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じじょうじばく

 俺という人間が完璧ならよかった。

 もし完璧だったならば、どんな窮地に追い込まれても、完璧な答えが出せたはずなのだ。


 こちらの言葉を待っている潜入者ザ・スニーカーに、俺はこう問いかけた。

「あんた、俺を待ち伏せしてたんじゃないとしたら、ここでなにしてたんだ?」

 偶然にしては出来過ぎている。

 仮に出来過ぎていたとして、偶然は偶然なのかもしれないが。

 彼は、すると恥ずかしそうに告げた。

「なにって、見ての通りストーカーだよ。僕の能力って、人に気づかれないことじゃない? だからこうして、ちょくちょく潜入をエンジョイしちゃってるんだよね。あ、でも手は出さないよ? 見るだけ。ホントに」

 それでも犯罪は犯罪だ。

 俺に言われたくないとは思うが。

「で、このあとどうするつもりなんだ?」

「そう怖い顔しないでさ。冷静に話し合おうよ。お互い、ここにいなかったことにすればいい。能力を悪用したらダメなのはこっちも一緒なんだ」

 そうだ。

 ルールに違反したら、シュラウド部隊が黙っちゃいない。

 そのシュラウド部隊がルールを違反したら、手首のブレスレットから毒が注入される。彼にとっても死活問題だ。

 俺は軽く溜め息をついた。

「あんたの提案は、信用できるのかな?」

「してもらうしかないね。条件は五分じゃないか? こっちはコソコソ隠れるしかないんだ。とてもじゃないけど、あんたとは戦えないよ。か弱いおじさん。ね? だから見逃してよ?」

