中学一年生の時の冒険 その10
魔法教習所は学校の東の校舎から少し離れた目立つ場所にある。
校舎から離れているのは、安全のためだろう。
校舎からはよく見え、綺麗な外観は、この王国のエリートが利用するに相応しいと感じられる。
周囲は原っぱとベンチがあり、魔法の訓練の合間にのんびりと休憩出来るようになっている。
そこに俺はユーナ姫と共に来た。
何か食べ物を売っている奴がいるが、他はまだちらほらといった感じだ。
これくらいの人数でも、注目されている感じがして、気持ち悪い。
中に入るとどうも王家から派遣されてきたであろう人達が数人、的の調整したりと準備に追われていた。
「準備は大丈夫?」
ユーナ姫がその中の1人に聞いた。
「はい!予定通りに始められます。」
聞かれた男は恐縮そうに話していた。
ユーナ姫に声をかけられるのは緊張するのだろう。
割と普通にユーナ姫と話す俺なんか、こういう人達からどんな風に見られてるんだろう。
一応、右腕として育成されているから、ユーナ姫と話すのは当たり前に思われてるのかな。
だとしたら何だか優越感というのを感じる。
これが高尚な地位になるということか。
ユーナ姫は準備している人達を労うと踵を返して、こっちに来た。
「予定通りに準備は万全よ。」
「それは何よりです。」
着実に本番へと向かっている。
鼓動が速くなるのを感じる。
ユーナ姫にはプレッシャーになることは言わないでほしい。
ユーナ姫に期待されるとやる気よりも重苦しさが来る。
また、緊張の波が押し寄せてきた。
「緊張してる?」
「ええまぁ。」
硬い顔をしていたと思う。
注目されている中で、勝負するなんて元の世界でもそんな経験ない。
今回、初めてである。
人生初の衆人環視の中の一大勝負が、姫の右腕の座をかけたものという。
地獄だなと思う。
そんなことを考えているとユーナ姫が、アドバイスしてきた。
「緊張するなとは言わない。でも、勝負にこんなこと言うのも良くないけど、流すようにやりなさい。自然に出る実力以上には、実力出ないから。」
「そんなんで良いんですか?」
「良いのよ。私も緊張するときは、空気になることにしてるから。」
意外だと思った。
ユーナ姫はこれまでの様子を見ると責任感が強そうな雰囲気だ。
緊張しても自分を奮い立たせて、果敢に挑むのかと思っていた。
それが、空気になるようにするとは。
人の処世術というのは意外なものかと思った。
「何か意外ですね。」
「そう?」
「ええもっと、責任感を持ってやるぞと取り組むタイプかと思ってました。」
素直に思っていたことを言った。
ユーナ姫の性格というのをわかっていなかった。
それにユーナ姫はくすりと笑みをこぼしながら、肩をすくめた。
「私は健太が思うほど強くないのよ。」
何だか影を感じた。
きっと、俺の知る由もない悩みとかあるのだろう。
「姫様は強いと思いますよ。」
これは俺の率直な考えだった。
このような考えの出来る人が、弱いはずはない。
むしろ、心の芯の通った強い人だと思う。
「みんなそう言うけど、どうなのかしら。」
仕方がないというような口ぶりだった。
今まで、周りの人から強い姫として扱われていたのだろう。
それが結構ストレスになっているようだった。
「そう言えるのは強い証拠ですよ。」
「だと良いけど。」
ユーナ姫は強い方だ。
それは間違いない。
ただ、本人が自覚してないだけだ。
いつか納得して気付ける時が来るといい。
話していたら少し心に余裕が出てきた。
ユーナ姫のおかげだ。
「姫様のおかげで少し気分が楽になりました。」
「それは良かったわ。あまり気負いしなくていいのよ。勝ってほしいけど。」
最後に本音が漏れていたが、概ね楽にやりなさいということだろう。
いっちょやるかと思うことにした。
「姫様、健太くん。」
急に後ろから声をかけられ振り向くと、アンリとヴェリスがいた。
「アンリ、ヴェリス来てくれたの?」
ユーナ姫は嬉しそうに彼女たちに近寄った。
アンリとヴェリスも嬉しそうだ。
俺も心強く感じた。
入学してからまともな友人は出来たと言えない中で、数少ない気さくに話せる人達だ。
心が躍る。
「姫様の一大事。アンリと応援に来ました。」
真っ直ぐな瞳で真面目にヴェリスは言った。
ヴェリスの眼鏡が光る。
そんな気がする。
「来てくれて嬉しい。ねぇ健太。」
俺の方を振り向いて力強くユーナ姫は言った。
とてつもなく期待している眼差しに見える。
そんな目で見ないでください。
よっぽど、ロバートが嫌なんだろうなと思う。
この期待には応えなくては。
彼女たちを見ているとそう思えた。
自分を応援してくれる人が、少しでもいたら心強い。
