第68話 狐、兎と戦う
「ちゃんと戻られる事でしょうから気にしておりませんよ」
微妙に視線がずれている葛葉嬢に釘を刺されると、僕は苦笑いしながら洗面所に向かう。女っ気が無いと気が回らないって言うか、お茶の一つも出てこないんだから水がある所に行くしかない。ハルピュイアは肩に乗っかったまんまでだ。
何やら楽し気にピーピーピヨピヨ耳元で囀る鸚鵡の背中を撫でながら廊下に出てしばらく歩くけどトイレの場所が解らない。洗面所でも給湯室でもなんでもいいから水が欲しいのに、そい言う表示が見当たらない。仕舞いには元の応接室が解らなくなっちまった・・・僕は深夜徘徊するボケ老人かよ。
マジで迷子だよ・・・おっさんだけど。
途方に暮れる僕の肩で鸚鵡が何やら嬉しそうに囀っている。生まれたばっかで何も知らないからだろうけどお前さん楽しそうだね。
不意に鸚鵡が僕の顔を覗き込む。風の精霊さん、いきなり脅かすのはよしてくれ。
「びっくりさせるなよ。あっそうだ、水が欲しいんだけど水がある所って解るかい?」
鸚鵡は、羽根を拡げてふわりと舞い上がる。うむ、物理法則は完全無視しているな、流石は精霊だ。
羽ばたこうが滑空しようが高さも速度も変わらない鸚鵡が僕の上を旋回して先導するかのように移動を始める。もうすでに迷子なんだからこれ以上間違っても気にもならんよ、ついて行くさ。
そしてついた先は、出発地点の応接室とその隣に設置された給湯室だった・・・
割り切れないものを感じながら案内してくれた鸚鵡を撫でて感謝の意を伝え、用を足して応接室に戻る事にする。
なにやってるの・・・
目の前では取っ組み合いのけんかをしている葛葉嬢とちんちくりん、少し離れた所で毛繕いをしながら事態が収まるのを待っている黒猫の姿があった。
「二人とも何やってんだよ」
僕の声に、烏帽子を飛ばし狩衣が片方袖が千切れ頬に三本線のひっかき傷をつけた葛葉嬢と服が破れて上半身下着状態のちんちくりんが動きを止める。背がちっちゃいんで子供子供した印象でしかなかったちんちくりんが、実は歩くだけでたゆんたゆんしそうな上部装甲の所持者だったとは知らなかった。
いかん、これは何かの罠だ、見ちゃいけないもんだ。
思わず手で目を隠し、反対方向に顔を背けながら一応なにがあったか聞く事にしよう。
「狐塚さん、そこで何をしてるんです?」
「私の名は葛葉で御座いますのになぜ旧姓でお呼びになるので御座いますか!」
中々の威圧が飛んできたな。向こうの部屋からおっさんの悲鳴が聞こえる・・・ウーちゃん、上手い事やってくれ。
「僕は狐塚さんに状況説明を求めているんです」
公私のケジメは付けてねって言うメッセージだからね!
ブスッとした葛葉嬢が聞こえるか聞こえないかのぼそぼそした喋りで返事をする。大人なんだから、世の中好きな奴ばっかじゃないっていい加減学習しなさいよ・・・いかん・・・ブーメランが帰ってきた・・・キーワードは山賊・・・
何々?入れる入れないの言い争いから僕への愛がどっちが深いかの論戦になって、勝った方が正妻になる勝負で決闘をしていた?・・・景品の僕の気持ちはどこに行った?
「それで入り口論で話が進まなくてハルピュイアをどうするかってトコまで話が進んでいないって事かい」
中年の小男の前にボロボロになった美女が二人正座しているって誰得なんだ?
