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04. 手っ取り早い金儲け


 その後、エステラが案内されたのはこの宿の中でも特に上等な一室だった。普段は相当金を積まねば通されない部屋なのだが、賓客であるエステラは破格の代金でこの部屋を利用する権利が与えられている。

 荷物を置いて人心地ついたあと、エステラは難しい顔でカイを見上げた。彼は宿泊しないのだが、エステラに付き合って部屋までついて来てくれたのである。



「ねえ、カイ。王様が方針転換したってことは、魔物討伐のための特殊部隊とやらの話はなくなったってことでいいの?」


「たぶんね。でも候補だった僕やエステラが放免されたかと言えば、それはちょっと微妙かも」



 歯切れの悪いカイにエステラは首を傾げた。例の話が完全に白紙に戻ったわけではないということか。確かに王様から直接話を聞いたわけではない以上、いくらそれっぽくてもすべては憶測でしかないことはエステラも理解しているが。カイが重い口調で続ける。



「……じつは数日前に、魔物の襲撃を受けて村がひとつ壊滅したって報告があったんだよ。幸い村人たちは魔物を恐れてすぐさま村を放棄したらしくてね、死者とかは出ていないはずだけど」



 村がひとつ、壊滅。エステラは片眉を上げた。なるほど。自分には関係のない話であるが、王様としては当然放っておけない事態であろう。たとえ死者が出ていないとしてもだ。

 小さな村とはいえ、魔物は容易に人里を滅ぼすことができる。それが明らかになった以上、もはや一刻の猶予もない。もしも王都が襲撃されるような事態になれば、最悪国ごと滅んでもおかしくはないのだ。王様が早期解決を目指すのも当然である。


 そうなると、やはりいつ終わるともしれぬ魔物退治に精を出すよりも、すでにいる優秀な聖女たちに訓練を施してすべての魔物を一気に国外へと弾き出してしまったほうが早い。だからこそ王様も聖女育成を優先させることにしたのだろう。

 しかし、どれほど急いでも聖女たちの育成が完了するまでやや時間がかかる。だからカイは「放免されたかはちょっと微妙」と表現したのかもしれない。聖女たちの訓練が完了するまでは実力行使で魔物を追い払うしかないのだから。ルクレーシャが舌打ちをした。



「他の聖女育てんのならもっと早くにそうしてろっての。あたしにばっかタダ働きさせやがって、あームカつく」


「ということは、タダ働きじゃなければやるのルーちゃん?」



 エステラの問いに、憤然としていたルクレーシャがふと考え込む表情になった。

 タダ働きじゃないということは、聖女としての働きに対して正当な報酬がもらえるということである。だが、それはこの国ために働くことと同義でもあった。ルクレーシャは難しい顔でその二つを天秤にかける。……報酬……。



「あたしが思わず折れるくらいの大金が出るなら期間限定でやってもいい」


「ルーちゃんのそういう正直なところ、結構好きだよ」



 これで当代随一の大聖女様なのだから泣けてくる。ここまで物欲に忠実だと逆にさすがとも言えるが。

 しかしそんなルクレーシャの言い分になにか思うところがあったのか、今度はカイが思案顔になった。



「……不良聖女。もしも聖女育成に指南役として加わってくれって言われたらやる気はあるか? 報酬がつくこと前提での話だけど」


「は? 指南役?」



 予想外の言葉だったのか、ベッドに寝転んでいたルクレーシャがぽかんとした顔でカイを見上げた。



「あたしが誰かを教えるってこと? バッカじゃないの、あたしにそんなことできるわけないじゃん。報酬以前の問題だよ」


「バカはこっちのセリフだ。お前に教師が務まるとはハナから期待していない」



 どうしてこの二人は普通に会話ができないのだろうか……。無駄に威嚇し合う二人に挟まれながらエステラはげんなりした。仲良くしろとまでは言わないから、せめて普通に接してくれないものか。そんなエステラの心中など露知らず、イライラした口調でカイが続ける。



「教える能力はなくても聖女としての能力は十二分にあるだろ。お前はただいつも通りにしていればいいだけだ。あとは他の聖女がお前を見て勝手に学ぶ」


「待って、カイ。それだとルーちゃんみたいな不良聖女が量産されない?」



 おかしなところまで学ばれたらどうするつもりだ。エステラは懸念したが、カイは涼しい顔で「問題ないよ」と微笑んできた。



「そうなったらなったで別に構わないんだ。必要なのは国を守れるだけの力を持つ聖女であって、人格なんてどうでもいい。たとえ不良聖女が量産されたところで魔物の脅威がなくなるなら文句はないよ」



