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短編集

魔力が強すぎて危険物扱いされた姫に、ようやく春が来たようです

 皆様こんにちは。

 流れ星のお姫様(笑)ことプリンシアです。


 これはいつも初対面のお客様に笑い話としてお聞かせしているのですけれど、実は私、この世に生まれ落ちた瞬間に隕石が降ってきてお城の一角を木端微塵に破壊したことから、そのような呼び名が定着いたしましたの。


 どうされたのです。笑いどころですが?


 いえ、引かれるのも無理ありません。

 聞けば他国のお姫様は、お誕生日に大きな虹が架かったとか? 恵みの雨が降ったとか? 産声と同時に戦争が終結したとか?? みなさま大変に幸せな誕生秘話をお持ちと聞きましたもの。


 そしてその素敵なお話に相応しく、家族に囲まれ民に慕われ、穏やかな日々を送っていることでしょう。


 手足に枷を嵌められ、誰もいない塔で一人寂しくお祈りをしながら、架空の「皆様」に向かってこんな演説を頭の中で再生している私とは大違いです。


「お外に出たい……」


 うっかり独り言を漏らそうものなら、手枷に装填された魔石がパキャッと砕け散ってしまいました。今日はこれで三個目です、気を鎮めなければ。


 ──私は生まれつき、人より数十倍ほど魔力が強かったそうです。


 魔法使いの見解によれば、やはり誕生日に落ちてきた隕石が魔力膨張の原因だと指摘する方もいれば、元から私の魔力が桁外れに強かっただけで、隕石も私が呼び寄せたのではないかと震えている方もいました。


 残念ながら真相は不明です。


 とにかくそんな謎の魔力のおかげで、私が笑えば窓が割れ、泣けば天井に穴が開き、怒れば床が裂けました。このままではお城が全壊すると慌てたお父様が、私を不用意に刺激しないようこの塔へ移した次第です。


 ここはかつて、私のような強い魔力を持った人間を閉じ込めるために造られた──いわば牢屋でした。


 皇女である私をそんな場所に入れるのは駄目だと、当時多くの人々が反対してくださったそうですが、私の凶暴すぎる魔力を目の当たりにした人から順番に口を閉ざしました。


 かくして私はわずか三歳で幽閉され、魔力の制御を義務付けられました。自分で魔力を抑えることができたら、自由に外を出歩けるから頑張ろう、とお父様に励まされること早十五年。


 誠に残念なことに、私の魔力は増幅の一途を辿っておりました。


 塔の魔法だけでは魔力を封じきれず、今では重ねて拘束具を付けなければならないほどに。


 正真正銘、囚人になってしまったような気分です。


 外を自由に出歩ける皆様のことを思うと、どうしても羨ましさが顔を覗かせてしまいます。私だって、ぶち抜いた天井の穴から見える空ではなくて、草原の上に広がる大きな空を見てみたいものです。


 溜息を飲み込み、私は沈んだ気分を変えるため、擦り切れた手帳を読むことにしました。


 こちらは……確か、五年ほど前でしょうか。

 お母様と一緒に私を訪ねてくれた、あるお客様から頂いたものです。


 私に面会してくださるのは両親と、親しい侍女、それからお食事を届けてくれる方ぐらいです。それ以外の貴族の方々は、みな私を恐れて一度目の挨拶以降は来てくださいませんでした。


 そんな中で、そのお客様だけは──侯爵家の嫡男たるディルクだけは、ひと月ほど私とお話をしてくれたのです。


 外の天気、道端で見つけたお花の色、異国の商人から教えてもらった歌、それから……私を気遣う言葉の数々。


 私より少し歳上の男性で、柔和なお顔立ちが印象的な方でした。彼自身よく体を壊すせいでお友達が少ないから、似たような境遇の私を元気付けたいと言って来てくれたようなのです。


『皇女様、これを。あまり見れたものではないかもしれませんが……絵を描いてみました』


 彼がくれた手帳には、さまざまなものが木炭で描かれていました。賑わう街や静かな森、海を渡る鳥に、愛らしいお花まで。


 感動するあまり、そのときはお部屋の扉を吹っ飛ばしてしまったのですが、私の喜びように彼は安心した様子で微笑んでいました。


 ですが──その日以降、彼は一度も姿を現していません。


 やはり目の前で私の魔力を見て、怖くなったのでしょうか。きっとそうです。私には気にしないでと笑っていたけど、危うく怪我をするところだったのですから。


 五年前のことを思い出していると、鼻の奥がツンとなり、滲んだ視界から涙が溢れ出しました。


「……ディルク、お元気でしょうか……」


「皇女様っ!!」


「うぉあッ!!」


 予期せぬ呼び声にかなり太い声で驚いてしまうと、手枷の魔石がパキパキッと軽く全滅しました。


 まままま不味いです不味いです、どうしましょう、ひとまず落ち着かなくては拘束具が!


 私があたふたしている間にも、体から滲み出た魔力はどんどん勢いを増していました。いよいよ足枷の魔石も砕け散り、部屋の調度品が軋んだり壁に亀裂が入ったりと、崩壊への秒読みが始まったときでした。


「はっ、崩れて……!? お、驚かせて申し訳ありません皇女様、ディルクです! すぐに扉を開けていただけませんか!」


「え、ディルク!? 嘘!? う、嬉しい──きゃあまた砕けた!」


 情緒が大暴れしているおかげで、もはや拘束具はガラクタ同然に壊れていきます。このままだと塔が崩れて私も巻き添えを食らうことでしょう。


 慌てて部屋の入口へ駆けた私は、もつれる手で鍵を外し、半ば転がるようにして外に出て、思わず叫び声を上げてしまいました。


「きゃー!? どどどどなたですかぁ!?」


 そこにいたのは線の細い病弱そうな青年ではなく、日に焼けた肌と逞しい体を持つ精悍な若者だったのです。誰ですのこれ!


