第63話 狸、狐と二人羽織する
「凭流勅使神破屠狗」
葛葉嬢謹製の回復符に使った呪文は、陰陽師が良く使う『急急如律令』(もちろんこれで充分起動する)ではなく、葛葉嬢が許可を与えたものにのみ許された言わば“裏コマンド”だ。これを使う事によって、それでなくても通常品より火力が7割方強い呪符の効果が、更に倍増すると言うチームシリウスの力の根源に繋がる若い奴らの言葉で言う所のチートを実現している。
十分に効果はあった筈の符の力は、葛葉嬢にどんな変化を齎したんだろうか。
目の前の滝のように涙を流す挙動不審の女性にどう反応してよいのかと悩みながら相手の出方を見ていると葛葉嬢の眼が僕の肩の上あたりで固定される。いつの間にかハルピュイアの化けた鸚鵡が僕の肩に留まっていたのを見つけたらしい。で、僕の方に視線が動かないって事は・・・
「旦那さま・・・鳥になってしまわれたの御座いますか?」
・・・マジに僕だけ見えないってオチですか・・・
「この鳥はハルピュイアが化けた奴ですよ。刷り込み効果で孵化して最初に見た僕を親だと認識しているみたいですけどね。
その様子じゃアンジェも僕が見えていないようだね。
君たちが僕が解らないけどハルピュイアは解るって事でいいかい?」
なぁぁぁごぉぉぉ!
「そんな事、そんな訳、そんな筈が!あ、あ、ある訳が!!」
アンジェも葛葉嬢も動揺しているのがモロ解りな様子でちょっとかわいそうになってきたな。
「僕が心当たりがあるとするなら、今思いつくのはウーちゃんの加護を離れた事ぐらいですね。
アンジェが僕の眷属になったのはウーちゃんに認められたからだったし、狐塚さんだって最初はコソ泥を投げつけてきたぐらいだったし。二度目に会った時にいきなり嫁宣言されて驚いた事をよく覚えてますからあの時は既にウーちゃんに唾付けられていたと考えれば無理が無いかなって思うんですよ」
【自分この非常事態にようそこまで冷静に分析ができるなぁ。
普通なら杏莉やタマちゃんみたいに取り乱すんが真っ当な反応やで?】
「ウーちゃん!旦那さまがおっしゃった事は本当の事で御座いますか?」
【4千年からの縁を成就させたろ思うて、無理やり旦那さんに加護を括りつけたんはホンマの事や。
でも加護が外れたんが元で、タマちゃんが旦那さんの姿を見れんようになるとは思うてもへんかったわ。これはワテのしくじりや、堪忍な】
僕はただ、逆境でもしぶとく生き抜く社畜魂にどっぷり染まってるせいなんですけどね。最後の1週間を完徹で机にかじりついて、とかざらにあると図太くないと死んじゃいますから。
「でも旦那さまの姿が・・・?何で御座いましょうか、このニオイは!
旦那さまが西よりお戻りになられた際も同じニオイが服に付いておりました・・・もしや、私がいない事をいい事に他所の女を連れ込んで!」
妄想モードに本格突入する前に手刀を優しく葛葉嬢の額に当てる。
「目はダメでも鼻は大丈夫だったみたいだね、狐塚さん。
でも貴女の推理は、怨霊退治の時並みにずれてますよ。確かにさっきまで僕は女性と一緒でしたよ。それはハルピュイアに確認して貰っても構いませんけど仕事の上での付き合いでしかありませんから。
前にも言った事があると思いますけど、向こうにいた時に猫退治で協力していた大日本調伏同盟の宇佐木さんの話、した事ありますよね。あの人が今回の仕事で相手方の方にいたんですよ」
「そうで御座いましたか・・・でも・・・なぜ相手方に加担していた方が旦那さまと一緒にいたので御座いますか?・・・焼きぼっくりに火が付いたとか火が無いところに煙は絶たないとか・・・あぁぁぁぁ!そのうさぎだかねずみだかはどこにいるので御座いますか!!成敗して差し上げます!!!」
妄想モードは終わってなかったか・・・また冥府魔道への道が開かれたのかもね。
「あっちも腐っても元霊能者ですからね。狐塚さんの怒りの波動でも感じ取ったんでしょうね、さっさとどっかに行っちゃいましたよ」
「ど、泥棒兎め!逃がしてなどなるもので御座いましょうか!
