第66話 狐、兎を威圧する
「そう言ってくださるんならありがたくお茶でも飲んで待たせて頂きます」
僕の言葉を合図にかつての仲間たちが応接室から引き揚げ、人気の無くなった部屋には僕と葛葉嬢、黒猫、鸚鵡が取り残されていた。
相変わらずしょんぼりとした葛葉嬢に二又の尻尾は見えるけどなぁーごぉとシャムらしい濁った鳴き声しか聞かせてくれないアンジェ、そして僕の肩に留まり耳や残り少ない髪にじゃれるように甘噛みする鸚鵡が僕の視界の中で所在無げに佇んでいる。
こっちの方はどう切り出そうか・・・今、この場で現状を把握させて僕の離脱を認めさせるか、それともシリウスに戻ってカオルン少年も交えて最後の挨拶をするか。どっちにしても葛葉嬢が悪神化しちまう可能性がでかいからデリケートな問題と言えるな。
今、争点と成り得るのは『ウーちゃんの加護』『僕の去就』『ハルピュイアの扱い』とまぁこの辺りだろうかな。
「旦那さま?そちらにいらっしゃるので御座いますか?」
「動いてませんよ、狐塚さん」
「こんな時までそのような建前で私を呼ばれるの御座いますか?例え二度とお目に掛かれる事が無くても私は、私は・・・貴方の妻で御座いますのに」
葛葉嬢は、ハルピュイアが留まっている僕の肩の辺りを撫でながら鼻水をすすり涙を流していた。その辺だったら僕が確実にいるって事かな?それにしてもさ僕の花粉症の薬、分けてあげようか?
って言うかさ、僕は君の事を妻だって一度も認めた記憶が無いんですけど。
なぁぁぁごぉぉぉ!
「脅かすなよ。いきなり大声で吠えて膝の上に無理やり乗って来られてもだな・・・アンジェ、お前さっきまで普通のシャム猫のサイズだっただろ?なんで柴犬サイズに成長してんだ?」
僕の言葉に驚いて一瞬身を竦ませたアンジェだったけど、それから急にご機嫌になってゴロゴロ喉で鳴き出したよ。
もしかしてアンジェの奴、自力で眷属に戻ろうとしてるのか?
そっちに気を取られてたら、今度は鸚鵡が僕をつつき出した。
揃いも揃って構ってちゃんなんだから・・・こうなってくると情が移っちまって離れづらいじゃないか。
尚もつつこうとする鸚鵡の背中を撫でて落ち着かせながら、この子をどうするかも考えなきゃならん事を思い知らされる。
それにしてもさぁ、特定外来魔物の処理って誰がどうするんだよ。
「おじさま、ハルちゃんの名付けは済まれましたでしょうか?」
爆弾娘は、突然爆弾をばらまきやがる。っつうかちんちくりんよ、お前さん退散したんじゃなかったのかい。
「・・・旦那さま、この小娘はどこの馬の骨で御座いますか?」
・・・ほらぁ、葛葉嬢が邪推と妄想の坩堝から圧壊と殲滅の女神として復活してきちゃったでしょうが。お前さんが、新銀河開発へ復讐しに行ったってシナリオで納得していたのに無駄に波風立ててくれちゃって・・・初見でアンジェがビビりまくった威圧が復活しちゃったじゃないですか。
「ヒェッ・・・コ、コレが伝説の“圧壊の魔王”の威圧ですか・・・さ、流石の殺気です・・・
え、えーと。『クトゥルフの猫』討伐の際におじさま、じゃない、“番頭”さんに随分と助けて頂きました元大日本調伏同盟の“裏番”こと宇佐木 チカと申します」
『猫』で鍛えられたせいかあの葛葉嬢の威圧を克服しちまったな、ちんちくりんは。だけど、“圧壊の魔王”は禁句だよ。
「へっ?これは御丁寧にありがとう御座います、“番頭”の妻、チームシリウス代表の“舞姫”こと狸小路 葛葉で御座います」
毒気を抜かれて素で返事してるけど、葛葉嬢、アイツは貴女より年上です。僕も時々庇護欲に駆られる事が有りますけどアラサーですから、ソイツ。それから、さり気なく嘘を名乗るのはいい加減やめてくださいね。も一つついでに、言っても無駄だけど僕の苗字は田貫だからね。
「宇佐木さん、君は新銀河開発に仕返しに行ったもんだと思っていたけど、なんでこんなところにまだいるんだい?」
僕が葛葉嬢に伝えた設定は伝えたからな、後は上手くやれよ。
「あぁそれね。ハルちゃんの件で、伝えておかなきゃならない事を言い忘れてたから舞い戻ってきたんですよ」
よしよしこっちの思いは伝わってるみたいだな。ところでハルちゃんって誰だ?
