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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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23/25

間宮フユ

 時間だけがじりじりと経過した。

 俺の首はまだ飛んでいない。


「俺がおしっこをちびる前に、ひとつ確認していいか? あんた、あの会長の母親なのか?」

 もし事実だとしたらおかしい。

 彼女は明治時代に死んだ。会長がその息子だとしたら、あまりに若すぎる。どう見ても明治生まれじゃない。せいぜい昭和だ。

 彼女は静かにかぶりを振った。

「あの子は……私を母だと思ってくれた……。だから……私も息子だと思うことにしたの……」

「そうかい。まあ気の毒なことをしたとは思うが……。それで、俺はこのあと生きたままおうちへ帰れるのかな?」

「分からない……」

 なら教えてやろう。

 このまま見逃してくれれば帰れる。

 しかしヘタに挑発して機嫌を損ねるのは得策ではない。こいつはおそらく、チート級の攻撃を繰り出してくる。すると俺は即死。蘇生するまで長い時間を要する。姫子に嫌われる。そして俺の頭は完全におかしくなる。

「すべて謝る。土下座しろというのならする。生きて帰りたい。妹が待ってる」

「妹……?」

「血はつながってないんだ。ただ、いっぺん怒らせちまって……。今度帰らなかったら縁を切ると言ってる」

 ぬるり、と、脳になにか触れる感覚があった。間宮フユが俺の頭の中を確認し始めたのだ。ウソをついてるかどうか確認しているのだろう。

 彼女は複雑そうな表情になった。

「ダメよ……その子を哀しませては……」

「どうしても金が必要だったんだ」

「そうね……」

 その金がいくらかビール代に消えていることには目をつむって欲しい。ウソをついているつもりはない。

 俺は姫子を救いたい。

 なんでかは分からない。最初はただの同情だった。邪魔になったら放り出してもいいと思った。施設に託してもいいと思った。なのだが、一緒に暮らしているうち、家族になっていた。いつの間にか、気づかないうちに。

 俺のパソコンの邪魔をして、ギャーギャー騒ぎ、トイレを詰まらせるだけのクソガキだったのに。

 女は遠い目になり、こう告げた。

「帰ってあげて、彼女のところへ……」

「悪いな。会長の件は、あとで改めて謝罪する。謝って済むことでもないが……」

 彼女はしかし反論しなかった。

 ただ微笑を浮かべ、もう行っていいという態度だ。


 *


 監視カメラが停止していたこともあり、誰も騒動には気づかなかったようだ。

 いや、気づかなかったどころではない。


『消失したのは宗教法人「月喰つきばみ」の関連施設とみられ、現在、警察と消防が協力して原因の究明にあたっている模様です』


 テレビの報道によれば、例のセミの養殖場は、あのあとキレイさっぱり消え去ってしまったらしい。

 月で焼き払われたのかもしれない。

 つまり会長の死体も、秘書の死体も、もはや存在しなくなった。

 間宮フユの行方も不明。

 なにもかも、闇に葬り去られてしまった。


 食い入るように画面を見ていた情報屋が、こちらへ向き直った。

「このニュースの建物って、私たちが監視してたところだよね?」

「たぶんな」

「黒木さん、なにかしたの?」

「俺にそんな力があるわけないだろ」

「そうかもだけど……」

 まあ偶然にしては出来過ぎているよな。

 実際、偶然じゃない。

 だが俺のせいでもない。

 明治の亡霊がやったことだ。俺の手に負える話じゃない。


 ともあれ、月のビジネスの話はなくなってしまった。

 俺には姫子を救えない。

 まともに働いたところで、稼ぎはタカが知れている。なんなら銀行でも襲うしかない。俺の能力をフルに使えば成功する可能性はある。いや、銀行にはたいして現金を置かないらしいから、パチンコの景品交換所でも狙うか。しかし億の金はムリだろう。

