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24. それぞれの愛し方


 宮廷錬金術師総帥であるカイ・クレヴィオは荒れに荒れていた。



「ねー、総帥殿。そろそろ正気に戻らない?」


「僕はいつだって正気だ。いいから手を動かせ副総帥。お前が本気を出せば魔王国を消し炭にする剣くらい簡単にできるだろ。やれ」


「いくらなんでもそんな火力の出る剣は物理的に不可能ですよぉ、キシシ」



 口調は淡々としているものの明らかに怒り狂っている様子の総帥殿と、イっちゃった目をした副総帥。そんな二人を宮廷錬金術師たちはビクビクしながらも遠巻きに見守っている。

 ちなみに二人の手元にあるのは禍々しい光を放つ長剣だった。長身であるカイの背丈とさほど変わらない刀身なので到底持てない重量だと思うのだが、エステラにより『怪力』が刻印された義手をもつベシーは軽々とそれを振り回している。



「てかさー、これ『軽量化』を刻んでおかないとさすがに使い物にならないんじゃない? ウチが振り回すならいいんだけど、総帥殿が持つんでしょー?」


「……それもそうか。『軽量化』も入れるとなると五重の刻印になるけど、まあ大丈夫だろ」



 いや、絶対に大丈夫じゃない。危機感を覚えた宮廷錬金術師たちは一斉にその部屋から飛び出した。

 一振りの剣に五重の刻印。無理だ。総帥殿の実力が問題なのではなく、錬金術の原理的に刻印の重ね掛けは三重までが限度とされているのだ。そもそも四重掛けに成功しているとは誰も思っていなかったくらいである。


 全員が脱兎の如くその部屋から飛び出して数秒後、ドッカーン、と凄まじい爆発が起きた。

 間一髪で飛び出したはずの彼らですら黒煙にまかれて若干煤けた。



「そ、総帥殿と副総帥が大爆発を起こしたぞ!」


「ぎゃー! だから五重の刻印は無謀なんですってば総帥殿!」


「おい、急いで安否を確認しろ! どうせ大丈夫だろうが万が一ということもある!」



 騒然としながらも上司の安否を確認するため爆発が起きた部屋へと戻る宮廷錬金術師たち。

 あらかじめ防護壁が張られていたため、床やら壁やら天井やらは無事である。しかし爆発による余波と振動は宮廷中に伝わったはずだ。どこからか駆けつけてくる騎士たちの足音も遠くから聞こえてきた。



「……ちぇー、やっぱり五重は無理だったかー」


「くっ、四重の壁は打ち破れたのに。さすがは五重刻印の壁。分厚いな……」



 黒焦げになった室内で無表情のままブツブツと敗因を探る総帥殿と、キシキシ笑う副総帥。当然のように無傷な二人に宮廷錬金術師たちは脱力した。

 それにしても、なにが総帥殿をここまで駆り立てているのだろうか。副総帥がイカれた実験に身を投じるのはいつものことだが、総帥殿は一応きちんと仕事をする人間である。なのに急にフラフラお散歩していた副総帥を捕獲して「魔王国を滅ぼせるような魔剣を作る。付き合え」と引きずっていったのだ。それに二つ返事で付き合う副総帥も副総帥だが、今日の総帥殿は明らかにオカシイ。聖剣ではなく魔剣を作ろうとしているあたりがそれを物語っている。



「そ、総帥殿! なにやらすごい音と地鳴りがしたのですが何事で――うおっ!? なんだこりゃあ!?」



 爆発音を聞きつけてすっ飛んできたキースが黒焦げの部屋を見て仰天する。原型を留めないほど徹底的に破壊された室内もいささか異様な雰囲気であったが、そんな部屋の中心でケロッとした顔をしているカイとベシーもかなり異質な存在だ。



「あ、ちょうどいいところに騎士団長。魔王国に派遣した使節団からなにか新たな情報は?」


「いえ、まだこれといって……ちょちょちょちょっと待ってください総帥殿! なんで急に大剣を構えるんですか! アランデル様でしたら無事ですよ!」



 ピタッと音がしたかと思うほど唐突に動きを止めるカイ。キースはホッとした。咄嗟ではあったがどうやら総帥殿にとっての正解を引き当てたらしい。

 かと思いきや、ものすごい勢いで肩を掴まれて思わず「ヒェッ」と情けない声を上げてしまう。



「な、なん……」


「それ本当? 本当にエステラは無事なの? どこからの情報? もちろん信頼できる情報源だよね?」



 矢継ぎ早に問われてキースは目を白黒させつつもカクカクと頷いた。



「信頼できますとも。クレヴィオ公子からの情報ですのでまず間違いないかと。公務の合間を縫ってアランデル様と面会されるそうですぞ。総帥殿は兄君から連絡を受けておられないので?」



 言われてはたと気がついた。そういえば久しく家に戻っていない。必然的に手紙が届いても気づくのが遅れてしまうので、最新情報には疎い状態になっていた。我ながらなんて初歩的なミスを。