「態々危険を顧みず(葛葉嬢と鉢合わせしてまで)伝えたかった情報って何だね。もしかしてこの鸚鵡に係わる話なのかな?」
「もちろんです。ただ、この情報はただって訳にはいきませんけどね」
「タダより怖いものは無いからね。
わかった、対価が見合うものと判断出来たら売って貰いましょうか。代表、構いませんか?」
威圧を出しっぱなしの葛葉嬢が不服そうに頷く。君が見ているそっち側に僕はいませんから。
「・・・あらっ夫婦げんかの最中だったんですか?それは気が付きませんで「それは気にしなくていいから対価を提示してくれないか?」空気を読まない女だってよく言われるんですよ、すいません。
あたしが皆さんにお願いしたい事は、あたしを雇っていただけませんか?事務仕事には自信があります。
地回り相手にゴロを巻いてもそうそうやられる積りは御座いませんし、プレゼンで16強を出し抜ける自信もあります。それにウーちゃんさまからの加護がまだ残っていたらしくってそこそこの戦力にもなれるんじゃないかって思うんですけどどうでしょう?」
「お断りいたします!」
葛葉嬢まさかの即答却下だよ。ちんちくりんを睨みつけている眼差しの鋭い事鋭い事・・・普通の人間だったらとっくの昔に昏倒してるところだよ?曲がりなりにも悪神討伐で活躍した16強でも知らない人がいないと言われた“同盟の裏番”じゃなかったら無事じゃすまなかったって。
「狐塚さん、どうしてダメなんです?」
ここは何とか僕の代わりにちんちくりんに入って貰って後顧の憂いを減らしたいじゃないか。
「旦那さまはなぜこの小娘に肩入れするので御座いますか?」
いつ辞めても安心でいたいからだよ、とか本音を言う訳にもいかず中り障りの無い答えをするしかないか。
「理由はいくつかあるなぁ。まず事務能力に関しては“教会”が一本釣りしようとしてたぐらいのレベルだよ。
借金の取り立てとかもやってたみたいだから取りっぱぐれも無いだろうしね。
事務方だったって謙遜してるけど度胸も有るし勘もいいから実戦投入も充分視野に入れられるし、何よりウーちゃんの加護持ちだよ?シリウスには勿体ないぐらいの人材じゃないか」
「勿体ないぐらいの人材を私たちが独り占めするのは心苦しゅう御座います。うちへ取り込むのは得策ではないと思いますわ」
どういう訳だか葛葉嬢はちんちくりんを断固拒否したいらしい。そんなにピリピリしなくったって嫁が思うほど亭主はモテないって言うでしょ?でも僕は亭主じゃありませんけどね。
「ではハルちゃんに関しての情報はいらないと言われるわけですね?」
「余計なオプションを付けなくてもチームシリウスはユニットとして成立してますから」
売り言葉に買い言葉で葛葉嬢が夢物語を始めちゃったよ。僕が見えなくて意思の疎通ができない状況で情報の伝達ができないし僕自身の能力だってリセットされてるんだから、今のチームシリウスはバーサーカーの葛葉嬢とカオルン少年が敵陣を更地になるまで破壊しつくすってスタイルしか無いじゃないの。アンジェにしたっていつ討伐される側になるか判らないんだよ?コスパが悪すぎて利益が出るとは思えないんだけどね。
僕がジト目で葛葉嬢を見つめてると葛葉嬢が慌てて言い訳を始める。大方アンジェが僕の様子を教えたんだろう、アイツは気が利く奴だから。
「今は旦那さまと私がほんの少しだけうまくは行っておりませんけど、これはすぐにでも解消できる筈で御座いますから気にしておりませんわ。それに新規でメンバーを補充するとか噂が立ったら変な連中が大勢押し掛けてくるに違いないでは御座いませんか」
実際の所、去年潰れた元16強の(ちんちくりんの出身の)“大日本調伏同盟”や(葛葉嬢を輩出した養成所を経営していた)“全日本霊能者連合”辺りの浪人者が武者修行の振りをして喫茶シリウスにちょいちょいやってくるからな。喫茶店の方でも求人はしてないから早々に追い出すけどね。
「その辺の有象無象とはレベルが違うから大丈夫だとは思うんだけどね。何ならウーちゃんにでも聴けばいいさ、もう僕には出来ないけどね」
ちんちくりんが怪訝そうな顔をこっちに向けて来る。事情は教えてないからそうなるだろうな。
世間は連休という事らしいので明日も1本上げます
これが面白くないのかどうか一言でもいいから教えて下さったら幸いです
反応が無いんでそろそろ思案をしている所ですので