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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
アフター編

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19/25

あなたには特別な能力があります

 翌日、姫子は朝から仕事へ出た。

 こういうのは夜の仕事とは限らない。たとえば営業で外を出歩くサラリーマンなどが客になる。そして日が暮れると、時間が深くなる前に帰ってくる。あまり遅くなると補導される可能性があるからだ。

 てっきり仕事を辞めてくれるものだと思っていたのに……。


「なあ、情報屋。カメラ見せてもらっていいかな」

「うん」

 きちんと金は払ったのだ。彼女も抵抗しない。

 というより、最初からカメラはフルオープンなのだから、ネットにつながったパソコンさえあれば誰でも視聴できる。

 今回も強調表示のアーカイブがあったので、それを見ることにした。


守護者ザ・タンカーが殺されただと?』

『残念ながら』

 昨日の映像だ。

 組織へ戻った秘書が、執務室で会長に報告している場面であろう。

『何者なんだ? まさかタイプZじゃないだろうな?』

『まだ特定には至っておりません。しかし現在、ドクターが死因からタイプを特定しているところです。おそらくランクは3以上であろうとのこと』

『タイプの特定を急がせろ。犯人はすでにひとり殺している。一度殺しに手を染めたヤツは、次も躊躇なく殺るぞ』

『かしこまりました。ドクターに優先度を伝えておきます』

 すると会長は、盛大に溜め息をつき、睨むように秘書へ視線を向けた。

『それで? 月の解析はどうだ?』

『残留するエネルギーからは、月であるか否かは判断しかねるそうです』

『だが死因は明らかだ』

『ええ。ドクターも高熱による焼死であろうと考えているようです』

 会長はドンとデスクを叩いた。

『だったら月以外のなんだと言うのだ! 可燃物の痕跡は検出されなかったのだぞ! つまりこれは、あきらかに兵器による攻撃じゃない! 月だ! 月の能力者が歩き回っているのだ! もっと危機感を持て!』

『はい』

 会長は額に血管を浮き上がらせていた。

 月蝕事件では国家権力と揉めることになった。また同じことになるのを避けたいのだろう。

 秘書はすっと頭をさげた。

『早急に新たな対応プランを算定いたします』

『怒鳴ってすまなかった。よろしく頼むぞ』


 この会長の意図もいまいち読めない。月の能力者をひとり保有しているのに、まったくビジネスに使おうとしていない。祭壇に飾っているだけだ。


 *


 俺はふたりにあげたはずの金をいくらかもらって家を出た。

 服を新調するためだ。


 凡百の人類は、カネに反射して態度を変える。

 こちらの頭がボサボサで、服もよれよれだと、いきなり見下した態度をとる。逆にビシッとして高い腕時計などを付けていると、正気に戻ったようにまともな対応を見せる。これは、そこらの通行人だろうが店の店員だろうが同じだ。

 中の人間は同じだというのに、外側の値段で対応を変える。

 かつての俺は、こんなのフィクションの話だと思っていた。だが、実際に街に出て試してみると、結果は露骨に出た。

 ほとんどの人間は、カネに反射している。

 自分の考えなど持っていない。

 彼らは頭を使いたくないのだ。

 生命の大半がバカであることからも自明であるが、誰しも極力頭を使いたがらない。人間とて例外ではない。


 とにかく、かつての友人をこの「凡百」に含めるのは心が痛かったが……。よれよれの服で家を訪問し、蔑んだ目で見られるのは面白くない。だから俺は服を新調することにした。

