第65話 狸、また臍を曲げる
「お陰でここ一年は波乱万丈で平和のありがたさを身に沁みて感じられるようになりましたよ」
嫌味でもなんでもなく、それは素直な感想だった。
思い返せば、一年前にこの街を飛び出した時急に霊が見えるようになった事、雨が降るからという理由でアンジェが眷属になった事、落ち武者討伐の後まるで褒美でも渡すかの如く相手の霊力が測れるようになった事。全てウーちゃんから葛葉嬢への貢ぎ物である僕の価値を高めて、葛葉嬢の悪神化を回避しようと言う意図が隠されていたって事だ。ところがまさかの僕からの縁切りで、ウーちゃんが積み上げていた付加価値がチャラになっちまったもんだから、大方八百万の神々は上を下への大騒ぎになっている筈だ。
お釈迦様の手のひらの上の孫悟空が、お釈迦様の指を切り落としたぐらいのインパクトがあったのかもな。
副産物としてレーダーがいなくなったチームシリウスは、これから効率良い除霊が出来なくなったって事かな。
となるとチームシリウスでの僕の最後の仕事になるな。
僕は、特定外来魔物であるハルピュイアの危険性や現実に精気を吸われたMSMを含めた周囲の人への被害と影響を説明して、尚且つハルピュイアを持ち込んだ悪意ある人物或いは組織の糾明が無ければ事件が解決したとは言えないと結び、霊障ではなく刑事事件として捜査するべきだと主張した。刑事事件になればMSMへの経済的負担が軽くなるから僕たちが受け取れる金額も増える事間違いなしだし、MSMの刑事事件の被害者としての立場があれば風評被害やら讒言やらが減る筈だからな。
既にちんちくりんから情報を得ていてハルピュイアの卵を送り付けていたのが『新銀河開発』の経営陣ことカネダ マサテル、マサオキ親子だと解っている。色々と策を弄して足が付かないようにしたつもりだったんだろうが、ちんちくりんの他に元MSMのスパイをこっちに寄こした事からちんちくりんが造反を決意して事件の全貌が白日の下に明らかになったんだ。
という事で改めてウチからの請求額を提示しよう。
「本件は人的被害が広範囲かつ多数確認されている事、最悪死者が出る可能性があった事、単独で丁級を調伏できる実力者(世界救世教会の伊達)を退けている事を考慮して丙級相応と診断いたしました。
除霊では御座いませんが、本件を霊障と見做した場合8000万の提示となる訳です。諸経費として本来なら使用した呪符交通費等々を計上すべきところですが、今回あまりに御社の対応が隙が多すぎる事もあり個人的な友諠もあり、敢えて諸々に目を瞑りまして、更に現状修復に掛かる費用を割り引いて4500万と試算させていただきました」
「・・・ちなみに割り引かなければ?」
「最低ラインで1億、業者によっては足元を見て2億までは請求の可能性がありますね」
「おい、狸おやじ。さっきから黙って聞いてりゃバカみてぇな数字ばっかり並べやがってその根拠は出せるのかよ!」
「五木常務、いつから経理担当になられましたか?
これから除霊屋の手口を教えてやるから黙ってこの表を見ろ」
昔の仲間とは言え顧客に乱暴すぎる物言いになっちまったけど、料金の早見表を見せながら除霊業界のぼったくりの手口を伝授してやったよ。葛葉嬢がぶっ壊した分の費用だって見なくていいのを値引き対象にするとか普通のトコなら大赤字ものなんだからさ、これで納得してよ。ウチは呪符は自前だし、今回なんて僕一人で収まったから経費的にはタダ同然なんだけどね。
教会とかだったらあれだけ壊してても自分たちで負担とかしないで2億吹っ掛けてくるんだからさ。その上、除霊が失敗してるとか目も当てらんない事例は山ほどあるんだから。失敗しても経費は掛かるってのが理由だな。未然に防げる失敗も放置して、過失なんて頬かむりで知らぬ存ぜぬなんだぜ。御座なりなチェックするのだって自前でやるからボロが出ないとか詐欺集団としか言いようがないだろ?
だから僕は明朗会計を心掛けているんだ。葛葉嬢が暴走しなかったら8000万請求できたんだけどね。
「他所はこんなに獲りますからウチは安いでしょうってか?足元見るのも大概にしろよな!」
この野郎、ちんちくりんが相手の時は目を白黒させて黙り込んでた癖して、僕にはアタリが強いじゃないか。
「そうですか、こっちの誠意をそんな風に読み解きましたか・・・では一切の割引は無かった事にして経費もプラスして1億で見積もりを切り直させていただきます」
「こら!てめぇは何寝とぼけた事を言ってやがるんだ!クレームが付きゃ、値引いてでも対応するのが筋だろうが!それを「かつて三波春夫氏は『お客様は神様』と言われた事が有ります。
これはどんな客でも金さえ払えば拝まなきゃならないって言ってるんじゃないんです。心のある真面な客は大事にしなきゃならないって意味なんです。アンタみたいに横からしゃしゃり出てやくざもドン引きしそうないちゃもん付けるのには毅然とした対応をしなきゃいけないんですよ」てめぇ、人が下から出てやりゃ図に乗りやがって」
一ノ瀬くんが机を叩いて五木の暴言を遮る。君がそうしなかったら僕がしただろうね。
「五木常務、君はどうかしたのか?今の発言で君のどこが下から出ているんだ。
田貫さんが臍曲げたらどれだけ厄介か忘れたわけじゃないだろう?無意味にマウントを取りに行って話をぶち壊すくらいなら君はこの席に居なくてもいいんだよ?」
大丈夫、充分臍は曲がりました。厄介ですいませんね。
「最初からこの席には同席させなかった方がよかったのかも知れませんね。それはそちらの判断ミスと言うものでしょう。
そちらの真意は五木常務の同席と言う形で見せて頂きましたから、こちらもそれ相応の対応をさせていただきたいと思います。
もう御代を頂戴するとかそういう積りもなくなりました。回収したハルピュイアを元通りに配置して退散させて頂きますから。お時間を取ってすみませんでし「たぬ、じゃなかった番頭さん!ちょっと待ってください。もうちょっと時間を頂けませんか。これから幹部協議会を開きますんで30分、いや20分で答えを出しますんでこちらでお待ちください」・・・そう言ってくださるんならありがたくお茶でも飲んで待たせて頂きます」
これじゃ僕が借金取りかなんか見たいじゃないか・・・不本意だ。