第二章 第7話 アクア
メビウスはアルナイルに言った。
「わたしはあなたに
譲って差し上げてもいいと
言ってるのです
あなたからも一つくらい
譲って下さっても
いいじゃないですか?」
アルナイルは考えていた、メビウスが交渉を持ちかけた場合、嘘を一度もついたことが無い、だがメビウスが要求して来たことはスピカとしては譲れないものであった。
一方ガイア達はパグスを出発してから数日経ちパラドックスの街に着いた。
街は平穏そのもので衛兵隊長はガイア達のことを覚えていてくれて、リヒテン卿に使いを出し、宿も手配してくれた、レチクル国とリオー国の国交は、リヒテン卿がセプテント家との交流を主張し、ステラが当主となったセプテント家がそれに応え、僅かずつではあるが回復し始めていた。
そのことは喜ばしいことなのだが、ステラはふとリヒテン卿とのことを考え僅かな疑問を持ち始めた。
(そう言えば……
ガイアのこともわたしが……
時間を作れてたのかしら)
ステラは領主になってから、リオー国国王との面会や領主として領内を見回ったり、リヒテン卿の使いの者との面会などなど、求婚者達の相手などなど、たった3ヶ月で言えばかなり忙しいものがあった。
ステラの中でそんな疑問が芽生え、更にサラスが居た時はそんなに忙しいことが無かった事に疑問は広がっていった。
(そっか……
お父さんが居たから
わたしには沢山の……)
ステラはサラスが居たからこそ、年相応の自由があったとそう思い始めていた、だがもう既にサラスはこの世に居ない、ステラはそう感じ寂しく思えていた。
ガイアはその様子に気付いていたが、ステラに何も言わず馬車を走らせ用意された宿に着いた時、パラドックスの街の鐘が鳴った。
衛兵達が街の入り口に向かって行く。
「ちょっと行ってくるは
みんなステラのこと見ててやってくれ」
ガイアはぼーっとしているステラに気を遣ってそう言い、馬車から降りて走り出した時後ろから声が聞こえた。
「ガイア殿っ!
ガイア殿も我らと
戦ってくれるのですかっ‼︎‼︎」
その声はあの正装が似合わない衛兵隊長だった。
「あぁ解ってたぜっ!」
ガイアは言った。
「解ってたのですか?」
衛兵隊長が驚いたように言う。
「あぁ解ってたぜ
けどよ……
一匹も殺ろさねぇでやってくれよ」
ガイアは明るく言った。
「ですがそれじゃ……」
傭兵隊長は戸惑っていた、それは3ヶ月前と違い街の防備は固められ、巨大化した動物達に襲われても以前と違い、ある程度抵抗出来るようになっていた。
「大砲とか
随分用意したようだけど
あいつらも困って来ただけなんだよ
俺がなだめてくっから
ちょっと待っててくんねぇかな?」
ガイアが小さく笑って言い衛兵達が整列し、守りを固めているがそれを無視して突っ切って言った。
「待つとは
いつまでっ‼︎‼︎」
衛兵隊長が叫んだ。
「うちの姫様が来るまでっ‼︎」
ガイアは隊長に向かって大きな声で言い、動物達に向かって叫んだ。
「お前らっ!
俺と遊ぼうぜっ‼︎‼︎」
ガイアは大きな声で言い、百は超える様々な巨大化した動物達に向かって行った。
巨大化した動物達の中から最初にビックタイガーウルフが鋭い爪を出して襲いかかるが、ガイアに命中する前に何故か爪を引っ込めた。
「おまえっ!」
ガイアは驚いて声を出した瞬間巨大な肉球がガイアを襲い、大地に叩きつけた。
はたから見ればビックタイガーウルフが、巨大過ぎるのでそう見えるだけであった、ビックタイガーウルフは大きな舌を出し、ガイアをペロペロし始める。
「ちょっと待っててなんだよお前っ!
俺はオオカミに知り合いなんて
居ねえってっ!」
ガイアはそう叫ぶがそのビックタイガーウルフの涎が大地に着いたとき、大地から僅かな記憶が流れ込んできた。
それはアル・スハイルが一度、リオネスの街で自らが星海人であることを人々に示した時に、元の大きさに戻した動物達の中に居たビックタイガーウルフであった。
彼は再び巨大化してしまって困っていたのか、そのアル・スハイルと一緒にいたガイアとステラの匂いを嗅ぎ取ったのか、南下して来ていたのだ。
気付けばガイアの周りに居た巨大化した動物達の多くは、同じ場所に居たのか怒りは無くガイアに親しみなのか、ガイアを舐め始めた。
「待ってくれっ!
