01話 ヒールが使えない賢者
『賢者よ。起きなさい』
嫌です。
『賢者よ。目覚めるのです』
お断りします。
『賢者よ――』
そういうのいいから。押し売りとか間に合ってるんだよね。
『おい起きろ(低音ボイス)』
「はいぃぃっ!」
シュザッと人生最速で跳び起きた。
「あれ、ここは?」
何もない真っ白な空間だ。
僕はキョロキョロと周りを見回す。
「んんっ!?」
おいおいマジか。
目の前にいるのは超ハイスペック金髪美人だ。
『賢者よ。私は生命を司る女神です。よくぞ目覚めてくれました』
穏やかな言葉とは裏腹に、鋭い目線が僕を射抜く。
戦いに身を置くガチ勢の目だ。
「目覚めなかったら、僕はどうなっていたんですか?」
恐る恐る尋ねた。
『ふふっ。それは秘密です。なかなか起きてくれないので、どうしようかと思いましたけど』
微笑んでるけど殺気が漏れてるよ女神様。
下手な事は言えないから、軽くジャブでも打ってみるか?
「色仕掛けで起こしてくれれば良かったのに」
『はい?』
「サービス精神足りないよね」
『ふふふふふっ。面白い御方ですね』
ヒュゴッ!
――杖っ!?
「回避ぃいいいいいいいい!」
カクンと首を横に倒すと、頬のすぐ傍を杖が霞めていった。
――この女、僕を殺す気だっ!?
賢者の僕に死の匂いを感じさせるなんて魔王レベルだ。
危うく首無し騎士になる所だった
『ふふふふふっ。ごめんあそばせ。杖が暴れてしまいましたわ』
「あははははっ。割とマジですみませんでした!」
冷汗が頬を伝う。
誠心誠意謝ったが、許してくれるかは五分五分だな。
まあ、この女に逆らってはいけない事だけは確かみたいだ。
「あのー。とりあえず駄々洩れの殺気を止めてもらっていいですかね?」
『ええ。いいでしょう』
ケルベロスも腹を見せてゴロンゴロンしそうな殺気が消えた。
『貴方も少し混乱されていたようですしね。不敬な言動は許します』
「ありがとうございます。今は落ち着きましたら、もう不敬はいたしません」
『そうですか。では知りたい事も多々あるでしょう。出来る限りお答えしますから、ご質問があればどうぞ』
「杖で何人くらい殺ったんですか?」
『……』
「もちろん冗談ですけどね? 本当ですよ?」
『……』
だからその「サイレントキリングの使い手」みたいな目線を止めてもらっていいですか?
僕のミジンコの心臓がキャパオーバーしてますんで。
女神様は「はぁ」とか言って首を振り振りしている。
その仕草はメッチャ可愛い。
目は暗殺者だけど。
『貴方もふざけるのは止めて、落ち着いて聞いてくださいね』
重い話がガツンと来そうな雰囲気だ。
『魔王との戦いで、貴方は死んでしまったのです』
「ああ、やっぱりですか」
薄々そんな感じがしてたんだよ。
何せ、僕は死の瞬間を覚えているからね。
魔王の側近ミノタウロスが、僕の頭にバトルアックスを投げたはず。
頭はカチ割られて、ザクロみたいになった事だろう。
『死を受け入れるのですか?』
「だって僕は賢者ですからね。転生でも何でも好きにやってください」
賢者として、それなりに死後の世界について勉強している。
この空間に行き着いたら、転生するか輪廻の輪から外れて消滅するかの2択だ。
『では転生前に、貴方が過ごしてきた今世について真実を伝えます』
「真実?」
『ええ。実は誠に申し上げにくいのですが、前代の生命を司る女神に不手際があったのです』
「不手際とは?」
「貴方はヒールの魔法が使えませんでしたね?」
「うぐっ」
それを言われると物凄く辛い。
『天啓で賢者って確定したんでしょ? ヒール使えないってどういう事?』
『まさかの落ちこぼれ賢者かよ。ダセーな』
『回復どうするのよ? 何十本もポーション用意しなきゃいけないの?』
『うわぁ最悪。マジ使えねー』
雑に扱われた記憶ばかりが脳裏に浮かんでくる。
『おい。パン買ってこいよ賢者』
『私は王都のパンじゃないと食べないからね。転移魔法で買って来て。時間は10分ね。よろしく』
『はぁ? 転移魔法は疲れるだと? 知るかよ。いいから買ってこい』
と、ニヤニヤしながら言われた事まであった。
なんで賢者の僕が、その辺の村人A並にパシらされなきゃならんのかと。
そもそも賢者と言ったら尊敬される職業のはずなのに。
そう思いつつも、蔑ろにされてしまう理由は分かる。
僕がヒールを使えない落ちこぼれ賢者だったからだ。
ヒールは賢者の代名詞みたいな魔法だから、使えない方がおかしい。
ヒール以外の魔法はビシバシ使えてパーティーにも貢献し続けたんだけどね。
でも「ヒールが使えません」ってだけで、白い目で見られる人生だった。
『貴方がヒールを使えなかったのは、こちら側のミスなんです。すみません』
「……ですよね。そんな事じゃないかと思ってました」
賢者に選ばれた人間がヒールを使えないなんて前代未聞だったし。
特に賢者が使うヒールは一般的ヒールとは格が違う。
それこそ最高位の神官が使う《死者蘇生》にも匹敵すると言われていて、強敵と戦う場合にはとても有用な魔法なんだ。
だからこそヒールが使えなければ、それはもう賢者とは言えない。
例えるなら、ちょっと凄い魔法使いレベルだ。
『代わりと言っては何ですが、来世では今世の記憶も能力も引き継いだ状態で人生を送れるようにいたしましょう』
何ですとっ!?
『更には、貴方が望む力を一つ授けます』
えっ!?
「よっしゃキタァアアアアアアアアアア。まさかのプレゼント企画ですか! ありがとうございます女神様! そういうの待ってました!」
これで人生勝つる!
『プレゼント企画という言い方は少しモヤッとしますね。私としては、恩恵とかギフトという名で呼んでいただきたいのですが』
女神様は綺麗な眉をひそめている。
『どのような力を望むのか。しっかりと考えてくださいね。やり直しは出来ませんからね』
「はい分かりました!」
とは言っても、僕が望むのは一つだけだ。
「決まりました女神様」
『では、これより転生の義を行います。賢者よ。貴方の望みを叶えましょう』
「ビールの魔法をください!」
余りの嬉しさに声が震えてしまった。
何故か女神様は物凄く驚いた顔をしている。
そして僕は転生したんだ。
意味不明な魔法の使い手となる未来も知らずにね。