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18. それぞれの仕事


 結論から言えば、モーガンは建て直してなどくれなかった。仕方がないので一番重要な作業場部分だけは自力で改築したエステラである。

 こんなことなら最初から自分で建てれば良かったと後悔するも、そんなのは負け犬の遠吠えに過ぎないので黙って錬成を繰り返す。テオドールからの依頼がなければ一から自力で建て直していただろうが、さすがに今回はそんな余裕などなかった。


 そんなわけで、今日もエステラは自分が作業しやすいように設計し直した作業場にて、せっせと義眼造りに取り組んでいた。改築作業のせいで丸一日を無駄にしてしまったので遅れを取り戻さねばならない。



「エステラ、生きてる? なんか自力で作業場を改築したってゼノから聞いたんだけど」


「そう。おかげで超栄養剤の在庫が切れた。作って。銀貨(ラルジャン)百枚までなら出す」


「うん、とりあえず寝ようかエステラ。いつにも増して目がイっちゃってるよ」



 仕事の合間にエステラのもとを訪れたカイは、四徹目に突入しているというエステラを強引にベッドまで引きずっていく。しかしエステラは抵抗した。



「離して、カイ。今なら例の無限収納トランクを作れるかもしれないんだから。あの時と同じ四徹中の今ならイケる気がする」


「確かにあれは便利だけど、君の睡眠時間と引き換えにするくらいならもう二度と作れなくていいと思う」



 散々揉めた末に、なけなしの体力を使い果たしたエステラが燃料切れよろしくガクンと突然意識を落とした。カイは溜め息をつく。いつもながら寝息すら分からないほど静かに、死んだように眠るエステラ。

 余談だが、最高に寝相が悪くて寝言もうるさいルクレーシャが爆睡している隣で、まったく気にせず朝まで眠れるのがエステラであった。もはやほぼ死体ではないかとカイは最近疑っている。


 それはそうと、エステラを寝室まで運び終えたカイは作業場へと戻り、しげしげと机の上を観察した。作りかけの義眼のほかに完成した義眼が箱に詰められて並べられているわけだが、どこからどう見ても生身の眼球にしか見えなくてはっきり言って不気味だ。

 しかし、これでもエステラ曰く「粗がある」というのだから彼女の基準がよく分からないカイである。どれほど目を凝らしてみても、エステラが言う粗らしきものは見当たらない。見た目はもちろん、刻まれている錬金文字まで完璧だ。


 不気味さを押し殺してしばらく義眼を睨んでいたカイだったが、これほどの傑作に文句をつける輩などいるまい。きっちり箱に詰められていたそれに蓋をして、カイは壁に貼られていた納品依頼書にサインをした。ついでに『品質に問題はないから勝手に持っていく』というメモ書きを残して作業場をあとにする。


 彼が仕事の合間にここに来たのは、他でもないエステラに呼び出されたからであった。とりあえず試作したけど王宮まで届ける気力がないから顔を貸せとゼノ経由で連絡が入ったのだ。

 ちなみにゼノは副総帥であるベシーが戻ってくるまでカイの補佐として王宮に留まることになっていた。先の修羅場のせいで宮廷錬金術師の半数以上が瀕死だからだ。彼らがある程度復帰するまではゼノの力が必要であった。


 外に出て、カイは改めてモーガンが建てたというド派手な家を見上げる。これを半月かそこらで建てたというのだから末恐ろしい。

 しかし末恐ろしいのはエステラも同じだった。建築の知識も技術も持ち合わせてはいないはずなのに、すでに仕上がっていた作業場をたった一日で改築してしまったのだから。錬金術の原理を理解したうえでそれを応用する柔軟力と、様々な工程をすっ飛ばしてゴリ押せるほどの高い錬成能力がある彼女だからこそ可能な力業である。



「あっらー? もしかしてエステラちゃんのカレシ君じゃない?」



 急に聞こえたその独特な口調に、カイは一瞬びくりと肩を震わせた。



「いやだわもう、そんなに怯えちゃってカワイイわねえ」


「…………」


「なーんて冗談よ。エステラちゃんのカレシだもの。取って食いやしないから安心してちょうだい」



 別にそんな心配はしていなかったのだが、なんというか、この手の相手は接し方がイマイチ分からないため未だに苦手なカイである。

 どうしたものかと頭を悩ます彼をよそに、なにやら大きな荷物を抱えたモーガンが改築された作業場へと続く扉をじっと眺めた。



「あら? なんか作業場だけやけに無骨な感じになっちゃったわねえ。エステラちゃんったら、相変わらず歯車とか配線とか鉄筋を剥き出しのままにしちゃうんだから……ねえ、カレシ君はどう思う?」


