第70話 狸、危険人物と遭遇する
葛葉ちゃんが報われる日はいつ来るのでしょうか
眠れない夜が明けると素晴らしい明日が待っている、なんて戯言を信じている連中って世の中にどれくらいいるんだろう。少なくとも僕の周囲には存在しないレアな生き物だな。
特に僕に対する依存度が半端なく高い葛葉嬢なんて、朝会った時にはパンパンに瞼が腫れ上がっていてどこのお岩さんかと思ったくらいの顔付きになってて驚かされたけど、ぼそぼそと独り言のように語るのを解読するとどうやら僕との縁の行方を儚んで夜通し泣きはらしていたらしい。ウーちゃんの呪縛はもう解けている筈なんだけどねぇ。そんなに思い詰めなくても他にいい男はいくらでもいるって・・・山賊は除くけどね。
カオルン少年にしたって今朝は朝食の味付けを初めて失敗するなんて事をするし、漸く豹サイズに戻ったアンジェにしたって僕の周りに纏わりついて離れようとしない。まぁ、ハルピュイアは相変わらず僕の残り少ない資源で遊ぶことに余念がないけど・・・生まれたばっかだしね。
それにしても思いの外、僕って人望があったのかも知れないね。
このまま店を開けても大丈夫なのか心配になったけど少しでも気を紛らわしたいと二人は強行開店をした。
まぁ、結果は想像にお任せしますよ。なぜか葛葉嬢を心配する声と僕に対するヘイトが爆上がりになった事が全てを物語っているでしょ。
僕一人が報われないまま時間は過ぎていくけど吉報は一向に入ってこない。そう、ちんちくりんからのカネダ親子の逮捕の知らせがまだ来ないんだ。
店内のテレビのニュースでも特別そういう話題は上がっていない。この街関連では暴力団が襲われたとかそんな荒っぽい話が出ているだけだな。
意地と根性で夕方の営業を終え店じまいを始めた頃、漸く事態が動いた。血塗れになったちんちくりんが転がり込んできたんだ。
生身の人間の流血沙汰に縁がなかった葛葉嬢が固まる中、やんちゃが過ぎてそう言うのに慣れっこになっているカオルン少年と多少の事じゃ動じないと思われているらしい僕とでちんちくりんを介抱する。
頭の切り傷で見た目が凄い事になってるけど、流血はそれぐらいで後は手足の青あざが少々目立つ程度だ。まぁ頭の傷だから医者に見せとかなきゃならないだろうけど素人目には無事みたいだ。ただ出た血が半端ないみたいだからそっちが大丈夫なのか。
「何をどうしたら女の子がこんな大けがをするんだい?」
「おじさま、申し訳ございませんでした。
少しばかり追い詰めすぎましてヤクザが出張ってきましてこんなざまになってしまいました。ただ、これで警察を呼べましてあの親子は捕まりました。
偉そうなことを言ってみっともない所を曝す事になりましたけど一日遅れながら約束を果たす事が出来ました」
言いたい事を言うと気を失いやがった。警察沙汰になった事件の当事者がこんな所でぶっ倒れちまってもこっちはどうすりゃいいんだよ。
「おっちゃん、オレの知り合いに口の堅い医者がいるから傷見て貰おうか?・・・ちょっと金掛かるけど(ボソッ)」
今頃の暴走族も抗争とかするのか?まぁとにかくもしもの事が有ったら夢見が悪いしその辺の手配はカオルン少年に任せる事にしよう。
とにかく情報が欲しい。大本営発表でもフェイクニュースでも無音よりはましだ。
僕はスマホの電源を入れる。
ネットニュースで検索するとシリウスや新銀河開発が在るこの街で暴力団事務所が壊滅と出てきた。昼間のニュースの奴か?それも2ヶ所も・・・
まさかちんちくりんの奴、暴力団の抗争に見せかけてカネダ親子を襲撃でもしたのか?
「大上さん・・・済まないがその訳アリの医者は止めた方がいいみたいだよ」
「おっちゃん、オレの事は薫って呼び捨てにしてッて言ってるだろ・・・オレ、しくじった?(ボソッ)」
「そうじゃなくてそう言う医者ってそう何人もポコポコいる訳じゃないんだろ?
さっきからニュースでやってるヤクザの出入りでチンピラどもがそこで治療を受けている可能性があるだろう。
宇佐木さんの口ぶりだとどうもこの件に一枚かんでる可能性が大だからな」
「下手すりゃ医者のトコでドンパチやらかす?・・・マジかよ(ボソッ)」
まさか、まさかだよなぁ・・・それはそうと。
「狐塚さん、この娘の傷に回復符って使えないかな?」
「霊障でも無いのにで御座いますか?」
そう、回復符は除霊の際のケガや霊障が原因のケガで用いる代物で普通のケガに使う物ではない。と言うか霊能が無ければ効力を発揮できないので一般人が使う事が無い。
逆に言うと霊能を持った人間が扱えば普通のケガにも効力があるんじゃないのかな?
「効果がもしあったとしても泥棒兎に塩を送りとうは御座いません」
僕も頑固者と世間では言われているみたいだけど、葛葉嬢のは4千年の重みのある頑固さだから困るよな。
「でも使えるかどうか確かめるいいチャンスじゃないですか」
「私は気が進まないので御座います」
押し問答を繰り返すうちにちんちくりんの顔色が土気色になってきた。血がもう無いんじゃないのか?
「葛葉さん、僕の言う事を検討して頂けませんかね?」
葛葉嬢がここ数日で一番の笑顔を作って笑いかけてくれた。でもそっちに僕はいないんですけどね。
「旦那さまがそこまでおっしゃられるのに無下になどできる筈が御座いません。すべて私にお任せ下さいまし」
そう言いながら出来が良くなかった方の回復符(それでも一般的に出回っている物の倍は効果がある)をちんちくりんの傷に向けてかざし、
「急急如律令!」
あくまでも一般的な対応をしたいんだね・・・まぁこれで効果があれば十分だしダメだったらあの特別な呪文を唱えてもいいし。
・・・結果を言わせて貰うと・・・傷が無くなった。
とは言え血まで戻っている訳じゃないみたいでそっちはどうにかしないといけないよなぁ。と、声を掛けようとしたらカオルン少年が血液パックを吊るして点滴を始めた・・・随分手馴れてるじゃねぇか。
「医者に掛かれない時の為に覚えたんだ・・・内緒だぞ(ボソッ)」
入手ルートとか聞きたい事は山ほどあるがここは敢えて聞くまい・・・知ったら危険な気がビンビンする。
どうやら僕は危険人物に囲まれて生活していたらしい・・・一日も早く縁を切った方がいいと僕の生存本能が訴えている。基本僕は小市民なんだよ。
「旦那さま、これは匿わないといけない様な気がするので御座いますが・・・」
溜息を吐きながら頷く僕の頭の中は、逃走経路の策定でフル回転していた。
喫茶店って野戦病院の事だったんですね
評価、感想、ブックマーク等リアクションを頂ければ当方泣いて神棚に飾りますので何卒