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際限のない拡大、置き去りの精神、喪失と喪失と喪失  作者: 不覚たん
ビフォア編

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10/25

しゃんしゃん

 以前だったら、もうとっくに秋だったはず。

 なのに気怠い暑さがいつまでも沈滞している。夏というのは、いつからこんなに不愉快になったのだろう……。


 俺は団地へ来ていた。

 人の気配はない。

 もう住民もいない老朽化したエリアだ。

 錆びついたベランダにはなにも干されていない。

 夕日に照らされた建造物は、並んだ墓標のようにも見えた。


 小さな公園があった。

 ブランコのチェーンは片方が切れており、地面に埋め込まれたタイヤも完全に押しつぶされていた。シーソーだけは原形を留めているが、動くかどうかは不明。


 そこへ、快活そうなポニーテールの、制服少女がひとりで立っていた。

 黒い拳銃のコンディションを確認しながら。

 タイプXの能力者。

 そういう話だった。

 しかし近づいてみても、彼女の能力を詳しく探知できなかった。いや、能力がないわけじゃない。なにかある。あるのだが、それが具体的になんであるのか把握できなかったのだ。輪郭のハッキリしない、どろどろとしたエネルギーに満ちている。


「あんたか? ここで俺と鬼ごっこしたいってのは」

 俺がそう声をかけると、彼女は言葉ではなく、銃口を向けてきた。パァンと空気を切り裂く音。それを聞いたときには、俺の肩口には激痛が走っていた。

 銃声は一回では終わらなかった。

 しつこく、しつこく、もういいだろというくらい打ち鳴らされた。

 俺も手足をやられ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。足をやられたのだ。いつの間にか仰向けになっていた。

「ガッ……お前……」

 もう激痛であるのかも分からないほどの激痛だ。どこもかしこも痛すぎて、感覚がなかった。たぶんまんべんなく痛い。無事なのは胴体と頭部だけ。

 そう。

 彼女は、俺の急所だけは撃たなかった。


 少女は銃のマガジンを交換しながら、こちらへ近づいてきた。

「はじめまして。村田さつきと申します」

「誰だ……」

 そう尋ねた俺の声は、自分でも信じられないほどかすれていた。死ぬのかもしれない。

 いや、回復能力のおかげで、すでに一部の傷口はふさがりかけている。急所さえ無事なら挽回できるはずだ。

 ようやくふさがった皮膚に、また銃弾が撃ち込まれた。

「ぎひッ……」

「誰だか分かりませんか?」

「誰だよ……」

「あー、それじゃあダメですね。思い出すまで待ってあげます。時間はありますから」

 彼女はそう告げて、また俺のどこかを撃ち抜いた。

 まさか序盤からこんなにやられるとは……。

 ヘタすると死ぬかもしれない。

 これまでたくさんの人の命を奪ってきたが、いざ自分がそうなると思うと、あまりの理不尽さに力が抜けた。信じられないほど強くなったはずなのに、こんなにあっけなく殺されるのかと。それも、誰だか分からない初対面の少女に撃たれて。


 もし機会さえあれば、彼女を麻痺させることができるのに。

 ほかにも手段はある。

 もう少しだけ距離が近ければ。

 ほんの少しでいい。

 あと一歩か二歩。


「ヒントあげます。私は、あなたがなにをしたか知っています」

 冷静なようにも見えるし、怒っているようにも見える。あるいは、なにも考えていないようにも見える。

 ともあれ、体が痛すぎて、俺はクイズなんかに集中できなかった。いかにして痛みから気を逸らすか、そこにしかリソースを割けない。

 パァンと銃弾が来た。

「がァッ……」

 痛みが少し和らいだと思うと、すぐに新しい痛みが来た。それも、体の奥深くへ突き込んでくるような痛みだ。

 少女は暮れかけた空を見上げ、つまらなそうに溜め息をついた。

「本当に分からない?」

「知るかよ……。正義のヒーローごっこか……?」

 日曜朝のアニメによれば、少女たちは浄化の技で悪人を救っていた。だが目の前のこいつは、暴力で俺を殺すこと以外に興味はなさそうだ。

「もしかして、いままで殺してきた相手に対しても、たいして興味なかった感じですか?」

「はぁ?」

「殺されて哀しむ家族の気持ち、考えたこともありませんか?」

「なくはねぇが……」

 返事をするのがやっとだった。

 彼女は気まぐれに弾を撃ち込んでくる。

 そのたびに頭を激痛が支配して、思考が寸断された。奇妙な声が漏れる。ほかにもいろいろ漏れている気がする。なさけないザマをさらしている。

 彼女は最後の弾丸を撃つと、またマガジンを交換した。その腕には例のブレスレットが見えた。シュラウド部隊になったらしい、あるいは被検体だからかだろうか。分かるのは、組織も彼女を危険視しているということだけ。


