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家庭教師になるまでの話

 朝、起きるとそこは日常の風景であった。

 部屋は整理整頓され、机の上には綺麗に重ねられた資料が置いてある。昨日、レポートを書くのに使ったやつだ。

 ベッドから起き上がり、部屋を出た。1階に行くと母が台所仕事をしていた。


「健太、おはよう。」


 母が忙しそうに言う。


「おう。」


 とりあえず反応しといた。

 トーストにいちごジャムを塗り、コーヒーを飲んだ。コーヒーはまだ熱かった。

 食事を済ませると着替えて、洗面台で身なりを整えて、今日、提出のレポートと教科書、ルーズリーフを入れたら家を出た。

 今日は朝早く出た。大変面倒な1限目があるからだ。

 朝のバスと電車に揺られて大学に着いた。人はまばらでみんなテンションが低い。眠いのと朝からの講義はしんどいのだ。いつもだが大学の朝は静かだ。

 エレベーターを使い5階の広い講義室に行くと居眠りしている人やスマホをいじる人がいた。控えめに隣りに座る友人だろうか人と話す人もいる。みんな各々の朝の過ごし方をしている。自分もこの中の一人として過すのに居心地の良さを感じていた。

 いつもの席に座り、筆記用具を出したら時間までボーッとすることにした。昼飯何にしようかなとか、和真の発表は今日だったなとか思い浮かべながら、教授が来るのを待った。

 誰かが少し開けた講義室の隅の窓からのんびりとした風が吹き込み、端っこにまとめられたカーテンをちょっぴり揺らす。 

 チャイムが鳴った。教授がゆっくりと入って来た。講義が始まった。

 1限目の講義が終わると2限目の講義室に向かった。この時間になると一気に学生の数が増す。みんな忙しそうに自分たちの行くところへ歩いている。まるで一つの都会の街のように。自分もその街を闊歩するその一人だ。

 次の講義室に入ると見慣れた顔がいた。大学で友人になった友晴だ。いつものように短く切り揃えた前髪をいじりながら眠そうにしている。朝が弱いらしい。

 隣りに座ると朝の挨拶をした。これが何だか安心感を感じる。


「おはよう。」


 俺がそう言うと友晴はあくびしながら応えた。


「おう。」


 少し男らしいぶっきらぼうな喋り方するのが、こいつの魅力である。それでいて気を使った話を少しぶっきらぼうに喋る。


「朝飯食いそこねちまったから朝コンビニでパン買った。」


 そう言うと友晴は鞄からあんぱんと小さい紙パックの牛乳を出して食べ始めた。あんぱんには牛乳が一番らしい。自分はあまりそういうこだわりはないのでよくわからず、それを聞いた時、可笑しかった。


「なあ、聞いたか?」


 食べながら友晴が話始めた。


「何か愉快なことでもあったのか?」

「いや、和真が発表用のレポートまだ提出してなくて単位たぶん落とすって焦ってるの。」

「留年コースだな。」


 和真は幾つか単位を落とす危機のある講義があっていつもヒーヒー言っている。ここの大学に合格したのもぎりぎりだったらしいから中々大変何だろう。ただでさえ大学生というのは勉学を切り捨てることになる誘惑が多い。ある程度の意識は持ってた方が良いだろう。

 それに比べたら自分は恙無くマイペースに勉強している。暇なくらいだ。何かアルバイトでもしようかと思っている今日このごろである。遊ぶ金には困ってないが、アルバイトの給料で好きな物を買ったり、遠出したい。友晴はコンビニのアルバイトで稼いだお金で旅をしたりしている。旅をする気はないが、温泉とかにでも行きたい。というよりもういいやと思っている。


「まぁ、一年生の時も乗り切ってたし、また、なんとかするだろうよ。」


 そう言って、友晴は笑いながら、あんぱんを頬張った。


「友晴は必修大丈夫なのか?」

「俺は問題ない。健太はまぁ大丈夫か。」

「そうだな。問題ない。」


 話しているうちに講義室内は埋まっていった。広い講義室はたくさんの学生を収納するには十分な広さだった。

 2限目の講義が始まると賑やかだった講義室は静かになり、マイク片手に講義を行う教授の言葉に耳を傾けていた。講義が終わったので自分と友晴はそこの講義室で昼食を食べ始めた。

 しばらく談笑しながら食べているとスマホが鳴った。母からである。内容は家庭教師のアルバイトをしないかということだった。

 母は知り合いの佐藤さんから中3の息子の勉強を見てもらいたいと頼まれたそうだった。塾とかに行けば良いのに本人が俺に見てもらいたいと言っているそうだ。何故かは不明だが、帰ったら返事するとだけ返信しておいた。

 確か佐藤さんの息子も健太と言って俺と同姓同名だっはずだ。だからだろうか?でも、そんな理由で勉強を見てもらいたいと思うだろうか?友達とか恋愛相談とかか?いや、同姓同名ってだけでそんな話はしたくならないだろう。

