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09. 予定変更


 エステラが加わったことでようやくカロンを発てるかと思いきや、今から出発しても次の町に辿り着く前に夜になってしまうことが判明。ルクレーシャの加護のおかげで魔物に襲われる心配はしなくていいが、どこへ行こうと悪人や犯罪者という脅威はある。やむを得ない場合を除き、夜間の移動はできるだけ回避するに限るだろう。

 女性であるエステラとビアンカ、そして仮にも王子殿下であるライアンの安全を考えて、カロンを発つのは翌朝にしようということで話がまとまった。



「そうだ、お前……えーと、アランデルだったか?」



 急にライアンに話しかけられたエステラは怪訝な顔をしつつも「はい」と応じた。



「なんでしょう、殿下」


「あのさ、テオは元気にしていたか?」



 テオ。誰のことか分からずエステラは首を傾げた。それを見たライアンが苦笑する。



「俺の弟のテオドールのことだよ。父上の指示であいつが聖女育成の責任者になったんだろ? あいつ昔から俺よりずっと頭が良くて要領もいいけど、それだけにいろいろと責任を負わされて大変そうなんだよな。大丈夫そうだったか?」



 エステラは驚いた。……これは、完全に予想外だ。



「ここへ来る前にチラッとお会いしただけですが、少なくとも顔色は良くてお元気そうでした」


「そうか……それならいいんだ」



 心底安心したような表情を浮かべたライアンに、エステラはこれまでの自分の憶測が完全に間違っていたことを知った。

 無能な兄と、有能な弟。さぞかし仲が悪いのだろうと勝手に思い込んでいたわけだが、どうやらそうではなかったらしい。そしてもう一つ。



「……他にお訊きなりたいことはありますか?」


「他に?」


「あ、いえ、なんでもありません」



 不思議そうな顔をされたため、エステラは即座に話を切り上げた。

 他に訊くことがないということは、彼にとって気にかかる案件は弟の無事だけだということだ。エステラはそそくさと彼のそばから離れながら自分の認識の甘さを痛感する。やはり思い込みというものは良くない。

 てっきり、彼が見つけた真実の愛とやらの相手のことを案じているものとばかり思っていたのだが。


 ライアンのそばを離れたエステラは、今度はビアンカに近づいた。話の内容的に、やはり同性である彼女には声をかけやすい。



「ビアンカさん、ちょっと殿下の新しい婚約者のことで訊きたいことがあるんですけど」


「呼び捨てで構わないわよ……って、殿下の新しい婚約者? もしかしてマリアンナのこと?」



 ビアンカの顔が歪んだ。思った以上の露骨な反応に、尋ねたエステラのほうがたじろいでしまう。あと例の雑魚聖女の名前はマリアンナというのか。知らなかった。



「名前までは知りませんけど、たぶんその人です。殿下と違って彼女は今も地下牢に幽閉されているんですよね」


「ええ、そうね。悪意をもってルクレーシャ様を追い落としたんだもの。当然の報いでしょ」


「悪意ですか……なんていうか、もとからそんな感じの人なんですか?」


「さあ。でも貴族としても聖女としてもほぼ底辺っていうのは確かよ」



 まるで吐き捨てるかのようなビアンカの言い方に、エステラは知らず眉を寄せていた。

 貴族として底辺だというのは、まあ問題ない。聖女である以上は貴族としての家柄よりも聖力の強さのほうが重要だからだ。

 だが、聖女としても底辺だということは、肝心の聖力もそれほど強くはないのだろう。以前カイも言っていたが、やはり雑魚に分類される程度の力しかないらしい。ビアンカが続ける。



「可哀想な境遇ではあるらしいんだけどね。個人的に親しいわけじゃないから詳しいことは知らないわ。でも分別のある人間ならルクレーシャ様を追い落とそうだなんて考えもしないでしょうし、親しい誰かがそれを企んでいたら当然止めるはずよ。それをしないで殿下の計画に賛同したということは、少なくとも賢い人間ではなさそうね」


「やっぱりそうですよね」


「ええ。誰がなんと言おうとルクレーシャ様は歴代随一の大聖女。彼女の出自や性格や言動がどうであれ、その事実だけは絶対に覆らない。そしてそれを覆そうとした時点で、マリアンナもライアン殿下もその程度の人間だったということよ」



 ふむ、とエステラは腕を組んだ。マリアンナとやらに関しては、最初の印象そのままの人間ということで良さそうだ。ライアンが予想外に弟思いだったので、彼女も浅知恵なだけで王様が温情をかける余地があるのではないかと思ったわけだが、どうやらそういうわけでもないらしい。