「はい、身が引き締まります。」
「そんな気負わないで。」
アンリが静かにくすりとしながら言った。
気持ちが落ち着くのを感じた。
静かに話されると自分も心が静かになる。
「落ち着いてやりますよ。出せた実力以上に実力は出ませんから。」
「その意気よ。」
ヴェリスが曇りなき眼差しで言ってくる。
この眼差しを裏切る訳にはいかない。
死力を尽くそうと思った。
ユーナ姫たちがその後も雑談していると、どんどん生徒たちが集まってきた。
教習所は賑やかになってきた。
完全に学内イベントとなっている。
また、重圧感がのしかかる。
しかし、やるしかない。
そう自分を奮い立たせた。
「ロバート遅いわね。」
ユーナ姫がぽつりと言った。
そういえば来てないな。
このまま来ないで不戦勝にならないかなと思う。
ここでまた逃げ出したい衝動を持つ。
自己嫌悪に陥る。
どうしても楽に時が過ぎないかと思ってしまうのだ。
そうやって、元の世界では過ごしてたので、こちらに来ても変わらない。
むしろ魔法なことが起きるので、より拍車がかかる。
今日もユーナ姫たちに励まされて決心するが、また、ちょっとしたことで帰りたくなる。
安心の自宅に帰りたくなる。
ベッドに潜って今日も楽しかったなと思って、平和な明日に行きたい。
そんなことを考えてるとロバートがやって来た。
「姫様おはようございます。」
そう言ってロバートは跪き、恭しく挨拶した。
ユーナ姫は笑顔で挨拶を返してるが、嫌そうな雰囲気が伝わってくる。
ロバートは気付かないのか満足気だ。
ユーナ姫と挨拶を交わせただけでも嬉しいとは殊勝な奴だ。
その忠誠心は確かにユーナ姫の右腕になるには相応しいと思う。
しかし、譲らない。
譲りたくない。
今はそう思う。
確かに逃げ出したい気持ちにはなるが、同時にユーナ姫のために頑張りたい気持ちもある。
「ロバートくん、おはようございます。」
敵とはいえ挨拶はする。
「やぁ、健太くん、今日はよろしく。」
「こちらこそ。」
今日、試合する2人は挨拶をして、相手を見た。
ロバートには余裕を感じる。
そりゃそうさ。
ここ最近魔法を学び始めたやつと魔法勝負である、勝てる気してしょうがないだろう。
その鼻へし折ってやる。
ロバートに相対するとやる気が出てきた。
俺にも勝負師の魂が宿っていたか。
「今日は記念すべき日になる。楽しみだね。」
この人を舐めた態度。
腹立つ。
「よい試合をしましょう。姫様のために。」
「ふっ、よい試合になるといいですね。」
俺の言葉に挑発で返してきた。
こういうことには察しが良いんだな。
俺達が鍔迫り合いしてると、準備をしていた人が、ユーナ姫に声をかけた。
ユーナ姫は頷くと俺とロバートに言った。
「2人とも準備出来たって。借りれる時間が決まってるからやりましょうって。」
「わかりました。」
「いよいよ決着をつける時。」
俺が返事していると、ロバートは気持ちが早って来たようだ。
早速、会場へと向かっていた。
俺はというと荷物があったので、ロッカールームへと持って行った。
ロッカールームは普段、更衣室として使われてる部屋で、俺は男子ロッカールームに入った。
ロッカールームの中は壁一面ロッカーが並び、部屋の中央には6人は座れるベンチがあった。
綺麗に掃除されていて、逆に落ち着かないくらいだった。
こういう部屋はちょっと汚いくらいがいい。
荷物を取り敢えず適当なロッカーに入れると、緊張が高まって来た。
気持ちを落ち着かせようとベンチに座り、深呼吸した。
少しリラックスした。
もう、行かないとと思っていると、ユーナ姫が少し恥ずかしそうに入って来た。
ここ男子用のロッカールームだもんな。
「初めて入るわ。」
「姫様、どうなされましたか?もう試合ですよね。」
ロバートは待機しているだろうし、この施設を借りれる時間も決まっているから、ここでもたもたしてられない。
「試合前に言っておこうと思って。」
「何ですか?」
改まって言う事って何だろうかと思っていると、ユーナ姫はコホンと息を整えてから言った。
「こんな面倒なことにしてしまってごめんなさい。私の力不足ね。」
申し訳無さそうにユーナ姫は言った。
そんな気にしなくていいのにと思った。
でも、確かに面倒なことになったとも思う。
「これも王家の右腕の務めです。やるだけです。」
そう言うとユーナ姫はにっこりした。
「もう、指示はしません。あなたの思う通りにやりなさい。その結果を見届けます。」
「はい。」
俺は力強く頷いた。
もうやるだけだ。
「では、行きましょう姫様。」
「ご武運を」
俺とユーナ姫はロッカールームを出て勝負の場へと向かった。