 きちんと襟のついた服だ。革靴もピカピカ。

 まあこんなのは、相手の知能の問題というより、俺の心の不安の問題なのかもしれないが。


 俺はまともな服に着替えてから、田辺の家を目指した。

 あれから連絡さえ取っていなかった。

 今日だって事前に連絡を取っていない。

 連絡先も知らない。

 もしかしたら、すでに引っ越しているかもしれない。

 それでも一度会っておきたかった。


 マンションの場所はおぼえていた。

 表札には「田辺」と「平松」の文字。まだ住んでいるということだ。俺は躊躇なく……いや躊躇はあったが、勢いに任せてチャイムを鳴らした。

 しばらくして、奥から「はーい」と返事があった。

「黒木です。急に悪いね」

「えっ?」

 ドアが開き、平松が顔を出した。

 五年ぶりだ。

 髪はセミロングになっていた。顔にも生活の苦労がにじみでている。というと失礼かもしれないが。なんだか少し歳をとった感じがあった。

 彼女は目を丸くして、俺のことを上から下から何度も見返した。

「え、黒木くん? なんで?」

「いや、通りがかったからさ。お邪魔してもいいかな?」

「いいけど……。散らかってるよ?」

「悪いね。すぐ帰るからさ」

 すると彼女の後ろから、二人の子供が出てきた。

「だれぇ?」

「ママの知り合い?」

 数が増えている。のみならず、二足歩行している。

 背の高いほうが前に見た子供。そして小さいほうが、この五年のうちに生まれた子供であろう。

 俺は時間の経過の早さに戦慄した。

「そうよー。ママの学校時代のお友達。ふたりとも、きちんと挨拶できるかな?」

 するとふたりは声を揃え「こーんにーちわー」と幼稚園児らしい挨拶をした。

 俺も「こんにちは」と応じた。

 つい和んでしまった。

 いや、本当は和気あいあいと談笑しに来たわけではないのだが。


 リビングに通された。

 勝手に人の家に来ておいてこんなことを言うのもなんだが、彼女の言葉通り、かなり散らかっていた。

 子供たちは勝手に遊んでいる。

「デカくなったね」

「うん。上が五歳で、下のが三歳。にぎやかでしょ?」

「理想的な家庭って感じだね」

 俺はウソを言ったわけじゃない。部屋のゴチャゴチャした感じも含めて、本当に幸せそうだった。節分とか七夕とか誕生日とか、俺が適当に過ごしている日々を、彼女たちはきっと大切に過ごしていることだろう。

 もはや嫉妬は湧かない。

 テレビの画面の向こう側の出来事のように感じた。目の前にいるのに。

「これ、よかったら食べて。海苔。そこで買ったんだ」

「ありがとう。今日はお休み?」

「まあね」

 服が新品だから、無職とは思うまい。実際は新品の服を着た無職なのだが。

 俺は腰をおろすと、まっさきに本題に入った。

「なあ、平松さん。君さ、本書いてるんだって?」

「えっ……」

 ぎょっとした顔になった。

 それから左右をキョロキョロして、なにかを警戒しだした。

 俺は笑った。

「いや、そんなに慌てないでくれよ。べつに悪意があって言ってるんじゃないんだから」

「誰から聞いたの?」

「まあ知り合いから」

「え、慎ちゃんが言ったの? ほかに誰も知らないはずだけど……」

 顔が青ざめてしまっている。

 これじゃあ脅迫しているみたいだ。

「まあ落ち着いて。本当にたまたまなんだ。業界に詳しいのがいて、お節介で教えてくれて」

「私の知ってる人?」

「いや、知らないんじゃないか。とにかくさ、驚いたよ。俺の愛読書だったんだぜ」

 激賞しているはずなのだが、彼女はふるふると震え出した。

「待って。読んだの? なんで……」

「なんでって、本屋で見かけて面白そうだと思って。なんかマズかった?」

 よくよく考えれば、作者に直接会いに来るのはマナー違反だったかもしれない。旧友だと思って、ついアポなしで来てしまった。

 だいたい、音信不通だったヤツが急に来るときは、怪しい宗教の勧誘か、怪しいビジネスの勧誘と相場が決まっている。俺の来訪も似たようなものと判断されたのかもしれない。

 彼女はコップの水を一気に飲み干し、血走った目でこちらを見た。

「怒ってる?」

「いや、怒ってないよ。っていうか怒ってるのそっちでしょ?」

「え、じゃあなんとも思ってないの?」

「いや、すげぇしっくり来る本だと思って。だから愛読書だって言ったっしょ」

 すると彼女は口元の水を手の甲で拭い、おっさんのように溜め息をついた。

「よかった。じゃあ完全に忘れてるんだ。自分で言った言葉なのに」

「は?」

「あの本の主人公、黒木くんがモデルなの」

「は?」

 間の抜けた返事しか出なかった。


 俺がモデル?

 この俺が、あんなクソみたいなことを口走っていたというのか? いや口走っていた気がする。学生時代の俺は、とんでもなくイキリ倒していた。

 そうだ。

「世界は俺を愛さない」

 それは高校時代の俺の口癖だった。

 言葉はこう続く。

「なぜなら俺が世界を愛さないから」

 だが周囲の目線は冷ややかだった。

 当時の俺は思ったものだ。この凡百どもには、俺の思想は到底理解できまいと。

 俺は間違いなく、その点ではウザがられていた。まあ俺たちのグループは孤立を避ける方針だったから、互いに排除だけはしなかったが。


 彼女はようやく冷静になり、こう続けた。

「あ、でも勘違いしないでね。黒木くんのこと好きだったわけじゃないの。むしろその逆っていうか……。いや、あのー、題材として面白かったから使わせていただいたというか……」

 珍獣ということだ。

 いや、いい。

 俺も大人になったから、こんなのでいちいち怒ったりしない。たまにクソみたいな理由でキレそうになることもあるが。まあ心の準備ができている場合は大丈夫だ。俺が忌避されていたのも知っている。

 高校時代、俺はとにかく孤立してるヤツをつなげて大グループにしたが、それだけだった。みんながつながってしまえば、今度は俺が異物となった。


 ともあれ、自分がとんでもないマヌケ野郎だったことが判明してしまった。

 なにせ自分で言った言葉を忘れておいて、あとで聞かされておおいに共感していたのだから。

 凡百の人間の反射がどうだとか、知能がどうだとか言っておきながら、俺も似たようなものだったのだ。まさか自分で自分に反射していたとは……。鏡に映った自分を見て興奮する動物のようだ。


