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23. 衝撃の事実


 こちら魔王国。ジャンナの案内で王立診療院へとやってきたエステラたちは、襲撃後一ヶ月近く経ってようやくライアンと再会することができた。



「どうも、ご無沙汰しております殿下。今回は災難でしたね」


「おー。しっかし本当にどこにでも出没するなお前は」



 呆れた顔をしながらも驚いている様子はないことから、エステラならなんでもアリだと思われている模様。



「ところで殿下、どうしてそんなミイラみたいな有様になっているんですか?」


「知るか。俺だって好きでこんなぐるぐる巻きになっているわけじゃないんだ」



 エステラの言葉はまあ正しく、現在彼はミイラよろしく包帯でぐるぐる巻きにされているのだった。ジャンナからは快方に向かっていると聞いていただけにこれは少し予想外だ。ライアンが投げやりな口調でぼやく。



「まあ半死半生みたいな状態だったからな。見た目はミイラでもだいぶ回復はしたんだぞ」


「ならいいんですけど。でも髪と目くらいしか見えていないので、ぶっちゃけ本物のライアン殿下なのかいささか疑問ではありますね」



 エステラの言葉を聞いたゼノがじっとライアンを凝視する。あまりにもガン見してくるのでライアンが居心地悪そうにたじろいだ。

 ややあって、「間違いなくご本人デス」とゼノが太鼓判を押してくれた。一体なにを基準にそう結論づけたのかは不明だが、ゼノが言うのならそうなのであろう。それに万が一違っていたとしても、目の前の偽物を滅してジャンナをボコれば済む話である。



「それはそうと、護送中になにが起きたんですか」


「とっくに調べはついているんだろ。人の皮を被った魔物の一団に襲撃されたんだ。三十人はいたと思う」



 それに対してライアンたちの戦力はせいぜい十名程度であった。これでライアンが一皮剥けていなかったら完全に全滅していたに違いない。

 味方が次々と倒れていくのを視界に捉えながら、ライアンの胸に湧き上がってきたのは無力感よりも強い違和感だった。当然だ。これまで何度も人の皮を被った魔物と交戦しているライアンだが、それまでの敵とは段違いに強かったのだから。



「人の皮を被った魔物は、それまでの当人の記憶を引き継ぐことができる。それは間違いないよな?」


「ええ。ランダの町にいる時点でそれは確認済みです」


「それから、人間の知能に近づけるぶん、魔物としての戦闘能力は低下する。それも確かだな?」


「はい。第五騎士団からの報告ですから間違いないかと」



 ライアンは唸った。そう、人の皮を被った魔物は従来よりも戦闘能力が低下するはずなのだ。それなのに。



「ってことは、やっぱ魔物自体が強くなってんのか。まずいな。そんなのがノースライド全域で暴れ回ったりしたら人口が半減してもおかしくないぞ」



 考えただけでゾクリと鳥肌が立った。人口半減と言いつつも、実際は国ごと滅びてもおかしくないと思う。

 しかし焦るライアンとは対照的に、エステラはあくまで冷静だった。



「大丈夫ですよ。確かに人口は減るでしょうが、国が滅びるまではいきません」


「そんな楽観的なこと言ってる場合か。ここまで来たら国の存亡がかかった非常事態だろ」


「大丈夫ですってば。まあ、路地迷宮がきちんと機能している間はの話ですけど」



 なんの脈絡もなく飛び出してきた路地迷宮という単語に、ライアンは包帯の下できょとんと目を丸くした。



「……なんで急に路地迷宮が出てくる?」


「なんと、王子殿下の分際でご存知ないとは。さてはノースライドの成り立ちについて教師が話しているとき完全に聞き流していましたね」



 図星をつかれてぐうの音も出ないライアンである。しかしエステラもそれ以上は茶化すことなく律儀に説明してくれた。



「簡単に言いますと、もともとは路地迷宮こそがノースライドの中心地だったんですよ。それが人口の増加と共に新しい建物がどんどん建って、昔からの古い街並みは次第に廃れて、今では完全に治安の悪い路地裏扱いです。今は王宮と、そこから広がる城下町が王国の中心地ですね」



 そうだったのか。ライアンは神妙に頷いた。

 しかし、路地迷宮が国の中心地だったのは昔の話ではないのか。なのに路地迷宮が機能している間は国は無事だなんて、なんとなく矛盾している気がする。そんなライアンの疑問を知ってか知らずか、ゼノがさらに補足してくれた。



「殿下もご存知の通り、昨今の復興事業にはキース様たち宮廷騎士団ダケではなく、路地迷宮からも多くの人材が派遣されてイます。なぜなら路地迷宮は、国の有事に備えた『もうひとつのノースライド』だからデス」



