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ついてくる足音

 これは、小学生の頃に本当にあった話です。


 その日は委員会活動で帰るのが遅くなり、いつもは友達数人で帰る帰り道を一人で歩いていました。普段は友達と道草しながら一時間以上かかることもある帰り道ですが、通常徒歩で三十分程の道のりです。


 秋の夕暮れ、日が落ちるのも早くなり、空は夕焼けから夜の色へと移り変わっていきます。田畑の広がる田舎道。街灯も殆ど無く、ぽつりぽつりと離れた位置にある民家には明かりが灯り始めます。


 いつもの時間であれば、犬の散歩をするおばさんに、農作業をするおじさんと……誰かしらには出会うのですが、時間が遅いからか、この日は誰にも出会いませんでした。暗くなってきた道を、少し心細く感じながら、一人黙々と歩きます。


 遠くから、風に乗って聞こえてくるのは、音の外れた“とおりゃんせ”。天神さんの前に設置されている音響信号機の音です。故障しているのか音が少しズレていて、音痴だな~といつも笑っていたのですが、この時は、その音のズレが妙に不気味に感じました。


 下校時、いつもはワクワクしながら友達と時間をかけて通る場所に差し掛かります。普段は楽しい冒険の舞台でもある大きな竹藪に、雑草が覆い繁った川に掛かる橋も、なるべくそちらを見ないようにして、急ぎ足で通り過ぎます。ざわざわと揺れる竹藪はいかにもおどろおどろしく、川にかかる橋の黒い影からは、何か恐ろしいものが這い上がってくるような、そんな気がしたのです。


 しばらく歩いて四つ辻に差し掛かった時、ふと、昼間学校で盛り上がった『本当にあった怖い話』を思い出してしまいました。『赤いチャンチャンコ』『紫の鏡』『首切り馬』……。怖い話を沢山知っている者がクラスの人気者になれた時代、みんな競って怖い話を聞かせあっていたのです。


 『首切り馬』に出てきた暗い四つ辻に、一人で立っている事が急に怖くなってきて、思わず早歩きになります。さっきまで聞こえていたはずの虫の鳴き声も何だか急に静かになって、自分の足音がやけに耳につきます。


トコトコトコ…… カツカツカツ……


 高い足音がすぐ後ろから聞こえてきて、あれ? っと思います。確かにさっきまで、自分の後ろには誰も居なかったはずです。立ち止まり、ばっと後ろを振り返って、辺りを見まわしました。けれど、誰の姿も有りません。気のせいかな? 気を取り直してまた歩き始めます。


トコトコトコ…… カツカツカツ…… 


 早歩きで歩を進めると、また、先ほどの足音が聞こえてきます。もう一度立ち止まって、ゆっくりと後ろを振り返りました。やはり、誰の姿もありません。足音は、私が立ち止まれば同じように止まり、進めば同じようについて来るのです。


 “何か分からないものがついて来る恐怖”に、私は走り出しました。


タッタッタッ…… カッカッカッ……


私を追いかけるように、足音も早くなります。


(なんでついてくるの! 怖い! 逃げなきゃ!)


無我夢中で夜の道を走りに走りました。何かはずっとついて来ます。


 家の明かりが見えて来ました。


(もう少し、もう少し!)


ガチャリ。私は振り返らずに、家へと駆け込みました。


「お帰り、遅かったわね。どうしたの? そんなに息切らせて」


母が台所で夕飯の支度をしながら声をかけて来ます。


(逃げ切れた、助かった、良かった)


母の顔を見て、ほっとした私は、へにゃりとその場にしゃがみ込みました。


 あれは何だったのだろう、そんな事を思いながら、その日は就寝しました。



 次の日、ついて来た謎の足音の正体が思いの外あっけなく判明しました。


 事の発端は、布製のペンケースから、流行りのキャラクターものの筆箱に買い替えた事にありました。私が走ると筆箱がランドセルの中で上下し、筆箱の中の物差しが動いて鳴っていた音だったのです。


 今では、“とおりゃんせ”の音響信号機の音も、鳥の鳴き声に変わり、街灯もちゃんと整備された通学路。久しぶりに懐かしく思い出した、帰り道でした。

お読みいただきありがとうございました。


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