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21. 魔王国からの使者


 カイからテオドールの伝言を聞いた数日後。

 最後の納品を済ませたエステラは、ゼノを連れてさっさと出発することにした。


 そういえば出立前にカイとルクレーシャのところに顔を出すのを忘れていたが、そこはテオドールあたりがうまく説明してくれるだろう。それにいちいち自分の動向を彼らに報告する義務もないのだ。あとから追及されると面倒なので、すっかり事前に申告する癖がついてしまっているだけで。


 それはともかく、やはりライアンのことが気がかりだ。(くだん)の襲撃事件からすでに半月以上が経過している。


 早めに保護してやりたい気持ちはあるものの、いきなり彼が消えた地点まで直行するのもいかがなものか。あからさまに探す素振りを見せてしまうと、エステラを派遣したテオドールにも迷惑がかかるかもしれない。そんなことも考えて、まずは義眼の調整を名目に当たり障りのない地域を回っていく。

 しかし、行く先々で予想外の歓迎を受けてしまい、なかなか先へ進めないという本末転倒な状況に直面するハメになっていた。



「おお……! あなたがこの『目』を造ってくださったアランデル様ですか!」


「え? ええ、まあ。一応」



 四つ目の町でもがしっと手を握られて、エステラは曖昧な顔をした。これでもう何人目だろうか。自分が造った作品をここまで喜んでもらえるのはありがたいが、それにしたって行く先々で足止めを食らっているせいかそろそろ面倒な気持ちにもなってきた。

 そんなエステラの微妙な心境など露知らず、義眼装着者である男性が感極まったように涙目になっている。



「素晴らしいものを造ってくださり心より感謝申し上げます。この義眼のおかげで生まれて初めて目が見えるようになりました。本当に、どう感謝を表せば良いものか……」


「いえ、感謝ならば私ではなくテオドール殿下に。今回の件の発案者は殿下ですので」



 本当のことだ。嘘ではない。今回の件でテオドールからはしっかりと報酬をもらっているのだ。善意ではなく仕事の一環として請け負っただけなので、ここまで過剰に感謝されてもむしろ居心地が悪くなるだけである。

 だというのに、男性は「なんと謙虚な」とますます感じ入っていた。もう何を言っても美化されそうなので、エステラは強引に話題を変えることにする。



「ところで『目』の調子はどうですか? 個人に合わせて調整したいと思うので、使用感を詳しく聞かせてください」



 ライアンのことを考えると、どうしても気持ちが急いてしまう。だが焦ったところでどうしようもない。とにかく目の前の仕事を一つずつ片付けねば。エステラは首元にぶら下げていたゴーグルを引き上げて、一旦取り外してもらった義眼に意識を集中させた。


 ――錬成反応。術式発動。


 義眼が微かな光に包まれる。作業着のポケットから取り出した道具を片手に、エステラは機械でもいじるような手つきで着々と錬成を進めていった。

 聞き取った内容をもとに、基本色のままだった瞳を生来の色に変え、顔の筋肉に合わせ目が自然に動くようより細かく調整を加えていく。その様子をすぐそばで観察していたゼノが感嘆の溜め息を漏らした。さすがは主人(マスター)、あまりにも高度な錬成技術のせいで見ている光景が現実のものとは思えなくなってくる。



「なにその顔。なにか言いたいことがあるなら言いなさい。怒らないから」


「いえ別にナニも。ただ相変わらず主人(マスター)は人間離れしテいるなと思ッタだけです」



 ゼノとしては褒めたつもりだったのだが、対するエステラはまったく褒められた気がしなかったらしい。確かに人間離れしていると言われて喜ぶ人間は少ないかもしれない。

 一方、より使い勝手が良くなった義眼に使用者の男性はさらに感極まっていた。



「ありがとうございます、アランデル様。いただいたこの『目』に恥じぬよう、これからも任務に邁進して参ります」


「よろしくお願いします。ところでこの地域にも人の皮を被った魔物がいたと聞きましたが。被害状況はいかほどですか」



 エステラに問われた男性は目を伏せる。

 生まれて初めて経験した「見える」という喜びと感動。だが、それと同時に「目を背けたくなる光景」という現実にも直面することになっていた。



「おかげさまで被害は未然に防がれています。ですが……想像以上に悲惨な光景でもありました」



 男性は思い出す。新たな『目』を使って見つけ出した異常な人物。人の皮を被った魔物。

 その化けの皮が剥がれた時の光景は、思い出すだけで身の毛がよだつほど不気味で、醜く、吐き気すら催すほどだった。視覚からくる恐怖や衝撃というものは、想像を絶するまでに大きいのだということを身をもって知った瞬間でもあった。



