第8話 黒猫、狸の押し掛け眷属になる
「どうせしてくれるんなら、ただ遠ざけるだけにして欲しいもんですね」
猫又は、嬉し気に尻尾を鞭の様に撓らせながら顔を撫でた。
《あら、明日は雨が降るみたいだねぇ、ターさん♡。
それじゃあ契約成立という事で「ちょっ、ちょっと待ってください。
僕はただ、問われたから希望を述べただけで要求はしていませんよ?
何の契約かは知りませんが説明なしで履行されるのは世間一般では『騙し討ち』と言いまして有効とはならないんじゃないかな?」
んもう、ターさんたらイケズなんだから。
ウチは、希望を込めて契約要件を提示したでしょ、“後腐れなく、首すっ飛ばしてあげるわよ?”ってね?
それに対してターさんは、“遠ざけるだけにして欲しい”って手続きの変更をした上で了承した。ここまで解る?》
年を経た猫が猫又になるんだそうだけど、中々以て小難しい言葉を弄して煙に巻いてくるなぁ。それに、ターさんって何なんだターさんって。
「・・・僕の認識では、契約要件ってのは契約を成立させるために必要な条件って事ですよ。
これに対してあなたはアレの首をすっ飛ばすから契約しろと言ったと言ってますよね?
でも、これじゃ何かを代償として事を為すという部分が欠けてませんか?
それにあなたは希望を込めてと言われてますけどそれを僕には提示してませんね?
因って本件は成立はしていないと断じられます」
不機嫌そうに鼻を鳴らす猫又、そろそろ機嫌を取った方がいいのか?
《ターさんがウチにはわからないみたいなムズカしいコトバを使って誤魔化そうとしてるのはよーくわかったわ。
でも、明日雨が降るんだから仕方ないじゃないの》
「明日の天気と今の話とどう繋がるのか理解ができないんですが?」
《だぁかぁらぁ、ウチらは稲荷の使いどもと契約をしてターさんを探していたの。
んで、一番乗りだったら特典でこっちの希望を一つ叶えるってのが条件の中に入ってるの。解る?》
「あなたがあの狐の手先だという事は判りました。
向こうとの契約で特典があるらしいという事も解ります。
でも、明日の雨やら僕との契約成立やらという話との繋がりが判りません」
《手先って人聞き悪いわね。
もう、狐なんてどうだっていいのよ、ウチらは。
ただ、タマちゃんの事が気に入って望みを叶えてやりたいなって思った事とウーちゃんに泣きつかれちゃったって事から引き受けたってだけだからね?》
タマちゃんとウーちゃんって誰だよ。
《あれからそこら中の野良猫どもを総動員して、狐どもを出し抜いたり狛犬どもを蹴散らしたりしてようやくこんな田舎で見つけたと思ったらこうなったのよ》
どこから突っ込んでいいのやら・・・あの狐といい、この黒猫といいどうして肝心な最後を端折りたがるんだ?
「ようやく見つけたらこうなった?
意味がよくわからないんですが詳しく説明してもらえますか?」
《だぁかぁらぁ、ウチらって言うか、ウチってターさんから見たら妖怪じゃない?
んで、ウチら妖怪ってのは陰の気が凝り固まってできてるのよ。
ウーちゃんたちはうちらが陰の気を吸い込んだ後の陽の気からできているの。
そしてターさんたちは陰と陽の気を生み出すモノってことなの。
魔性と神性ってまぁ大体そういう感じの関係なんだわ》
なぜこいつらの話は関係のない話から始まるんだろう。その上、いきなりの話で全然付いていけてない。
《ぶっちゃけるとね、実際の話、ターさんの気って陰の方が勝っててウチら妖怪にはとっても心地いいの。
それに・・・ウチを飼ってくれてたダーリン♡と匂いがそっくりでこれはもう離れる訳には行かないって感じなのよね?
でもタマちゃんとターさんって前々前世からの縁でとてもじゃないけど勝てないじゃない?
だからウチは2号さんでもいいからって事で眷属になったの!テヘッ♡》
勝手に何を言いだすんだか・・・眷属って?
