第60話 狸、作戦を失敗する
おっさんはリ〇ップがお好き
「まぁほんの少しだけ勝算はあるつもりだから逃げてくださいな、社長さん」
カッコつけてもちびデブ禿には似合わないでしょ?享年56歳か・・・長くもなかったけど織田信長よりは長生きだったな。最後の一年でそれまでの55年以上の経験をさせてもらったけどさ。
いつもだったらがっしりと抑え込まれるアンジェのタックルを蹴躓いた拍子に躱し、僕並みの運動神経の一ノ瀬クンが人波に飲まれて遠ざかると、意を決して眩い光に支配された場所へと駆けて行った・・・息を切らしながらだけどね。
【ちょっと旦那さん、何しとんねん!こか危ないで!今、タマちゃん呼んどるさかい大人しゅうしとってや】
走りながら喋れないんで一言お礼言っときます。短い間でしたがありがとう御座いました。
【!!あかん、あかんて。そない言うたらワテとの縁が切れてしまうがな・・・だ・・・】
騒がしかったウーちゃんとのつながりがこうもあっさり終わるとは思ってなかったけど、葛葉嬢たちをよろしくね。
眩しさに目を閉じたまま光源に向かって進んでいくと突然発光が収まった。目を閉じたままだったとはいえ視覚はもう何の役にも立たないな。もしかしたら失明してるかもしれない、と言うより浅はかながら立てた作戦が既に詰んでいるんだ。
発光が終わったって事はハルピュイアが孵化したって事。
僕としては、孵化する前に卵を破壊して完全な形で怪物が世に出る事を止めたかったんだが間に合わなかったな。
願わくば僕以外の男が犠牲にならない事を祈るばかりだよ。
凄まじい光源が失われた僕にとっての暗闇の中で、僕はハルピュイアがいると思われる方向へ手探りで歩いて行く。色々後悔もあるし未練もある。何より昔からの同僚であり友人でもあったMSMの連中の役に立てなかった事と葛葉嬢たちの嫁入り先を見つけられなかった事が心残りだ。
そんな事言ってると怨霊への道まっしぐら見たいだから葛葉嬢たちに祓われちまうかな?大人しく祓われるから優しくやってくれよ。
中腰で進む僕の顔に何か柔らかい物体が当たって鼻を塞ぐ。妙に暖かいんだが・・・二つある?
物体から顔を引き剥がして息を吸い込むと上から何か聞こえてくる。
『ピィー・・・ピィ・・・ピィー・・・』
雛鳥のような鳴き声が・・・鳥?そう言えばアレの解説には『老婆のような顔、ハゲワシの羽根、鷲の爪』と書かれた上で豊満な胸の上半身が印象的な挿絵が描かれていたな・・・
とうとう着いちまったか、地獄の一丁目に。ハルピュイアよ、一思いに丸齧りしてくれ!
いつまで待っても齧りつかれる気配がない。毛生え薬の臭いが気に入らなかったのだろうか・・・生殺しは勘弁してくれ、決心が鈍るだろ?
ピーピー鳴きながらハルピュイアが僕の顔に擦り寄ってくるのが解る。油断するのを待ってるのか?それとも猫みたいに獲物を飽きるまで嬲るつもりなんか?肩口に付いてる羽根の辺りから自分の中から霊力が抜き取られているのを感じていたけどそれはすぐに止まった・・・どれくらい抜かれたんだろうか?
「おじさま、いつまでそうしてらっしゃるんですか?ハルピュイアが遊んでほしそうにしてますよ」
いつの間にか、ちんちくりんが側に来ていたらしいが?遊んで欲しい?ハルピュイアが?
「どういう意味かい?宇佐木さん。そこにいるのか?」
「いますとも、ハルピュイアに抱き着かれてデレデレしているおじさまの横に寂しく放置された可哀想なウサギちゃんが1匹」
「動物の兎だったら1羽と勘定すべきだろうね。それに僕は全くもってデレデレなどしていない、していないとも!」
段々ハルピュイアのボディタッチが遠慮なくなってきたな。前から抱き着いたり後ろから擦りついたりと求婚のダンスみたいなんだけど、目が見えないから踏ん張りがきかなくなりそうなんだけどね。
「最初の男は喰われるって言ったじゃないですか」
「あぁ、それは覚えている」
「普通の男だったら精気を吸い尽くされて木乃伊みたいになって死んじゃうんだけど、流石はおじさまだわ」
何を言ってるんだか意味不明だよ・・・こら、耳やら鼻やらを齧るんじゃない、あっこれ甘嚙みなんだ。どうなってるんだ?
「おじさまはハルピュイアがお腹一杯になるまで精気を吸わせてもピンピンしているほどの霊力の持ち主なんですもの。
ハルピュイアはお腹が満ちて一息ついたところで初めて会ったおじさまを親だと認識したんですわ、インプリンティングって奴がおきたんですよ」
「インプリンティングなんて鳥の習性じゃないか」
「あら、ハルピュイアは元々鳥から生まれた風の精霊ですよ?鳥の習性があって当たり前じゃないですか」
「でも男が食われたって言ってたじゃないか」
「精気を吸い尽くされた木乃伊を片付ける為にですよ。そして、その試練を乗り越えたおじさまは、見事ハルピュイアの親に就任できたって事ですよ」
「ピィ♡」
ハルピュイアの何とも能天気な相槌に脱力しながら、ちんちくりんに確認をしとこう。
「宇佐木さん、君はどこまで知ってて僕にやらせようとしてたのかい?」
「おじさまとチームシリウスなら16強が尻尾を撒いて逃げ出すような相手でも鼻歌混じりで退治できるものと思ってますから。今回は予想外のテイミングと言う結果でしたけど、どんな形でもおじさまの実力なら当然の事だと思っていますよ」
「はぁ、買いかぶり過ぎも程々にして欲しいもんだよ。そうだ、済まないけど胸ポケットから青い札を取り出してくれないか?」
ちんちくりんのハッと息をのむ声。そりゃそうだよな、今や国宝級とまで言われる葛葉嬢謹製の回復符だからな。
受け取った札を目に当て呪文を唱える。
「凭流勅使神破屠狗」
一瞬にして札が燃え尽き、そっと目を開くと、不思議そうな顔をした上半身裸の年頃の娘と驚いたような顔をした中学生の少女が目の前にいた。
視力が回復した、そう思ったんだこの時は、あぁ。
台風で被害に会われた方はいらっしゃいませんか?
当方停電が少々有ったくらいでそれ以上の被害には会わずに済みましたが皆さんご自愛を