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25. 魔力の暴走


 魔王イルゼは重々しい溜め息をついていた。彼女を悩ませている問題はいくつかあるが、そのすべての根底にいるのは甥のドランである。

 しかし、ドランを筆頭とした反対勢力が暴れているといっても、イルゼは当初さほど危機感を抱いてはいなかった。なぜならあいつには大衆を扇動する能力はあるが、大きな組織を率いていけるだけの器量はない。むしろ非常に狭量な男なのだ。まともに相手にするだけ時間の無駄ともいえる。


 だが、まさか隣国であるノースライドにまで迷惑をかけるほどの大馬鹿者だとは思っていなかった。魔物どもを使役して入れ知恵をし、人を襲ってはその皮を被って人里に潜伏するよう指示を出し、ノースライドを内側から崩壊させようとするだなんて。

 あいつらしい狡賢い手法ではあるが、為政者であるなら絶対にしない手法でもある。だからあいつは前魔王の一人息子でありながら魔王になれなかったのだ。


 まったく、と眉間を揉みほぐす。イルゼが気に食わないのならイルゼにだけ牙を剥けばいいものを、よりにもよって他国の第一王子にまで手を出すとは思わなかった。聞いた時は卒倒しそうになったものだ。すぐさまジャンナを派遣して甥っ子が狙っていたもう一人の人物を保護させたのだが、あいつの後手に回っている現状が気に食わない。結局あいつのせいでこうしてノースライドから使者まで来てしまっている始末だ。



「……なるほど? つまりザカライアは我が国と友好関係を築きたいと考えているわけか」


「うーむ、なにやら我が国の陛下のことを呼び捨てにしたように聞こえましたがのう。わしの耳が遠くなっているんですかのう。ちょいと言い直してもらえんじゃろか?」



 食えない老人がニヤニヤしながらとぼけたふりをする。イルゼのそばで控えていたジャンナの顔が引きつった。事前にライアンから忠告されていたとはいえ、確かにこれはかなりきつい。

 ギャレット・ガルバン。八十七歳。外交官歴は脅威の七十年に及び、高齢となった今でも若手の外交官たちをゴボウ抜きにするほどのえげつない手腕と、老人であることを笠に着て他国との交渉を有利に進める手法は健在である。ついたあだ名は『化け狸ガルバン』。外交要素はどこにいったと思わなくもないが、思いのほか適切なので誰も突っ込めずに今に至る。


 イルゼはザカライアからの親書に視線を落とした。書かれている内容は確かに魔王国との友好関係に関してであるが、これが魔王国へ使者を派遣するための口実に過ぎないことはわかっていた。というか、親書の末尾にはこっそり「これ以上事態が悪化する前になんとか丸く収めよう」的なことが書かれている。実は知らぬ仲ではないからこそ可能な密談だ。



「これは失礼。しかしザカライア本人からは呼び捨てで構わないと二十年前に言われていてな。あちらも私を呼び捨てにしてくるからおあいこだ」


「ほっほっ、それはそれは。年寄りの戯れ言ですじゃ。気にしないで話を進めてくだされ」


「……わかった。では友好関係の件だ。結論だけ言おう。両国の関係強化はこちらも願っていたことだ。そちらもその気であるなら、今すぐにでも細かい内容調整に入りたい」



 乗り気なイルゼにギャレットは片眉を上げた。



「話が早くて助かりますのう。しかし歴代の魔王は人間の国とはほとんど関わりを持たなかったはず。それが急にどういう風の吹き回しで?」


「疑われる理由もわかる。だけど今しかないと思ってね」


「というと?」


「なに、単純な話だ。このまま他国と国交を断絶していても魔王国は衰退するのみ。ならば私が在位しているうちに少しでもどうにかしたいと前々から思ってね」



 しかしそのために水面下でイルゼが動き回っていることを知った甥がここぞとばかりに反旗を翻したのだ。魔王国絶対主義者はこれだから困る。イルゼは再度溜め息をついた。



「幸いザカライアとは知らぬ間柄ではない。実は彼とは即位する前から親交があってね。国を開くなら私たちの代だと考えてはいたんだ」


「左様でございましたか。ならば早速、本格的な会談に入――」



 その時、側近の一人がただならぬ様子でバタバタと駆け込んできた。イルゼが眉間に皺を寄せ、ジャンナが謁見に乱入してきたその魔族を嗜める。



「何事ですか。陛下は今ノースライド王国の使節団と取り込み中で」


「た、大変です! ドラン様が『魔力の泉』を占拠してご自身の魔力を強制的に暴走させ始めました!」


「……は!?」



 あまりの緊急事態にジャンナの声がひっくり返り、さすがのイルゼも怒りからかワナワナと体を震わせている。



「……あんっっっのバカ甥がッッッ!」



 腹の底から絞り出したかのようなイルゼの魂の呻きに構わず、空気をあえて読まないギャレットが「どうなさいましたかな?」と呑気に問いかけた。イルゼが顔を歪めたまま答える。



