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26. 架け橋


 魔王国の国境にて、ルカは人を待っていた。別に待ち合わせをしているわけではない。だが兄としての勘が働いたため、ギャレットに許可をもらってこうして一人待ちぼうけをしているのだ。

 国境でひたすら待つこと約二時間。果たしてルカの勘は的中した。

 身の丈ほどもある長剣を携えて、当然のように単身で魔王国へ乗り込んできた弟。その禍々しい剣はなんだと思わなくもないが、弟のすることにいちいち突っ込んでいたらキリがない。



「やあ、カイ。遠路はるばるお疲れ様」



 剣には一切言及せずに、当たり障りなく片手を挙げて弟を出迎える。予期せぬ兄の歓迎にカイは一瞬だけ目を瞠ったが、すぐに興味をなくしたのかすぐさま本題を口にした。



「兄さん、エステラは?」


「王立診療院だよ。三日近く目を覚まさなかったんだけど、今はだいぶ回復してる。面会もできるよ」



 どうして自分が来ることがわかったのか、なんて余計なことを訊かないあたりがカイである。実際彼にとってはエステラの安否以外はすべて瑣末ごとなのだろう。だからルカも余計なことは言わずにすぐ「案内するよ」と弟を連れて王立診療院へと向かった。

 そうして、兄弟揃って訪れたエステラの病室。目を覚ましてからは暇を持て余していた彼女に付き添っていたのはライアンで、彼もついにミイラ化が解けて人に戻っていたわけだが。



「……ねえ、なにしてんの?」


「クレヴィオ!? あ、いや、お前らどっちもクレヴィオだけど……ってそうじゃない! 違うんだこれは誤解だ!」



 焦ったように言い募るライアンであるが、カイの目つきがみるみる剣呑になっていく。

 病室に入ってまず最初に目に飛び込んできたのは、ライアンが大きな花束をエステラに差し出しているかのように見える場面であったのだ。しかも花束にはご丁寧に『誉れ高き錬金術師エステラ・アランデル殿に敬意を』というカードが添えられている。



「もしかして僕のエステラに取り入ろうとしてるわけ? 気持ちはわかるけど、僕を通さない時点で有罪だから」


「だから誤解だって言ってるだろうがー! なんで俺がアランデルに入れ込まないといけないんだよ!」


「は? いま僕のエステラを侮辱した?」


「してねえよ! なんなんだよお前! おい、そのデカい剣を構えんな! なにを斬るつもりなんだ!」



 悲鳴を上げつつ病室内を逃げ惑うライアンが面白すぎてつい見守ってしまったルカであったが、いくらなんでもこれ以上は不敬罪になりそうなので止めに入ることにした。こう見えてライアンはまだかろうじて王族なのだ。



「はい、そこまで。エステラ嬢の前で見苦しい攻防はやめなさい」


「あ、ごめんエステラ。君が口説かれてるのかと思ってつい頭に血が上っちゃった」


「うーん……知ってはいたけど君って本当にエステラ嬢しか見えてないんだね、カイ」



 それはともかく、男三人の視線がエステラの手元に集中する。彼女が手にしている花束は相変わらず見事であるが、贈り主がライアンでないとすれば、一体誰がこれを彼女に贈ったのだろうか。疑問に思うカイとルカをよそに、なにかを思い出したらしきライアンが青ざめる。



「不吉だ……不吉すぎる……」


「さっきからそればっかりですね、殿下。せっかくこんなに綺麗な花束をいただけたのに」


「ばか! そんな呑気なことを言ってる場合か!」



 突然の罵倒に再度カイが反応しかかるも、今回ばかりはライアンのほうが早かった。



「よく考えろ! あのギャレットからの見舞いの品だぞ!? もうだめだ、この世の終わりだ。仮に魔王国は救えてもこの世界は結局滅びることになるんだ。すまん、テオ。どこまでも無力な兄を許してくれ」



 明らかにご乱心なライアンをエステラはジト目で睨む。誰からもらうにせよ、花束自体に罪はないと思うのだが。

 しかし贈り主が判明したことにより、なぜかカイたちまでもがその花束を取り囲んで騒然とし始めた。



「ギャレットって、まさかあのギャレット・ガルバン? 嘘でしょ、あの古狸が花束なんて高尚なものを贈って寄越すとか、どんな不吉の前兆?」


「ううーん、確かにこれは悩ましいな。効くかどうかわからないけど、万が一に備えてとりあえず塩でもまいておこうか」



 なんと男三人が全会一致で花束を封印する案を可決したのだった。エステラは唖然とする。一体何者なんだギャレット・ガルバン。そう思っている間にも花束は没収されて、世界平和の名のもと塩漬けにされることが決定してしまった。捨てられなかったのは不幸中の幸いだが、それにしたって信じ難い所業である。

