006.休息と修行
「ふう……」
案内された家は結構な広さがあり、温泉もついていた。おそらく元は小さい民宿だったのだろう。
旅の疲れもあり、早々に入浴させてもらっている。
「ア、アレク!?」
ジャスミンの声だが、すぐ後ろで聞こえたような。というか俺を呼んだ?
「アレク様、ここ女湯ですよ?」
ルビーが話しかけてくる。何だって?
「え?ここは男湯だったぞ?」
「ちょ、こっちを見ないで下さい!」
「あ、ああ悪い」
驚いて振り返ってしまった。
「たぶんあのババアの仕込みだろうな。俺は先に上がってるからゆっくり入っていくといい」
「誰がババアだって?」
耳元でメメントが囁く。
「うわっ何でいるんだ。というか、何をしてくれてんだ」
「わはは。さっきまでの仏頂面が崩れておるぞ。じゃが、美女に囲まれて入浴なぞ男の夢じゃろう?お主への報酬は後払いになってしまうからのう。前金代わりのサービスじゃ」
そう言って平然と湯に入ってくる。長生きするとデリカシーというものを忘れてしまうようだ。
「二人とも早く入るがよい。そこに突っ立っておるとアレクも出るに出られんしな」
「歳の割には子供じみた悪戯が好きなんだな」
「何を言う。長く生きておるとな、こういうことが楽しくなる時期もある。逆に落ち着いている時期もあるもんじゃ。それに、今は見ての通り子供、じゃからのう?」
「食えないババアだな」
「良いのかー?わしがアレクを取ってしまっても!」
立ち尽くす二人にそう言って、俺との距離を詰めてくるメメント。
「う……それじゃあ、お邪魔します」
「アレク、こっち見ないでよね」
「わかってるよ。濁り湯だし入ってしまえば大丈夫だ」
結局は二人も入浴することになり、俺の横にルビー、その隣にジャスミンと並んだ。
「気持ちいい……」
「疲れも吹き飛びますね……」
「同感だな……」
揃ってゆっくりと温泉につかる。二人が入るまではひと悶着あったが入ってしまえば極楽だ。
できるだけ視線を送らないよう、目は閉じることにした。
「アレクよ、明日からは頼むぞ」
「引き受けたからにはちゃんとやるさ」
「そうか、ありがとう」
「何だ、いきなり」
「本当は請けてもらえないかと思っていたんじゃ」
なんだ、そんなことを気にしていたのか。
「なぜそう思う?」
「魔王討伐に行くつもりだったんじゃろう?お主の力ならばそれも不可能ではなさそうじゃし」
「よく知ってるな?」
「わしはこれでも大賢者ぞ?しかしな、近頃は魔王の軍勢がどんどん力をつけてきておる。それに、いくらお主が強くても無限に戦い続けられるわけではあるまい」
「俺にパーティ適正と強力な仲間を与えて魔王を確実に討伐させる。それがこの依頼の真の狙いか?」
「さすが、鋭いの」
メメントがにやりと笑う。本心かどうかはわからない。
「それだけか?」
「わしは魔王の脅威なく人々が日々を暮らしていけることを願っておる。それだけじゃよ」
「それならお前が行って魔王を倒せば済む話だろう」
「今はこの村を離れるわけにはいかんでの。……さて、わしはもう上がるぞ」
メメントはそこまで言うと話を切り上げて去っていった。うるさいのがいなくなった結果、今の状況を思い出して俺は少し居心地が悪くなってきた。
「じゃ、俺も上がるから」
「あの、アレク」
「どうした?」
「私からもありがとう」
「ああ。じゃあ二人とも、のぼせない程度にな」
俺のではないが、修行の日々が始まる。
それからの日々は、俺が想像していたよりもハードだった。
朝食を済ませ、食事や休憩は挟むが一日中ずっと雷魔法を撃ち続ける。
百発百中、この場合は百発零中とでもいうべきか。もちろん不発だ。
万が一、というのも癪だが、もし発動してしまった場合に備えて、場所は村の近くにある草原を使っている。
俺がある程度消耗したところでジャスミンによる回復スタートだ。
彼女の魔法で回復し、俺は更に魔法を撃ち続ける。
回復をしてもらっているとはいえ、休む間もなく魔法を出し続けるのは、終わりのないインターバル走でもやっているかのような気分だった。
時折メメントが顔を出しはしたが、からかうだけからかってすぐに去っていく。
そうしてジャスミンの魔力が尽きるというところでようやく一日が終わる。
ジャスミンの魔力量はもともとかなり多かったが、更に日々の訓練で成長している。
初日こそ日の明るいうちに魔力切れで終わったが、今では夕食後に別メニューで訓練する余裕があるほどだ。
また、食事の準備や掃除、洗濯などの家事は、メメントの家を掃除していた女性、ヘレンというらしいが、彼女が中心に行ってくれている。
おかげで俺たちは修行に集中できるというわけだ。
気付いたのだが、このルーティンをこなすうちに俺の魔力も目に見えて増大していた。
メメントいわく俺はステータスの成長補正が人より相当に大きいらしい。
通りで同世代のジョー達では相手にならなかったはずだ。
これでまだ16というのだから、我ながら末恐ろしい限りだ。
そんな生活をしていたある日、メメントから呼び出された。
「魔王軍の襲撃じゃ」