第76話 狸、人魚に捕まる
まだまだ再投稿です
既読の方は見なかった振りをされても文句はありません
「社畜を舐めんなよ!」
言われた恵比寿様は社畜がなんなのか解らなかったのか、普段は糸のような目を見開いて驚いている。そして炸裂する黒い球。
強烈な磯の香りが立ち込める中、黒い球の名残の黒い靄が晴れると僕の横には一人の人魚が立っていた。
・・・どなた?海坊主はどこに行ったの?
【これは何事やねん!おい、海坊主!海坊主!どこにおんねん、さっさと姿を見せんかい!】
恵比寿様の様子から推測すると、海坊主は人魚を身代わりに置いて目くらましの煙幕を張って逃走したのかな?
こちらとしたら無駄で不毛な戦をしなくて済んだんだから願ったりかなったりってもんだよ。僕の目指す合理的で無理無駄無茶をしない平穏な生活にまた一歩近づいたってもんさ。血の気の多いお兄ちゃんたちみたいに自ら望んで闘いの中に身を置くなんて僕の性には合わないからね。
ピーッと言う鳴き声と共に物凄い勢いで白い塊が僕の方に突っ込んできて僕を跳ね飛ばす。思わず吹っ飛ばされてしたたか腰を打ち付ける。
白い塊は鸚鵡姿のピュアだったよ。全く砂浜でなかったら大ケガするところだよ。おっさんの運動神経を舐めんなよ?粘りが無いからすぐ転ぶんだからな。
それでピュアはどうしたって言うんだい?危ないからアンジェと向こうでみんなと待ってなさいって言ったよね?
白い鸚鵡は首を振りながらしわがれた声で叫ぶ。本性とか見た目はないすばでぇの別嬪さんだけど声だけが伝承を受け継いでおばあちゃんなんだよねぇ・・・でも可愛いから許すよ。
《ピュアはおとーさんをまもるためにうまれてきたの!おとーさんをいじめちゃやだ!》
いやいや苛められてる訳じゃないし、僕にとっては家族の安全の方が大事だし・・・それじゃ葛葉嬢も家族だって言うのか?あれは葛葉嬢であって嫁でも妻でも無い、強いて言えば・・・頼りない上司?・・・やっぱ保護対象か・・・情が移ってる部分はあるけど父親と僕が同い年だからなぁ。
抑々の話、大体チームシリウスのメンツで恋愛対象になる子なんていないでしょ?一番上のちんちくりんでも27歳差それも見た目は中学生だし、葛葉嬢は30下で美人だけど目が怖いし、カオルン少年だって36歳も下で法を守ってできる孫の歳で童顔だからね。アンジェとピュアに至っては人間ですらないし、かと言ってそれ以外の女性に対してだと話しかけるのだって呼吸困難になりかけるんだから出会いなんか無いってもんだよ。このビーチにいても父親付きでペット連れの3姉妹にしか見られてなかったし。
トサカを逆立てて威嚇する白い鸚鵡の背中を撫でながら気を落ち着かせてアンジェに引き取ってもらう。・・・段々アンジェが保母さんに見えてきたよ。あっ保母さんって今は言わないんだっけ?まぁ、ピュアの気持ちは有り難く頂いとくよ。
さてと、手を振り上げたのはいいけれど降ろす筈の手がどっかに行って目を白黒させている恵比寿様へやり返すとしましょうか・・・倍返し?いや100倍返しでね。
「ご利益がたっぷりあるらしい恵比寿様、僕らが手を下すまでも無く厄介払いが出来たみたいでおめでとうございます。明日から実働部隊も無しにどうやって仕切っていくのか高みの見物をさせていただきますよ。
泣いて斬られた馬謖側の海坊主さんのこれからの苦労は筆舌にも難いものがあると思いますが、僕個人も御利益がそれこそ山のようにあったお稲荷様からの軛から解き放たれて自由の身になった経験からそれなりの応援をしてあげられますから心配はなさらなくても結構ですよ。何なら僕の眷属の猫又を暮らしが成り立つ迄お貸ししても構わないとさえ思ってますからご相談を頂けたらと思います。
ねぇウーちゃん、真面に動ける眷属がいないのに海坊主を切っちまった恵比寿様を他の神様はどうお思いになりますかね?」
【何処の誰が聞いて来とんのか解らへんけど、そないな事ワテに聞かへんでも弟のタケ坊でも子孫のホンちゃんでも誰でも思うとる事は同じやで。
『名門の名に胡坐掻いてあのアホとうとう下手打ちよった』ってな。元々海の事は海彦はんが仕切っ取った事やし宗像大社の三姉妹かて海の安全の事やったら本業やから何の問題も有らへんがな。それこそ大船に乗ったつもりで任したりぃな。
神無月待たへんでもみんな賛成してくれるでこのうすのろの引退はな。そしたら次からの宝船にはワテが乗ろうかいな!弁天かて元を辿れば天竺からの渡来神やし昔から何かと縁があるんやから問題はないやろ。
そいから元使徒のしょうも無いデブでちびのおっさんに伝言しといてや。
『自分は加護なんて最初からいらへん奴やった。余計な事して済まなんだ』ってな】
最初から恵比寿様をハメるつもりでこの件を僕の所に持ち込んだんじゃないかとさえ疑っているウーちゃんにきっちりバトンを渡して言質を取った僕は、なぜかウーちゃんからの謝罪の言葉まで貰ってしまった。
【何言うとんねん!ワイはまだ何も失うのとらへんで!海坊主!どこに隠れとんのや、ワイを困らしたかて何の得も有らへんのやで?
寄り親がバカにされとんのに隠れとるなんぞ寄り子の風上にも置けんこっちゃぞ!
そや、今出てくるんならお前もワイの眷属に格上げしたる。どや、さっさとでてこんか!
この恵比寿の顔もそんなに長うは持たへんのやぞ?】
損得勘定で話を進めようとする恵比寿様に海坊主は何の反応も示さない。もしかしてもう契約が解除になってるんじゃないの?
【このドアホゥ。己は自分の加護が抜けたのも解らん程の抜け作やったんか。
それでようワテが使徒に逃げられたんを馬鹿にできたな、ホンマ呆れるで。
おい、その辺にうろちょろしてるおっさん。自分の周りにさっきと違う者がおれへんか?おったらそいつをすぐ保護するんや】
主語が無くても解るけどそいつが海坊主だって?横にいるのは人魚が一人・・・眼と眼が合って思わず微笑みを交わす・・・
人魚はぴょんぴょんと跳ねて僕の腕に縋り付く。
「もしかして・・・海坊主・・・さん?」
目をウルウルさせて微笑んだ人魚さんが僕に頷く・・・もしかして3人目の眷属ゲットした?
僕のあだ名に“人外ハーレム王”が今追加されたような気がする。