 だが結局ギャレット関連の真相は明かされないまま、花束を抱えたルカが足早に病室から出ていった。カイも来たことだし、どのみちもう使節としての仕事に戻らなくてはならない。会談をすべてギャレット任せにしておくわけにもいかないのだ。おもに魔王国が可哀想だという意味で。


 たった今起きた一連の騒動により微妙な雰囲気が漂う病室内だったが、そこへ憔悴した顔のジャンナがやってきたことでその場の空気はさらに微妙なことになった。



「失礼いたします、エステラ様。少々よろしいですか?」


「ええ、大丈夫で……うわ、どうしたんですか。なんか急に老けましたね」


「言わないでください。これでも陛下よりはまだマシなんですよ」



 覇気のないジャンナの様子にカイとライアンは思わず同情してしまった。やはりと言うべきか、ギャレットは魔王国でも容赦なく猛威を奮っているらしい。あの古狸と真正面からやり合うなんて、そりゃ頭痛と胃痛と心労と寝不足で老け込むはずである。

 目の下に濃いクマができているジャンナにエステラが椅子を勧めると、いつもは固辞するであろう彼女も今日は大人しく腰を下ろした。どうやら相当疲れているようだ。カイが携えていた禍々しい剣を見て一瞬ぎょっとしていたが、それも長くは続かず視線はすぐにエステラへと戻される。



「陛下に代わりまして、ドラン様のことで改めて感謝と謝罪を申し上げます。もしもあのままドラン様が魔力を暴走させて自爆していたとしたら、少なくとも魔王国の半分近くが一瞬で焼け野原になっていたことでしょう。おかげで多くの魔族の命が救われました」


「いえ、私たちはあくまで自分の命を守っただけなので」



 その通りだ。結果的に魔王国が丸ごと救われた形になっているが、エステラとしてはルカとライアンを死なせるわけにはいかないくらいにしか考えていなかった。何もしなければ間違いなくあの場にいた全員が死んでいただろうから。

 歯に布きせぬエステラの言い分にジャンナは苦笑した。偉大なる魔王陛下に大きな貸しを作ったというのに、そんなことにはまるで頓着していないこの態度。恐らく自覚していなかったという以上に、彼女にとっては今回の件など、自分たちが助かった程度の認識でしかないかもしれない。



「そう言っていただけるとこちらとしても気が楽になります。ちなみにですが、ドラン様は魔力を無効にする特殊牢にて生涯幽閉されることが決まりました。今後彼がノースライド王国に害をなすことはできませんのでご安心ください」



 つまり、エステラとライアンが魔王国に保護される理由もなくなったということだ。これで晴れて自由の身である。エステラの表情がパッと明るくなった。



「それは朗報です。体調も戻ったので、頃合いを見てお(いとま)しようと思います」


「はい。出国の際はぜひ一声おかけください。ところでライアン様はどうなさいますか?」


「え、俺?」



 急に話を振られたライアンが目を瞬かせた。ジャンナが頷く。



「勝手ながらあなた様の身に起きたことを調べさせていただきました。この後は流罪先に向かわれるおつもりかもしれませんが、もしよろしければこのまま魔王国に留まることはできませんでしょうか?」


「……え?」



 犯した罪により流罪に定められた彼であるが、その地へ辿り着く前に魔物に襲撃されて行方不明となった。しかしすでに『刑執行済み』である以上はその後の動きは感知されないであろう。エステラがいなければ捜索されることもなかったはずだ。



「もちろんノースライド王国にはこちらからこの件を打診させていただきます。ですが、まずあなた様の意思を伺ってからと思いまして」



 唐突に拓けた、予想もしていなかったこの先の生き方。ライアンは大きく目を見開いた。

 流罪になった時点で、本当はもういろいろと諦めていた。自業自得だったから粛々と受け入れていたけれど、それでも自分にはもう大したことはできないと思い込んでいたのだ。できることといえば、弟から請われた時だけ協力してやるくらいで。でも。



「いかがでしょう。魔王国とノースライドの架け橋となるおつもりはございませんか?」



 でも、もしかしたら。まだできることはあるのかもしれなかった。だとしたら王族としての身分が剥奪されなかった意味も出てくる。ライアンは俯いた。

 隣国とはいえ、たとえ国交を結んだとしても魔王国とノースライド王国の間には問題が山積みだ。やり手とはいえ高齢のギャレットを魔王国に留め置くこともできないだろう。急な話だったこともあり、随行員でさえ誰もそんな覚悟はできていないに違いない。