「あ、ちょ、ちょっと見た目は違うかもしれませんがその、五年前にお会いしたディルクです」


「ちょっとの範囲ではなくてよ!?」


 一体この五年で何があったというのでしょうか。ただでさえパニック状態の私は、ディルクの変貌ぶりに追い討ちをかけられ、すぐそばの壁に穴を開けてしまいました。


 あわや外に投げ出されそうになりましたが、すんでのところでディルクが私を捕まえ、何か小さなものを懐から取り出します。


 それが私の指に嵌められた瞬間、ふっと魔力が抑えられるのが分かりました。


 次第に塔の揺れが収まっていく間、ディルクは私の頭を守るようにしっかり抱き込んでいました。五年前は私とそう変わらない体格だったはずですが、これが男女差というものでしょうか。


 頬に当たる硬い胸板に段々と恥ずかしさが込み上げてきた頃、唸り声を上げていた塔がようやく静けさを取り戻しました。


「……治まりましたね。良かった、何の効果もなかったらどうしようかと…………はっ!?」


 そのとき、ディルクがとんでもない速さで後退り、壁に頭を打ち付けました。


「ディルク! 大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です! 申し訳ありません皇女様、断りもなくお体に触れてしまい……!」


 瓦礫から守ってくださっただけなのだから、そこまで気にしなくとも──と考えたところで、私は笑みをこぼしました。


 体が大きくなっても、中身は私の知っているディルクだと確信したのです。確かに「ちょっと」見た目が変わっただけですね。


「いいえ、ありがとうディルク。助かりました。それより……こちらは一体……?」


 右手に嵌められた銀色の指輪。小さな青い宝石があしらわれた美しい環が、私の魔力を完全に抑え込んでいるのは明らかでした。


 私が不思議がっていると、ディルクが気を取り直すように咳払いを挟みつつ、そっと口を開きました。


「皇女様の魔力を抑える術はないかと、五年前から大陸中を探して回った結果がそれです」


「……へ!? な、何て無茶を! あなたは体が弱かったはずでしょう!?」


「初めは確かにそうでしたが……気付けば風邪を引くことも減っていました。意外と何とかなるものですね」


 そう言って自嘲気味に笑うディルクの姿が、当時どれだけ周囲から反対されたのかを物語っていました。そして自身への心配を振り切ってまで、私の問題を解決しようと行動してくれた優しさも。


「その魔石は、北の大地で頂いたものです。普段は石ころ同然なのですが、魔力を吸収すればするほど多彩に輝くのです。破損さえしなければ、半永久的に効果が持続するとも」


「まあ……そんな……」


 信じられない気持ちでしたが、指輪が壊れる兆しはありません。塔も拘束具も面白いほど破られてしまったのに、小さな小さな魔石は静かに私の指で輝いていました。


 ぼろぼろと涙があふれても、私の周りで何かが破壊されることもなく。その事実があまりに嬉しくて、私は久しぶりに声を上げて泣いてしまいました。


「ありがとう、ありがとうディルク。私、あなたに助けられてばかりです……!」


「いいえ、皇女様。私もあなたがいなければ、今も屋敷の奥で横になっていました。その……た、た」


 ディルクはそこで何度か咳き込み、赤くなった目許を隠すように俯きました。


「……大切な方、の、力になりたいと……思ったのです」


「……」


 指輪がなかったら、塔を大破させている自信があります。


 私もディルクに釣られて真っ赤になりながら、落ち着きなく手を触り──薬指に嵌められた指輪を見て更に焦りました。


 と同時にディルクも指輪の位置に気付いたのか、必死の形相でこちらに身を乗り出しました。


「あッ……ち、違うんです皇女様、本当はもっと落ち着いて指輪をお渡しする予定だったのですが、五年ぶりにお会いできると思ったら興奮してしまい……!」


「え、あ、ああ! そ、そうですね、ゆ、ゆゆ指輪にそんな特別な意味はな」


「いや、あります!!」


 大きな声で言い切ったディルクは、とんでもなくぎこちない動きで片膝をつくと、恭しく私の右手を掬い上げました。


「指輪が皇女様の力を抑えられたら、あなたに求婚する権利をくださるよう、皇帝陛下にお願い申し上げました」


「え……」


「皇女様、どうか……私と結婚していただけませんか。あなたと一緒に、広い空の下を歩くのが夢でした」


 ──まさか、まさか私にこんな日が来るなんて。


 幾度も外に出る夢は見ましたが、ディルクから求婚される夢はさすがに見たことがありません。嫌われてしまったとばかり思っていたのに、私のためにずっと頑張ってくれていた彼に、感謝と嬉しさと──途方もない愛しさが溢れ出すのが分かりました。


 緊張した面持ちで返事を待つディルクに、私は泣き笑いを返し、はしたないと思いつつ勢いよく抱きつきました。


「こ、皇女様!?」


「喜んでお受けします、ディルク」


 ハッと息を呑んだディルクと額を突き合わせることしばし、彼の腕がきつく私を抱き締めてくれました。


「……っ皇女様、この命にかえてもお守りいたします」


「ふふ、なら私もディルクを守りますね。いざとなったら指輪を外して」


「ええ!? そ、それは御遠慮ください!」


「冗談です」



 ──その日、皇女プリンシアが塔から出たことを祝うが如く、たくさんの流れ星が夜空を駆けたそうです。



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