 カイではなく別のところから文句が噴出しそうな方針であるが、そうなったとしてもエステラには預かり知らぬことである。彼がいいと言うならいいのであろう。エステラは深く考えないことにした。



「この話が王宮でどこまで進んでいるのかは分からないけど、育成と銘打っているくらいだ。指南役はどうしても必要になってくると僕は思う」



 それもそうだ。エステラは頷いた。確かに今の今まで王国の守護はルクレーシャ一人に頼りきっていたのだ。そのため他の現役の聖女たちは聖力を持て余している状態だろう。活躍の機会がないこともあり、もしかしたら効率の良い聖力の使い方なんかもイチから教えてもらう必要があるかもしれない。


 しかし、指南役ならばルクレーシャ以上の適任が他にいるのではないかとエステラは思った。

 ルクレーシャが非協力的である以上、これから先は複数の聖女による分担守護のやり方に戻るはずだ。そうなると、複数人で連携して国の守護を担ってきた時代を知っている古参の聖女たちのほうが、これからを担う聖女たちの指南役としてふさわしいのではなかろうか。エステラがそのことを指摘すると、カイは緩く首を横に振った。



「まず個々の聖女の能力を向上させてからじゃないとその次の段階には進めないんだ。だから各地に散ってからの連携の仕方を習得するとしたら、個人の能力を底上げした後になるだろうね」


「ああ、なるほど。ということは、個人の能力の底上げはルーちゃんが、複数人での連携はルーちゃん以前の経験ある聖女たちがってことね」



 エステラは納得すると同時に感心もした。さすがはカイだ。この短時間でそこまで考えていたのか。

 一理あるように思えるカイの提案にルクレーシャも少し悩む。この国もお城の連中も大嫌いな彼女であるが、大金が手に入る可能性まで潰す気はない。一泊分の宿代さえエステラに立て替えてもらっている状態なのだ。楽して稼げるのであれば、稼ぐだけ稼いでトンズラするのも悪くはなかろう。悩んだ結果、ルクレーシャは頷くことにした。



「分かった。でも報酬を出し渋ったら最後、魔物じゃなくてあたしがこの国を襲うから」


「……本当に、どうしてお前みたいな奴が大聖女なんだろうな……」



 心底呆れ果てているカイだが、金のために動くと言うのは分かりやすくていいのではないかとエステラは思う。むしろ腹の中が読めない連中のほうがよほど警戒すべきだろう。ルクレーシャくらい行動理由が単純、もといはっきりしているのは一周回って好感さえ持てた。

 壁にもたれかかっていたカイがゆるりと身を起こす。そしてベッドに腰掛けていたエステラの前まで来ると、床に片膝をついて屈み込んできた。まるで意中の相手の前で跪く王子か騎士のような姿勢である。



「僕は一足先に王宮に戻って情報を集めてくるね。本当に指南役が必要かはまだ分からないし、結果がはっきりするまでエステラはここで待ってて。明日中には戻るから」


「分かった。ルーちゃんと一緒にここで待ってる」



 指南役云々(うんぬん)について言うのであればエステラではなくルクレーシャの前で跪いて話すべきだと思うのだが、そんなことは選択肢にも上らないカイである。それから颯爽と立ち上がり、その場で空間移動すべく錬金術式を組み立て始めた。


 カイの指先から光がこぼれ、彼の動きに合わせて光る錬金文字が次々と空中に描き出されていく。見ていたエステラは呆気に取られた。どうやら特定の場所、特定の建物、そして特定の部屋まで細かく指定しているようだが。

 早い。ここまで緻密で複雑なのに、一切の迷いもなく見事な術式が見る間に組み上がっていく。通常であれば丸二日は費やしそうな代物を、わずか数分で完成させるなんて化け物でしかない。



「じゃあエステラ、また明日」



 エステラだけに笑顔を残して、カイは空間錬成で王宮へと一瞬で戻っていった。それを見送って、エステラはルクレーシャを振り返る。カイにガン無視される形になった彼女だが、それについては別に文句もないようでベッドの上でゴロゴロと怠そうに転がっていた。