 これでスッキリした。エステラはビアンカに礼を言ってその場を離れる。彼女の意見だけでマリアンナを評価するわけにはいかないが、それでもなかなか客観的な意見をもらえたと思う。



「エステラ、なに考えてるの?」



 何気にずっとそばにいたカイが静かに問いかけてくる。あまりにも自然に張り付いているのでエステラにとってはほぼ空気だった。



「特になにも。ただルーちゃんに選択肢をくれた間抜けな聖女はどんな人だったのか気になっただけ」


「君が気にかけるだけの価値もない存在だよ」


「別に気にかけてはいないよ。単なる興味。それももう失せたけど」



 エステラが振り返ってカイを見上げると、彼もこちらをじっと見つめていたらしく、二人の視線が間近で絡んだ。

 透明感のあるカイの瞳。造ったのはエステラだが、その奥に宿る感情は紛れもなくカイ自身のものだった。いつもエステラを落ち着かない気持ちにさせる真摯な眼差しも、そこに溶け込む熱も。全部本物で。


 まったく、と苦笑する。出会った当初はお互いボロボロになるまで戦うこともあったというのに、変わるものだ。

 ふと数年前のことを思い出した。当時はカイが一方的にこちらのことを敵視しており、対するエステラはそんな彼にまったく興味がなかった。そのため何度も懲りずに勝負を挑んでくる彼に容赦なく攻撃を打ち込んでは追い払っていたわけだが。



「ところで『目』の調子はどう?」


「うん、装着して二日くらいで馴染んだよ。今は絶好調」



 どういうわけか、現在はエステラにかなり盲目的な節のあるカイである。

 しかし錬金術の精度に関していつも忌憚のない意見をくれるのも彼であった。そんな彼が「絶好調」と評価したのであれば本当に問題ないということだろう。エステラはホッと胸を撫で下ろした。

 それにしても、せっかくカイの要望通り追跡機能を追加したというのに、一緒に行動するならあまり意味がない。というか、自分の動きを逐一エステラに報告するという機能をつけたがる彼の気持ちもいまいち理解できそうにない。まあ、個人の嗜好に口を出す気はないのでカイがいいなら別にいいのだが。



「……綺麗に見えてる? 大丈夫?」


「もちろん。エステラはいつだって綺麗だよ」


「いや、私じゃなくて視力の話」



 まったく意図していない頓珍漢な返答をエステラはバッサリと切り捨てた。やっぱりこいつの考えなどエステラには到底理解できそうにない。



「あ、アランデル様。少しよろしいでしょうか」


「はい?」



 どこかに行っていたらしきキースが戻ってくる。そういえば先ほどから姿が見えなかったが一体どこに行っていたのだろう。



「いま確認してきたのですが、あいにく宿の部屋に空きがないらしく……アランデル様さえ良ければ聖女様と相部屋でもよろしいでしょうか? 追加のベッドは宿が用意してくれるようなので」


「構いませんよ。私も個室より大部屋のほうに馴染みがありますしね」



 孤児院にいた頃も、師匠に拾われたあとも、自分だけの空間などあってないようなものだった。錬金術協会を出てからはずっと一人暮らしをしていたわけだが、なんだかんだカイやルクレーシャが遊びに来ては賑やかに過ごしていたので、部屋に自分以外の誰かがいるという状況には慣れているのである。



「かしこまりました。ではベッドの手配を頼んで――アランデル様っ!?」


「ちょ、エステラ!?」



 突然、なんの前触れもなく、いきなりエステラがバタンと倒れた。つい先ほどまで普通に話していたというのに一体何事だ。カイが慌てて抱き起こしてみれば、ほんのわずかに寝息が聞こえる。しばし無言で様子を見たのち、キースが恐る恐るカイを窺った。



「ね、寝ているようですな」


「そうらしいね。……どうも薬が切れたみたいだ」



 カイが渋い顔をする。彼女が急に倒れるこの現象には心当たりがありすぎた。しかし事情を知らないキースは青ざめる。



「薬って……もしやアランデル様はどこか患っておられるので?」


「いや、エステラはいたって健康だよ。でも過労のあまり薬に走ったんだと思う。たぶん復興支援のための物資提供の依頼が、宮廷錬金術師たちのところに大挙として押し寄せてきていたんだろうね。きっと今ごろ王宮は大混乱だよ」



 少なくともカイが旅立つ頃はまだそこまで依頼件数は多くなかった。しいて言うなら、欠品中の素材を使った製品の依頼が溜まっていたくらいだ。だがあの程度なら路地迷宮にツテがあるエステラがいればどうにでもできる範囲内である。なのであまり心配していなかったわけだが。



