Zippoのチューニングについて
Zippoをチューニングしてみた感想文です。
まず始めに、全くの素人の方はZippoのチューニングをやろうと思わないで下さい。絶対に失敗します。道具も揃っていないと全く出来ません。私の場合、以前本業でエレキギターを作っていたため自前の工具箱を持っていますが、それでも幾つか足りない道具もありました。現役の職人が作業台も道具もフル活用して本気でやっても成功率は7割くらい。どうやっても上手くいかなかったり、致命的に壊れたりして、練習で20個くらいは失敗しました。
Zippoは永久保証がウリですが、ヒンジやインサイドユニットの一個所にでもペンチの跡などが入っている物は保証対象外です。たとえスターリングアーマーのような数万円の物でも、調整に手間取ってヒンジがポロッと取れてしまったりしたら即『終わり』です。近所の板金屋に行って数千円払ってスポット溶接して赤茶けた酸化銀になった物を使ってゆくより買い直しを考えるでしょう。Zippoのチューニングは、一般の方はやらないで下さい。
それを踏まえて、私がこれまでチューニングを行ってきた約100個のZippoの音色について比較した感想文です。
チューニングの方法が一般的な方法と少し違うと思うので、まずその手順から軽く説明していきます。
まず、インサイドユニットに付いている、蓋を開け閉めするハンマーを削って形状を変えます。蓋を叩く外向きの出っ張り部分をそのままにくびれを深くして鳥の頭みたいな形に尖らせます。そうしたら、そのクチバシ型の先を円錐形に加工して、点で蓋を叩くようにします。点で叩く方が開閉音がキレイに伸びます。
次に蓋の内側の加工をします。蓋の裏側にはヒンジから伸びたJの字型の板がスポット溶接で貼ってあるのですが、点でしかくっついておらず隅が浮いているので、この板と蓋の隙間にハンダを流し込んで隙間を無くします。一体物に近いほど開閉音が伸びます。本体内側のヒンジ板も同様に隙間をハンダで埋めておきましょう。そうしたら、ヒンジ板の上や隅っこに乗ってしまったハンダをハンドグラインダー(トリマーって言うんでしたっけ?)でキレイに削り落とします。取り残しがあるとインサイドユニットが入らないのと、ハンマーが当たる場所にハンダが残っていると音がコモってしまうので、残さずキレイに削り落とします。
そして、ここからが一番大事で難しい工程、蓋の開閉角度が90°になるようにヒンジの繋ぎ目部分にハンダを流し込んで、完全に固まらないうちに蓋が丁度良い重さ(硬さ)になるよう動かし続けます。動かし続けると言っても2秒程度でハンダは固まりますので、ここが一番職人技っぽいのが要求されるポイントです。Zippoって、買ったときに蓋がガタガタで左右にズレが出ていたりする物も少なくないですが、ここでハンダでそのガタというか余分な隙間を埋めてしまえば、全くズレも隙間も無いヒンジに作り替える事が可能になります。ピシッと動く蓋が出来ると、デュポン並みに正確に蓋が開閉するZippoになります。
一般にチューニングを行う人の多くはヒンジのピンを一回抜いて、ヒンジを締めて開閉の硬さを調節すると思うのですが、5つあるヒンジフックを均等な強さで締めて丁度良い硬さに合わせるのは、そっちの方が難しいんじゃないかと思います。ヒンジの隙間にハンダを流し込んだ方が一発で全ての隙間を無くせるので、私はハンダでやってしまっています。