「早く思い出してくださいよ。殺せないじゃないですか。村田弘です。ピンと来ませんか?」

「知らねぇよ……」

 ただでさえ人の名前をおぼえるのが苦手なのだ。一回会っただけのヤツの名前なんて、いちいちおぼえちゃいない。殺した相手の名前を集めて喜ぶ変態も、中にはいるのかもしれないが。

 彼女は「あー」と気の抜けた声を出した。

「ホント、信じられない。お父さん、なんでこんなバカに殺されなくちゃならなかったの? せっかくお酒もやめて、まっとうな人間になったのに……。私の成人式にも、一緒に写真撮ってくれるって言ってたのに。ホント、なんなの? なんであんたなの? こんなゴミみたいな男……」

 そう言いながら、また手足に銃弾を撃ち込んできた。

 もう痛みはずっと最大値を維持しているから、それ以上撃ち込まれても、外部から押されているだけにしか感じなかった。感覚がなさすぎて、自分がいまどんな格好なのかも分からない。

 彼女はマガジンを交換した。

 いったいいくつ予備を用意しているのだろうか。早く終わって欲しい。

「謝ってくださいよ。反省してください。ちゃんとできるまで、殺せませんから。私が納得するまで、永遠に苦しんでもらいます」

「……」

 自分の体にこんなに血液があったのかと思うほど、俺は水びたしになっていた。

「えっ? なんですか? 聞こえませんけど?」

「……」

「ほら、早く。早く言えよゴミ! ごめんなさいも言えないのか!?」

「がひッ……」

 銃を撃ち込まれては、うめき声しか出せない。

 俺だってなにか言いたいのに、喉が粘ついて声が出せないのだ。きっと多量の水分を失ったせいだろう。

「勝手に死なないでくださいね。このために射撃の訓練までしたんですから。大好きだったバレーの部活もやめたんですよ? ぜんぶ、あなたを殺すために。だからいっぱい苦しんでから死んでもらいます。でもその前に、早く謝ってくださいよ。できないんですか? 謝罪なんて子供でもできますよ?」

 そう言っている最中も、ずっと弾を撃ち込んでくる。

 俺はもう、穴だらけの肉袋だ。きっと急所にも当たってる。いつの間にか口からも血液が漏れ出している。

「はぁ? もう死ぬの? 待ってくださいよ。ぜんぜん足りないんですけど。ゴミのくせに、勝手に死ぬな。ちゃんと謝れ。ほら。謝れ。謝れよッ!」

 意識が遠のいてゆく。

 いや、ずっと遠のいていた。それが本当に消え去ろうとしている。


 少女の足が見えた。

 革靴の先端が、遠心力を得て俺の顔面に叩き込まれた。痛みというより、脳をゆすられる感覚。

 何度か繰り返しているうち、彼女は尻もちをついた。


 近づきすぎたのだ。


 *


 かなりふらふらするが、ようやく呼吸が整ってきた。

 俺は潰れたタイヤに腰をおろし、麻痺で地べたをはいつくばる少女へ告げた。

「思い出したよ。あんた、あのおっさんの娘か。冷蔵庫開けたらさ、酒がなくてガッカリしたぜ。そんで金品あさってたら、あんたの手紙を見つけた。そういや写真もあったな。入学式の」

