第53話 狐、武神を追い出す
「ズビーッ、やっぱり妖怪だったのか」
アンジェからの目をギラギラさせての報告に鼻をかみながら相槌を打つと、猫又は不服そうに鼻を鳴らす。仕方ないだろ?僕は花粉症なんだから。時期的にはスギからヒノキに代わったけど僕を苦しめ続けるアレが収まった訳じゃないんだ。アレには長年ひどい目に遭わされているんだから、早いとこ誰か無くしてくれないかなぁ・・・
まぁとにかくお礼代わりにアンジェをコイツの気が済むまで撫で回してあげてると、カオルン少年が買い出しから戻ってきた。
「ただいま・・・へぇ黒いの機嫌よさそうじゃん。自分ばっか撫でられてさ・・・いいよな(ボソッ)」
年頃の女の子を撫で回してるんじゃないんだから、その視線だけで殺せそうな目付き止めてくれないかな。
《カオルンと違ってウチはターさん♡の為にい~っぱい働いてるんだもん。ろーどーほーしゅーって奴じゃん》
因みにコイツは労働報酬ぐらいの漢字は鼻歌混じりで書ける。疲労困憊も書いてたな。もう一つついでにコイツは僕以外には『アンジェ』とは呼ばせない。眷属の誇りに係わるんだそうだ。
ウーちゃんは『杏莉』葛葉嬢は『たまちゃん』カオルン少年は『黒いの』と呼んでいる。アンジェと葛葉嬢がお互いに『タマちゃん』『たまちゃん』と呼び合っているのは、地味にはた迷惑だったりする。語源を聞けば、アンジェは《玉藻の前ちゃんじゃ長いじゃん》葛葉嬢は『猫又の又をひっくり返してみたので御座います』との事でお互いに変更するつもりはないみたいだな。・・・この頑固者どもめ。
とにかく四方山クンの事をみんなに教えておかないと・・・カオルン少年よ、君はなんでそんなに僕を睨んでいるのかな?
「えーと、大上さんはどうしたのかな?」
「どうせオレはオトコオンナだよ。・・・ガサツとかって言うんだろ?解ってるさ・・・でもおっちゃんは嫁をビョードーに扱わなきゃならねぇんじゃねぇのか?(ボソッ)」
どうもカオルン少年は僕がアンジェを撫で続けている事に不満でもあるのかも知れない・・・とはいえここで止めるとコイツ何をしでかすか解らんからなぁ・・・
「僕は君を蔑ろにしてきたつもりはないんだけどなぁ。
それに君みたいに料理が上手でかわいい子なら彼女にしたがってる奴はここの常連どもを見たって解るだろ?選り取り見取りの売り手市場なんだよ?僕に拘ってないで【兄貴!店の掃除、完璧に終了いたしました!】・・・ああ、ありがとうございます、八幡様」
いつの間にか座敷童よろしくシリウスに住み込んでいる八幡様が、何とも空気を読まないタイミングで掃除の完了を報告してくれる・・・大体なんでここに住み着いているんだか・・・
ややこしくなるから神社に戻ってくれると助かるんだけどなぁ・・・
【あ、兄貴!オレを捨てるって言うんすか!オレはお稲荷様から助けて貰ったあの時から「大袈裟で重すぎるってこないだウーちゃんから怒られたばっかでしょ?向こうの方も心配してるだろうから今日の所はお帰り下さい」・・・あ、兄貴ぃ・・・】
悲しげに黄昏れる八幡様から目を逸らし、ふと窓に目をやると!びっしりと並んだ鳩の群れ・・・八幡様の使いの鳩が迎えに来てるじゃないですか・・・数える気も起きない程の群れに囲まれたシリウスの中で僕は鳩たちと眼が合ってしまっていた。
心臓に悪すぎる!最近はやりの特定外来魔物かと一瞬間違えたじゃないですか!
「アレを見てもどうもないんですか?みんな寂しがっているんじゃないんですか?」
【ごく潰しの暇なのがあれだけ余っているって事ですよ。別にオレがいなくてもちゃんと回っていますからって・・・オレ邪魔っすか?】
「ウーちゃんですらウチに居っぱなしって事は無いから、向こうは心配してると思うんだけどなぁ」
「おっちゃんはそのガキみたいな神様の方が大事なんだね・・・どうせオレなんてどうでもいいんだ(ボソッ)」
あぁややこしい!同時進行で二人も説得できねぇよ!
その時、ドアベルがカランコロンと軽やかな音を立てて新たな人物の登場を告げる、そう思い込みの権化、狐塚 葛葉嬢の登場だ・・・誰が収拾を付けるって言うんだよ。
「旦那さま、薫くん、たまちゃん、戻って参りました。今日は回復符の出来がとっても良くて300枚ほど仕上げて参りましたのよ。
あら、ほんちゃんまだいらしてたので御座いますね。ウーちゃんがお怒りになってるみたいで御座いましたけど大丈夫で御座いますか?」
ウーちゃんの名を聞いて八幡様が慌てて支度を始める。
【存外に長居をしてしまって済まなんだな、あー田貫様、タマさま、大上殿、そして妖怪の猫殿。
オレ、えーとわたくしは、所用を思い出しました上に迎えの者が大挙して迷惑をかけております故、早々に退散させていただくことにさせていただきます。
えー、お稲荷様には何卒宜しくお伝え下さい。それでは!】
僕と葛葉嬢から天敵のウーちゃんの話を持ち出されたせいか、八幡様は脱兎のごとく外へ飛び出し鳩の大群と共に帰って行った。そんなに怖いんならここに寄り付かなきゃいいのに、ねぇウーちゃん?
【ホンマにアレが日本の神々を代表する軍神なんやから、他所の神さんに舐められるのも無理ないわ】
普段混乱を拡げる人たちが混乱を収めちゃうって滅多にある事じゃないんだけど、これって何かの前兆とかじゃないだろうね?
ともかく、開店準備をしながら今日の来訪者についてのレクチャーをしてみるとあまり反応がよろしくないんだが・・・
【霊やのうて妖怪やて、旦那さんあんまり運がよろしゅおまへんな】
「私の存じ上げない頃の旦那さまの事をご存知の方なので御座いますか・・・旦那さまの過去を知りたい気持ちと知りたくない気持ちが・・・私の心が千々に乱れそうで御座います・・・」
「そんな事より晩御飯食べさせないつもりだって?・・・喰いもんと金の怨みは恐ろしんだぞ(ボソッ)」
なんか今日のカオルン少年は荒ぶってないかい?
「それにしても旦那さま、いつまでたまちゃんを撫でていらっしゃるので御座いますか?」
無意識なままに撫でまわした結果、恍惚の表情を浮かべたまま失神しているアンジェを抱えている事に今気づいた。カオルン少年が不機嫌な訳ってもしかしてコレ?
「大上さん、お客さんが来るまででよかったら撫でてあげようか?」
まさか来る訳無いだろうと思ったら・・・嬉しそうに胡坐をかいている僕の腿の上に座って頭を差し出してきたよ。
「僕のどこがいいんだか・・・ふん、可愛い奴め」
ここ数ヶ月で一番の笑顔でカオルン少年が頭を撫でられている。この子はこんなにかわいいのになんで凄むんだろう・・・女の子は謎だ、いや謎だらけだよホント。