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火遊びと水遊び

「わぁ、涼しい! しかも広い! あんちゃん、こんな金持ちの家、勝手に入っていいのか?」

「勝手じゃない。ちゃんと招待されたんだ」

 子犬が小躍りしている。

 たしかに涼しいし広い。のみならず、ここのインテリアは、白黒をベースとしたモノトーンで統一されていた。

 情報屋の自宅に招かれた。

 どこかに隠れ家はないかと尋ねたら、ここへ来いと言われたのだ。

 情報屋は迷惑そうな顔ひとつせず、むしろ歓迎ムードだった。

「いらっしゃい、姫子ちゃん。遠慮しないでくつろいでね? 今日からここがあなたのおうちになるんだから」

「えーっ!?」

 迷惑そうなのはむしろ子犬のほうだった。

 こいつにとっては、例の安アパートのほうが居心地がよかったか。ここはあまりに清潔すぎる。


 俺は少ない荷物を床へおろし、情報屋に言った。

「悪いな。しばらく世話になるよ」

「いいのよ。ひとりで住むには広すぎるし」

「でもこいつ、たぶんうるさいぞ。あんたの作業の邪魔になる」

「いいのいいの」

 罠かと疑いたくなるくらいの寛容さだ。まさか、俺を組織に売り飛ばすつもりじゃなかろうな。

 情報屋は白黒のデカいシャツを着ている。景色も白黒だから、頭のピンクだけが目立って仕方がない。

「姫子ちゃん、汗かいたでしょ? お風呂入ろっか?」

「いい」

「でもちょっと汗くさいよ?」

「くさくない」

 そう言いつつも、子犬は自分の服のにおいを確認した。

 そういえば、最後に風呂に入らせたのはいつだったか……。

 ネグレクトのつもりはない。いくら入れと言っても入らないのだ。かといって俺が一緒に入って洗ってやるのもおかしいから、最後は自主性に任せるしかない。

 こいつは最終的に頭がかゆくなると風呂に入る。そういう習性の動物なのだ。

「一緒に入ろうよ」

「一緒はいいけど、入るのはヤダ」

「意味分かんない……」

 考えるだけムダだ。たぶん言ってる本人にも分かっていない。

 どしても強制したければ、メシを餌にするしかない。命令に従わなければメシ抜きだと脅せばいい。すぐに従う。

 だがこの手を使うと本当にしょげるので、あまり使いたくないのだが……。おかげでほとんど子犬を風呂に入れていない。俺には正解が分からない。

 すると情報屋はなにか思いついたらしく、勝利を確信した笑みを浮かべた。

「あ、分かった。じゃあ姫子ちゃん、水遊びしようよ?」

「水遊び?」

「外、暑かったでしょ? だからプールみたいに、お水で遊ぼ? ね?」

「やる! あたし、プール行ったことないの!」

「じゃあ決まりね」

「プール! プール!」

 いくら高級マンションとはいえ、さすがにプールはないと思うが。


 ひとり置き去りにされた俺は、まっしろなソファへ腰をおろした。

 リビングには相撲がとれそうなほど広い空間がある。そこへ革張りのソファが置かれ、壁に設置された巨大な薄型モニタを視聴できるようになっている。

 だが操作方法が分からない。

 俺は自分の持ち込んだペットボトルから茶をすすり、天井で回転するプロペラを眺めた。シーリングファンとか言う名前だった気がする。

 いきなり転がり込んできた男をそのまま放置とは、あまりに無防備のように思われるが。きっと防犯カメラが稼働しているはずだ。あるいはそんなカメラさえ存在しないかもしれないが、いま怪しい行動をとって情報屋の機嫌を損ねるのは得策ではない。


 窓の外には、炎天下の東京が広がっていた。

 紅白の東京タワーだけがひときわ目立って見えるが、その他は似たようなコンクリートのビルだらけ。まるで上から降ってきたテトリス棒が、ランダムに大地へ突き刺さっているかのようだ。

 一帯を満たすぬるい空気には、うっすらともやがかかっている。

 まっとうな会社員たちは、いまそこで働いていることだろう。きっと新婚の田辺もいる。


 ふたりが戻ってきた。

 子犬は子供用のワンピースを着せられていた。風呂に入る前はクソガキだったのに、出てきたらお嬢さんになった。髪もつやつやだ。

「サッパリした!」

 騙されて風呂に入ったわりには、じつに上機嫌だ。

 一方、情報屋はなんとも言えない顔をしている。彼女も風呂でサッパリしたはずなのに。

「黒木さん、少し話せる?」

「いいぜ」

 子犬には聞かせたくない会話だということは、彼女の態度からも理解できた。まあどんな話かは検討がつく。


 *


 子犬には大画面でキッズ用アニメを視聴させ、俺たちは別室に入った。

 その部屋だけでも、前のアパートの居間くらい広かった。インテリアはもちろん白黒。彼女の作業部屋らしく、やたら巨大なパソコンが置かれていた。

 棚にあるビデオデッキみたいな板状の機材もパソコンだろうか。とにかく機械まみれだ。


 俺は勧められるまま椅子へ腰をおろした。

「まだ金の話をしてなかった」

「その前に……」

 情報屋は溜め息をつき、頭を抱えてしまった。

 金より大事な話が、俺たちの間にあるとでも言うのか?