 こいつはウソをついている。

 コソコソ隠れられるヤツはクソ強い。もしステルス戦闘機がただのザコなら、あんなに活躍しない。相手にバレずに行動できるのは、透明人間になったようなものだ。


 つまり、俺もこの能力が欲しい。


 会話はもう十分だ。

 俺は能力を使い、男に麻痺の能力をかけた。

「うぐっ……なん……で……」

 彼は息苦しそうに床へ崩れ落ちた。

「なんで? いろいろ考えた結果だよ。善悪ではなく、メリットとデメリットを天秤にかけたんだ。そしたらこうなった」

「……」

 返事はない。

 まだ殺してはいないが、かなり衰弱させた。


 この選択が最良のものかどうかは分からない。

 いや、そもそも、この家の住人を襲わないというのが最良であっただろう。しかしそうはならなかった。

 人間はミスをする。

 世界にミスをさせられているのだ。

 愛読書『世界が俺を愛さない十二の理由』にもそう書いてある。


 べつに有名な本じゃない。

 さして面白い本でもない。

 ただ、俺の興味を引いた。

 本の冒頭にはこうある。

「世界が俺を愛さないのは、俺が世界を愛さないからだ。理由はそれだけ」

 つまり理由は十二もない。

 しかし主人公は、生活の中でいろいろ不快なことを見つけてゆく。

「カレーに納豆をかけるやつがいる。こんな世界は愛せない」

「気が付くと靴下の親指のところに穴が空いている。こんな世界は愛せない」

 どれもたいした理由じゃない。

 彼が本当に言いたいことは、自分が世界を愛していないという、ただその一点のみだ。だからあらゆることを世界のせいにする。


 *


 部屋にふたつの死体を置き去りにした俺は、盗んだ金で風俗へ行き、スッキリぶっ放して情報屋の家へ帰った。

 潜入者ザ・スニーカーの野郎は、財布に十万も入れていた。だから俺は、途中のコンビニでレトルトのハンバーグを買った。


「おい、ワンコロ。餌だ。レンジであっためてやる」

 帰宅するなり、俺は子犬にそう告げた。

「餌? なに? わぁ、ハンバーグだ! あんちゃん、あたしのこと好きでしょ? 結婚したいの?」

「くだらないことを言うな。黙らないと袋ごと捨てるぞ」

「ひどい!」

 喜んでいた子犬は、ドタドタ地団駄を踏んでしまった。

 しかし防音されているから階下からの苦情は来ないだろう。安アパートとはなにもかもが違う。


 異様に設備の充実したキッチンで電子レンジを使っていると、作業でぐったりした様子の情報屋が自室から出てきた。

「お帰り。あとで部屋に来て。ちょっと話があるから」

「分かった」

 また新たな情報でも手に入ったのだろうか。

 ハンバーグはすぐにあたたまったので、俺は子犬に「食え」と渡して部屋へ向かった。


 いちおうノックして入った。

 あいかわらず機材まみれの部屋だ。

「座って」

「では遠慮なく」

 しかし俺が椅子へ腰かけても、彼女はパソコンを使おうとはしなかった。不審そうな目でこちらを見ている。

「あんた、外でなにしてたの?」

「なにって、パトロールだよ」

「つまらない冗談はやめて。真剣に聞いてるの」

「聞いてどうする?」

「いいから言って」

 こちらの事情などお構いナシといった態度だ。

 料金に応じて仕事をするだけのドライな関係だと思っていたのだが。

 俺は観念して、斜め上を見た。どこから話そうか。どこまで話そうか。

「あー、全般的に言えるのは、あまりよくないことをしてるってことかな」

「具体的には?」

「人を殺してる」

「……」

 彼女はぎゅっと身をすくませた。

 想像通りの回答だっただろうか。あるいは想像を超えていたか。

 すると彼女は眉をひそめ、こう言い返してきた。

「何度も言わせないで。私は真剣に聞いてるの」

「だから事実を答えたんだ。今日はふたり始末した。そいつらから金も盗んでる」

「……」

 今度は椅子から立ち上がりかけた。

 受け入れがたい事実というわけだ。しかし、だったら聞くなと言いたい。

「じゃ、じゃあなに? あんた、人を殺してお金を盗んでるの?」

「そうなる」

「なんで? なんでそんなことするの?」

「金はついでだよ。死んだ人間は金を使わないからな。それに、ターゲットは誰でもいいってわけじゃない。ちゃんとした基準がある。念のため言っておくけど、あんたに手を出すつもりもない」