「申し訳ない、緊急事態だ。身内の馬鹿のせいで国交以前にこの国が壊滅するかもしれない。すぐに行かないと。詳しい話はジャンナから聞いてくれ」


「ふむ。我々がお力になれることは?」


「とにかく無事でいてくれることだ。ノースライドからの客人をこちらの不始末で死なせたとあっては二度とザカライアに顔向けできん。ジャンナ、頼んだ」


「かしこまりました、陛下」



 膨大な魔力量を誇るドランがその力を暴走させたらどうなるか。ジャンナはすぐさまギャレットたちを避難させるために「こちらへ」と誘導を始めた。イルゼはすでに玉座から立ち上がり、険しい顔で周囲の兵たちに次々と指示を飛ばし始めている。そんな中、報告に駆け込んできた先ほどの魔族が焦った顔で声をあげた。



「あ、あの、お待ちください! もう一つご報告が!」



 騒然とした中で不思議と響いたその声に、皆は一斉に動きを止める。



「実はこの件を知ったノースライドからの客人たちが、我々の静止も聞かずに飛び出して行かれまして……慌てて追いかけたのですが、どういうわけか全然追いつけず」


「な、もしやジャンナに保護を頼んでいた客人たちか?」



 イルゼの言葉にジャンナが蒼白な顔で頷いた。



「恐らくは。使節の件がありましたのでわたくしもこちらを優先して動いておりましたが、かの錬金術師ならば魔族を上回る移動速度が出せても不思議ではありません」



 本来は魔族のほうが人間よりもはるかに高い身体能力を誇る。しかしその魔族の性能を持ってしても追いつけなかったということは、錬金術師たるエステラがなんらかの手段を講じたに違いない。例えば高位錬金術師にのみ許されている空間錬成とか。イルゼは苦く笑った。



「身内の不始末だ。すぐに私も向かう。だがノースライドには早々に大きな借りを作ってしまったな」


「はい?」


「いや、こちらの話だ。とにかくあのバカを止めなくてはな。ガルバン殿、もしも魔王国が無事でいられたら、今度こそ国交を結ぼう。では失礼」



 そう言い残してイルゼは足早にその場をあとにした。残されたギャレットはふむと腕を組む。予想外ではあったが、この展開ならばノースライドに有利な条約を結ぶことができそうだ。



「ガルバン殿、お早く」


「おお、これはすまんのう」



 ジャンナに急かされて、ギャレットはしゃきしゃきと歩き出した。それを見たジャンナは差し出しかけた手を引っ込めてつい半眼になる。

 ……入室するときは杖をついてよぼよぼしていたくせに、どうやらこちらの姿が素であるようだった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 魔力の泉とは、濃厚な魔力を含んだ水が湧き出る不思議な泉である。

 本来は様々な理由により魔力が枯渇した魔族が魔力を補充するために訪れる癒しの地なのだが、イルゼの甥であるドランは魔力が満ち満ちた状態であるにも関わらずその水を飲んでさらに魔力を増大させていた。

 しかし魔力の増大は魔力の暴走に繋がる。特に生来の魔力量が多い魔族であれば、力が暴走した際の周囲の被害は計り知れない。それを知った上で、ドランは泉の水をガブ飲みしていた。



「……ふん。これでようやく叔母上に一泡吹かせられるな」



 口元を乱暴に拭いながらドランは昏い笑みを浮かべた。

 自分のものであったはずの魔王の座を、父の死と同時に奪い取った憎き叔母。大して有能であるわけでもなく、継承順位もドランより下。そのうえ女だ。歴代を通してみても女性の魔王は例が少ない。それはきっと女の政治手腕が総じて劣っているためだろう。そうに違いないとドランは思う。

 でも、それだけならドランもここまで派手には動かなかった。だが叔母が水面下で人間の王とやり取りをしていると知って、ドランはついに叔母に対して謀反を起こすことを決意したのだ。


 これまで積み上げてきた魔王国の叡智を、技術を、歴史を、人間の国に分け与えるだなんて冗談じゃない。

 すべてにおいて人間は魔族に劣っているのだ。そんな下等動物と交流を深めたところで魔族の高度な技術が向こうに渡るだけで、こちらはなんの得もしない。だというのに、何度進言しても叔母は一切ドランの懸念を聞き入れてはくれなかった。

 まさか叔母がここまで無能だとは思わなかった。ドランは失望し、それから未来の魔王国のために立ち上がることにしたのだ。



「うあ、がっ……!」



 体内で魔力が激しく暴れ回る気配。ドランはその場に膝をついて大量に血を吐いた。

 ゼーゼーと、嫌な呼吸音が響く。生来の膨大な魔力量に加え、泉の水の濃い魔力の影響で生命活動がどんどん圧迫されていくのが分かった。

 だが、それがなんだというのか。血が流れる口元を緩めてドランは笑みを深めた。



「これで……ようやく魔王国は叔母の支配から抜け出して、新しい国へと生まれ変われる」



 いくら大衆を煽っても、結局はなにも変わらなかった。国も、叔母も。ノースライドに潜伏させていた魔物たちもことごとく見破られて始末されていっている。

 ドランが成し遂げたことといえば、せいぜい平和に暮らしていた魔物たちを蹂躙した二人組のうち、一人を半殺しにしたことくらいだ。しかしその人物も叔母の手の者によって保護されてしまったため、結局は成し遂げたことのうちに入らないかもしれなかった。


