閑話 勇者たちは白旗を掲げる
拗らせおじさんたちの裏話を少し
「えーと、今回の件につきまして多大なご助力を頂いた訳で御座いますので、弊社と致しましたところ正規の契約金の他に報奨金と言う形で幾ばくかの上乗せをさせていただきたいと思っている次第でありますが、如何でしょうか」
僕らの前に座っている女性は心ここにあらずと言った風情でそこにただ座っているかのようだな。噂では気分次第で高層ビルでも更地にして帰る鬼のようなというより鬼より怖いヒトらしいんだけど、なぜか今はぱっと見、気の抜けた抜け殻みたいな状態で僕らの前に姿をさらしている。
白いふんわりしたフォルムの上着に赤い裾を縛った袴を穿いて黒いとんがった帽子をかぶったこの人の名はこの辺でも伝説の人物、狐塚 葛葉さんだったりする。チームシリウスのリーダーで田貫さんの上司という訳だ。
背は田貫さんよりも10センチ以上は高そうだから170ちょっと程、長い黒髪をさらりと流し22、3歳のハッと息をのむような美女、そんな印象だった。
ただ、やや吊り気味の切れ長の目には精気が感じられず、とても自分の意志でここまで来たとは思えない程の有様だった。なのに猛烈にぶつけられるゴゴゴッと地響きを立てそうな物凄いプレッシャーは何なんだ?
「たぬ、いや番頭さん。“圧壊の魔王”様のご機嫌はどうなんだい?」
もう少し背丈があったら執事の方が似合ってただろうけど、ずんぐりとして下っ腹が突き出たバーコード頭の小男じゃ、失礼だけど“番頭さん”の二つ名はぴったりだよな。
「まぁ、ウチの狐塚は「私は狸小路 葛葉で御座います!!」・・・はいはい、狸小路さんでしたね。
ウチのリーダーは自分が手を下すまでもなく僕が解決しちゃったもんでちょっとオカンムリなんですよ。なんせ、ワーカホリックで悪霊退治してるのが三度の飯より好きなヒトなもんでね」
あの重度の対女性コミュ障だった田貫さんが、スラスラと説明をして飄々としているのなんて1年前じゃ絶対に考えられなかったよなぁ。僕らなんてこのヒトから溢れ出る半端ない威圧と負のオーラで気を失いかけて必死になってるってぇのに。
このヒト、物凄い美人だけどこういう席でなかったら絶対側に近付きたくないよ。食い殺されそうだもの。その横で平然としていられる田貫さんって、一体どれだけの修羅場をたった一年で潜り抜けてきたんだ?
「それからすいませんが、一ノ瀬社長。ウチの狐塚は「私は狸小路 葛葉だと言っております!」はいはいそうでしたねすいません。ウチの姫君は「主婦で御座います!」はいはい言葉が足りなくてすいませんね。
えーと、何度もすいませんね、ウチの主砲たちは実のところさっきの二つ名が嫌いなんですよ。
除霊業界じゃ、ウチの主砲二人の事を“圧壊の魔王”“蹂躙する拳王”だなんて呼んで恐れてるんですけど、二人ともまだまだ恋をしたり遊びに行ったりなんて事が当たり前に有っていい年頃じゃないですか。
僕の“番頭”との釣り合いからも、本人たちの希望はこっちが“アウトレンジの舞姫”もう一人が“ソッコーの美少女”にしてくれって五月蠅いんですよ。出来たらそっちの呼び方でお願いします」
最恐の魔王かと思ったよ。
【その言葉は口に出したらあかんでぇ。ワテも庇いきれんようになるさかい気ぃつけぇや】
いきなりウーちゃんさまの声が聞こえて、それでなくてもビクついてるのに椅子から飛び上がっちゃったじゃないですか!
