の震えを感じる。
手を見ると指が微かに震えているのが分かる。
こんなことは初めてだ。
これまでの人生で一番の大勝負だ。
ここで勝てるかどうかでこの先の人生の自信が左右されてしまうことが、分かる。
失敗できない。
やろう。
俺は最後の一投のためにラインの上に立った。
的はすごく遠くに感じられた。
得点係が横に立つ。
「10本目。」
得点係の掛け声と共に俺は構えた。
「光の矢!」
今まで一番気合の入れた声を出した。
それだけこの一投にかける想いは強い。
必ず成功させてやる。
その気持ちで放った。
魔法の矢は真っすぐ、的に突き刺さった。
俺は咄嗟に下を向いて目をつぶった。
怖かったのだと思う。
結果を知ることへの恐怖が自然とそのような動きを取らせた。
得点係がのんびりとした声で言う。
「15点。」
その瞬間、喜びよりもホッとした安堵の気持が勝った。
俺は勝ったんだ。
それを噛み締めていると周りから拍手と歓声が聴こえた。
この低レベルな勝負に祝福を与えるように。