「……俺は政治手腕に欠けているし、外交とか苦手だぞ」


「ええ。ですが内政の経験はおありでしょう?」


「そりゃな。でもノースライドと魔王国の架け橋になるなんて、俺には荷が重い仕事だ」


「では、背負えませんか?」



 端的な問いだった。ライアンはジャンナを見据えた。その視線を受け止めたジャンナが笑う。いい目だ。こういう目をする人材が欲しかったのだ。ライアンが頷いた。



「今更だな。重くても俺に背負えるもんは背負うつもりだ」


「良いお顔です。ただし、これまでの経歴からして異国の王子殿下としてではなく、単なる異国出身の役人として扱わせていただくことになるかと思います。それでも本当によろしいですか?」


「それこそ今更だな。そもそも罪人から役人に変わるんだから、むしろ出世した気分だ」



 何かが吹っ切れたかのようでさえあるライアンは、ジャンナの言う通りいい顔していた。エステラがちらりとカイを見れば、ほぼ同時にカイもエステラのほうを向いた。そうして二人で密やかに笑い合って、それからライアンへと視線を戻す。

 ジャンナが椅子から立ち上がった。休憩ついでに立ち寄ったわけだが、そろそろ戻らなくてはならない。それにライアン残留の件もあることだし、彼も一緒に行ったほうがいろいろと手っ取り早いだろう。ジャンナはライアンに軽く頭を下げた。



「それでは、ライアン様。魔王城までご足労願います。ちょうど使節団の方々もいらっしゃいますので、話を通すには今が打ってつけかと」


「わかっ……ん? ちょっと待て、使節団ってことはまさか……」


「いやはや、これでギャレット殿の集中砲火を免れます。期待しておりますよ、ライアン様」



 がしっとジャンナに捕獲されたライアンが問答無用で病室から引きずり出される様を、エステラとカイは黙って見送るしかなかった。とりあえず頑張れの意味を込めて手を振ってみたが、悲哀と共に扉の向こうへと消えてしまったライアンには見えていなかったに違いない。



「…………」


「…………」



 静かになった病室で二人、エステラとカイは再度顔を見合わせた。犠牲者が出てしまったことは誠に遺憾だが、この犠牲を無駄にしてはいけないだろう。



「退院手続きしてくる」


「あ、僕も一緒に行くよ」



 そんなわけで二人はそそくさと手続きを済ませて速やかに出立の用意を整えた。どちらも個人的な事情で魔王国に来ているため、わざわざ使節団と予定を合わせて一緒に帰国する必要もない。むしろ連中と一緒にならないよう早急に魔王国を出ようということで意見が一致した。



「ん? あれ、そういえばゼノは?」



 思い出したようにカイが周囲をきょろきょろと見回す。あれでも護衛人形なのだ。エステラの命令がない限り独断でそばを離れることはまずないと思うが。



「ゼノなら一人で観光に行ってる。でも帰りが遅いようなら迎えに行かないとね」


「……観光? なんでまた」


「いやだって、せっかく初めて魔王国に来たのに観光どころじゃなかったし、いろいろあった末に私は入院してたし。でもカイとルーちゃんになにかお土産買って帰りたかったから、なんか適当に見繕ってくるように頼んでおいたの」



 もっとも、カイに関しては本人が魔王国に乗り込んできたので、わざわざ彼にお土産を渡すのもおかしい気がする。しかしこの後も観光などせず速やかに帰国するつもりなので、やはり頼んでおいて正解だったのだろう。なお何を買うかは特に指定しなかったため、ゼノがどんなものを選んでくるのかちょっと楽しみだ。



「そうだ、カイ。迎えに来てくれてありがとう」


「ううん。エステラこそ無事でいてくれてありがとう」


「ルーちゃんにも心配かけちゃったと思うけど、元気にしてるみたい? テオドール殿下は?」


「あー……それなんだけどさ」



 急にカイの歯切れが悪くなる。エステラとしては気になっていたことを流れで尋ねただけなのだが、まさか自分が不在の間になにか深刻な問題でも起きたのだろうか。



「な、なに。なんか悪い知らせ?」


「いや、どちらかといえば朗報。でも、うーん、エステラにしたら悪い知らせなのかな」



 どういうことなのか。身構えるエステラにカイが続けた。



「テオドール殿下と不良聖女の婚約が決まったんだよ。だから王宮はお祝いムードというかお祭り騒ぎというか、とにかく全力で祝ってる感じだね」



 ……完全なる予想外までとはいかないものの、あまりにも突然なその報告に、エステラはカッと大きく目を見開いたのだった。


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