「あー……僕はエステラの好きなようにすればいいんじゃないかと」



 適度な距離感を保ちながらカイがそう答えれば、モーガンが急に「きゃっ」と色めき立った。



「さっすがカレシ君! 愛しのエステラちゃんのことはどこまでも全肯定なのねん!」


「まあ、無茶する時は止めますけど」


「愛ね! エステラちゃんってば愛されてるわあ。聞いてるアタシまで恥ずかしくなってきちゃう!」



 一人で盛り上がるモーガンのテンションについていけないカイであるが、それでも「カレシ君」という呼ばれ方は新鮮なので悪い気はしない。全然。



「あっ、そうだカレシ君。エステラちゃんに差し入れ持ってきたんだけど」



 どうやら抱えていたこの荷物こそが差し入れだったらしい。確かにエステラは一度錬成に集中すると寝食を忘れる傾向があった。家を建ててくれたことといい、実に面倒見のいいモーガンである。



「ありがとうございます。いま鍵を開けますからどうぞ中に……」


「んま! もう合鍵交換してるわけ!? 結婚式には絶対呼んでね!」



 気が早いと突っ込む間もなく、モーガンはカイの返事も聞かずに差し入れを押し付けてきた。



「アタシこれから大工仕事の関係でカロンに出張しなきゃいけないのよ。だからこれ、エステラちゃんに渡しておいてくれる?」


「はあ、わかりました。それにしてもカロンですか。もしかして復興事業の一環で?」


「そうなのよ。ったく、いくらそれが路地迷宮の務めだからって、面倒ったらありゃしないわねえ」



 唇を尖らせながらも、モーガンは「じゃね」と片目を瞑って去っていった。その背中を見送りながら、カイは錬金文字で施錠した鍵をもう一度解錠する。

 一応寝室を覗いてみたが、相変わらずエステラは寝返りも打たずに死体のごとく眠っていた。これは当分起きそうにないので、渡された差し入れはカイがどうにか片付けるしかなさそうだった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 台所を探してカイがうろうろと豪邸を彷徨っている頃、王宮ではライアンとテオドールが集まった志願者の名簿を確認していた。



「まさかこんなに集まるとはな」


「ええ。それだけ義眼を求める視覚障害者が多いということでしょう」



 エステラに義眼の製作を依頼したものの、それを装着できるのは目が不自由な者だけである。そのためテオドールは国中の視覚障害者の中からその任務を引き受けてくれる有志を募っていた。魔物と直接対峙するかもしれない任務であるため、その危険性も事前にしっかり伝えての募集だ。

 結果、なんと国中から百を超える応募があった。しかし義眼の供給のほうが追いつかないので、とりあえず今は応募者全員の経歴を確認している真っ最中である。



「言い方は悪いが、優先順位をつける必要がありそうだな」


「同感です。個人的には物怖じしない人間を優先させたいところですが、兄上のご意見は?」



 物怖じしない人間。てっきり腕っ節に自信のある人間優先かと思っていたライアンは首を傾げた。



「そりゃ大事な要素だとは思うが……なんでだ?」


「もちろん腕に自信がある者も優先させたいと思います。ただ人の皮を被った魔物が正体を現す様が……その、ちょっと不気味なので」



 目の前でマリアンナの化けの皮が剥がれたのを見ていたテオドールが言葉を濁す。あれは正直、もう二度と見たくないくらいには気持ち悪かった。



「戦う術を持たない者が『視る』際には必ずそばに騎士を複数人つけるので、本人の戦闘能力の高さはそれほど問題にはなりません。むしろなにが起きても必要以上に動揺しないような、強い精神力の持ち主が欲しいですね」


「なるほどな。いいんじゃないか。となると、性別とか年齢はあんまり関係なくなるな」



 なお、物怖じしない上に戦闘能力も高い義眼愛用者といえばカイ一択である。しかし彼の『目』は別の分野で役に立ててもらうつもりなので、今回はあえて候補から外していた。

 二人がかりで資料を読み込んでいると、しばらくして誰かが執務室の扉を叩く音が聞こえた。ライアンが顔を上げると、扉の向こうから聞き慣れた声が響いてくる。



「あたしだけど。いま大丈夫?」


「ルクレーシャか。いいぞ、入れ」



 彼女が訪れてきたことを不思議に思いながら許可を出すと、すぐに扉が開いてルクレーシャが顔を出した。そしてライアンとテオドールがそれぞれ分厚い資料の束を握っているのを見てわずかに眉を下げる。



「忙しいところごめん。聖女派遣の件で相談があるんだけど」


「どうかしたのか?」



 資料から顔を上げないテオドールに代わってライアンが資料を脇に置いて彼女と向き合う。ルクレーシャが難しい顔で答えた。



「実は一番育ってきてる有望株がまだ九歳なんだよね。ぶっちゃけあの子がビアンカの次に使えるんだけど、さすがに一人で地方に派遣するには幼すぎると思う?」



 九歳の聖女。ライアンは唸った。確かに悩ましい問題だ。



「本人の意思は?」


「やる気はある。でも自信がない感じ」


「そうか。だけど聖力は強いんだな?」


「ん。そこはあたしが保証する」



 苦手だからと執務室には最低限しか寄り付かなかったライアンと、事あるごとに王宮から脱走していたルクレーシャ。なのに今は、どういうわけかこうして執務室で話し合っている。