 どんな理由で俺をご指名したのかは謎だが、悪い誘いではない。

 丁度いいアルバイトが、見つかったかもしれないと思いながらその日の大学生活を送った。

 今日の講義を全て終えた夕方友人と別れて、一人帰宅に向かった。電車に揺られながら思う。この変わり映えのしない車窓の光景。子どもの時から出掛ける際はこの路線を使っていた。その頃は街に出るわくわく感で毎回新鮮さを感じていた。それも今や退屈な時間となっている。ちょっとの変化がほしい。

 家に着くと母がテレビを見ていた。


「ただいま。」

「おかえり。やるか決めた?」


 一瞬なんのことを言っているのかなとおもったが、すぐに家庭教師のアルバイトのことだと気がついた。


「うーん。やろうかなとは思ってるけど。」

「まぁ、やって頂戴よ。健太くんたってのお願いらしいから。」


 背中を押すようなことを言う母に若干のうっとおしさを感じつつも、やろうという方向に傾いていた。

 とりあえず一度会って話を聞いてみよう。勉強の進み具合も聞きたいし。


「じゃあ、今度佐藤さん家行ってみるよ。」

「引き受けてくれるのね?」


 母はこれで解決したかのような顔をした。自分の思い通りに行くといつもこの顔をする。


「そういう方向ではあるけど、一度会って話を聞いてみようと思う。」


 後頭部を掻きながら、少し悩んでる風に言った。


「わかったわ。連絡しておく。後で予定を組むわよ。」

「わかった。」


 佐藤さん家に行くことが決まった。

 次の日には行く日程が決まった。一週間後の夕方、俺は佐藤さん家にやって来た。2階建ての方形を組み合わせたような家に屋根が乗っかっている見た目だ。ライトクリームの壁色が目立つ。

 インターホンを鳴らすと母親が出て来た。


「いらっしゃい。健太は2階の自分の部屋で待ってるわ。」


 生徒になる佐藤健太の母親は背が高く、大学生でも平均的な背丈の俺とあまり変わらない。見た感じ、夕方のスーパーに行ったらいそうな感じである。

 

「おじゃまします。」

「そこの階段上がって目の前の部屋が、健太の部屋だから。」


 自分の名前を呼ばれるのは何だか変な気分だった。

 2階への階段は入ってすぐの左側にあった。そこを登り、目の前の部屋のドアをノックした。

 2回叩くと中から「どうぞ。」との声が聞こえたので、ドアを開けて中に入った。

 入ると中学生の男の子が一人机の椅子に座っていた。そう思えたのはまだ顔が幼かったからだ。背丈は座っているからはっきりとは分からないが、たぶん、俺より多少低いくらいだろう。青春真っ只中といった雰囲気が出ていた。

俺はとりあえず挨拶をすることにした。


「こんにちは」


 自分なりの笑顔で、愛想よく、話しかけた。

 相手も笑顔で返してくれた。大学生にはない笑顔だと思った。


「こんにちは。先生、今日はありがとうございます。」


 礼儀正しい子だなと思った。自分が中学生の頃はこんな応対できただろうか。ふと、中学時代を思い返してみる。こんな真面目そうには過ごしてなかったなと思う。ちょっと、劣等感を感じる。


「じゃあ、今日は苦手な科目について話そうか。」

「先生、この椅子使ってください。」


 生徒の佐藤健太は慌てて部屋の隅にあった椅子を持ってきた。


「ありがとう。」


 そう言って俺は椅子に座った。木製のその椅子はたぶん俺が来るからと別の部屋から持って来たものだろう。それだけこの部屋の内装と合ってなかった。


「話戻すけど苦手な科目は何?」

「そうですね。数学が苦手です。」

「特に何が苦手?」

「図形とか苦手です。」


 こうして話を進めて行くと、生徒の佐藤健太はこんな事を言った。


「先生って、何回か行方不明になったことがあるんですよね。」


 ふと言うには顔がわくわくしているかのようであったので、これが目的かと理解した。勉強する気はないのかなと思ったら、生徒の佐藤健太は慌てて言った。


「いや、勉強も勿論目的です。」

「その話も聴きたいと」


 俺は溜め息をした。まぁ、純粋何だろう。


「聴かせて貰えませんか?」


 期待をしている顔をしていた。きっと、非日常というものに憧れを抱いているのだろう。その気持ちはわかる。俺も大学に行くばかりの日常に飽きていたところだった。

 俺は笑みを浮かべた。


「いいよ。話してやるよ。」

「本当ですか!?」

「但し、話を聴いたら真面目に授業を受けること。」


 当然の条件である。勉強そっちのけでお喋りしてたら元々の目的からはずれ、母や生徒の佐藤健太の母親に申し訳ない。


「わかってます。先生の話を聴いたら真面目に授業を受けます。」


 鸚鵡返しのように決意を述べると、先ずはお話からと言わんばかりに、背筋を伸ばし、待機し始めた。

 俺は得意気になって、語り始めた。


「最初の冒険は中学一年生の時だったな。」

 


 

 

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