 つまり、ムリなのだ。

 俺には姫子を救えない。

 考えれば考えるほど、その事実だけが何度も確認されてしまう。


「あんちゃん、なに頭抱えてんだよ。うっとうしいからやめろよなー」

 姫子はのんきにアイスを食いながらそんなことを言う。

「うるせぇ。俺には俺の悩みってモンがあるんだよ」

「どうせビールが飲みたいとかいうオチだろ。買ってきなよ。謎のお金あるんだからさ」

「それじゃ全然足りねぇんだよ」

「はぁ? 万札で買えないビールってなんだよ……」

 ビールなんかどうだっていい。いや、どうでもよくはないが。問題の質が違う。

 だが、そうだ。

 このままじゃ思考が堂々巡りだ。ビールを飲んで気持ちをスッキリさせよう。

 俺は勢いよく立ち上がった。

「分かった。ビール買ってくる」

「やっぱビールじゃん」

「……」

 人の気持ちも知らないで、勝手なことばかり言って……。

 だが、それくらい能天気でいてくれることが、俺には嬉しかった。このままこいつには能天気で生きていて欲しい。そのためには世界が平和で、なおかつ豊かでなければ。

 俺はこの世界をどうにかしたい……。


 *


 コンビニへ向かう途中、鳴らないはずの電話が鳴った。

 誰だろう。

 姫子にも、情報屋にも、番号は教えていない。知っているのは秘書と思想家ザ・シンカーだけのはずだが、しかし両者はすでに死んでいる。

 非通知ではないが、見覚えのない番号だ。

「もしもし」

『はじめまして、黒木さん。警戒しなくて結構ですよ。あなたの協力者ですから。少しお話しできませんか?』

 男の声だ。それも中年。

「何者だ?」

『詳細は車の中ででも』

 後ろからゆっくりと黒塗りの車が近づいてきた。窓ガラスにはスモークが張られている。

 ちょうど脇で停まったので、俺は助手席に乗り込んだ。

 中には黒服の男が三名。それぞれ運転席と後部座席に腰をおろしている。人相はよくない。警察かもしれない。暴力団かもしれない。

「手短に頼むぜ。早く帰らないと家族が心配する」

「ご家族? 森崎姫子さんでしたっけ? ご両親から捜索願が出されていますね……」

 あいつの苗字、森崎だったのか。

 しかし捜索願とはな。自分たちで捨てたクセに。

 俺はあえて窓の外を見ながら応じた。

「脅すつもりか?」

「必要ならば。あなた、タイプZの能力者でしたね? 月も扱えるのだとか」

「あの秘書から聞いたのか?」

「まあそんなところです。しかしあなたに接近した目的は、彼女とは違います」

「月で発電しろってんじゃないのか?」

 俺の問いに、男は静かに溜め息をついた。

「あのテクノロジーは、人類の手には余ります。米国からもストップがかかっていますしね。エネルギーの供給バランスが崩れたら、世界情勢にも影響が出るのですよ。ヘタすれば戦争が起こる」

 つまりこいつらは、政治家の息のかかった連中というわけだ。警察かもしれないし、警察じゃないかもしれない。あるいは経産省か。いや外務省か。どれでもいい。

 俺はふんと鼻を鳴らした。

「だったらなにをさせたいんだ?」

「我々は、間宮フユさんの行方を追っています。あなたにもご協力願いたい」

「探すだけでいいのか?」

「いいえ、最終的には無力化していただきます。まさかこの件で自衛隊を動かすわけにもいきませんから」

 こいつらの面子なんて俺の知ったことじゃない。

 だが、姫子の情報を握られている。俺から引き離すことも考えているだろう。仮に俺から引き離されたとして、それで姫子が幸せなら別に構わないが。

「なぜ追う必要がある? なにか悪いことでもしたのか?」

「ええ。過去にね。国の中枢にいる人物が、その復讐を願っている、とだけお伝えしておきます」

 月蝕事件の遺恨をまだ引きずっているのか。ほかにすべきことがいくらでもあるだろうに。

 いや、二千年前の因縁で戦争を始める国があるくらいだ。二百年くらいじゃ忘れられないのかもしれない。

「あの女、殺したところで止まらないぜ? なんせ生き返るんだからな」

「ええ、存じてますよ。しかし死亡してから復活するまで、しばらく無防備であることも分かっています。その間に手を打ちます」

「死体を溶岩にでも放り込むのか?」

「いえ、宇宙へ射出します」

「宇宙……」

 やはり並の組織じゃない。

 たしかに、宇宙へ放り出せば、その後生き返ったところで復讐される心配もない。

 俺はうなずいた。

「分かった。ただ、無償労働はしない主義でな。おっと、べつに欲をかいてるワケじゃない。モチベーションの問題だ。こっちも失敗したくないからな。金があればあるほど能力も安定する」

 すると黒服はチラとこちらを見た。

「前金で二千万。成功報酬で三千万。これが上限です」

「億は欲しかったな」

「残念ですが、これ以上は捻出できません。予算の割当がありますので」

「分かった。やるよ。五千万ありゃしばらく生活できるだろ」

 あんまりゴネると、今度はこっちが不利になる。相手が気分よく条件を提示しているうちに承諾しておいたほうがいい。姫子のことを持ち出されたら厄介だ。


 *


 車を出た俺は、缶ビールを買い込んでアパートへ戻った。

 間宮フユ――。

 あの女に恨みはない。だが、金は欲しい。

 こんなこと、正義のヒーローからは程遠い行為だ。金欲しさに善人を殺すのだから。俺はクズだ。以前から分かってはいたが、本当に、心の底からそう思った。


「遅いぞあんちゃん。そんなに悩んでたの? あ、分かった。うんこしてたんだろ!」

「いや、ちょっとな」

 俺がそう応じた瞬間、姫子はすんとしてしまった。

 なにかを感じ取ったのかもしれない。

 俺はどっと腰をおろし、缶を開けた。

「どうやったらビールがうまくなるか考えてたんだよ。お前に言っても分からねぇだろうがな」

「分かんないよ。そんなの飲まないもん」

「ああ、飲まねぇほうがいい。これはな、頭の回転のよすぎる人間が、クソみたいな世界のレベルに合わせたいときに飲むモンだからな」

 むかし父親がそんなことを言っていた気がする。

 ガキのころ、あんな大人にはなるまいと思っていたものだが。歳を取ると似てくるものらしい。

 俺はまだ二十代のつもりだったのに、死んでいる間に三十を過ぎてしまった。時間は止まってくれなかった。

 ゼロ歳だった子供も二足歩行を始めた。のみならず、それまで存在しなかった子供までもが同様に育った。

 それが五年という歳月。


 間宮フユは、いま、どこで、なにをしているのだろう。

 能力を得てしまったばかりに政府に目を付けられ、そして事件を引き起こした女。ずっと眠っていた。いや、沈黙を楽しんでいたのかもしれない。蟻の営みを見つめる子供のように。

 だが、俺が蟻の巣をつついてしまった。

 俺のことは許してくれたが、秘書のことは許さなかった。

 施設を消去した。

 なにかをしようとしている。

 彼女はおそらく、この世界を愛してはいない。だから、気まぐれにいくらでも壊そうとするかもしれない。

 俺はそれを止めたいとは思わない。むしろ、一緒に破壊したいとさえ思う。

 だが、壊しても一円にもならない。

 守れば金が入る。

 だから守る。

 それ以外に選択肢がない。


(続く)

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