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昔はよかった

 駅前のチェーン店に入った。

 学生とサラリーマンの混在する異様な空間。

 テーブルにつくと、俺たちはメニューを選び始めた。田辺の手には指輪があった。

「タナシン、結婚したの?」

 俺の突っ込みに、彼は少し照れたような笑みを浮かべた。

「春にな」

「すげーな。新婚じゃん。どんな人?」

「平松」

「……おっ……えー? おー、そうか、平松と……おめでとう……」


 平松というのは、同じクラスだった女だ。

 メガネでおさげという地味な風貌だったが、誰にでも優しくて、みんなから好かれていた。というか、俺も好きだった。それがこの狂犬といい感じになっていたとは。世界はクソとしか言いようがない。


 人の幸せを祝福しない人間は、世間ではクソということになっている。

 だが、それがどうした?

 俺の人生はうまくいかなかったのに、こいつの人生だけがうまくいっているという事実は、俺にとってはプラスでもなんでもない。逆ならよかった。

 もちろん本気で言っているわけじゃないが。

 そういう不快な感情は、ゼロではないということだ。

 俺はその辺りをごまかすウソが好きじゃない。自分を完璧だと思い込みたいヤツだけが、さも手放しで他人を祝福するフリをする。

 みずからの負の感情を知覚しない人間は、その感情をコントロールできないというのに。俺に言わせれば、そういうヤツのほうが怖い。

 もっとも、ブレーキがかからず殺人を続けている俺にだけは言われたくないだろうけど。


 照れくさかったらしく、田辺は急に話題を変えた。

「俺さ、いま、IT系の技術者やってて……」

「IT? ネットとか?」

「まあデータベースなんだけど。黒木はなにやってるんだ?」

 データベースの意味が分からない。

 名簿業者でもやってるのだろうか?

「俺かぁ……。俺はね、まぁ、なんでも屋みたいな感じかな」

「そうか……」

 俺がごまかそうとしたのを、田辺も察したらしい。無職ということがバレたのだ。まあ洗濯しまくってよれよれの服を着てるこの姿を見たら、誰だってそう思うだろう。

 俺は到着したばかりのビールを、ほとんど反射的に飲んだ。

「乾杯。ま、久しぶりだし、なつかしい話でもしようぜ」

「ああ、そうだな。亀ちゃんのこととか、森のこととか、いろいろあったしな」

「誰だっけ?」

 高校時代の俺に、そんな愉快なフレンズがいただろうか?

 どうも記憶にない。

 田辺は不審そうな表情だ。

「冗談だろ? 亀ちゃんだぞ? ドン亀。お前が名前つけたんだぞ」

「本名なんだっけ?」

「相良」

「あー、あいつか。走るの苦手なヤツな。森は? 森ガール?」

「森は名字だよ。森涼太。水泳が得意の、いたろ」

「いた気がするなぁ」

「……」

 とんでもない眼光で見つめられている。

 まあ、かつての友達を片っ端から忘れているのだから、あまり印象はよくないだろうけど。

 彼は厳しい表情のままこう告げた。

「お前、本当に黒木だよな?」

「えっ?」

「悪い。でも、なんかずいぶん印象変わっちゃったから……」

「そうかい? 当時のままだと思うけど」

 田辺はまだ責めるような顔をしている。

 時間が経過して、お互い、思っていたような人間になっていなかった、というところか。じつは俺も、田辺に「変わった」と言いたかったのだが。まさか自分が言われるとは思わなかった。


 周囲は騒がしいのに、俺たちの席だけ静まり返っているようだった。

 世界から取り残されたように。


 田辺はぐっとビールをあおった。

「亀ちゃんさ、死んだんだ」

「えっ?」

「心臓発作でさ。こっち来てデザイナーやってたんだけど……」

「デザイナー……」

 以前、やたらオシャレな部屋に住んでいる能力者から、能力を奪ったような気がする。それも、この都内で。

「いつ?」

「二ヶ月前かな」

「あー」

 アタリだ。

 相良だったんだな。電気を吸収する能力だった。なにかに使えそうだと思って命を奪ってしまった。

 まさか、そうとも知らず旧友を殺していたとは。

 すぐに麻痺させてしまったが、思えばなにか言いたげだったかもしれない。

 田辺は神妙な顔で息を吐いた。

「これからってときにさ……。あいつ、たまに黒木の話してたぜ。お前に作品見せて、あっと言わせてやりたいって」

「見たよ」

「えっ?」

「あ、いや、むかし、ちょっと見た気がする」

 あの部屋にあった印刷物は、相良が作ったものだろう。実際の商品の広告ではなく、たぶんサンプルだったと思う。少し派手過ぎる感じもあったが、芯の強さの感じられるいいデザインだった。

 田辺の表情はかなり曇っていた。

「分かってるか? あいつもだけどさ、みんなお前のこと意識してたんだよ。みんなお前に認めて欲しくて、それで頑張ってた」

「ずいぶん担ぐねぇ」

「お前、ムヤミに達観してたからな。なんか凄そうに見えたんだよ。実際どうだか知らねぇけどよ」

 だいぶスカしていた自覚はある。なんでも分かってるみたいなツラで、みんなの前で偉そうに講釈をタレていた。まさか真に受けた人間がいたとはな。かくいう俺も、自分で真に受けていたけど。あるいはいまでも。

「てっきりバカにされてるのかと思ってたぜ」

「まあな。バカにしておちょくってたこともあったよ。でも、あこがれてた。特別だったんだ。少なくともあの頃の俺たちにとっては」

「なんだか、こっぱずかしいな」

「昔の話だ。いまは違う」

 にこりともせずそんなことを言う。


 いまはもう特別じゃない、か。

 中身がなくてハリボテを派手にしていた当時は特別視されていたのに、能力を得てヘラヘラしているいまは特別じゃない、ということだ。

 いや、田辺の目が曇っているだけだろう。立派な仕事をして、立派な服を着て、立派な腕時計をして、好きな女と結婚して、でもこいつは自分で思ってるほど目が利かない。サラリーマンとしては立派かもしれない。だが、それだけだ。


