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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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21/25

なんだってよかった

 おかしい。

 家に金を入れているのに、姫子が仕事を辞めない。


 エアコンもないクソ暑い室内――。

 窓を全開にし、かろうじて夏をしのいでいる。

 俺は寝そべってビールを飲みながら、情報屋がノートパソコンを操作するのをぼうっと眺めていた。


「つ、使う?」

 彼女は視線が気になるのか、何度も俺のほうを見た。それがついに耐えかねたらしく、こちらへノートパソコンの画面を向けてきた。

「使わない」

「じゃあなに? 私に言いたいことでも……」

「いや、姫子がさ……」

「……」

 ぜひとも情報屋の助言が欲しかった。

 なんなら俺と一緒に姫子を止めて欲しかった。

 なのだが、彼女はこの件になると途端に消極的になってしまう。

「姫子はなんであの仕事を?」

「違うの。私だって止めたの。でも、お金要るからって」

「金なら俺が入れてるじゃないか。まさか、借金でもあるのか?」

「ううん。そういうのはないけど……」

 まったく理解できない。

 もしかしてイヤイヤやっているのではなく、好きであの仕事をしているのだろうか。そして俺の知らないおじさんと恋に落ちて、ある日突然どこかへ行ってしまうのでは……。いや若い客かもしれない。

 吐きそうになってきた。

 父親気取りかよ、とは自分でも思うのだが。

 ビールを口にしたが、炭酸が異様に鬱陶しく感じられた。もう飲むのはやめたほうがいいかもしれない。というか、仕事にも出ず、昼から酒を飲んでるような男が、他人の生活をどうこう言えるわけがないのだが。


「なあ、情報屋。俺と一緒に姫子を説得してくれないか?」

「ええっ?」

「やっぱり間違ってるよ。あいつ、あんな仕事して……。もっとまっとうに生きられるだろうに」

「だから、その話は何度もしたの……」

 そうだ。

 俺にとっては一瞬でも、彼女たちにとっては五年の歳月が経過している。この話は飽きるほどしたんだろう。むしろ五年後に急に現れた俺に、蒸し返されたくないはずだ。

 それでも納得いかない。

「あ、ほら。黒木さん。文字の大きなリンクあるよ。これ見たら? ねっ?」

「ああ」

 監視カメラの映像でも観て気を紛らわせろってのか。

 なんだか変態みたいだ。


 執務室では会長が頭を抱えていた。

『なんてことだ、偏愛者ザ・ラバーズまでもが……』

『月は観測できませんでした』

『つまり高ランクの能力者ということだ。そんな男、いったいいままでどこにいたんだ?』

『数年前、秋田から上京してきたことが分かっています。犯罪歴はナシ。地元では目立った活躍は見られなかったようです』

 秘書はウソの経歴を並べ立てた。

 おそらく失踪した誰かのプロフィールを勝手に使っているのだろう。

『ドクターの分析は読んだ。一連の事件は、同一人物の仕業と見て間違いなさそうだな。このままシュラウド部隊を当てても同じ結果になるだろう』

『警察の手に委ねますか?』

『待て。それはいかん。警察に借りを作ることになる』

『では発想を変えてみましょう。これまではターゲットを先に現場へ誘導し、あとからシュラウド部隊を乗り込ませる方式でした。しかし今回、ターゲットが事前に罠を仕掛けたこともあり、偏愛者ザ・ラバーズは本来の機動力を封じられてしまいました』

 またウソを並べている。

 罠はひとつも役に立たなかった。いきなりフランケンシュタイナーでぶん投げられたのだから。

 秘書は表情ひとつ変えず言葉を続けた。

『ですので、次回は突破者ザ・ドリラーの起用を提案いたします。彼は土中を潜行できますから、ターゲットより先に作戦を展開できます』

『勝てるのか?』

『正直、断言はできません。しかし現状取りうる作戦の中では、もっとも信頼がおけるのではないかと』

『分かった。その線で進めてくれ』

 会長の思考能力は、極限まで低下していた。完全に秘書の口車に乗せられている。

 ともあれ、次回の敵が土の中から飛び出してくることは分かった。ドリルというのは痛そうだが、当たらなければどうということはない。


 *


「ただいまぁ」

 夕方になると姫子が帰ってきた。

 声の感じからしてすでに疲れている。

「もぉー、ホント男ってさぁ……。あ、あんちゃんいたの? どうせ昼間からビール飲んでたんでしょ?」

「飲んでた。だが途中でやめた」

「ふぅん……」

 ブランドモノのバッグを放り、短いスカートのまま雑に座り込んだ。


 俺は本題に入りたかった。

 なのだが、どうしてもできなかった。

「なにジロジロ見てんだよ! もしかしてパンツ見てんのか? ほら、好きなだけ見ろ」

 姫子はバカにするように足をあげた。

 こいつは人の心配も知らずにふざけたことばかりして。

「やめろ。俺はいま、ちょっといろいろアレでな……」

「なに? 深刻な悩み?」

「深刻だよ。どうやったらお前が仕事を辞めてくれるのか、そればかり考えている」

 俺がそう告げると、彼女は途端に不機嫌そうな顔になった。

「保護者ヅラやめろって言っただろ……。あたしがどうやって稼ごうとあたしの自由じゃん? なんかあんちゃんに迷惑かけた?」

「もっと自分を大事にして欲しいんだ」

「大事にしたらどうなるの? こっちはとっくにガバガバで、赤ちゃんだって産めないのにさ」

「……」

 姫子がなにか言うたびに、俺の寿命が縮む。

 シュラウド部隊と戦うよりもつらい。

 世界はなんでこうなんだ……。

「あたしさ、そういう顔されんのが一番ムカつくんだよね。どんだけヤっても妊娠しないんだからいいじゃん。そういう生き方したってさ」

「たしかに自由だ。尊重もしたい。だが、どうしても耐えがたい……」

「あたし、学歴もないしさ。いまのうち稼いどかないと、老後の心配があるワケ。だって中卒でさえないんだよ? つーか小学校も行ってないし。だからいっぱい稼いで、いっぱい節約して、住所不定にならないよう頑張ってんの。なんか反論ある?」