「いかに魔物が巧妙にその身を隠しているのかも理解しました。この『目』を最大限活用し、今後も被害を未然に防ぐつもりでいます」


「よろしくお願いします。ですがあなたの『目』が脅威だと認識されれば狙われる可能性が出てきます。決して警戒は怠りませんよう」


「はい。せっかく得た第二の人生ですから。無駄にはしない所存です」



 力強く頷く彼とこの町に別れを告げ、エステラはゼノに先導されながら次の町へと向かうことにした。

 溜め息をつく。薄々そんな気はしていたが、やはりこの町でも収穫はゼロであった。まあ、被害が出ていないのであればそれはそれで平和で良いが。



主人(マスター)、次に向かうトゥールの町はライアン殿下が襲撃された地点に一番近い町にナります。もしかしたら今度こそナニかしらの手がかりが見つかルかもしれまセン」



 ほう、とエステラは表情を引き締めた。いよいよか。


 ライアンたち一行を襲った魔物は、エステラが知っているよりもはるかに強い個体であったと思われる。ならばその周辺の町でも同じ個体が出没している可能性が高く、そこでも甚大な被害をもたらしていることだろう……と旅立つ前は思っていたわけだが。

 これまで回ってきた町からは、有力な情報はひとつも得られていないのが現状だった。鬼が出るか蛇が出るかはわからないが、そろそろなにかしらの新情報が欲しいところではある。


 そう思いながら辿り着いたトゥールの町。これまでと同じ手順で挨拶やら義眼の調整やら聞き取り調査やらをして、それが一通り終わった頃。

 人気のない場所に差し掛かった瞬間、背後から急に声をかけられたのだ。



「初めまして。あなたがエステラ・アランデル様でいらっしゃいますでしょうか?」



 弾かれたように振り返る。ゼノの表情が険しくなった。

 つい先ほどまで周りには誰もいなかったその場所に、忽然と見知らぬ人物が立っている。いや、それ以上に――。



主人(マスター)、ワタシの後ろへ」



 相手の容貌を見た瞬間、ゼノがエステラを守るように前に出た。かくいうエステラも、いつの間にか自分たちの前に防護壁を展開している。


 声をかけてきた人物は人間の姿をしていた。しかしパッと見は人間でも、白目部分が明らかに黒いことから人間ではないことは一目瞭然だ。

 姿形は人間で、白目が黒い。それは魔族の証であった。自然とエステラの声も固くなる。



「……魔族が私に何の用?」



 人気のない場所で声をかけられて、しかも相手はこちらの名前を知っている。なにも企んでいないとは思えない。警戒するエステラとゼノに対して、魔族の女性は恭しげに頭を下げた。



「自己紹介が遅れました。わたくしはジャンナ。魔王陛下より遣わされました使者でございます」



 ゼノの顔がさらに険しくなった。魔王国からきた正式な使者というのであれば、なぜ王宮ではなくエステラのところに来るのだろうか。それもこんな辺境の町で待ち構えてまで。

 ゼノはエステラを守る位置のまま剣を構えて動かない。その背後にいるエステラも、迎撃の用意はすでに整えている。警戒を解かない二人の様子に、ジャンナと名乗った魔族の女性は困ったように眉を寄せた。



「弱りましたね……そう警戒しないでいただきたいのですが」


「なら、さっきの私の質問に答えて欲しいものだけど」



 さっきの質問。失念していたらしいジャンナが「ああ」と声を上げる。



「これは失礼いたしました。わたくしが派遣されてきた理由は他でもありません。あなた様を魔王国へご招待するためです」


「……はあ? 私を? なんで?」



 想定していたどの答えとも違った返答に、エステラとゼノは訝しげに顔を見合わせた。なにからなにまで意味不明であり、答えを得たところでなに一つ釈然としない。

 ジャンナが優雅な仕草で両腕を広げた。所作がいちいち美しいあたりは、さすが魔王から遣わされた使者なだけある。きっと魔王からの信頼も厚く、それなりの地位にいる人物なのだろう。



「先日、あなた様とノースライド王国の第一王子殿下が魔物の生息地域へ乗り込んだことはこちらも把握しております。そしてなにやら大量に魔物を屠り素材を剥ぎ取ったと」


「…………」



 エステラの目が眇められた。まさかその件が引き合いに出されるとは思ってもみなかったが、確かに魔王国側から見たらあまり心証の良い行動ではないだろう。顔つきが変わったエステラを見て、ジャンナが慌てたように付け足した。



「ご安心くださいませ。ライアン・グリフィン・ノースライド様は無事です。今は魔王国で保護しております」



 これまた予想外の展開にエステラはますます黙り込んだ。人の皮を被った魔物に襲われたライアンを、魔族たちが保護しているというのか。なぜ? そもそもライアンに魔物をけしかけたのは魔族ではないのか?