 仕方がない。ともかく兄がエステラの無事を確認してくれるのであれば当面はそれでいい。そしてエステラが魔王国にいることが確定しているのであれば、かの国を滅ぼすわけにもいかない。カイはベシーを振り返った。



「副総帥、魔王国を滅ぼす計画は一旦保留だ」


「はぁーい。再開するときはまた言ってねー、キシシ」



 いや、保留じゃなくて取りやめにしろよ。などと言える猛者はこの場に一人もいないのだった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 そして、エステラの不在は別の人物をも狂わせていた。言うまでもなくルクレーシャである。

 王宮最上階に与えられている根城にて、今日も今日とてルクレーシャは沈んだ顔で仕事に明け暮れていた。そう、仕事である。あのルクレーシャが真面目に仕事。どう考えても異常事態である。



「ルクレーシャ? ルクレーシャ、入るぞ」



 いくら声をかけても返事がないので、テオドールは断りを入れた上で勝手に部屋に踏み込んだ。いつもとはまるっきり逆の状態に危機感を覚えるテオドールである。



「大丈夫か、ルクレーシャ」


「……からして、やっぱ国境を破るのは最終手段で」



 不法侵入されたことにも気づかず、ルクレーシャはブツブツと不穏な計画を練り続けている。というか、どうも仕事をしているわけではなかったらしい。通常仕様な彼女にテオドールは一瞬ホッとしかけたが、いや待て仕事はするべきだと慌てて思い直した。



「こら、なに物騒なことを考えている!」


「あだっ! ……って、テオ殿下!?」



 痛いというより衝撃にびっくりするルクレーシャ。軽く(はた)かれた頭を反射的に押さえながら慌てて顔を上げると、そこには呆れた顔のテオドールが立っていた。



「まったく、国境破りなんて大聖女のすることじゃないぞ」


「げっ、もしかして口に出てた?」


「出てた。それでどうした。もしかしてアランデルの件か?」



 ルクレーシャが全力を出すのは常にエステラ関連である。そしてそのエステラは、現在なんでか魔王国に行っているのだった。つい先ほど起きた地震もどきもエステラを心配したカイが暴走した結果だという報告が上がってきている。まあ建物は無事らしいので、器物損壊の件は黙殺するつもりのテオドールだ。



「アランデルなら大丈夫だろう。ゼノもついていることだし、ルカ・クレヴィオが様子を見に行ってくれるそうだ」


「クレヴィオ……ってことはカイの身内?」


「ああ、彼の兄だ。もともと使節団の一員として選ばれていたんだ。今頃はもう魔王国で面会しているかもしれないな」



 ふーん、とルクレーシャが気のない相槌を打つ。カイの兄のことなど全然知らないが、確かエステラもカイ以外のクレヴィオ家とは全然面識がないと言っていたはず。なら、今回は記念すべき初対面となるだろう。



「まあ、どうせいつかはカイの家族に挨拶しないといけないって言ってたし、いい機会じゃね?」


「挨拶?」


「そ。だってあいつら付き合ってるし。いずれは挨拶しなくちゃでしょ」



 途端、テオドールが凍りついた。……付き合ってるだと? 誰と誰が?



「ん? どしたの、急に固まって」


「い、や……その、誰と誰が付き合ってるって?」


「エステラとカイだけど。って、この話題はやめよ。何度思い出しても腸が煮え繰り返りそう」



 自分で言っておいて勝手にダメージを食らっているルクレーシャだが、それ以上に衝撃で気が遠くなっているのはテオドールのほうだ。まさかあの二人が恋人同士だったとは――!



「ち、ちなみにいつから?」


「だからこの話題はやめようっての。……確か二年前にエステラから聞いたんだっけ。実際の付き合いはもっと長いかもしんないけどね」



 嫌な顔をしながらも律儀に答えるルクレーシャ。しかしこれは彼女が丸くなったのではなく、相手がテオドールだったからである。もしも他の人間に同じことを訊かれたならば、無言で殴っていたに違いない。

 なお余談だが、二人の交際を知ったルクレーシャは当時めちゃくちゃ暴れたものだ。そしてカイをこの世から消すためにありとあらゆる手段と使おうとしたのだが、他でもないエステラに「そんなことするルーちゃんは嫌い」とぼやかれたことで未遂に終わった。


 テオドールは苦笑する。いろいろと衝撃的な事実であったが、あの二人の距離感を訝しんではいたので気持ち的にはスッキリもした。恋人らしい雰囲気はあまりないが、仲が良さそうなのは事実であるし、そもそもあの二人が強い信頼関係で結ばれていることは傍目にも明らかだ。そういう意味では安定感のある関係である。



「そうか、わかった。この話題はもうやめよう」



 人の恋路に関してあることないことを想像するほどテオドールは下世話ではない。ルクレーシャも嫌がっているようだし、どちらかといえば人の恋路よりも自分の恋路に手一杯なのでこれ以上は首を突っ込まないことにする。



