001.追放
「アレク、パーティを抜けてくれ」
ギルドの一角。道化のように派手な格好の男がそう切り出す。このパーティのリーダーであるジョー・ダイエンだ。俺を見る表情は真面目で、だが視線は見下していることを隠そうともしない。
俺は目だけ動かして他のメンバーの様子を確認する。ジョーの左隣では同じく派手な格好をした妹、メグ・ダイエンが笑いをこらえている。右隣には最後のメンバーでうちのエースである白い法衣のジャスミン・アクアハートが座っている。彼女は考え込むように目を閉じ、眉をしかめていた。
「どうした? 急に」
お世辞にも仲が良かったとは言えないが、突然のクビ宣告である。理由を聞かないわけにもいかない。パーティ結成から一年。まさかとは思うが、今更になって俺が魔法を使えないから、なんて単純な話でもないだろう。
「決まってるだろ。魔法も使えないやつは要らないんだよ」
――が、そのまさかだった。
魔法を使えない理由は、俺なりに調べたがわからなかった。人にはそれぞれ自分に生まれつき備わっている魔法がある。そして魔法には成功確率があり、平均すると九割ほどの確率で発動できる。だから発動しないケースはあっても、まったく使えないという記録はなかった。
うちのパーティではジョーは炎魔法95%、メグは風魔法92%、そしてジャスミンは水魔法97%と聞いている。俺は雷魔法99%のはずなのだ。そしてそれは一人のときは問題なく使えるのだが、なぜかパーティとして共闘しているときに限れば一度も成功したことがなかった。
それが判明したのは初陣だったが、しかし新人の後衛三人の面倒を見たがる前衛などいるはずもなく、なし崩し的に今日に至ったのだった。俺は魔法が使えない分、前衛として必死に剣の腕を磨いてきた。これまでの前衛としての実績もあるし、腕前は信用してもらえていると踏んでいたのだが。
「そうそう、それにね~。魔法使えない人が勇者パーティに寄生してるって噂されてるの、メグ、知ってるよ~。あ~恥ずかしい☆」
ぶりっ子口調でメグ・ダイエンが煽る。その噂を広めたのはこいつの兄であるジョーに他ならない。
「おお、我が最愛の妹にして最強の風魔法使い、メグ・ダイエンもそう思うか? そうだよな~恥ずかしいよな~。こ~んな魔法も使えないやつと一緒だと」
すかさずジョーが追撃する。兄妹の畳みかけるコンビネーションはさすがだ。一人なら道化師だが、二人揃えばコメディアンだ。ダンジョン攻略でもその調子で連携を取ってほしいものだが。だいたい、魔法に頼りきりなこのパーティで誰が前衛をしていると思っているのだろう。俺が抜けたとして、ジョーの剣の腕では支えきれない。
「ジョー、メグ。少し、言い過ぎではないですか?」
「何を言うジャスミン。ここまではほんのウォーミングアップというところだぞ」
「これまで皆で一緒に頑張ってきたではありませんか。パーティを組んでまだ一年、魔法が使えないだけで、はいさようなら。というのはあまりにも……」
ジャスミンが輝く金髪の奥で、青い瞳を伏せる。それだけで絵になる佇まいは、その辺の冒険者とは住む世界が違うオーラがある。神殿で花嫁修業中の貴族令嬢と間違われたとか、本職の神官を差し置いて聖女なんて呼ばれていることもあるとか。かつて最も美しい種族といわれていた天使族の生まれ変わりだという噂まである。
「まだ一年? もう一年だ」
「そう、ですね。――アレク。まだ魔法は使えないの?」
「……ああ」
ぎこちなく返事をすると、ジャスミンは目を閉じ、深く長い息を吐いた。彼女は誰に対しても礼儀正しいはずのだが、俺はそのレベルにさえないということなのだろう。今、彼女がジョー達を抑える側に回ったのは、周囲の目を気にしてか、あるいはそういう筋書きなのだろう。
「そう……」