 疑問は尽きないが、それでもエステラは密やかに安堵の息を吐き出した。……もしそれが本当なら、とりあえずは一安心だ。

 どうやら自分でも思っていた以上にライアンの安否が気にかかっていたらしい。カイにも指摘されたことだが、確かに自分もいくらか変わったようだ。

 しかし、安心するのはまだ早い。エステラはジャンナを真正面から見据えた。まだ彼女が本当のことを言っているとは限らないのだ。



「でも殿下は人の皮を被った魔物に襲われた。そうするよう魔物たちに指示できるのは魔族だけでしょ。少なくとも魔物は人間の言うことなんて聞かないわけだし」


「ええ、確かに。しかしその件に関しましては少し事情が複雑でして」


「できれば手短に」


「善処いたします。ではまず結論から。魔物たちを唆して人の皮を被るよう指示を出していたのは、現魔王であられるイルゼ陛下の甥、ドラン様でございます」



 曰く、この件の背後にいる黒幕は、現魔王の統治に異を唱えている反対勢力のほうだという。

 ライアンを襲撃したのもその反対勢力で、彼らの次なる標的になっていたのがエステラだったようだ。そのため彼らが動くよりも先に、エステラを保護するためこうしてジャンナが派遣されてきたらしい。エステラは首を傾げた。



「なんで私が標的にされるの? もしかして魔物の生息地域で暴れすぎたことが原因?」


「はい。ですが完全なる言いがかりですので、エステラ様たちに非があるわけではございません」



 魔物の生息地域は、厳密には魔王国の領土ではない。なのでそこで魔物を狩りまくろうと文句を言われる筋合いはない。それは魔王国とノースライド王国共通の認識である。

 ただ、魔王国においての魔物はいわゆる動物と同じような括りであり、一方で人間の国においての魔物は鉱物などの資源と同じような括りになっていた。そのあたりの思想の違いは相容れないものがある。



「イルゼ陛下とは違い、ドラン様はかなり野心的で過激です。魔王国の繁栄と領土の拡大を信念に掲げており、手始めに隣国であるノースライドを掌中にするため様々な手段と口実を探していたようです。ですから『野生の魔物を保護する』という観点からエステラ様たちに難癖をつけたのでしょう」


「……なるほどね。確かに人間の国でも魔族が野生の動物を乱獲し始めたりしたら、許すまじって動く団体があるかもしれないし」



 つまりライアン襲撃事件は『魔物や魔族にとって脅威となる人間を排除する』という目的で決行されたことになる。



「ちなみに人の皮を被った魔物は、ノースライド王国を内側から崩壊させるために大聖女追放の前から着々と派遣されていたようです」


「そっか。じゃあもしかしたらマリアンナもその時に」



 以前ビアンカがマリアンナのことを「可哀想な境遇ではあるらしい」と話していたことを思い出す。まだ詳しくは調べていないが、その境遇とやらは彼女が魔物に取り殺された件となんらかの関連があるのかもしれなかった。

 ゼノは背後にいるエステラにちらりと目を向けた。その視線に気づいたエステラがこくりと頷く。それを確認してから、ゼノは構えていた剣を下ろして再びジャンナと向き合った。



「情報提供に感謝イタします。主人(マスター)も納得したようデス」


「それは良かった。これで少しは信用していただけましたか?」


「ハイ。とりあえず、今の情報分くらいは」



 用心深い受け答えにジャンナは笑った。



「では改めて。エステラ・アランデル様、そしてお付きのゼノ様。お二人を保護という名目のもと魔王国へご招待いたします」


「ライアン殿下と面会はできる?」


「もちろんでございます。襲撃が原因で負傷しておいででしたが、今は順調に快方に向かっておりますので」



 こうしてジャンナに同行することになった二人であるが、ふとエステラは視線を感じて木陰に目を向けた。

 いつの間にやら、そこに子供がひとり立っていた。十になるかならないかくらいの女の子だ。……知らない顔だが、心当たりはなくもない。



「エステラ様?」


「ちょっと待って。すぐ戻る」



 律儀に足を止めたジャンナに断りを入れて、エステラは小走りで少女のもとへ駆け寄った。少女は一瞬怯えた顔を見せたが、それでも逃げずにその場に踏みとどまる。



「あ、あの。あれって……魔族、ですよね」


「うん、そう。無闇に近寄らないようにね。でもあれの気配に気づいたってことは、もしかして聖女かな?」



 エステラの問いに少女は小さく頷いた。ということは、この子がルクレーシャの言っていた九歳の聖女サティか。

 まさかこの町に彼女が派遣されているとは思わなかったが、ライアンが襲撃された地点に近いことを考えれば、警戒も兼ねて有能なサティが抜擢されてもおかしくはない。どちらにせよ、聖女がいるなら好都合である。



「急にごめん、一つお願いがあるんだけど」



 エステラはサティにルクレーシャ宛ての伝言をいくつか頼むと、立ち上がってジャンナのところへと戻った。



「お知り合いですか?」


「ううん。でも私まで行方不明になったらいろいろと大変なことになりそうだからね。行き先を伝えておいたの」


「確かに主人(マスター)の身に何かあれば、カイ様とルクレーシャ様が黙ってナイでしょうからね」



 黙っていないどころか戦争でも起こしかねないのだが、さすがにそこまでは思い至らないエステラである。

 さて。ライアンの無事を確かめるためにも、ここは魔王国に行くのが一番良さそうだ。まったく予想していなかった展開であるが、旅とはまあ、往々にしてそういうものだった。


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