 俺は玉子焼きを食った。

「みんなちょくちょく会ってたの?」

「ああ。お前以外はな」

 仲間外れというわけではない。俺がひとりで出て行ったのだ。

 決別したわけでもない。出て行くときは、そうするものだと思っていた。

 田辺が溜め息をついた。

「俺さ、ずっとケンカばっかしてたろ? 親が犯罪者だって理由でさ、ゴチャゴチャ言ってくるやつがいて。ムカついてぶん殴ってた。誰も近づこうとしなかった。でもお前だけは違った……」

 そうだ。俺だけが違った。

 というより、俺に言わせれば、俺以外の全員がクズだった。親が犯罪者だからといって、こいつがなにかしたわけじゃない。

「だから俺は、ずっと黒木に感謝してた。あんとき、俺がフクロにされて、ぐったりしてたことあったろ? そしたらお前、ハンカチ濡らしてきてさ、これで拭いてって……。そんで、教室にいる間も俺に話しかけてきて。俺、巻き込みたくねぇから、『近寄んな』って言ったのによ……」

 話だけ聞くとヒロインみたいな挙動だな。

 だが、よく分からない理由で一人の人間がボコられているのを見て、我慢ならなかった。当時は、俺にも正義感みたいなものがあったというわけだ。

 俺はつい笑った。

「実際、巻き込まれて一発もらった気がする」

「悪かったな」

「いや、いいよ」


 ただ、これは俺が立派だったわけじゃない。俺の親がそう教育したのだ。

 友達の家がどうだろうと、本人には関係ない。貧乏でもバカにしちゃいけない。金持ちだからって威張っちゃいけない。

 俺はその言葉をわりと真に受けた。

 そして、てっきりみんなも俺と同じ意見なんだと思っていた。

 しかし学校では、あいつの家はどうだとか、こいつの家はどうだとか、クソみたいな理由で他者を選別していた。

 小学校のころ、「あいつンち風呂ないらしいぜ」という理由でいじめられていた生徒がいた。俺は思ったよ。「お前の家に風呂があるのは、お前が優秀だからじゃない」と。風呂の有無ごときで勝った気になれるヤツの気が知れなかった。親とはいえ他人の実力を、自分の実力だと勘違いしている。

 あまりのバカさに、同じ人間とは思えなかった。

 だから俺は、その風呂のないヤツと普通に接した。そしたら普通に友達になれた。いったいなにが問題だったのか分からない。まあ問題があるとすれば、「そこにバカがいた」ということに尽きる。


「黒木、俺はお前に感謝してる。これは本当だ。お前が俺を仲間に引き入れてくれたから、俺も変われたんだ。本当によ、こんなことあるのかってくらい、あんとき嬉しかった。だってよ、誰も味方いなかったんだぜ? なのにいきなりよ……」

「泣くなよ」

「泣いてない」

 本当に泣いてない。

 もう少し感動してくれてもいいと思うが。

 しかしたしかに、俺はあぶれた連中をうまくまとめていたように思う。俺たちは弱者の集まりで、ハッキリ言って烏合の衆だった。ただ、数が集まったらクラスの連中も一目置くようになった。数を揃えただけで態度を変えたのだ。いかにも動物であろう。動物を威圧するには、動物のルールでやらないといけない。

 田辺は、しかし睨むような目になった。

「けどよ、なんか、いまのお前見てると……。ちょっと不安になるっていうか……」

「まあこのナリじゃな」

「見た目の問題じゃねぇよ。むかしのお前には、もっとアツいものを感じた気がしたんだ。根拠のない自信だったかもしれねぇけどよ。なんかやってくれそうな雰囲気があったんだよ」

「たぶんメッキが剥がれたんだろう」

「そうかもな。結局、お前にはなんにもなかったんだ。中身スカスカのクソ野郎でよ」

「もっと優しく言ってくれ」

 勝手に俺に期待して、勝手に失望している。だが不快な気持ちにはならなかった。おそらくよくあることなのだ。こいつも他人と同じ感性であるに過ぎない。

 田辺はビールを一口やった。

「悪い。さすがに言い過ぎたな。ただ、お前さ、俺のこと特別扱いしなかったのは嬉しいんだけど……。友達になってからも、あんま友達として接してくれなかったよな」

「えっ?」

 発言の意味が分からない。

 だいぶ仲良くしていたように思うが。

「なんか、友達のことも特別扱いしないっていうかさ。誰のことも悪く扱わない代わりに、誰のこともよく扱わない、みたいな。みんな結構戸惑ってたと思うぜ」

「だから浮いてたのか」

「自覚あったんだな」

「いちおうね」

 そして特別だと思っていないから、顔も名前も忘れてしまう。

 しかし高校を出て十年近くになる。俺たちはもう少年じゃない。変わるのは当然だろう。会っていなければ忘れることもある。

 忘れたせいで相良は死んだ。もし覚えていたら、俺だってさすがに躊躇しただろう。たぶん。


 その後も、田辺の苦情を聞きながらビールを飲んだ。

 俺はむしろ嬉しかった。田辺は、俺にまっとうに生きて欲しいと思っていろいろ言ってきた。それが伝わってきたから。ま、九分九厘は余計なお世話だったが。

 俺はもう引き返せない。

 いつか来る組織との戦いに供えて、使えそうな能力を可能な限り吸収せねばならない。

 俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。


(続く)

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