 頭上に疑問符を浮かべている。

 だから俺はこう補足してやった。

「例のカルト組織あるだろう。ターゲットはそこの関係者だよ。だから追われてる。それで十分だろう?」

「組織の内部抗争ってこと?」

「抗争っていうか、俺がひとりで暴れてる状態かな。だからあいつらも、まだ犯人を特定できてないんだ。たぶん」

 とはいえ、ほぼ特定されていた。そして今日の事件により、完全に特定される。

 潜入者ザ・スニーカーと手を組み、この状況を打開するという選択肢もあったのだが。

 彼女は思案顔になったかと思うと、向きを変え、PCの操作を始めた。

「気になる映像が手に入ったの。これ見て」


 ディスプレイに表示されたのは、監視カメラの映像だ。

 場所は祭壇。

 会長と秘書が水槽を見上げている。

『例の黒木はまだ見つからんのか?』

『はい。まったく手掛かりがありません』

 すると会長は、巨大な体から盛大に息をはいた。

『やむをえん。警察と連携するしかないようだな。アポイントをとっておいてくれ。俺が出向く』

『例の件以来、関係がこじれたままですが……』

『分かってる。だが、このまま放っておいて取り返しのつかないことになったら、それこそコトだ。月蝕事件の二の舞になりかねん』

『早急に手配いたします』

 秘書の顔色が変わった。

 以前、なんらかの事件を起こし、警察と揉めたということか。

 しばし水槽の死体を眺めていた会長は、やがてこう言葉を重ねた。

『例の新薬はどうなってる? 協力的な被験者が現れたと聞いたが?』

『はい。おかげでプロトタイプの試験が始まりました』

『使えるのか?』

『まだ不安定ですが、能力は開花しつつあります。ドクターの報告によれば、タイプX、ランク2とのこと』

『タイプXだと? 安全なんだろうな?』

『ドクターはそのようにすると』

『分かった。ただし、くれぐれも安全性には注意するよう言っておくんだ。また月蝕事件が起きたら、次はどうなるか分からんからな』

『はい』


 映像は以上だ。

 情報屋はこちらへ向き直った。

「これは昨日の映像。組織の人たち、あんたのことかなり警戒してるっぽい。ま、強盗殺人犯じゃ仕方ないけどね」

 俺も同感ではあるのだが、彼らが警戒しているのは、もっと違う理由だろう。

「月蝕事件ってのはなんだ?」

「私が知るわけないでしょ。いま聞こうと思ってたのに」

「じゃあ探ってくれないか?」

「追加料金払って」

「そこまでの余裕はない」

「ツケでいいから」

「オーケー」

 仕事終わりの風俗を我慢すれば、情報屋に払う金くらいは工面できるかもしれない。ただし、欲求のコントロールは大事だ。俺はあまりそこをケチりたくない。もちろん冗談ではなく。

 カッコつけて溜め込むと、容量を超えたダムのように決壊する。そういうのは愚かもののすることだ。俺のような人間は、プロに金を払ってでもコントロールしたほうがいい。


 リビングへ戻ると、子犬がさめきったハンバーグとにらめっこしていた。

 こいつがメシを残すのは珍しい。

 口にあわなかったのだろうか。贅沢なワンコロだ。

「あんちゃん! これ!」

「ムリに食わなくていいぞ」

「違うの! おいしいから、あんちゃんも食べて!」

「……」

 いったいどういうつもりだ?

 たいていのことよりハンバーグが好きなクセに、俺によこすとは……。

「わざわざ取っといてくれたのか? 俺のために?」

「うん。だってすっごくおいしかったから」

「いいよ。お前のために買って来たんだから。全部食えよ」

「でも……」

 本当の犬みたいだ。仲間で分け合おうとするなんて。メシに関してはがめついはずなのに。

 しかし泣きそうな顔をされると、罪悪感のようなものが湧いてくる。

「分かったよ。そこまで言うならもらうよ」

「うん。食べて」

 あきらかにさめきっている。しかも食いかけだ。一口ぶんしかない。断腸の思いで残したことが分かる。

 俺はたいして期待せず、そいつにフォークを刺して口へ運んだ。

 さめてる。

 油がギトギトだ。

 たぶんさっきまではウマかったんだろう。

 子犬は期待に満ちた目で俺の顔を覗き込んでいる。

「どう? おいしいでしょ?」

「ああ、ウマいよ。最高だな。また買ってこよう」

「うん! そうしよ! 今度は一緒に食べようね?」

「そうだな」


 あてがわれた部屋へ入った俺は、ひとりで椅子へ腰をおろし、なんとも言えない気分で天井を見上げた。

 胃がムカムカしている。

 ハンバーグのせいじゃない。

 優しくされたからだ。

 俺はさっき人の命を奪ってきたばかりだ。金を盗んで風俗にも行った。ハンバーグを買ったのは、ビールを買うついでだった。

 なのにあのクソ犬ときたら、まるで飼い主にじゃれつくように俺に接してくる。

 そして俺も、その態度をよしとしている。


 俺は一連の行為を始めるにあたり――つまりは最初の婆さんを毒殺したときに、こう覚悟したはずだ。

「平凡であることをやめる」

「人並みの幸せを諦める」

「人並みの不幸から脱却する」

 ある種の完成を見るために。

 いわばノブレス・オブリージュだ。

 特別な能力を有していることが判明したのだから、平凡だったころの俺の生活プランは完全に破壊されるべきだった。宝くじを当てた凡人は破滅する。分を超えた能力は身を滅ぼす。どれも万物の理である。

 これが俺のロジックだ。こうでなければ事実ファクトが整合しない。俺は自己を例外に置くべきではない。


 なのにあの子犬は、俺を平凡に引き戻そうとする。

 コンビニで買った安ハンバーグを一緒に食うだけで幸せなんだと訴えかけてくる。

 まったく飼い主の心情を理解しない駄犬だ。

 長く一緒にいるべきではない。

 彼女の期待には応えられない。一緒にいると、彼女は幸福になれない。情報屋が欲しがっているなら、くれてやってもいい。きっとそのほうが全員にとっていい結果をもたらす。


(続く)

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