そしてこのパーティで最強の魔法使いはジャスミンなので、本当は魔法が使えない俺のことを一番疎ましく思っているだろう。ジョー達と同様、いや、彼ら以上に俺に物申す立場でいたかったはずだ。他の二人はともかく、実力のある彼女からそういう扱いを受けるのは心苦しかった。
「それにジャスミン・アクアハートさんよ。よく考えてみてくれ。たしかにこれまで行った初級、中級のダンジョンは楽勝だった。だが実際のとこ、俺たちのパーティはこれから上級を目指そうってとこまできてる。当然、敵はもっとてごわくなるだろう。そんなとき、何の魔法も使えない奴が前衛だとどうだ? 頼りなくて魔法に集中できないだろ?」
「ほんとほんと~☆しかもアタシたちからの強化魔法も無効化しちゃうんだもん☆ これからの戦いはちょっと、いや、かな~り厳しいよね☆ あ、もしかしてジョーが前衛するの?」
なぜか俺は自分が魔法を使えないだけではなく、味方からの強化魔法も受け付けないらしい。強化魔法は受けたことがないし、後衛をしたこともない、というかできない。だから後衛の感覚はわからないが、不安を与えるような立ち回りはしてきていないはずだ。正面の敵は全て引きつけ、ジョーの魔法で
一掃できる程度に削りを入れる。言葉ほど簡単ではない。
「メグの言う通りだ。後衛三人をカバーできる前衛がいなくなれば、パーティとして成立しないだろう。ジョーがやるのか?」
抜けるにしても代わりの人材が必要だろうが、普通は代わりの人を見つけてパーティの雰囲気とかスタイルを見極めてからではないか? 引き継ぎもした方がいいだろう。
「誰が前衛なんかやるか! だが、その通りだ。誰が前衛を勤めるかが問題だ、いや、問題だった!」
ジョーのテンションが上がっていく。大げさな身振りをつけて話すさまは、下手な役者を見ているようだ。回りくどい言い方だけに、俺にもこの後の展開は簡単に想像できた。
「ふむふむ~☆ どういうこと?」
「スミス!」
ジョーの呼びかけに、先ほどからすぐそばの席で様子をうかがっていた体格のいい男が立ち上がり、近づいてくる。
「おう、スミスだ。特技は挑発、発動率は90%。得物は大剣だ。よろしくな」
挑発は攻撃アップと周囲の敵にスタン効果がある。前衛としては悪くない。スキルと体格は前衛向きで結構なのだが、俺はどうにもいかつい見た目とチャラい雰囲気がなんとなく気に入らなかった。
「彼がいれば俺たちのチームは全員の魔法発動率が90%越えだ!間違いなくこの街のギルドで最強のチームになる!」
ジョーが机をバンと叩きながら声を上げる。周囲の目が一瞬こちらに向いたが、すぐに目を逸らした。
「珍しく準備がいいな。クエストの準備はいつももたもたしているのに」
「うるさい、役立たずが偉そうにしやがって。お前はもういらないんだよ!」
「そういうことなんで、じゃね☆ 役立たずのアレクくん☆」
「悪いな兄ちゃん。そーゆーコトだから。――ジャスミンちゃんは俺が頂くぜ」
最後にささやいたスミスの言葉だけは少し気になるが、ジャスミンを狙う男は何も彼だけではない。
全く隙を見せない彼女を俺ごときが心配するようなことは何もないだろう。
「一度くらいは――」
「もういいから、さっさと行けよ」
ぎりりと奥歯が鳴る。今まで命を預けあってきた仲間だったにもかかわらず、さんざん言いたいだけ言われてお終いだ。ただ、俺自身はなぜかパーティを抜ければ問題なく魔法を使える。若干の寂しさを覚えたが、彼らもここまで言ってることだし、もういいか。
「わかったよ、もう何も言わない。じゃあな」
俺は勢いよく席を立った。ジャスミンが何も言わず、露骨に嫌そうな顔をしたのは俺に対する嫌悪感だろう。あのスミスという男の最後の発言が聞こえた可能性もある。聡明な彼女のことだ。まあ、両方だな。
背中越しに小ばかにしたような笑い声が聞こえたが、無視して足早にギルドを後にした。