 俺が待っていると、彼女は神妙そうな顔をあげた。化粧がおちたせいか、だいぶ幼く見える。

「姫子ちゃんの体……傷がいっぱいで……」

「俺じゃない」

「分かってる。もしそうなら、あんなになつかないはずだから」

「いや、愛と暴力は矛盾しないぜ。少なくとも獣みたいに生きてるヤツにとってはな」

 俺のこの言葉に、彼女は不快そうに眉をひそめた。

「あんた、そういう考えなの? 好きになれない」

「俺だって好きじゃない」

「あの子、どういう境遇だったの? 差し支えない範囲で教えて」

 差し支えない範囲、か……。知ってること全部教えてやってもいいが、そしたら情報屋はブチギレてしまうかもしれない。ある程度ボカして教えたほうがいいだろう。

「いろいろあって親元を離れてな……。その後は住所不定の方々と一緒に暮らしてたんだ」

「どっちにやられたの? 親? それとも住所不定のほう?」

「たぶん後者だ。だが刺激しないでやってくれよ。あのワンコロ、むかしの話すると落ち込んじまうからな」

 情報屋はさらに眉をひそめた。

「なにワンコロって? 犬でも飼ってるつもり?」

「まあそうだな」

「あんたには任せておけない。私が引き取るから」

「おいおい……」

 ノートパソコンのカメラを介して私生活を監視するうち、子犬に感情移入でもしたのだろうか。

 彼女も少々厄介な性格の持ち主かもしれない。

「とにかく、今後、姫子ちゃんのお世話は私がするから」

「そりゃ助かる」

「あと、家賃は毎月三万円。食費は別」

「破格だな。前のアパートより安い。情報屋ってのはそんなに儲かるのか?」

 この下世話な物言いに、彼女はしかし怒りではなく消沈で応じた。

「儲からないわよ。お客はあんたしかいないんだし。この家だって自分で買ったわけじゃなくて、親の遺産だから。管理費だけ払って」

「了解」


 ともあれ、金と子犬については話がついたというわけだ。

 俺が立ち上がると、ズボンをつかまれた。

「待って。タコ焼きパーティーの前に、見て欲しいものがあるの」

「ああ」

 タコ焼きパーティー?

 いや、聞かなかったことにしよう。

 いったいなにを見せるつもりだ?

 彼女は座ったまま椅子の向きを変えると、デスクのPCを操作し始めた。すると液晶ディスプレイに、動画が流れた。


 組織の監視カメラの映像だ。

 きらびやかな祭壇の頂上に据えられた水槽。中には髪の長い女の遺体。神々しいものではない。水死体が浮いているだけの不気味な光景だ。

 彼女の身体には、まだ精神が存在している。

 うまく表現できないが……俺は彼女の能力を吸収できなかった。だから、たぶん本当の本当には死んでいないはず。死んでいるのは肉体だけだ。いや、あるいは肉体もなんらかの機能を有している可能性がある。


「これ、なんなの?」

 情報屋は不快そうに顔をしかめた。

 まあ疑問に思うのは当然だ。なにせ俺も同じ疑問を抱いていた。

「知らない」

「知らない? あんたの組織のことでしょ?」

「いっぺん軽く挨拶しただけだ。加入したつもりはない。俺だってこいつについては聞かされてないんだ」

「これホンモノなの? 作り物じゃない?」

「ホンモノだよ」

 それは間違いない。作り物なら、こちらを「見」たりしないはずだ。

 いや、見るといっても物理的に眼球が動いたわけじゃない。彼女の精神が俺に反応しただけだ。きっと俺の固有の能力に反応したんだろう。

 俺の能力は、死者にアクセスしてしまう。しかも制御不能だから、条件さえ揃えば不要な能力でも吸収してしまう。言いようによっては弱点とも言える。


 すると、画面に人影が写り込んだ。

 例のガタイのいい会長とその秘書だ。カメラからは後ろ姿しか見えない。

『会長、例の黒木玄一ですが、彼女の能力を吸収している可能性はありませんか?』

 その言葉が出た途端、会長が岩のように固まった。

『まさか……。榊原からはなんの報告もなかったぞ』

 榊原というのは、俺を発見し、神殿まで案内してくれた老紳士だ。俺がいま使っている探知の能力も、彼から吸収したものだ。

 秘書は不安そうに会長の顔を覗き込んだ。

『あるいは報告の前に亡くなった可能性も』

『黒木がここへ来てから、榊原が病死するまではだいぶ時間があった。報告し忘れたということは考えられん』

『杞憂ならいいのですが』


 なにか特別な能力者なのだろうか。

 はじめて神殿を訪れたとき、まだ俺には探知の能力が備わっていなかったから、水槽の女にどんな能力が備わっているのかは分からないまま。


 すると会長は、フクロウのように頭部を動かして秘書を見た。

『それより、黒木とはまだ接触できていないのか?』

『自宅を当たりましたが、どうやら留守にしているようです』

『一日中か? まさか逃げられたわけじゃないだろうな?』

『こちらの動きを把握していると?』

『いや、考えすぎか……。定職にはついていないんだったな? どこかへ短期の労働に出ている可能性もある。辛抱強く接触を続けてくれ』

『かしこまりました』


 その日のうちに逃げ出しておいて正解だった。

 もし探知の能力者が来たなら、俺が複数の能力を保有していることがバレてしまう。これは隠そうと思って隠せるものではない。たぶん。

 とはいえ、何日か経てば、俺がアパートを捨ててどこかへ逃亡したと判断されるだろう。ヘタするとシュラウド部隊が派遣される可能性もある。事前に対策を立てておかなければ。


(続く)

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