第73話 狐の神様、海の神様に噛み付く
再投稿です
既読の方は飛ばされても構いませんよ
「姫様、始めますよ?」
葛葉嬢は、最近『狐塚さん』と話しかけても仕事中だろうが雑談中だろうがガン無視をすると言う荒業を身に着けて除霊中に事故を起こしかけるなんて事を繰り返すようになった事から、僕としては対抗上嫌々ながら呼び方を替えたんだ。その結果、自葛葉嬢の自称“アウトレンジの舞姫”から“姫様”と呼ぶ事にしたんだよ。ほうれ人前で呼ばれたら恥ずかしかろう♡とか思っていたけど・・・慣れやがった。おまけにウーちゃんの加護が取れた僕を気配で探り出せるようになり、ついにウーちゃんの加護のフィルターが外れた僕を肉眼で見つけられるようになっていた。僕を見つけられた時の狂喜乱舞振りと言ったらアンジェがピュアと僕を小脇に抱えて喫茶シリウスから退避する事態になったほどだよ。
「旦那さま、こちらの始動は準備できて御座います。裏番さんの護摩壇も鳥居の脇に設営できておりますし薫くんの準備も終わっております。
後は恵比寿様とウーちゃん、八幡様のお話し合いの結果待ちという事で御座いますね」
実のところ今回に関しては、恵比寿様の眷属の鯛が船幽霊を馬鹿にした事から事が始まっているんだと。
本来海の恵みを司る恵比寿様が、行き過ぎた人間の所業を糺す為に遣わせるのが海の妖怪海坊主一党なんだそうだ。
下っ端の船幽霊たちにネチネチとプレッシャーを掛けさせて、後からボス然とした海坊主が姿を現し増長した人間の鼻っ柱を圧し折る。これが基本パターンだったらしいんだがそれを20年を超す長寿で海の中ではこの近隣で“王”と呼ばれるようになった老真鯛が手緩いと非難したのを発端として石鯛黒鯛平鯛醜鯛からちっちゃな雀鯛に至るまで船幽霊はおろか海坊主までも侮るようになったそうな。
そしてそれにブチ切れた船幽霊たちがタンカーを沈めて重油流出の海洋汚染を引き起こして魚たちに意趣返しをするわ、原因になった鯛たちに他の魚たちが反乱を起こすわで現在東日本では漁業は仕事になっていないらしい。お陰で最近食卓に魚が出なくなったと思ったよ。
海の幸の事だからと原因も元凶も解らないまま恵比寿様に救済を求める漁師たちと根っこに眷属が絡んで居心地が悪い恵比寿様が辿り着いた結論が、行き過ぎた船幽霊を窘められない海坊主への断罪ときたもんだ。
依頼をウーちゃん経由で受け取って内容を精査した結果、多少行き過ぎてても海坊主の討伐はやり過ぎじゃね?と言う結論に到達した僕たちに泣いて縋る恵比寿様・・・毎度ながらシュールすぎじゃありませんか?ウーちゃんトコの狐どもに比べたらすこ~し鯛を甘やかしすぎたのが原因だと僕は思うんですけどね。
大体なんで元々化学者だった僕がオカルト案件で頭を悩まさなきゃならないんですか!『火の玉はプラズマだ』で押し通したかったのに。
【そないな事ゆうたかてな、哺乳類と魚類の頭の程度をおんなじに考えること自体根本的におかしいやあらへんかぁ~】
【そらまぁワテのアホどもかて登用するんに試験ぐらいするのやさかいなぁ。エベっさんとこのと比較するんはかわいそーやで♪】
【そやな、無試験で登用しとるんや。そやけどベタベタ加護付けた人間に逃げられるなんてヘマをするゆうんは無いけどなぁ~】
大人気無い2柱の有名どころの神様の世話話を聞きながら僕は悟ってしまった。
「姫様、裏番と美少女はそのまま遊びに行っても構わないんじゃないですかね」
「どうかなさいましたので御座いますか?」
「案の定、あの二柱がバチバチ始めちゃいましたからね。後2~3日は仕掛かれませんよ。元々乗り気じゃみんななかったし流れても問題ないとしか」
陸の豊穣の神と海の豊漁の神は千数百年に及ぶライバル関係であり不倶戴天の仲らしい(建前上八百万の神々は仲は悪くないそうだけどね)。商売繁盛やら家内安全、交通安全とか効能書きが被ってるもんなぁ。効能書きじゃねぇや霊験だな。
因みに恵比寿様の父親は大国主命で、国譲りの所で出てくる事代主命が恵比寿様の正体・・・確かお諏訪様のお兄さんじゃないかな?八幡様は確か応神天皇だよね・・・恵比寿様は初代神武天皇の御舅さんだよ?なのにウーちゃんに付いてきてるのは八幡様・・・ウーちゃんホントはやる気が無いんだろ?立場が下の奴を連れてきて纏めずに帰ろうとか思ってないかい?加護が外れて一番縁遠くなったせいで未だに姿が見えないせいか(見たいとも思わないけど)悪意はビンビン感じられるようになっちゃったよ。
【外野!じゃかぁしいわい!】
庶民派って下品でやーねぇ。それにしても例え神様でも誰だってホントの事をデリカシーなしに暴かれると怒るものなのねぇ・・・
【またなんぞ余計な事を考えとるんやないやろな】
【自分は誰に怒っとるんや~?・・・ははぁ~ん、逃げた男に未練たらたらっちゅうヤツかぁ~。
自分がしょうも無いから逃げられただけやないかぁ~】
にっこり笑ってとどめを刺す、恵比寿様って怖いわぁ。
【なんや、オドレの弟のタケ坊から是非に言うて頼まれたから加勢に来たったんにオドレはワテにそないな口利きさらすんかい!今この国におる手駒の中でも最高のヤツ連れて来ったんやけど、どうやら自力で解決できるみたいやんか。
アホらしいからワテらはここで撤収させて貰うで。あんじょう頑張りや。
タマちゃん、旦那さん、嬢ちゃんにちっこいの、それから旦那さんトコの妖ども、帰るで】
乗り気じゃなかったとは言えここまで来た諸経費とか諸々完全に手出しで赤字なんですけ怒!アンタに無理やり呼びつけられて嫌々ここまで来たんですけ怒!ボランティアして優雅に過ごせるほど稼ぎがいい訳じゃないんですけ怒!本音で言えばやりたい仕事じゃないからお金だけ貰って逃げ出したいんだからね?
「ウーちゃん、少しお待ち頂けませんでしょうか。今回は慰安旅行の名目でやってきておりますので薫くんや裏番さんの意見もお聞きしませんと動けないので御座いますが?(葛葉嬢、そこはきっちり経費を請求するところでしょ?)」
【タマちゃん、自分の横でボーっと突っ立ってる太めの案山子がなんぞごねとるんかい?(無駄なタダ働きになりそうだからごねてるだけです!)そないぐずるんやったらコレで一発頭どついたら問題解決やで】
見えない事を良い事に葛葉嬢に完全犯罪を示唆するのは止めんかい。
「それにまだ私は、この砂浜で旦那さまの膝枕をやっておりませんので帰る訳には参りません!」
ズザザザーッと音を立てて引いて行く恵比寿様と八幡様。位置取りからしてウーちゃんも一緒に引いているんだろう、一番付き合い長い癖して根性が無い。こいつがそんな奴だって前から分かっていた事じゃない。
《だってウチがさっきまでずーっとやってたもん。当たり前じゃない?》
アンジェよ・・・そこは黙っておけよ・・・