《だぁかぁらぁ、契約が認められたからウチはターさんの眷属になったの♡》
「そ、そんな事言ったって僕は契約を認めていないんですよ?誰が認めるんですか」
《誰ってウーちゃんよ?当たり前じゃん》
だからその前にウーちゃんって誰なのさ!
「・・・よおく考えてみたら契約がどうこうって言っても、アレを遠ざけなきゃならないんだよね。
じゃあまだ大丈夫か。おい、タナカ・・・?」
さっきまで一人ニタニタしながら僕に絡んで来ていたタナカを呼びつけようと振り向いた、が、そこにはアレはいなかった。
《あぁ、あのゴミならウーちゃんに認めて貰う為にもさっさと飛ばしちゃった♡》
少し離れたところから急ブレーキの軋むようなタイヤの音とドンと言う衝突音が響いてきた。
「なんだ?」
《あー、きっとさっきの臭いのを臭わない様に、風下の方の交差点の真ん中まで飛ばして遠ざけたんだったわ。
丁度あそこ、霊障も起きてたしいいでしょ?》
「いくら鼻が捥げそうに臭くても、人の懐をいつでも狙ってるいけ好かない野郎でも、ニタニタ笑いながらにじり寄ってくるのがゾンビみたいで気持ち悪かろうとも、人の命令や忠告に尤もらしく注釈を垂れながら了解してその挙句に何も出来てなくても曲りなりには同僚なんだからもしもの事があったらどうするんだよ」
《・・・つくづく大嫌いなのねぇ・・・でもあんなのってゴキブリみたいに生命力強いから、残念だけどきっとピンピンしてるわよ》
どうして人外ってこんなに能天気なんだ?
「あんなのが浮遊霊とかになってたら、200%の力を込めて浄霊して輪廻の輪から永久に出られない様にしてやりたい。じゃなかったら輪廻の輪から永遠に放逐したい!
だけど、僕にはその能力は無いんだ。
だから今あいつを死なす訳にはいかないんだ!」
《浄霊って除霊の強化版だよ?ウチらだって喰らったら存在が消えないまでも動けるまで100年ぐらい掛かるおっそろしい技だよ?
それを浮遊霊如きに喰らわせるとか・・・心底あの臭いのが嫌いなのね》
おいこら猫又、悪魔でも見るような目で僕を見るんじゃない。人外はお前の方だ。
でも除霊と浄霊って違うのか・・・大金ぼったくられた挙句に失敗しましたとか言って泣き寝入りしてる話しか聞いた事無いからあの業界の連中って胡散臭い奴らばかりだとか思ってたけど、結構大変な事なのかな?
まぁ、僕もあの祠の一件から急に霊の存在を感知できるようになっちまったからなんだけどさ、世の中って結構悪霊みたいな奴っていっぱいいるよな。あの時まで勘が冴えてるとか思っていたけど、実はどうも霊感があったみたいだよな。
今まで気付かなかっただけで妖怪も身近にいやがるし・・・
《これで契約が受理された事はわかったでしょ、ターさん♡》
「いやいや、首をすっ飛ばすとか車に轢かせるとか物騒な方法を取られるとこっちとしては引きまくりなんだけどね「いやぁ、びっくりしましたよ。
気が付いたら交差点の真ん中でトラックが目の前に来てんだもん。
咄嗟に持ってたハタ振って交通整理やってる振りして誤魔化そうとしたけど、後ろから来た奴とトラックが正面衝突起こすわ、大渋滞になるわでカッコ悪いから逃げてきちゃいましたよ」・・・生きてやがったのか。
それでお前、事故引き起こしといてそのまま放置してきたのか」
「いやだってオレ轢かれそうだったんで・・・」
「その服のままで交通整理の振りしてここに迷惑掛かるとか思わなかったのか」
「あ、そっか」
「お前の『あっそっか』はもう聞き飽きたわ!
いい逃れはできんだろうからせめてその場の収拾を手伝って心証を良くして来い」
これでこいつとの縁が切れる事を切に願う僕だった。