 曰く、路地迷宮は人材と物資の宝庫なのだという。



「大陸最大級と名高い中層の闇市場は、今でも王都のどの市場ヲも凌ぐ規模と品揃えを誇りまス。あの場所が国の中心地だった頃の名残デスね」


「なるほどな……確かに俺たちが魔物の生息地域まで駆り出された素材不足の時も、路地迷宮にはまだ在庫が残ってたらしいもんな」


「ハイ。それと人材に関しては主人(マスター)を見ていただケれば一目瞭然かと。なにやら普通にカイ様の代理を務めてイましたが、本来ならば宮廷錬金術師総帥の代理を務めラれる逸材など、ソウ簡単に見つかるわけがありませんから」



 だというのに、平気でポンとエステラ級の錬金術師が出てくるのだ。路地迷宮の人材がいかに豊富かがよくわかる。


 かつての王国防衛軍から派生した軍隊も、路地迷宮では未だに健在だ。路地迷宮を取り仕切る頭領たちとその配下たちがまさにそれで、練度に関しては宮廷騎士団と比べても遜色はほとんどない。彼らも復興支援のため各地に駆り出されており、今頃せっせと大工仕事に勤しんでいることだろう。

 ちなみに路地迷宮の上層だけは比較的新しい街であるので、分類としては城下町の一部と言えなくもないらしい。それでも治安の悪さから路地迷宮の一部として扱われることが多いとかなんとか。



「あー……つまり路地迷宮は『昔のノースライド』さながらの独立した機能を今も保っているということか」


「そんな感じです。なので路地迷宮が壊滅しない限りは、ノースライドの物資も人材も尽きないと考えてくださって結構ですよ」



 治安が悪く、悪どい商売や犯罪が横行している路地迷宮。それでもあの場所が今の今まで根絶されなかったのにはきちんとした理由があったのだ。

 路地迷宮を滅ぼさない限り、ノースライドは滅びない。そして路地迷宮は、簡単に滅ぼせるほど生半可な場所ではないのだ。



「ご歓談中に申し訳ございません。少しよろしいでしょうか?」



 扉を叩く軽い音と共に、ジャンナの声が聞こえてきた。エステラが「どうぞ」と応えれば、面会中は席を外してくれていた彼女が「失礼いたします」と足早に入ってくる。



「皆様に至急お伝えしたいことが。実はノースライドから派遣されてきた使節団が先ほど魔王城に到着したようです」



 使節団。どこかで聞いたような話にライアンは記憶を探り、そして思い出す。

 確かテオドールが言っていたのだ。魔王国に使節団を派遣するため、父に親書を用意してもらうつもりだと。魔物の生息地域を通らなくては魔王国に入国できないので、そこはルクレーシャが一肌脱ぐとも聞いていた。どうやら彼女が魔王国まで一本道のように聖力を張ることで、使節団の道中の安全を確保することに成功したらしい。

 だが、誰が派遣されたのかまではライアンも知らなかった。決まる前に城を去らなければならなかったからだ。



「……どんな感じの顔ぶれだ?」


「まだ直接は面会していませんのでなんとも。とはいえ使節団にしては少人数で構成されている印象ですね。率いているのは九十歳近い外交官だという話は聞いておりますが」



 九十歳近い外交官。聞いた瞬間ライアンは天を仰いだ。そんな特殊な人物など心当たりは一人しかいない。

 なんでよりにもよって奴なんだ、とライアンは内心で悪態をついた。確かに能力的には適任だろうが、それにしたって他にいなかったのか。

 どうせ父王が推薦したのだろうが、それを採用したテオドールもある意味すごいとライアンは思った。これはほとんど賭けだったのではなかろうか。



「そんなわけで、わたくしも急遽そちらの対応に回らなくてはならなくなりました。お二人を保護すると豪語しておいて本当に申し訳ないのですが、今しばらく他の者を側付きとして配置します。わたくしの手の者ですから、そこは安心していただければと……」


「ああ、それは別に構わないぞ。それより一つ警告しておく。相手は九十間近な外交官(クセモノ)だ。総出で迎え撃たないと骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ。まあ頑張れ」



 包帯で表情こそ見えないライアンだが、言っている内容はかなりひどい。もしや過去にその人物のせいで苦い経験でもしたのだろうか。気になったエステラは訊いてみた。



「なんか妙な悲愴感が漂ってますけど、その九十近い外交官というのは一体どんな人物なんですか」


「聞くな! いいか、アランデル。あいつには絶対に関わるなよ。できれば存在そのものを知られるな。うっかりあいつの視界に入ったら最後、破産するまでカツアゲされて、延々カモとして利用し尽くされて人生を棒に振ることになるからな!」



 エステラは沈黙した。こいつ仮にも王子なのに、なんでカツアゲなんて言葉を知っているのだろうか……。

 とはいえ警戒したほうがいいということだけはわかった。どこまでが本当なのかはわからないが、少なくともライアンの目は本気だ。出会ってこのかた涼しげな表情を一度も崩さなかったジャンナも、今回ばかりはさすがに口元を引きつらせている。