のあっ‼︎‼︎」
ガイアの悲鳴では無いが、どうしていいのか解らないような声が響く。
「懐かれてますな……」
衛兵隊長が汗を流す。
「そっ…そうね……」
ステラがやっと来たようで、不意に衛兵隊長の横に来て珍しい光景に汗をかいて呟いた。
「ガイアお兄ちゃん楽しそうっ!
わたしも遊ぶっ‼︎‼︎」
エリスも来てガイアの必死さを知らずに飛び出して行く、衛兵達は子供が危ないと慌てるが、全くの殺意も感じない動物達とエリスも星海人であるのでステラが言った。
「大丈夫です
あの動物達は
人を襲う気はありませんので」
衛兵達は戸惑うが、その横にエルナトも来て止めようとしないので、衛兵隊長は戸惑いながら兵達に隊列を乱さない様に伝えた。
その後、暫くの間ステラは何もせずに眺めていた。
ガイアが逃げ出し数多くの巨大化した動物達が、じゃれる様にガイアを追いかけ回している。
エリスは流石星海人と言うべきだろうか、おてんばな一面があるのか、ビックタイガーウルフをよじ登っている。
ガイアが逃げ惑っている姿とエリスがビックタイガーウルフの背中ではしゃいでいる風景をステラは暫く堪能してから紫の星を出し、動物達を元の大きさに戻してあげた。
その晩のこと。
「マジ疲れた……」
相当疲れたのだろうガイアが項垂れている。
「いいじゃない
遊ぼって言ったのは
ガイアのほうでしょ」
ステラが夕食を食べながら言う。
「ガイアお兄ちゃん
オオカミさんの背中モフモフしてて
気持ち良かったよっ
また遊ぼうねっ!」
エリスは危険だと言うことを知らずに楽しめたようだ、どうやらスリル系の遊びが好みなのだとエルナトは感じていた。
「勘弁してくれ……」
ガイアにとって戦うよりも疲れた一日になっていたが、不意にザウラクが言った。
「ステラ様
明日もし雨が降りましたら
もう一泊された方がいいと思います」
「雨?」
ステラが聞いた。
「はい
一泊され一歩も
外に出ない方がいいと思います」
ザウラクが少し困ったように言った。
「まっその話は後にしようぜ」
ガイアがサラリと言った、まるで何かを知っている様な素振りを見せていたのでステラ達は、そのまま食事をしてから部屋に戻った。
「ガイア殿も気付いていたのですか?」
ガイア達の部屋でザウラクが聞いた。
「あぁ
雨を待ってる奴がいるな
狙ってるのは……
俺とエルナトだな間違いなく」
ガイアが言った。
「ガイアとエルナトを?
なんで……」
ステラが聞いた、それはメビウスのことを考えればステラを狙って来るはずだと、誰もが思うことだがガイアとエルナトを狙っているとガイアが言ったからだ。
「エルナト……
もし一人の時に襲われても
意地を張るなよ
きっと最初に
おまえに行くかも知れねぇからな」
ガイアはまるで相手を知ってるように言った、それを聞いてエルナトは何となくだが相手がわかった。
「一体誰が相手なのよ
星海人なの?」
ステラが聞いた。
「いや精霊だ……
ただ…俺からすれば
かなり面倒なやつだな」
ガイアが言った。
「精霊……
セプテント家の精霊さん?
ガイアお兄ちゃん何したのっ‼︎
ステラさんから浮気したの?