 彼女は力強い眼光でこちらを捉えた。

「訴訟する?」

「訴訟? いや待ってくれよ。ちっともそんなつもりはないぜ……」

「ならよかった。純粋な愛読者として会いに来てくれたのね?」

「そうだよ……」

「あ、サイン! サインいる?」

「じゃ、じゃあもらおうかな。本あるから……」

 いちおう本を持参しておいてよかった。

 しかし急にノリノリになったな。

 もしかすると、俺が敵意を持ってると思って警戒していたのかもしれない。


 本にサインをもらい、俺は鞄へしまい込んだ。

「けど、作家になってたなんてね」

「なったけど、すぐ廃業よ。ちっとも売れなかったから」

「あ、そうなんだ……」

 俺の名言集はちっとも売れなかったか……。

「じつはアレ、二作目なの。一作目は落ちぶれた令嬢の復讐劇で……。でも編集から、もっと違うの書いてみてって言われて。ネタが思いつかなくて黒木くんにしたの。でも全然だった」

「や、やっぱ世間のレベルに合わせなきゃさ、ダメだぜ、たぶん」

 あまりに高尚すぎたのだ。

 そうに違いない。

 彼女は「あー」と天を仰いだ。

「感想も最悪だったの。主人公がムカつくとか。主人公が偉そうとか。そんなのばっかり。まあたしかにそういうキャラだけどさ。ああいう主人公と、この世界とのズレがさ、作品のキモなわけじゃない?」

「……」

 この女は、自分の作品の反省をしてるんだよな?

 目の前の男の人格を攻撃してるわけじゃないよな?

 彼女は慌ててフォローに入った。

「あ、ごめん。黒木くんのこと責めてるんじゃないよ? まあ、そうじゃないとも言い切れないけど。そんなに気を落とさないで? 黒木くんにもいいとこいっぱいあるから!」

「ああ、あるぜ。自分でも把握しきれないほどな」


 *


 なんとも言えない気持ちで帰宅した。

 姫子はすでに家にいた。

「あー、また服買ってる! 今日は誰とデートしてきたの?」

「俺にデートする相手がいると思うのか?」

「まあいるわけないけどさ……」

 ふてくされた顔でひどいことを言う。

 俺はテーブルにつき、冷蔵庫からとった缶ビールを開けた。

「あんちゃん、またお酒?」

「いいだろ、ほかに楽しみもないんだから」

 すると彼女は、かわい子ぶっているのか、左右の頬に人差し指をくっつけ、体をかしげて見せた。

「おうちに帰ったらかわいい妹に会えるよ?」

「まあそうだな。お前の顔を見るとほっとするよ」

「なにそれ。キッモ……」

 反抗期だろうか。

 だが、そこも含めてかわいいものだ。


 俺はビールをすすり、己の愚かさを噛みしめた。

 『世界が俺を愛さない十二の理由』に書かれていたのは、俺自身の言葉だった。つまり俺は、十数年前の自分に憧れていたということになる。

 当時の俺は「可能性」を有していた。ところが就職してからは忙しくなり、いつの間にかどこかへやってしまった。記憶も価値を失った。

 もしかすると俺は、また高校時代のころのようにイキリ倒したかったのかもしれない。自分を最高の存在だと思いたかったのだ。世界の広さを知る前の、井戸の中のカエルのように。

 あくまで「俺の認識の中で」俺は最高だった。

 すべてを理解できる気がした。

 すべてを極めるところまで来ていた。

 世界はきっと、俺を歓迎するだろうと思った。

 だが実際、俺は主役じゃなかった。脇役でさえなかった。顔も描かれない風景の一部だった。

 まあ世界なんてそんなもんだろう、などと、いつしか自分を納得させるようになっていた。


 会社員だったころ、俺は休日のたびテレビゲームに没頭した。

 敵を倒して数値を増やす。それだけの行為を執拗に繰り返した。やがて数値が最大値に達すると、途端に飽きてしまい、別のゲームを開始した。

 コップを空にしては満たす。

 コップを空にしては満たす。

 穴を掘っては埋める拷問のように。


 いったい俺は、なぜあんな行為に執着していたのだろうか。

 もう分からなくなっている。

 当時は重要なことだったのに。


 ある日、榊原という初老の紳士がやってきて、俺にこう告げた。

「あなたには特別な能力があります」

 大理石のきらびやかな神殿を見せられた。水槽の女を見せられた。シュラウド部隊を見せられた。どれも特別だった。

 なのに俺の能力は、そのままではなんらの効果も発揮しないらしかった。

 本当に特別になるためには、俺の近くで、能力を持った誰かが死ななければならない。


 誰か、試しに死んでみて欲しいと思った。

 そして実際、そうなった。


(続く)

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