「ところでルクレーシャ」


「なに?」


「……本日付けでわたしと君の婚約が発効した。もう取り消せない。本当にこれで良かったのか」



 もうすでに何度も話し合った末の婚約締結なのに、今さら取り消すこともできないのに、まだ不安そうな顔でそんなことを問うてくるテオドール。今度はルクレーシャが呆れる番だった。



「なに、もしかして嫌だったわけ?」


「嫌じゃない! 嫌じゃないが……わたしは、君に自由になって欲しかった。君をもうこれ以上この王宮に縛り付けたくはなかった。なのに」



 父王に呼び出されたあの日。もっと抵抗すれば良かった。恐らくテオドールが本気で嫌がれば、父王も別の手段を考えてくれたはずだった。ルクレーシャを大聖女の任から解けば、別の人物が大聖女になる。そうすればルクレーシャは晴れて自由になれたはずなのに。

 なのにテオドールはろくに抵抗できなかった。動揺と混乱で動けなかったというのは言い訳に過ぎない。


 迷ったのも、即決できなかったのも初めてだった。

 天秤に乗せて、比重は明らかなのに、それでもぐずぐずと手放せなかったのはルクレーシャが初めてだったのだ。

 今まではいくらでも自分を後回しにできたのに。国のためとかなんとか言って、いくらでも割り切れたのに。自分の気持ちを押し殺すことには慣れていたはずなのに、どうして。



「……だからだよ」


「え?」


「あの時、あんたは自分よりも国よりも、あたしの心配をしたんだよ。もしかして無意識だった?」



 思いがけないほど柔らかなルクレーシャの声音。それに驚いて、テオドールは知らず下がっていた目線を上げる。

 視線の先で、ルクレーシャが笑っていた。テオドールが世界で一番好きだと思う笑顔。エステラですら滅多に見ない、まさに聖女を彷彿とさせる微笑み。



『ふざけないでください! わたしはともかく、ルクレーシャのことをなんだと思っているんですか!』


『……するわけないだろう。婚約なんてしたら、君はもう二度と以前の生活には戻れなくなる。生涯ずっとこの王宮に縛られることになるんだぞ』



 あの時のことをルクレーシャは忘れない。ずっと大嫌いだったこの場所に居続ける覚悟を決めたのは、まさにあの瞬間だったのだから。

 いつだって国のために大事なものを手放してきたテオドール。それなのに、あの瞬間だけは、王太子になる上での義務よりもルクレーシャを優先したのだ。それがどれだけ嬉しかったか、テオドールはきっと知らない。



「知ってるかもしれないけど、あたしの愛って重いらしくてさ」


「ああ、知っている」



 それはエステラへの溺愛ぶりを見ていたら誰でもわかることだろう。狂おしいほどに一途な愛。一度愛したら最後まで愛するその深さ。誰にでも真似できることではない。もちろんテオドールにも。ルクレーシャが続ける。



「だから重石になるにはちょうどいいかなって」


「……重石?」


「そ。あんたのことだから、重石がないとどこまでも飛んでっちゃうでしょ。だからそうなる前にあたしが繋ぎ止めるの。そのくらいの役目なら担えるよ」



 いつだって国のために不眠不休で駆けずり回るテオドールが、たまに立ち止まって振り返る先に、自分がいられたら。いつしかルクレーシャはそう願うようになっていた。

 今までは誰が心配しても立ち止まらなかったのに、ルクレーシャがそばにいるようになってからは、足を止めて一緒に休む機会が増えたテオドール。彼自身は無意識のようだったが、周りはみんな気づいていた。ルクレーシャ自身でさえも。



「それに、あたし結構テオ殿下のこと好きだし。だから婚約が成立してとりあえず一安心し……」



 急にボンッとテオドールが赤くなった。顔だけではなく、首も耳も真っ赤に染まっている。見ていたルクレーシャのほうが驚いて途中で言葉を切ったくらいだ。



「え、ちょっと大丈夫?」


「だ、だだ大丈夫だ。ちょっと驚いただけで問題ない」



 しかしそれ以上ルクレーシャの顔を直視できなかったようで、ふいと視線を逸らすテオドール。その様子を見てルクレーシャは苦笑した。……好きだと言うのは今さらな気がしていたものの、どうやら言ってみて良かったらしい。



「まあ、そういうわけだから」


「あ、ああ」


「これからもよろしくね、テオ殿下」



 話は終わりとばかりに、ルクレーシャは再び机の上に視線を落とした。そこには魔王国の地図が広がっている。さすがはルクレーシャ、やはり行き過ぎたエステラ愛はどこまでもブレないらしい。



「……ルクレーシャ」


「んー?」


「わたしも君のことが好きだぞ。たぶん、君が思っているよりもずっとな」



 思いがけない反撃に遭って、数秒。

 ルクレーシャが凄まじい勢いで机に額を打ちつけた。仕掛けた奇襲が成功し、テオドールは赤みが残る頬を擦りながらも満足げな笑みを浮かべたのだった。


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