 変わるものだなと、ライアンはぼんやり思った。彼女との距離はたぶん今が一番近い。それもこれも、すべてはテオドールが間にいるからなのだけれど。



「ちょっと聞いてる?」


「おー、聞いてる聞いてる」



 眦を釣り上げるルクレーシャを見てライアンは思わず笑った。笑ってしまった。

 ライアンもルクレーシャも、お互いのためには一度も動こうとしなかったのに。どちらもテオドールのためには率先して動いている。それはどちらにとってもお互いよりテオドールのことが大事だからだ。

 正直に言えば、少し複雑な気分だった。ライアンはあれほど焦がれた真実の愛を手に入れることができなかったけれど。でも、もしかしたらルクレーシャは――。



「自信はないけどやる気はあるんだろ。それなら子供でもなんでも採用していいと思うぞ。自信はあるけどやる気がない大人より断然いいだろ」


「そりゃね、あたしもそう思うけど」


「心配なら面倒見のいい聖女を一人つければいい。そっちはあくまで保護者代わりだから聖力が弱くても問題ないし、探せばどっかに適任がいるだろ」


「保護者代わり……わかった。探してみる」



 ライアンの提案にルクレーシャは素直に頷いてみせた。たとえ犬猿の仲であるライアンの提案であっても突っぱねることなく受け入れる。そのくらい彼女は度量が広い女性だったらしい。

 ふと、ルクレーシャの視線がライアンから外れた。反射的にその視線を追うと、そこにいたのは先ほどから微動だにせず資料を睨んでいるテオドールだった。この集中具合からして、もしやルクレーシャが来たことにも気づいていないのではなかろうか。



「で、あんたの弟はいつからああなわけ?」


「お前が来るずっと前から。だからかれこれ三十分……いや、そろそろ一時間くらいか?」


「……まったく、あんたが帰ってきたことだし、少しはマシになるかと思ってたんだけど」



 呆れたような声音の裏に心配の色が見え隠れしている。ライアンは苦笑した。



「なんだ、テオが心配で来たのか?」


「それもある。あんたがいない間、王族の負担をほぼ一人で背負ってたからね。顔色やばいし干からびそうだし、何度ノックしても返事がない時は死んでるんじゃないかと思って扉をぶち破ったこともあった」


「それは……大変だったな……」



 どうやら自分がカイにぶっ飛ばされて宙を飛んだり、魔物相手に悲鳴をあげて剣を振り回していた間にも、弟は忙殺されて瀕死状態だったようだ。



「ま、あたしが言うより兄のあんたが言うほうが素直に聞くでしょ。だから無理する前に止めてやって」


「おう、わかった」


「それと、弟にばっか気を取られてあんたが倒れたら元も子もないし。自分の身は自分で守りな。てなわけで、はい」



 軽い調子でぽん、と小瓶が手渡される。中には数粒の錠剤が入っていた。



「なんだこれ?」


「単なる滋養強壮剤。あたしも何度か飲んだことあるけど結構効くよ」



 もっともカイ特製の超栄養剤と比べたら効果は劣るが、それでも常識の範囲内でよく効く薬だ。それを考えると超栄養剤は非常識なのかという話になるが、まったくもってその通りなのでルクレーシャは深く考えないことにする。

 しげしげと小瓶を眺めるライアンを尻目に、ルクレーシャはつかつかとテオドールへと歩み寄った。恐ろしいことに今この時に至るまで食い入るように資料を見つめたまま動かないのだ。尋常ではない集中力だが、さすがにこれは放っておけない。



「テオ殿下」


「…………」



 予想はしていたものの、声をかけても反応のないテオドールにルクレーシャの眉間に皺が寄る。以前は彼が手に持っていた書類を取り上げることで正気に戻したが、今回の彼女は容赦がなかった。



「テオ殿下っ!」


「うわあっ!?」



 突然耳元で鳴らされたパンッという大きな音に驚いて、テオドールは椅子から転げ落ちそうになった。どうやらルクレーシャが耳元で強く手を打ち鳴らした音らしい。



「なっ……ルクレーシャ!? え、いつからそこにいたんだ?」


「だいぶ前からいたっての」


「やっぱり気づいてなかったのか」



 ルクレーシャだけではなく兄にも呆れた顔をされたテオドールは目を白黒させた。ノック音はおろか、近くで二人が会話していたことにも本気で気づいていなかったらしい。ライアンは溜め息をついた。確かにこれは注意して見ていてやらないとすぐに体を壊してしまいそうだ。

 珍しく誰かのために怒るルクレーシャと、そんな彼女に怒られて神妙な顔をしているテオドールを眺めながら、ふとライアンは先ほどのルクレーシャの言葉を思い出した。



『テオ殿下』



 あのルクレーシャが親しくもない相手を愛称で呼ぶとは思えないし、ましてやあの弟が親しくもない相手にその呼び方を許すとも思えない。今までだって兄であるライアンにしか愛称で呼ばれることをよしとしていなかったのに。

 二人の中で、なにかが確実に変わってきているのだ。それを垣間見たライアンの胸の内には、かすかな寂しさが去来したのだった。


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