「ない」

 なにも言えない。

 百万や二百万ではダメだ。

 とんでもない大富豪になって養うしかない。

 月をエネルギーとして活用できれば、信じられないほどの金が舞い込んでくるという。とっととそれを実用化させるしかない。

「俺が億万長者になれば辞めてくれるか?」

「は? なれんの?」

「なれる。たぶん。理論上は」

「へぇ。じゃあ期待してる。もしお金持ちになったら、毎日ハンバーグ食べさせてね?」

「約束するよ」

 ハンバーグならいまでも毎日食えるような気もするが。いや節約してるんじゃ仕方がない。俺もビールを控えよう。

 ともあれ、ケンカにならなくてよかった。姫子もきっとこの手の論争には飽き飽きしているのだろう。


 *


 数日後、夜の団地――。

 俺は公園に入った。

 こちらには探知の能力があるから、敵がどこに潜行しているか手に取るように分かる。

 居場所は公園の中央。

 俺はその少し手前で足を止めた。

 彼はこう思っているはずだ。あと一歩踏み込んで来い、と。

 だがそうはしない。

 俺は麻痺の能力を使った。

 きっと突破者ザ・ドリラーは土の中で苦しんでいることだろう。

 一方的な完封だ。

 感知したところによると、こいつの能力は「無酸素での活動」。少し時間をかけてその能力を頂戴するとしよう。


「はじめまして、突破者ザ・ドリラー。俺は黒木玄一。きっと別の誰かだと思って乗り込んできたんだよな? だが悪いな。こっちもそれなりの経験者でな。あんたにはそのまま土の中で死んでもらう」


 俺はベンチに腰をおろし、サングラスを外した。


「俺の愛読書『世界が俺を愛さない十二の理由』によれば……。いや、もういいんだ。誰が誰を愛そうが、どうでもいいことじゃないか。なあ、突破者ザ・ドリラー。あんたもそう思うだろ?」


 月が出ている。

 少し欠けている。


「理由だってさ、ひとつだろうが、十二個あろうが、なんだってよかったんだ。人は好き勝手に理由をつける。理由になってなかろうが関係ない。言ってる本人が、理由になると思い込んでさえいればさ……。つまり俺たちの『発想』というか『考え』っていうのはさ、それくらい曖昧なものなんだよ。意味だって、あると思えばあるし、ないと思えばない」


 まだ死んではいない。

 もう少し話す必要がある。


「分かるか? 意味なんてものはさ、俺たちが勝手に感じて、作り出してるものなんだ。もし仮にこの宇宙から人類が消えたとしたら、意味もまた存在しなくなる。宇宙は特になにも考えていないわけだし。それはすごくフラットで……混乱のない世界じゃないか? いいよな、なにもないって。だって考えなくていいんだから。考えないの好きだろ、人間ってさ」


 人は誰しも頭を使いたくない。

 動物だって同じだ。

 草や木になりたいのだ。

 光と水に反射するだけの存在になりたいのだ。


「あんたはそこで土に還るんだな……。どんな感じなんだ? 俺も似たような経験をしたはずなんだが、いまいち記憶がなくてな。思えば完全に無だった。そう。それは『体験』でさえなかった。睡眠とはまったく違う。時間の経過を感じる体さえなかった。精神も機能していなかった。つまりは宇宙ってことか? いや違うかも。違わないかも。あんた、どう思う?」


 返事はない。

 もう死んだ。

 能力も手に入った。


 適当に手を振ると、バンが近づいてきた。

 きっと戦いを監視していたのだろう。


「さすがの能力ですね……」

「俺の力じゃない。ぜんぶ他人の借りモノだ」

 人から盗んだ服を着て、イキリ倒しているだけだ。

 秘書はそれを「さすが」だと言う。

 俺はダッシュボードから封筒を受け取り、思わずつぶやいた。

「七十万の大仕事も、次でいよいよ最終回か」

「まだ会長がいますよ」

「待てよ。まさかラスボスも七十万でヤらせるつもりか?」

「そちらの都合で契約内容を見直す場合、そちらに不利な条件で契約し直していただきますが」

「いいよ。やるよ」

 ラスボスを殺して七十万とは。

 完全に買い叩かれている。

 安易に契約するんじゃなかった。

「月のビジネスでは儲かるんだろうな?」

「ええ。使いきれないほどの大金が手に入りますよ」

「そいつは楽しみだ」

 言葉とは裏腹に、不安しかなかった。

 なんとなくだが、俺のような人間は、頭のいい連中に利用されて、最後はポイされるような気がする。

 だが、こちらは不死だ。戦えば勝てる。

 この女の出方次第では応戦してもいい。

 借りモノの力で分からせてやる。


(続く)

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