最後の戦い
薄暗い洞窟、いくつもの地面を蹴る音。いつも通りパーティの先頭にいた俺は後続に手で合図した。奥から魔獣が突撃してくる。ゴブリン種とウルフ種が計五……いや、物陰にもいる。俺は腰を落として剣を構える。
「アレク、正面から五だ! 一匹も通すなよ!」
男の声が洞窟に反響する。ちらりと目線だけで振り返った。リーダーのジョー・ダイエンが大きな声と動きでパーティに注意を促した。その隣にいるメグ・ダイエンには耳栓をしていようとも間違いなく聞こえたはずだが、きょろきょろと落ち着きがない。戦場にあって、まるで公園で落とし物を探しているかのような無邪気さだ。そのさらに後ろではジャスミン・アクアハートが冷めた目で全体を俯瞰していた。
「七だよ、まったく……!」
舌打ちと同時に、正面まで迫った敵を迎え撃つ。戦闘において前衛は注意をひきつけるのが仕事だ。その隙に中後衛が魔法で敵を攻撃する。いくらか知性のある魔獣であれば、後ろから攻撃が来ることをわかっているのか前衛を突破しようと動いてくることが多い。一人でこの数を相手にするとき、普通は何体か中衛に任せるべきだが、このパーティでは許されない。
「舐めるな」
勢いのあるウルフ種の突撃を剣でさばき、蹴り飛ばす。続くゴブリン種も削りを入れて押し返していく。ついでにできる限り足を狙って機動力を奪っておいた。さて、そろそろ頃合いだろうか。
「燃えろ、魔獣ども! 炎魔法【中】、火炎陣!」
俺の脇をすり抜けて、炎が前方へと飛んでいく。着弾した場所には魔獣達がちょうど一か所に集まっていて、弱っていたおかげで全員ぴったり一撃で倒せた。
「よっしゃ、また一発で殲滅できたな! さすがは俺だ」
「そうだな」
「次はボスだ、気を抜くなよアレク」
「ああ」
脇に隠れていた二体に止めを刺しつつ、適当に話を合わせておく。
―――
「作戦はいつも通り。アレクが足止め、温存したジャスミンの魔法を中心に攻撃だ。いけそうか?」
「私はいつでも大丈夫です。アレクは?」
「問題ない」
「……ケガしてるみたいだけど?」
ジャスミンが海のように青い眼で俺をじとりと睨む。視線を辿ると俺の腕のあたりだ。軽く上げて動かしてみると肘のあたりが破れている。
「ん、ああ、どこかで引っかけたかな」
「診せて」
「大丈夫だ、痛くもないし」
「いいから」
俺が嫌そうな顔をしていると、ジョーが立ったまま大げさに手を振る。
「やめろジャスミン。そんなポンコツ、治療するだけ魔力の無駄だ」
「……そうですか」
誰がポンコツだと口から出かかったが、今はボス戦が控えている。相手をするのも面倒なので舌打ちにとどめ、立ち上がった。続いてジャスミンが少し不機嫌そうな表情のまま立ち上がる。仮にもこのパーティのエース、そのくらいで魔力切れにはならないとでもいいたいのだろう。荷物をまとめていると、メグがどこからか走ってきた。
「ねえ見て~☆ これキレイ☆」
鉱石だろうか。ボス前にずいぶんとのん気なものだ。
「メグ、ボスの時は戦闘に集中してくださいね」
「は~い☆」
―――
最奥に魔獣の咆哮が響く。俺はパーティの先頭に立ち、取り巻きたちを押し返していた。敵の最後方には大柄なオーク種で、ボスということもあって通常よりも一回り大きい魔獣が控えている。
「いっくぜえー! 炎魔法【中】火炎陣!」
「風魔法【中】旋風☆」
ジョーとメグは兄妹の合わせ技で取り巻きたちに攻撃するが、なかなかしぶとい。最終フロアは開けていて、敵も広がっている。俺は押し返しはしているものの、剣一本では中々削りまで手が回らなかった。寄らせないことを優先すると、どうしてもすぐには数が減らない。
「次、一気に仕掛けるぞ! アレク、引きつけろ!」
「はいはい、っと……!」
「水魔法【大】水槍」
軽く十を超える数の敵を押し返す。それも、次の攻撃のタイミングで集まってくるように計算して。返事をする時間も惜しかったが、そんな忙しい中でもジャスミンがボスを抑えてくれていることだけは救いだった。おそらく彼女以外の二人はレベル的に適正外で、火力が不足していた。それでも大技の連携が決まればここまでのダメージと合わせて倒しきれる。そういう算段だったのだが。