 すでに彼女の意識は俺へ向けられている。だから、こうして言葉を投げる必要などない。

 にも関わらず、俺はあえて語りかけた。

 いつものように。

「医者は病死と判断したはずだろ? なんで分かったんだ? 教えたヤツがいたのか? いや、いい。自分で調べる。見当はついてるしな」

 少女は涙も流さず、円形の目で遠くを見つめていた。まさかこうなるとは思ってもみなかったのだろう。

「謝罪はできない。悪いと思ってたら最初からやらない。謝って償えるものでもない。だからせいぜい俺を恨みながら死んでくれ」

 この世界に神などいないのだ。

 だからこんな結末になる。

 悪人が負けるとは限らないし、善人も報われるとは限らない。ただ動作があって結果がある。

「俺はサディストじゃない。だが、あんたは好き放題撃った。だから俺も仕返ししたいと思う。といっても、余計なことをするつもりはない。ただ、俺のこのムカつく演説を死ぬまで聞かせるだけだ。反論したいだろうが我慢してくれ。聞きたくないからな」

 とはいえ、実際は仕返しなどどうでもよかった。

 俺はこの会話をしながら、彼女の能力を探っていたのだ。

 タイプX。

 それがいったいなんであるのか。

 このまま彼女が死ねば、俺は選択の余地なくその力を吸収してしまう。正体不明の能力を。


 組織は、俺にこの能力が加わることを望んでいる。

 つまりこのまま能力を吸収すれば、組織にとって都合のいい結果を迎えるということだ。


 タイプX。

 水槽の女でさえ持ち得なかった能力。


 少女が息を引き取った。

 その瞬間、体に能力が流れ込んできた。

 あきらかに異物。

 しかも、入ってきてなお正体が分からない。俺の他の能力と勝手につながって、なにかをしようとしている。


 *


 しばらく気を失っていたらしい。

 輝くような夏の夜空だ。星々がまたたいている。月は三日月。

 遠方では虫たちの声。

 そして血のにおい。

 彼女の血ではない。ぜんぶ俺の血だ。


 自動車のヘッドライトが近づいてきた。

 俺は拳銃を拾った。

 ナンバープレートには「足立」とある。

「終わりましたか?」

 運転席から顔を覗かせたのは思想家ザ・シンカーだった。

 俺は銃口で少女の死体を指した。とっくに終わっている。

 彼はうなずいた。

「乗ってください。着替えもあります」

「どこへ?」

「あなたの家までお送りしますよ。もし自宅を教えるのがイヤなら、どこか駅へでも」

「……」

 俺は拳銃を少女の上へ放り、車の後部座席へ乗り込んだ。


 車はゆっくりとバックして、ターンを始めた。

「付き合わせてしまってすみませんね。どうしても彼女の願いをかなえてあげたくて」

「いや……」

 頭がぼんやりしている。

 風邪でも引いたみたいに。

 俺は血まみれのシャツを脱ぎ、紙袋から新しい服を拝借した。ワイシャツだ。こいつの選択肢はこれしかないのだろうか。

「あの女に俺のことを教えたのはあんたか?」

 この問いに、彼はすぐにうなずいた。

「ええ。あまりにもつらそうでしたので、ついね……。村田さんとは長い付き合いでしたから。お葬式のときね、彼女立派でしたよ。まだ若いのに、喪主をつとめて」

「組織には黙っててもらえるんだろうな?」

「約束は守ります。とはいえ、シュラウド部隊にもついに正式な命令がくだりましたから、任務中に遭遇したら敵同士ということになりますが。こうして会うのも今回が最後でしょう」


 車は街灯もない道を進んでいる。

 日が落ちると気温もさがるから、やはりもう夏ではないらしい。


 俺は本題に入った。

「で、タイプXってのは結局なんなんだ?」

 思想家ザ・シンカーはギアを入れ直した。

「まだ分かりませんか? 無能力です。特殊な能力をナシにする能力。いわば普通の人間というわけです。言っておきますが、それは他人からの攻撃も無効化する、なんて便利なモノじゃありませんよ。あなただけが無能力になるんです」

「……」

 試しに軽く能力を発動しようとしてみたが、まるでなにかに抑圧されたように、表出してはくれなかった。口と鼻をふさいだまま息を吐こうとしている感じに近い。


 本当に?

 本当に俺は、能力を失ってしまったのか?


 思想家ザ・シンカーは静かに続けた。

「言ったでしょう? それが水槽の彼女でさえ保有していない、ほぼ唯一の能力だと」

 つまり、村田さつきの復讐は、完全に成功したということだ。


 夜の景色が流れてゆく。

 無人の団地が遠ざかる。

 俺の過去はとっくに壊れている。未来もなくなった。

 なにをどうしたらいいのか、まったく分からなくなった。


(続く)

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