「だって・・・よそで作った女に正妻の座を奪われるなんて・・・私のプライドが許されません!」
どこまで邪推すればそういう結論に達するのかい・・・
「あたしは末席に置いてもらえばいいのに門前払いはあんまりです!」
その末席ってぇのは『チームシリウス』のだよね?売り言葉に買い言葉でエスカレートし過ぎたんだろうけどさ、僕が役に立たない状況になっているのに戦力の補充をしないとか無いでしょ?
「どうせその女の策など知れた事に御座います」
「あぁ?なんであたしの策が下らないって解るのさ!」
・・・僕の周囲には冷静になれない女しか集まらないって事が判明した気がする・・・コイツラオンナジダ。女らしさとかいう時代じゃないってのは解ってるけど暴れん坊しかいないのかよ。
「どうせ、この子に名前を付けてちゃんとした使い魔にしちゃえとか言いたいんじゃないのかい?」
「私もそのように思いましたので入団の件は拒否させて頂きましたので御座います」
「!・・・あれだけの霊力を与えて尚『ハルピュイアの親』に成れたおじさまでしたら、猫又に加えてハルピュイアも眷属に加えられるものと判断しましたからそう提言するつもりでした。
猫又は闇と風の属性に長けた方だと伺いました。強力な膂力で前衛としてまた豊富な妖力から繰り出す風の攻撃魔法の使い手としてチームシリウスになくてならない戦力だと分析しました。
ハルピュイアのこの子の能力はおそらく霊感を用いた索敵能力。さらには成長の過程で様々な能力に目覚めていくものと思われます。でしたらチームシリウスは除霊ではなく妖怪討伐に特化した形にシフトできるものと推測しました」
一般に霊の己級クラスで妖怪の初級クラスと同等って除霊業界いや自称霊能業界では言われているな。
アンジェなんてその気になった破壊力ときたら『クトゥルフの猫』よりもはるか上、『シリウスの落ち武者』よりわずかに下というレベルだから霊なら乙級妖怪で丙級に値する。かつての同盟程度なら一匹で潰せるだけの実力の持ち主だって事だ。ほとんどすべての除霊屋が単独では対応できないレベルだとも言えるな。となるともし討伐するならレイド戦だぁな。敵には回したくないもんだ。
そう言うのを専門にしろとか需要はあるのかよ。絶対数が浮遊霊や地縛霊の方が多いに決まってるじゃない。
それにハルピュイアとアンジェが付いてちゃ僕が抜けられないじゃないの。僕は平穏な毎日が欲しいの。
「折角のアイディアも狐塚さんの予想の範疇だったとするとこの場で宇佐木さんを仲間に入れる事は保留という事にしましょうか。
それじゃ、こうしましょう。宇佐木さん、今日中に新銀河開発を再起不能の状態にしてきてください。そしてその成果を今夜の喫茶シリウスの閉店後に報告をしてください。
そこまでできたらここに来ていないもう一人のメンバーを含めて再検討させて貰いましょう。
それでいいですね?」
とにかくちんちくりんのシリウス加入が成功しないと僕の離脱が覚束ない。ここは正念場だな。
ハルピュイアの名付けは避けて通る気満々だから忘れた振りして誤魔化すに限る。
加護に関しては二度目が無いって当の本人が断言してるんだから僕が役立たずだって事は既定路線という事でフェイドアウトを目指すぞ。
葛葉嬢からは僕の提案に不承不承了承を貰ったし、ちんちくりんが張り切って姿を消した所で今日のミッションは9割終了だな。
そして妙に疲れ切った一ノ瀬くんが応接室に漸くやってきて会社としての合意内容を告げてくれた。
「今回の事件に多大な協力をしてくれたチームシリウスに謝礼を含めて1億1千万を拠出する事にしたよ。
これで勘弁してくれ!」
いや別に増やしてくれとか言って無いし、評判が悪くなるからそんなに切羽詰まらないで欲しいんだけど。
さてさておっさんは前々前世からの縁から逃げる事が出来るのか
まだ終わりそうにないですけど一途な狐さんをなんとなく応援したくなる今日この頃、・・・さぁどうしましょう?