 なら、もういい。捨て鉢になったドランが最後に企てたのは、自らと引き換えにこの国を一旦滅ぼして、その後でもう一度新しく生まれ変わらせることだった。



「願わくは、魔王国に永遠の祝福と栄光を……」



 大量の魔力をその身に集めて、すでに幾らかは漏れ出している。

 魔力の許容量により個人差はあるが、魔力暴走までの時間はある程度逆算できる。だから叔母が今さらこの事態を知ったところで、ドランを止められるわけもないのだった。だって間に合わないのだから。

 霞む視界のなか、ドランは息も絶え絶えになりながらも口角を上げた。自爆までもう秒読みで――。



「いやいやいや、自暴自棄にも程があるわ。巻き込まれる身としては堪ったものじゃない」



 どこからか聞こえた、呆れたような調子の誰かの声。それとほぼ同時にドランの体が反転して、背中から容赦なく地面へと叩きつけられた。



「うが……っ!?」



 ろくに受け身を取ることもできず、掠れた呻き声だけが漏れる。ドランを上から押さえつけている誰かの切迫した声がその場に響き渡った。



「おい、ルカ! こいつの自爆まであと何分だ!? あの魔族に聞いてからずっと数えていたんだろ!?」


「はい。ええと、あと十六秒くらいですね」


「ぎゃー! 今から退避しても絶対間に合わねえだろソレ! なんとかしてくれアランデル!」


「やかましいですねえ。もうしてますよ、ちょっと黙っててください」



 すでに大半が機能していないドランの視界を、まばゆい光が真っ白に照らした。

 エステラの足元を中心に広がる輝く錬金術式。紋様にしか見えぬほど緻密に編み込まれた無数の錬金文字を、ライアンが呆然と口を開けて、ルカが興味深げな眼差しで見守っている。


 ――錬成反応。術式発動。


 まるで竜巻のような勢いで巻き上がる錬金文字。もしもこの場にカイが居合わせていたとしたら、この光景を「世紀の絶景」と評してエステラを大絶賛していたことだろう。それほどまでに恐ろしく、そして美しい光景だった。


 激流のごとき勢いでドランを蝕んでいた高濃度の魔力の鎮静化と、すでに漏れ出ていたその魔力を吸ってしまって凶暴化した魔物に対する戦闘特化錬成での討伐。

 指定範囲が広大だったため、絶大な力を誇る錬金文字を駆使しても若干足りず、術者であるエステラは体力と精神力を根こそぎ持っていかれて冷や汗が噴き出た。気分が悪くて、吐き気が喉元まで迫り上がってくる。

 しかしここで音を上げてしまったら、今度は錬成の代償として生命力が奪われてしまう。それだけは阻止したいので、エステラは気力でこの大規模な錬成に耐えた。


 時間にして僅か十数秒。しかしエステラにしてみれば果てしなく長い時間だった。永遠にこのままだったらどうしようかと思ったくらいだ。



「……エステラ嬢?」



 錬成が収束していくのを見計って、ルカがそっと声をかけた。しかしエステラは答えない。というより、声を出す気力すら残っていなかった。

 最後の力を振り絞って、ドランの暴走が止まったことを確認する。そしてそれを最後に、エステラの意識はぷっつりと途絶えた。



「おい、アランデル!?」



 急に傾いだエステラの体をライアンが慌てて抱き留める。そして微かに寝息を立てていることを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。

 今のエステラには体力も気力も残っていない。しかし生命力だけはぎりぎり死守したので、休息さえ取ればいずれ回復するだろう。少なくとも本人が事前にそう言っていた。どうやら倒れることは想定の範囲内だったらしい。

 死んだように眠るエステラを抱えてライアンが渋面を浮かべていると、気絶しているドランを念のために縛り上げていたルカが歩み寄ってきた。



「……なんとか間に合ったようで本当に良かった。それにしても錬金術師とはすごいものですね。エステラ嬢がいなければどうなっていたことか」


「こいつが規格外ってのはあるけどな。しっかし、俺たち二人を連れての空間錬成と今の大規模錬成。……あいつらに知られたら、俺たち五回くらい殺されるかもしれないぞ」



 カイとルクレーシャにボコボコにされた過去を思い出し、ライアンはブルっと身震いをした。考えるだけでも恐ろしい。

 そうこうしているうちに、イルゼをはじめとした魔族たちが続々と魔力の泉へと駆けつけてきた。



「……やはりお前たちだったか」


「これは魔王陛下。直々に駆けつけられるとはさすがです」


「遅かったようだがな。保護していたはずの相手に逆に救われるとは、まったく情けない限りだよ」



 到着したイルゼをルカが恭しく出迎える。他国の王族に対してもそつなく接することができるあたりに、彼の有能さが滲み出ていた。


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