「薬が切れた途端ここまでガクッとくるなら、たぶん僕が作った超栄養剤を飲んだんだと思う。極限状態でも無理矢理体を動かしたい時に飲めばさらに数時間は()つ、ある意味禁断の代物だ。扱いが難しいから開発したもののエステラにしか渡してない」


「それは……なかなか魅力的な薬ですな……」


「一応言っておくけど、あげないよ」



 物欲しそうな顔をするキースにはしっかりと釘を刺しておく。自分で開発しておいてなんだが、あれは効きすぎるのだ。カイは爆睡しているエステラを抱き上げながら遠い目をした。


 以前、協会からの依頼で魔物が跋扈する大森林に二人で乗り込んだ時のことを思い出す。あの時うっかり巣をつついてしまったらしく、空飛ぶ魔物の群れを相手に丸二日に及ぶ大乱闘を繰り広げるハメになった。それで超栄養剤を飲んで不眠不休で戦い続けたわけだが、最後の最後で薬が切れたエステラが空飛ぶ魔物の背中の上でいきなりぶっ倒れてしまったのだ。たまたまカイが同じ背中の上にいたので事なきを得たわけだが、あまりのことに心臓が止まる思いをしたっけ。


 そんな過去を思い出しつつ、カイは腕に抱えたエステラを見つめた。……無茶しがちに見える彼女であるが、一応これでも無茶する前にそうしないで済むよう努力はするのだ。

 錬成の効率化はもちろん、使える人材を容赦なく引きずり出してはこき使い、金を出せば済む問題には惜しげもなく大枚を叩き、それでも無理ならカイやゼノを召喚し、そこまでしても駄目な時だけエステラは超栄養剤の蓋を開ける。



「……エステラがここまでするってことは、どうやら予想以上に王宮は大変なことになっているみたいだね。予定変更だ、騎士団長。今日中に次の町まで行くぞ」


「は? いえ、それは無理ですぞ総帥殿。今から出発しても到底間に合いません。最速でも到着は深夜になりますし、それではさすがに聖女様やアランデル様の体力が保たんでしょう」



 急に突拍子もないことを言うカイを宥めるように、キースは先ほど皆で話し合って決めたことをもう一度繰り返した。

 エステラ関連では暴走するとはいえ、本来のカイは冷酷なまでに理性的だ。それに今回は他でもないエステラが過労で爆睡しているし、道中の彼女の安全を考えても今すぐ発つのは得策ではない。そんなことはカイも分かっているはずなのに。

 しかしカイは首を横に振った。そして困惑しているキースにさらりと告げる。



「問題ない。僕が空間錬成で距離を稼ぐ。本当は二人以上を一度に転移させると失敗率が跳ね上がるんだけど、そんなことも言っていられなくなった」



 空間錬成。ごく一握りの高位錬金術師にしか許されていない超絶技法。

 キースは眉を寄せた。一体どうしたというのだろう。なんというか、あまり総帥殿らしくない気がする。



「……なぜそこまで急ぐのですか? 確かに予定よりも遅れてはいますが、まだ許容の範囲内のはずです」


「なぜって、そんなの決まってるでしょ。こっちは無関係のエステラを巻き込んでいるんだ。一刻も早く任務を達成してエステラを解放してあげたいと思わないわけ?」



 らしくない、なんて。そんなのはキースの感覚でしかなかった。

 たとえ失敗率が高かろうと、その場合の代償として体の一部を失う危険性が高いとしても。



「騎士団長、すぐに宿を引き払って聖女と第一王子を連れてきて。急いでいるとはいえ、僕だって五体満足でいたいからね。ここは確実性をとって一人ずつ連れていくよ」


「……危険だからと止めたところで、聞き入れてはもらえないのでしょうな」


「察しが良くて助かるよ。僕はエステラ以外の誰の言うことも聞くつもりがない。たとえそれが善意からの忠告であったとしてもね」



 欠落の錬金術師。彼が従うのは自分自身とエステラだけ。実家である伯爵家さえ、彼を真実従えることなどできやしない。



「かしこまりました。すぐに皆を集めます」



 言っても聞かないカイを説得するだけ時間の無駄だ。それを悟ったキースが早々に折れてくれた。踵を返す彼を見送りながら、カイは抱きかかえたエステラの寝顔を再度見下ろす。

 普段は路地迷宮から出てこない彼女。それなのに急遽王宮でカイの代理として働き、そのうえ魔物の生息地域まで一緒に行ってくれるという。今回はバリシード峡谷に行った時とは違って協会の依頼でというわけでもないのに。



「……巻き込んでごめんね、エステラ」



 ぽつりと呟かれたその言葉は、誰に聞かれることもなく空気に溶けて消えていった。


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