エリスじゃなくて
精霊さんに……」
エリスが勝手な妄想を暗くなって聞いた、エリスは精霊と言えばセプテント家のメイド達しか頭に浮かばなかった。
「うんなことしねぇよっ‼︎‼︎」
ガイアは人聞き悪いと思った上に、そんなことしたらステラに消されると思い、身に覚えの無いことを完全否定して叫んだ。
(そんなことしたら
ガイアさんはもう居ないと思います……)
エルナトはそれ聞いてそう思っていた。
そんなやり取りをしている間も、ガイアとザウラクは誰かに見られている気がしていた。
ガイアはその相手を大地の力で上手く探れないでいた、ザウラクも自分と正反対の性質を持つ相手なので、敏感に感じてはいたが正確な場所を掴めないでいたのだ。
(どこに……)
ザウラクは宿の外に居ることだけは察し窓から外を見ている。
外の通りを馬車が走り、通りにあった水溜りを水を飛ばして走り去って行った時、ガイアは急に窓を開けそのまま飛び出した。
「ガイアさんっ!」
エルナトが大きな声で言い、窓に走り寄った。
ガイア達の部屋は2階だがガイアには関係なかった。
「おまえはそこにいろっ」
ガイアはそう言い水溜りを見て言った。
「隠れてないで出てこいよ
俺はいつだって相手になってやるぜ」
すると何もない水溜りに波紋が広がり、ただの水溜りだがブクブクと泡立ち、まるで水が湧き出すように、水溜りが大きくなり近くにいた街の人々が驚いて離れて行った。
そして水がゆっくりと人の形になり始めたが、それはガイアもステラもエルナトも以前に、見たことがあるメイド服を来た白い髪をした少女が現れた。
そのメイドは丁寧なお辞儀をしてから言った。
「そう焦らないで下さい
わたくしは待っているだけですから」
そのメイドは静かに言った。
「アクアさん……
何を待っているのですか?」
ステラが聞いた、ステラはそのメイドを知っているようであった。
「ステラ様
お久しぶりです
わたくしはもう
セプテント家の者ではありません
ですからステラ様に
お答えする責務はありませんので」
アクアはそうステラに答え、少し残念そうに言った。
「お暇を頂く挨拶が出来ませんでした
それはお詫びいたします
では…失礼します……」
アクアは丁寧なお辞儀をステラに送り、そう言うと水になって消えてしまった、アクアを形作っていた水はパシャッと音を立ててまた水溜りに戻ってしまった。
「ステラ様
今の精霊を知ってるのですか?」
エルナトが聞いた。
「えぇ……」
ステラは寂しげな顔で呟いた。
ガイアが戻って来てからステラはアクアのことを話してくれた。
アクアはユーファより強力な精霊だった、だがステラがまだ幼い頃にサラスの用で屋敷を出てそれっきり戻らなかったと言う。
ステラはアクアと優しく遊んでくれた思い出しかなく、さっき姿を現したアクアからはその優しさは全く感じられなかったのだ、アクアが何故ガイアとエルナトを狙うのか全く検討がつかづステラは溜息をついてしまう。
「そっか……
いい奴なんだな……」
ガイアが聞いた。
ステラは静かに頷いていた。
翌日は雨が降っていた、かなり強い雨で雨が窓を叩いている。
ガイアは外を見て呟いた。
「長い雨になるな……」
そう呟いて立ち上がりステラが聞いた。
「どこ行くの?
アクアは雨を待っていたのよ
水の精霊で全ての水を操れるの
晴れた日に見つけて
話し合った方がいいわよ」
「だから行くんだよ……」
ガイアはそう言い部屋を出ようとしたが、ステラがガイアの肩をつかみ、振り返ったガイアの頬を引っ叩いた。
「なんでガイアは
いつも危ないことを
一人でしようとするの?
わたしの気持ちを考えてないの⁉︎」
ステラは心配して言っていたのだ、ガイアにとって水は弱点でもある、川の流れが大地を削っていくように、海の波が砂浜を侵食する様にガイアにとっては致命的でもある。
「わりぃけどさ
行った方がいいんだよ
おまえのためにさ」
ガイアはそう言いドアに手をかけて言った。
「ステラはあいつのこと……
どう見てんだよ」
ガイアはそう言うが、ステラはその意味が良く解らなかった、セプテント家を抜けガイア達を狙う、敵でしかないはずだがガイアはそれを聞いていた。
ステラが答えられずにいるのを見てガイアは言う。
「まぁどっちでもいいさ
気合い入れてくれてありがとな」
ガイアはそう言い部屋から出て行ってしまった。
ガイアは街の出口に向かって行き、街の外に居るアクアを見つけ声をかけた。
「わりぃ待たせたな」
「えぇお待ちしていました
まさか貴方お一人で来るとは
思いませんでした」
アクアはそう言った。
全ての雨を使いガイアだけで来ることを、既に知っていたのだ。