「ご愁傷様デス、ジャンナ様」


「そんな不吉な同情はいりません……」



 ゼノの慰めも今のジャンナには完全に逆効果であった。もうかける言葉も見つからない。足取り重く出ていく彼女を、一同は沈痛な面持ちで見送るしかなかった。



「それにしても、私たちはいつまで魔王国に留まっていればいいんですかね」


「さあな。もっと言えば、俺はこのあとどうすりゃいいんだ? 自力で流罪先まで行けばいいのか?」



 確かにそれも微妙なところである。しかし王宮にのこのこ戻るわけにもいかないので、何事もなかったかのように流罪先に向かうのが一番穏便かもしれない。


 そんな風に今後の身の振り方について考えること、早三日。

 ジャンナが手配してくれた新しい側付きの魔族がエステラに声をかけてきた。



「エステラ様、ノースライド使節団の一人であるルカ・クレヴィオ様から面会したいとの申し出がきております。お心当たりはございますか?」


「ルカ? いや、知らな……ん? クレヴィオ?」



 聞き覚えのある家名にエステラは大きく目を見開いた。隣にいたゼノが目を瞬かせる。



「もシかして、カイ様の兄君なのでは?」



 そうだ。クレヴィオ伯爵家といえばカイの実家である。あまり家名を気にしたことがないので思い出すのが遅れた。

 カイが名門貴族の出身でありながら錬金術師として大成できたのは、有能な兄のおかげだという話は聞いていた。しかし聞いていただけなので、エステラとは一切の面識がない。はずだ。


 彼がなにを思ってエステラに面会を申し出てきたのかはわからないが、カイの身内であるならば一度くらい挨拶しておくべきかもしれない。せっかくなので、エステラは面会の手筈を整えてもらうことにしたわけだが。



「はじめまして、エステラ嬢。いつも愚弟がお世話になっているようだね」


 

 柔和な微笑みをたたえた青年の登場に、エステラはあんぐりと口を開けて呆然としてしまった。……誰だこれ。こいつ本当にカイの兄なのか?



「……とんでもない。こちらこそご挨拶が遅れて申し訳ありません。でもまさか魔王国でお会いすることになるとは思ってもみませんでした」



 錬金術協会時代から、カイ関連の面倒事をほぼエステラに丸投げしてきたクレヴィオ家である。その嫡男というからにはさぞかし策謀家なのだろうと勝手にいろいろ想像していたわけだが、少なくとも見た目だけは人畜無害な好青年である。



「でも私が魔王国にいるとよくご存知でしたね。もしや弟君からの情報ですか?」


「うん、そうだよ。僕がこの使節団に加わっていたのは偶然だったんだけどね。出立の直前に『またエステラが危ないことに巻き込まれてる!』って喚きながらカイが殴り込んできたんだ。情緒不安定すぎてちょっと引いたよ」


「それは……なんかすみません……」



 あまりのことにエステラは微妙な顔で謝るしかなかった。

 とはいえ、家族の前ではきちんと感情をあらわにしているようで安心した。やはり欠落のなんちゃらとかいう二つ名はルクレーシャが生み出した幻覚かなにかに違いない。



「いや、君が謝ることじゃないよ。どうも君のことが好きすぎて定期的に発狂しそうになるだけらしいし。あいつああ見えて照れ屋でね。君がカイの恋人だって僕が知ったのもつい最近のことなんだ」



 その瞬間、背後からガタガタンッという騒々しい音が聞こえてきた。振り返ってみれば、実はこの場に居合わせていたミイラ男が椅子から転げ落ちている。



「……き、聞いていないぞ、アランデル」


「は? 急になんですか」


「それはこっちのセリフだっ! えっ、本当にあのカイ・クレヴィオと恋人なのか!?」



 確かにカイとエステラのあの距離感は異常だった。が、恋人らしい雰囲気でもなかったうえ、そもそもエステラに恋人がいればあのルクレーシャが黙っていないだろう。だから完全に油断していた。



「あれ、言ってませんでしたっけ?」


「聞いてない! 聞いていたらお前と二人で野営なんてするわけないだろうが! 俺の命が危ないし実際危なかっただろ!」



 一緒にいる時間が自分より長かったという理由だけでカイとルクレーシャにボコボコにされた過去をもつライアンである。

 一方、悲鳴を上げつつ猛抗議するミイラ男をルカはまじまじと観察した。包帯のせいで顔立ちはまったくわからないが、この髪の色と、目の色と、声。覚えがありすぎるそれにまさかと思い、ルカは半信半疑で訊いてみた。



「失礼ですが、もしやライアン殿下では?」



 その瞬間、ぎゃんぎゃん騒いでいたミイラ男がぴたりと口を閉じた。そして一言。



「ヒト違いだ」


「今さら裏声を出しても遅いですよ殿下」



 エステラの冷静な突っ込みにライアンはあえなく撃沈したのであった。


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