ウーちゃん、その女の「狐塚さん?また稲荷狐から恨みがましく、一晩中枕元で愚痴を言われたいんですか?大方、相手方に非がある事が解って引導でも渡しに行ったんでしょうよ。
無駄に引っ掻き回すのはよしましょう?それより手付金だけで解決しちゃいましたからここの惨状も含めて僕たちの懐が痛まないように交渉に行きましょうか」・・・仕方御座いません。旦那さまに従うは良妻の嗜みで御座います。断腸の思いで交渉に参りましょうか・・・そう言えばウーちゃん、旦那さまがまたウーちゃんの加護をお受けになったらまた姿を見る事が叶うので御座いますか?」
なんかいやぁな感じがする、もしかして地雷を踏んじゃってる?
【地雷って何やねん地雷って!
・・・・はぁ、タマちゃん、気ぃ落ち着かせて聞いとくれや?頼むで?
実言うてワテも旦那さんを失うんは辛い。舐めた口利いてけつかってたけどやな、旦那さんに加護をやってたんはワテの格を随分押し上げてくれて助かってたんや、ほんまやで?
そやけど一度切れた絆は二度と繋がん言うんがワテらの世界の理なんや。これを守れんかったらワテが邪神に墜ちてまう・・・「それでは二度と旦那さまを見る事は・・・」タマちゃん、堪忍な。堪忍してぇな、なぁ】
これはウーちゃんが邪神に墜ちるか、葛葉嬢が悪神に返り咲くかの瀬戸際なんじゃなかろうな。
プルプル震えて顔を紅潮させ、ランランと光る眼でウーちゃんがいると思われる方向を(なんせ、加護を離れたせいかウーちゃんが見えない)ギッと睨み口から火でも吹くんじゃないかと言う形相になった葛葉嬢を抱きしめる。身長差があるせいで僕の顔が葛葉嬢の胸に当たるのは、決してセクハラではないとここに宣言しておく。
正直怖いですよ、普段から撒き散らしている威圧が半端ないレベルまで跳ね上がってますし。でももしこのまま放置して、葛葉嬢が悪神にでもなった日には地球が滅びますって、いやマジで。前世も前前世も前々前世も九尾の狐だった葛葉嬢がまた九尾の狐にならない保証ってないと言うかほっときゃなるだろうと言うか、今はその分水嶺なんじゃないかな?僕はメルトダウンを防ぐために世界が用意した制御棒みたいなものなんだろう・・・不本意ながら。
「あぁ、旦那さまの匂いが致します!(それは加齢臭じゃないのかな?)
とっても懐かしいので御座います(夕べも会ったじゃないですか。泣くほどの事はありませんよ)
もう離しは致しません!(ゲッ!捕まっちまったじゃないか)」
【旦那さん、前から言うとるやないの。肚の中で突っ込みを入れられるとやりづらいてな】
そうは言っても、目の前の葛葉嬢があまりにも憐れで気を紛らわさないととてもやってられないんだよ。
何かいい手立ては無いのか葛葉嬢の豊かな胸で窒息しかけながら思いを巡らせていたが中々名案が浮かばない。
「ふぃふねふかふぁん・・・いきふぁふぇきはい」
「あぁすみません。私とした事が」
そう言いながらも僕がいなくなるのを警戒してか、僕を抱え込んでる腕は少しだけ緩めてくれたけど、指はしっかり僕の腕に食い込んでいる。ハルピュイアが留まっている肩の方が遥かに痛くないんだけどね。
「とにかく口裏を合わせてお金を頂きませんと僕たちは干上がっちゃいますから」
あからさまに不承不承な様子の葛葉嬢だったけど現場から離れる事に成功する。
外の明るい所に行けば何か変わるかも知れないじゃないですか、ね?