第56話 狸、臍を曲げる
中々狸おやじ感が出てこないおっさんをどう動かせばいいのか悩む今日この頃・・・勝手にキレるなよ
「僕だって未だに女性は無理ですよ。とにかく社長と会わせて貰えるかな?」
四方山クンが全く信じていない目のまま頷くと、内線の電話を取る。・・・僕が真面に話ができる生身の人間の女性ってのは、元九尾の狐と元暴走族と後離れ離れになっちゃったけど合法ロリぐらいなんだからね?ちんちくりんなんて別れる10分前に漸く喋れるようになったぐらいなんだからね?葛葉嬢の時なんか眼を合わせるのだって半年掛かってるんだからね!
僕の心の叫びなんてものは周囲に伝わる事も無く不機嫌そうな四方山クンの案内で応接室へと案内される。受け付けは放置していいのか、四方山クン?
応接室は、はっきり言って殺風景な物だった。
上板がガラスになった小さな応接テーブルと革張りの椅子が2脚向かい合わせに置いてあるだけ。壁に絵を飾っている訳で無しテーブルに花を飾ってる訳で無し・・・女っ気が無い事が如実に解る空間だね。流石は元陽炎会、女の子を雇う度胸が無かったと見える。本当にこれが業界の風雲児なのか?もしかしたら葛葉嬢とカオルン少年がいる分、僕の方が勝ち組なのかも知れないね。それにしても『鳥』の気配が濃いな、こりゃ長居は無用だな。
暫く待たされるとお茶より早く、MSMの幹部たちが大挙して応接室に詰め掛けてきた。
ほぼ一年ぶりの再会にお互いの肩を叩き合いながら旧交を温める。そうしながらも僕の意識はドアの向こうに向いている・・・居心地が悪い、早く出たいと思いながら。
暫く見ない内に社長を任されている一ノ瀬クンは少しやつれたみたいだ、と言うよりも副社長の二宮さんも専務の三島氏、常務の五木、六藤、研究部チーフの七尾、八木沼、十河、営業部長の九重、もちろん総務部長の四方山クンに至るまで全ての人間がやつれていた。その肩口にはお揃いであるかのように白い羽根が赤く輝いていた。
「14人で始めたって言ってたけど他の4人は?」
「・・・霊障で辞めちまったよ」
「で、残ったメンツは“研究棟のナンバーズ”だったって訳ね」
「古傷を抉るのはそれくらいにして欲しいんだがね。それでどうにかできそうか?」
相変わらず偉そうな物言いだな、五木よ。生憎と今は同僚じゃないんだよ?
「どうにかできるかどうかと言われればどうにかなるんじゃないかと答えとくよ、五木常務さん」
「なんだ、舐めた口を利いてくれるじゃねぇか。ホームレスまで身を堕としたらしいじゃねぇか、身の程を知れよ、田貫」
ほほう、難癖付けてマウントを取ろうって言う事かい。序に料金を値切ろうって肚なんだろ?こいつとは昔から反りは合っていなかったが、偉くなって我慢が出来なくなったんだろうか。
「よさないか、五木。田貫さんすまん、みんな気が参ってて言い方がなっていないんだ」
一ノ瀬クンは社長業が板についてきたみたいだな、事態の収拾を図ろうって事か。でもこっちは早いとこここから出て行きたいんだよ、五木辺りから邪魔が入りそうだけどな。
「いや気にせんでくれ、今ので気持ちが決まったよ。どうせホームレスまで身を堕としたんだから銭金じゃ転ばんさ。
この話は聞くまでもない、勝手にやってくれ」
とにかく出よう。
唖然とするかつての同僚たちに背を向けて応接室から出て行こうとすると、五木が掴み掛かって来る。想定内だな。
「てめぇ、何透かしてやがんだ。仕事くれてやろうって言ってるんだぞ!」
僕は五木の腕を取って投げ飛ばす。なんだかんだ言っても、一年体動かし続けていた人間と椅子に座って顎だけ動かしていた人間とじゃ差があり過ぎるってもんだよ。悔しかったら冬山で一週間滝行をして来い。
「仕事をくれなくても構いませんよ。
昔の仲間だったから話だけでも聞いてみようと思ってましたけどね、いきなり頭ごなしに物を言われて気を悪くしない筈が無いじゃないですか。
その辺の仕事を欲しがっている除霊屋たちにでも頼めばいいじゃないですか、200パーセント失敗するだけでしょうけどね」
「なんだね、その確実に失敗するとか言う予言は」
「二宮さん、予言じゃありませんよ。除霊屋じゃ手に負えない厄介事に巻き込まれている、いや、出血大サービスで教えてあげましょうか。
この会社は嵌められてますよ」
「おい、穏やかな話じゃないな。・・・まぁ、いろいろやっかまれてはいるがそこまでの事を仕掛けて来るような奴は・・・銀河開発か?」
流石は勘のいい三島氏だと言いたいが、そこまで仕掛けて来るのは銀河開発か大陸系の乗っ取り屋ぐらいだろうね、と言うか他の選択肢が見つけようが無いな。
「その辺りは身に覚えがあるもので判断して貰えばいいでしょうね。タダでしてあげられるのはここまでです、では失礼」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、田貫さん!」
こっちとしては急いでこの場から逃げ出したい理由が有るんですけどね!一ノ瀬クン、社長なんだから袖に縋って泣かないで貰えないかな。それが様になるのは妙齢の美女ぐらいだと思うけどね・・・でももしこれを葛葉嬢にでもやられたら、速攻で逃げ出す自信はあるけど。
そうこうしている内に僕の肩口にも白い羽根が付いてきちまった。払い落そうとしても妖気の塊らしくて払い落とせなかったよ。これでもう『鳥』の妖怪からマーキングされちまったか・・・そうなる前に一旦離脱して仲間に連絡を取ろうと思ったのに。
もうどうにでもなれと肚を決めて一ノ瀬クン、いや一ノ瀬社長と向き合う事にする。
「新銀河開発がこれから攻めてくるとか言うんじゃないでしょ?」
「・・・何でそんな事まで知ってるんです」
当てずっぽうに決まってるじゃないですか、そんなもの。
せっかくの問い合わせにお答えしようと思った時に社会人としての儀礼を経ていない事に気が付いた。
「企業秘密ってご存知ですか?
それはともかく、まだ自己紹介をしていませんでしたね。野良の除霊屋、チームシリウスの渉外担当、通称“シリウスの番頭”と申します。この業界は真名が漏れる事が呪い返しを受ける可能性が大きくなる事から通称で交渉する事が通例になっていますのでその事をお含み下さい、一ノ瀬社長」
しっかりと『チームシリウス副代表 シリウスの番頭』と書かれた名刺を渡して公私のケジメを付けて見せると、一ノ瀬クンも『株式会社MSM 代表取締役社長 一ノ瀬 信長』と書かれた名刺を渡してくれた。長年机を並べてきたけど、名前が信長だったなんて初めて知ったよ。
因みに真名が漏れて云々なんて言うのは口から出まかせで、単に除霊業界で僕の名前が未だに広がっていない事を揶揄していただけだけど、無関係のMSMのみんなは鵜呑みしてくれるかも知れないな。
その時、内線が鳴り響きそれに出た九重クンが絶句していた。
「どうした、九重クン。また何か起きたのか?」
そんなに事件が起きてるのかよと、『鳥』に目を付けられた側になっているにも拘らず他人事のように思っている僕だった。
「銀河開発が攻めてきました!」
えーと、どこかで法螺貝とか突撃ラッパとか鳴ってます?
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