ここまでやっただけでも蓋を開いた時の音は大分伸びるようになります。後は、蓋の内側に付いているJの字型のヒンジの板の先をラジオペンチで持ち上げたり押し下げたりしながら音質の調整を行います。持ち上げると音がより伸びますが音は高くなります。押し下げるほど低く深い音になりますが音が伸びなくなります。この辺は完全に自分の好みなので、自分で良いと思ったところでやめておきます。Jの字型の板の角度を変えてしまうと今度は蓋が閉まりきらなくなる事があるので、そうなってしまった場合はインサイドユニットの風防、ハンマーが付いている側の面をラジオペンチで少し内側に押し曲げて、蓋が閉まるように調整します。ここがヒンジ板に当たって蓋が閉まらないので、ヒンジ板の角度に合わせて風防の下側がより深くなるよう角度を付けて曲げてあげると、その面に沿ってピシャリと蓋が閉まるというか、収まるような感触になります。
蓋を開いた時の音について、これは少し裏ワザなのですが、開閉ハンマーのリベットで留めてある下側の部分、逆さから見てアヒルに頭のような形をしたクチバシにあたる部分、ここが下の板バネに弾かれて蓋を開けたり蓋を叩いて音を出したりしている訳ですが、このクチバシの先端をほんの少しだけ真横から見て平らになるように削ってみると蓋を開いた時の音が良くなります。蓋の開きを90°にしたものは、この加工無しだと蓋が開いた後も開閉側のクチバシの先端が蓋を押した状態で接しています。響きの振動が抑えられてしまいます。そこで、下側のアヒルのクチバシの先端を少しだけ平らに削る事によって角が出来て、ハンマーが板バネの上を滑らずに、その面、角度で止まります。蓋が90°で開いた状態でハンマーと蓋との隙間が0.3ミリくらい開いていればOKです。叩いて音を出してすぐに離れるようにすれば音が長く響くようになります。
これで『蓋を開いた時の音』のチューニングはほぼ完了。次に『蓋を閉めた時の音』の調整です。こちらは時間がかかります。
まず、インサイドユニットを抜いて、蓋を閉めた状態で蓋とボディの隙間のところを光にかざしてみます。大概は蓋が開くほうの先端部分しか接しておらずヒンジ側の方は光が通ってしまう状態かと思います。ぱっと見で隙間が大きいようであれば開く方の口の先に隙間と同じくらいの厚さの厚紙を挟んで蓋の真上をプラハンで叩いて隙間を小さくします。
よく光の通りを確認して、全体に微かに光が通っているくらいであれば600番くらいのサンドペーパーを挟んで蓋を閉め、少し強く蓋を抑えてサンドペーパーを引き抜きます。これで蓋側とボディ側の両方の口にペーパーがかかったらもう一度光にかざします。運が良ければこれで隙間が無くなるような良品も稀にあります。
大概の物はプラハンで叩いて調節しても隙間は残るので、平の鉄工ヤスリを使って当たっている部分を削って隙間を『寄せ』ていきます。
『寄せ』というのは三味線の棹を作る時の職人用語です。三味線の棹というのは一本の木に見えますが、接ぎ手によって3本の木を組み立てて出来ています。持ち運ぶ時は長い棹を3分割して小さな手提げ鞄に入れて運び、演奏前に長い棹に組み立てて弾きます。当然、棹の途中で接ぐので段差は勿論、紙一枚の隙間もあってはなりません。そこで三味線の職人の人は接ぎ手を光にかざして隙間を寄せていくのですが、もう一つ、寄せで重要なのが接いだ時の『音』なんです。三味線の棹の接ぎ手は木の木口と木口が接するので、寄せを始める前の最初にそれらが当たった音は『カコン』とか『コツン』という音がします。それが、だんだん寄せていくと面同士が均等に当たるようになるので『ピシャン』とか『ペチン』という音に変わってきます。ユンボダンプの腹同士をぶつけた時の音の原理と同じなのか、より広い面が一気に当たった方がキレイな音が出るものです。三味線は作った職人の腕によって接いだ時の音が違います。本当に凄い職人が寄せた物は接いだときに『キーン』という金属音のような音がしますし、地唄の棹でワインボトル同士を当てた時のような『ピーン』という硝子質のような音が出るとんでもない棹を作る名人もいました。
話が逸れましたが、Zippoの蓋を閉めた時の音も隙間を寄せれば激変します。そのために毎回同じ角度で面が当たるようにハンダでヒンジのブレを無くしています。