「いくぞメグ! 燃えろ! 奥義! 炎魔法【大】爆炎破!」
「これで決めるよっ☆ 風魔法【大】陣風……あっ☆」
ため息を吐く余裕もない中で、メグの魔法が失敗した。メグはジョーよりはましな魔法使いだが、発動率が低めだ。ジョーの魔法だけでは倒しきれず、炎の中から逆上した魔獣たちが飛び出した。肝心の大技でミスしたことで、俺たち、いや先頭にいた俺は集めた敵の一斉に猛攻を受けることになる。鋭い爪が、獲物を求める牙が、血を欲する棍棒が。むき出しの殺意が、俺に迫った。
「ちっ、仕方ない……」
さすがに危険を感じた俺は、周囲の敵をまとめて斬り伏せる。そのうち一体のウルフ種だけは、俺が斬る前に流れ弾の水槍が刺し貫いていた。一つ息を入れる。
「しっぱいしっぱい☆」
「おいアレク! 横取りすんな!」
一歩間違えば前衛が死んでいたにもかかわらず、メグは悪びれもせず舌を出す。ジョーも理不尽なことを喚き散らしているが、命には代えられないので無視する。そもそも、残りはボスのみとはいえ、戦闘はまだ終わっていない。
「水魔法【大】水刃」
「風魔法【中】突風☆」
前衛を一掃したことで、ボスが前に出てくる。俺は剣の血振りをしながら対応に向かった。
「ああくそ、残りはあいつだけだ! 押し切るぞ!」
ジョーが苛立ち混じりに叫ぶ。その声からは強烈な違和感と嫌な予感がした。俺はとっさにボスへの攻撃を飛び蹴りに切り替える。一撃を見舞って巨体を転がし、反動で一転、後方へ跳んだ。
「は!? どこ行くんだアレク!」
「下がれっ!」
いつも以上に抜けた声のジョーを跳び越え、着地と同時に剣を振りかぶった。俺の正面には後衛のジャスミン。無表情のまま、少しだけ困惑した目をしている。
「避けろ!」
「……っ!」
察したジャスミンが俺の側面へ倒れこむように移動する。代わって正面に現れたのは彼女とは似ても似つかない、ウルフ種の大型魔獣だった。ジャスミンを食いちぎろうと開いた口に剣を振り下ろす。耳をつんざくほどの叫びがフロアに響いた。口が四つに割れたボスウルフは血をぼたぼたと滴らせ、距離を取ろうと背中を見せる。
「逃がすかっての」
前衛は俺一人、挟まれると面倒だ。開いた距離を一気に詰め、もう一太刀浴びせる。体勢を崩したボスウルフは走る勢いそのままに転がり、壁に激突した。
「お、おいアレク! はやく戻れ!」
情けない声に、息つく間もなく振り返った。メグはジャスミンの隣に避難していたので一安心だ。だが、ジョーは後退もせずボスオークと対峙して、しかも全く太刀打ちできていない様子だった。
「だから下がれと! 」
全力で駆け寄るが、さすがに間合いが遠すぎる。このままではボスオークにひき肉にされるだろう。一か八か、ダメもとでも試すしかない。
「雷魔法【大】雷撃……っダメか!」
俺が魔法を発動しようとするも、静電気一つ起こらなかった。ジョーの頼りなさに呆れはする。だがそれ以上に、魔法が使えればというもどかしさと憤りでぎりりと奥歯が軋んだ。パーティでの戦闘中、俺の魔法が成功したことは一度もなかった。
「水魔法【大】水槍」
ジャスミンの援護でなんとかジョーはピンチを脱し、ボスオークを仕留めることができた。俺たちは全員そろって帰路についたものの、雰囲気は最悪だった。
―――
「前衛が前線放棄するってどうよ? うちは仮にも勇者パーティ名乗ってるってわかってんのかね」
「あいつ、魔法が使えないからって俺が弱らせた敵を狙って仕留めるんだぜ」
「連携って言葉を知らねえんだよ。あの調子じゃあ、いつかうちのエースを斬り殺しかねない」
「魔法も使えねえ足手まといとパーティを組んで一年だ。我ながらよく我慢したよ」
ギルドへ報告するのはリーダーの役目だ。アレク・サンドーラはジョー率いる勇者パーティに寄生している、魔法も使えないお荷物。冒険者の間では、いつしかそんな話が広まっていた。
「報告してきた。……で、だ。今日は俺から大事な話がある」
ジョーがそう切り出す。そしてここから、俺の置かれた状況は大きく動き始めるのだった。