02話 ビール魔法の使い手
僕はアレン・ストッサー16歳。
何の変哲もない中肉中背の村人Aだ。
けれどそれも昨日までの話。
いよいよ今日は天啓を授かる日だからね。
「アレン。気を付けて行って来るのよ」
「期待した天啓じゃなくても気を落とすんじゃないぞ」
家族に見送られながら僕は家を出る。
昨日の夜からずっと眠れなかった。
この国では16歳の成人を迎えると、教会で天啓を授かるからだ。
その時に、自分の才能が一気に開花するんだけど。
今世の僕は、転生チートで前世の記憶持ちだ。
ヒールの魔法をバリバリ使えるハイスペック賢者人生が約束されている。
「もう無能賢者なんて言わせない!」
意気揚々と協会の扉をくぐり、神父様の元へと向かう。
「こんにちは神父様」
「やあアレン。今日はまた一段と元気だね」
「そりゃあ待ちに待った天啓を授かる日ですからね」
にこやかに微笑む初老の神父様とあいさつを交わす。
「ふむ。ではアレン。女神像の前で両手を組んで祈りなさい」
「はい!」
僕は早速手を組んで祈った。
するとパァッと周囲が眩くフラッシュする。
七色に変化するド派手な演出だ。
「おおっ! これはっ!」
神父様が驚いている。
初めて目にする現象だからだろう。
賢者の天啓持ちは、世界に一人だけという超レアだしね。
ちなみに僕は、前世でも似たような状況を経験している。
『アレン・ストッサー。貴方には賢者の力が宿っております』
「なんとっ!?」
神父様は驚いているみたいだ。
どこからともなく聞こえてくる美声には聞き覚えがある。
16年前に聞いたバイオレンス女神様の声だ。
『ビール魔法の良き使い手となるでしょう』
「「ビール魔法っ!?」」
僕と神父様の声が綺麗にハモる。
そんな魔法なんて聞いた事がないんだけど?
「ちょ、ちょ、ちょっと待って女神様。ビール魔法って何? 何その酔っ払い量産型みたいな魔法。てかヒールは? ヒールの魔法は使えるんだよね?」
『残念ですが使えません』
「はぁああああああ? 何故ですか? 僕と約束しましたよねっ!」
『やり直しは出来ませんと、私は言ったはずです』
「はい? ちょっと女神様?」
意味が分からない。
『貴方は言ってしまったのですよ。『ビールの魔法をください』と。思い出しませんか?』
「えっ?」
『これにて天啓の義は終了です。アレン・ストッサー。これからは賢者として、自らの使命を果たすのです』
「女神様? 女神様?」
それから何度問い掛けても、女神様が答えてくれる事は無かった。
「一体何どういう事?」
16年前にあった女神様とのやり取りを、少しずつ思い出していく。
「あの時は――」
そして愕然としてしまった。
『ビールの魔法をください!』
確かに僕は、そう言ってしまっていたからだ。
「はぁああああああああ?」
二度目の人生速攻終了?
次回の転生にご期待くださいって?
「馬鹿か僕は!」
何てミスをやらかしたんだ。
思えば前世での死の瞬間もそうだった。
ミノタウロスがヤケクソでブン投げたバトルアックスで、頭をカチ割られたんだ。
魔王をあと少しで倒せる。と気を抜いたのが原因だった。
「はぁ」
せっかく賢者の才能があると告げられたのに、気分は最悪だ。
頭の中は「やっちまった感」で一杯だった。
△
「ああ、どうしよう、どうしよう」
右往左往して途方に暮れる。
攻撃魔法も状態変化魔法も防御魔法も普通に使えた。
けれどヒールは使えなかった。
(やっぱりかい!)
「このままじゃ、また落ちこぼれ扱いだよ。絶対マズいって」
賢者の天啓を受けたという事は、近いうちに勇者パーティーに組み込まれるという事だ。
何故なら、世界がそうなっているから。
魔王が幅を利かせると勇者(の素質持ち)が誕生する。
そして勇者が誕生すると、時を同じくして賢者やら剣聖やらも誕生するシステムとなっている。
つまり僕は拒否権無しで、勇者パーティーへの強制加入が待っているわけだ。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ」
あっちウロウロ、こっちウロウロしながら考えてみるが、良い案なんて浮かばない。
だが街をうろつく内に「ビール魔法が超有用だったらワンチャンあるぞ! 試してみろよ?」と心の声が伝えて来る。
――やってみるか。
そう思って、適当な場所を探して1時間程歩いていると、王都の外れに良い場所を見つけた。
「ここなら、魔法使っても文句言われなくて済みそうだ」
そこは、おどろおどろしい黒い花が咲き乱れる不気味な広場だった。
咲いているのは、賢者の僕ですら知らない未知の花だ。
誰かが売り物の花を育ててるって訳でもないだろう。
「とりあえずファイヤー(弱)」
試しに小さな火の玉を放出してみたけど、黒い花は焦げ痕一つ付かなかった。
「呪われているのか?」
でもこれだけ強い花なら、魔法の実験台に丁度いい。
僕は草原の真ん中に向けて右手を前に突き出す。
そして唱えた。
「ビール!」
ザバァアアアアアアアアアア。
虚空から滝のように降るビール。ビール。ビール。ビール!
「酒くせぇええええええええ!」
ザバァアアアアアアアアアア。
まあね。
大体こんな感じになるだろうなって予想はしてたよ。
けどさ、
「使い道ねーんだよ!」
自分が唱えた結果とは言え、怒り心頭だった。
僕の不満は止まらない。
「誰だよこんな魔法考えた奴は! 責任者出てこい!」
(女神様発案だったら謝る!)
いや、冷静になれ。
とりあえず僕は、腰ぐらいの高さの塀で広場を囲む事にした。
「《土壁》」
ドカンドカンと地面から壁が生えてくる。
もちろん無詠唱だ。
「これでよし。まずはポジティブ思考でいくべきだ」
今回はチートがあるから、大分マシな人生を送れるはずだし。
前世で使えた魔法は引き続き使えるし、魔力量だって賢者2人分もある。
つまりは2人協力プレイみたいなもの。
まあ、それはそれとして、
「くさっ」
密閉空間でもないのに、広場の端までアルコールの匂いが充満している。
「どうしたもんか……」
プカプカと浮かぶ木片をボーっと見る。
木片にはカタツムリが乗っていた。
そんなどうでもいい事を考えて現実逃避をしてしまうのは悪い癖だ。
「やるぞ」
空に向かって決意表明。
目指すは大賢者だ。
これからは心機一転頑張るしかない。
そして今度こそパシリ賢者の人生を覆すんだ。
ヒールが使えないなら、使えないなりにやっていこう。
僕はもう、この新魔法をアピールしていくしかないんだから。
「ピンチはチャンスだ」
ビールはゴミ魔法じゃない。
ゴミ魔法だと思うからゴミなんだよ。
例えばだ、ビール魔法でビールが欲しい人にビールを浴びせ続けたらどうなる?
ビールを与えるだけ与え、飲ませるだけ飲ませるとするなら、
「ダメ男量産じゃねーか!」
地面を踏み締め空へと叫んだ。
前途多難だな。