「ルーちゃん、本当にお城に戻るの?」


「一時的にだよ。それにあたしが指南役になるってまだ決まったわけじゃないし」



 あくびをしながらルクレーシャはやる気なさそうに返してくる。とはいえ本当にやりたくなければカイの提案に同意することもなかっただろうし、今すぐ逃げ出すくらいはしているだろう。

 ということは、ルクレーシャの中ではお城の連中を助けるのと手っ取り早い金儲けでは、後者のほうに比重が傾いたということだ。本人がそれでいいのなら、エステラとしても異論はない。



「じゃあ第二王子の指揮下に入るってことだね」


「ん? ……あー、そういやそんなこと言ってたな。まあ第二王子ならいいか」



 先ほどモーガンが言っていた。二番目の王子が聖女育成の責任者に任命されたらしいと。

 エステラはまじまじとルクレーシャを見つめた。お城のことになるといつも超絶不機嫌になる彼女だが、第二王子に関してはいつも妙に大人しいのだ。第一王子への心証が最悪だから第二王子がマシに見えているだけなのか、それとも。



「ルーちゃん、第二王子ってどんな人?」


「どんなって……なにエステラ、興味あんの?」


「わりと」



 おもに、どこらへんがルクレーシャの琴線に触れたのか。とても、かなり、興味がある。

 ルクレーシャはベッドから起き上がってガリガリと頭を掻いた。あまりにもオッサンくさい仕草に絶世の美少女っぷりが見る影もないが、彼女の場合はこれが通常仕様なのである。



「一言でいえば、デキル男って感じ」


「まだ十四歳なのに?」


「うん。まあデキル男っつったらカイあたりが筆頭なんだろうけど、あいつとはまた雰囲気が違うかな。なんつーかこう、魅力? 求心力? みたいなものがあるっつーか……」



 思っている感覚をうまく言葉にできないらしく、ルクレーシャがもどかしそうに言葉を濁した。

 魅力的で、求心力のある王子。ルクレーシャのような相手にすら一目置かれるような存在。それはつまり。



「王の器ってこと?」


「あ、それ。そんな感じ」



 なるほど。だとすれば王家は長男と次男で随分と明暗が分かれそうだ。エステラにとっては王家の行く末など甚だどうでもいいことであるが、同じ母親から生まれて同じような教育を受けているだろうに、ここまで違うというのもある意味すごい。


 そして翌日。

 木っ端微塵になった家を再建するために必要な資材を手配し、その運搬をモーガンに依頼していたエステラのところへカイが戻ってきた。今回は空間錬成を使わずに普通に歩いてきたらしい。きちんとモーガンの配下たちに案内されてきたということは、モーガンの『上客』として早くも認知されている証拠である。



「エステラ」


「おかえり、カイ。どうだった?」



 書きかけの設計図から顔を上げると同時に、「お邪魔虫は退散するわね!」とか言って瞬時に消えたモーガンは本当に一体何者なのだろう。謎に思うエステラをよそに、カイがお城での首尾を報告してくる。



「だいたい昨日話していた通りの展開になったよ。不良聖女はしばらく王宮で聖女たちの指南役。報酬は金貨(オール)一万枚で話をつけといた」


「は、……い、一万っ!?」



 予想だにしなかった数字にエステラが目を剥く。金貨(オール)一万枚。

 一般的な年収が金貨(オール)一枚から三枚程度と言われている世の中だ。それを考えるとどれほど気の狂った金額であるかがよくわかる。



「それ本当に金貨(オール)の話? 銀貨(ラルジャン)の間違いじゃないの?」


「いや、間違ってないよ。不良聖女が王宮の不始末を見逃して、かつ協力してくれそうな境界線(きんがく)を見極めたつもりだからね。って、あれ、そういえば不良聖女は?」



 基本的にエステラしか視界に入っていないカイは、このとき初めてルクレーシャの姿が見えないことに気がついたらしい。エステラがなんてことなさそうに答える。



「ルーちゃんなら部屋で寝てる。なんか昨日モーガンに勧められるままワインを飲み過ぎたらしくって。朝から頭痛いって呻いてたから、たぶん二日酔い」


「……本当に、なんであんな奴が大聖女なんだろうね……」



 ごもっとも。さすがのエステラも、今日ばかりはルクレーシャを弁護できないのであった。


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