Zippoの寄せは職人のようにノミを使ってやる訳では無く鉄工ヤスリでやるので、素人の人でも時間さえかければ出来なくもないとは思いますが、まあ、やめておいた方が良いかと思います。ヤスリで木口に平面を出すのはコツがいりますし、木口の角がナメたら終わり。削る量を見誤って元の隙間より下げてしまったら多分、普通の人では復旧出来ないと思いますので。
隙間の寄せが終わったら、インサイドユニットのタンクの底側をラジオペンチで挟んでほんの少しづつ広げて本体に挿してみて、前後左右にグラついたり抜けてきたりしないか確認と調整を行います。これで全てにガタが無くなったらチューニング終了です。
一個チューニングするのに半日以上要しますが、これでZippoがデュポンに勝るとも劣らない高精度なライターに変わるなら、まあ、これくらいの手間は今のところ惜しんでいません。
このようにしてチューニングしたZippo達ですが、開閉音で誰が聴いても良い音だと感じるであろう物は、やはりアーマーブラス ♯169 でしょう。ドンキで買えば4,000円弱の安物が一番とは認めたくない想いが少しありますが、やっぱりこれは別格です。なぜ金管楽器の素材にブラスが使われているのか、昔の人たちの試行錯誤の結果は素直に認めざる得ないと実感します。ただ、音色としてはかなり華やかなので、シリアスな場面での使用には似合わない難があります。男女のシリアスな話しの最中とか、葬儀場の喫煙所などでこんなに底抜けに陽気な音を出したらドン引きされると思います。
次はスターリングアーマーが良かったです。一般的に純銀は音が良くないって言われますが、アーマーケースの純銀を限界までチューニングすると、この響きはなかなかですよ。低い音がアーマーブラス並みに伸びます。この『コーン』という深く渋い音は私個人としてはアーマーブラスより落ち着いていて好きです。黒タバコが似合うような、人生を知ったような中年の人なら絶対こっちの音の方が似合います。
次は普通のクローム。クロームに関してはアーマーより普通の物の方が良いと感じました。
クロームの音の良さはなんといっても『ジャキン』という音の鋭さ。アーマーになると高音が籠もって中音域だけが大きくなる傾向にあるので音の鋭さが無くなってしまいます。若さ、鋭さ、強さ、孤独なんて言葉が似合うような人は普通のクロームの音が一番しっくりくると思います。私も20代の頃は普通のクロームのZippoの音が最高だと思って疑わなかったです。
次は以外にも1935レプリカのなんの装飾もないやつが良い音します。外ヒンジは良い音がしないと言われますが、蓋の開閉角度とハンマーの止まり位置を調整すると凄い良い音が響きます。ヒンジ板が外にあっても蓋の開閉に必要なJの字型の板は中に付いているのでチューニングの方法は普通の物と同じです。ただ、ヒンジのフックが3個なので普通の人が調整するようなヒンジ締めのチューニングは出来ません。このタイプはチューニングするとスターリングに近い低い音になり、結構味わいのある渋い響きになります。
逆に全然ダメだったのはスリム系のZippo全般です。辛うじてクロームのスリムはチューニングすれば残響が伸びたりもしますが、それでもやはり良い音とは言い難いです。でも、攻殻機動隊とかブラックラグーンとかのアニメの効果音で使われているZippoの音ってスリムZippoの音なんですよね。若い世代がイメージするZippoの音ってスリムZippoの音なのかもしれません。
あとは、ゴテゴテとクロムハーツ系の装飾の付いた物は全くダメなのと、アーマー系でも彫り物がしてある物は音が『カッコン』って感じの安っぽい音にしかならないので、音を求めるなら避けた方が良いかと思います。
素人の人は、やってはいけません。