【おや、自力でワテを見る事も叶わんくせにいっちょ前にウーちゃんとは何やねん。一般人やからってワテは優しゅうは無いんやで。
この稼業、舐められたらあかんのや!耳から手ェ突っ込まれて奥歯ガタガタ鳴らされとうなかったらワテの事お稲荷様と呼ばんかい】
うわっいきなり神様の逆鱗に触れちまったか?知らぬこととはいえ誠にすみませんでした。お詫びにお供えする揚げを倍にしときますんでご容赦ください。
【おぅ、それで手ェ打ったるか。ただし1週間やど倍にするんわ。ええな!】
お稲荷様が対処しやすい神様で助かったよ。
「その様子じゃウーちゃんの洗礼にあったみたいだね?」
「番頭さん、人が悪いな。いらっしゃるならいらっしゃるって教えてくれよ。びっくりしたよ、全く」
お稲荷様をあしらい慣れてる田貫さんが苦笑いをしながら助言をくれた。
「社長室に赤鳥居を置いた時点でアウトだと思いますよ。多分あの神様の中ではこの建物ごと自分の神域に取り込んじゃってると思うし、言ってみれば『自分の庭で何しようとワテの勝手やあらへんか~』とか言って開き直るだけだから鳥居と狐の置物は撤去する方向で考えた方がいいと思いますよ」
【ちょっと旦那さん!何をそんなご無体な事を言いさらすんや?今までワテの御利益でええ思いさせたったやないの!】
「ほほう、失業してホームレスまで体験する羽目になるは、行く先々で悪神と遭遇するは、警察の世話にはなるは、あの臭いのを排除してくれないどころかウチのリーダーが付き纏られても何の手も打たないは・・・どれがご利益だって?」
スーッとお稲荷様の気配が消えて行く。どうやらお稲荷様が退散した?これが“神ころがし”の実力って奴か?
「・・・噂には聞いてたけど、たぬ、いや、番頭さん。本当に神様とやりあって勝つんだね・・・」
あの田貫さんが、いつも徹夜組の為に夜食を作ってくれてた田貫さんがこんな凄い人だったなんて。
「お陰でここ一年は波乱万丈で平和のありがたさを身に沁みて感じられるようになりましたよ」
事も無げに言うけど、きっと僕たちには出来ない事だと思うよ?
その後も五木くんの暴走に対するこっぴどい反撃を受けたり『お客様は神様』に関する蘊蓄を聞かされたり(これに関しては田貫さんの考えが穿ち過ぎな気もしないではないけど説としては面白いかな?)した後、田貫さんに押されまくって不利になった体勢を立て直すために別室に引っ込んだ僕らを謎の衝撃が何度も襲ってきた。
これは圧壊の魔王のあのプレッシャーが僕らに即決を迫っているに違いない!心臓の薬を服用する二宮さんや半狂乱状態の五木くんを尻目に三島さんや四方山クンと報酬を考える。
「おい、イチ!四の五の言わずに1億出さねぇか?」
「アレは売り言葉に買い言葉ですからそんなに払う事はありませんよ。最初の倍の9000万でどうにか手を打ちましょうよ」
三島さんの意見も四方山クンの意見もどっちもありだとは思うけど、壁越しに恫喝する事は無いじゃないか!負けて堪るか4500万だ!
そこに真っ青な顔をした五木くんが割り込んできた。
「そんな悠長な事を言ってバカじゃないだろ?最初の倍プラスで1億1000万!オマエら死にたいのか?
俺たちはとんでもない奴に喧嘩を売っちまったんだ!」
それはお前ひとりだろうと言いたかったが田貫さんがMSMに対して出した請求書だという事にはたと気が付いた。
「ここは1億1000万で見逃して貰う方が得策だよな」
「ついでに用心棒代わりに年契約を結んで怒りを鎮めて貰うべきじゃないのかのう」
こうして僕らは貢ぐ金を決定したんだが田貫さんがあんなに頑固だとは誰も思いつかなかった。