閑話 とある親子の昼下がり
お正月の話です
私は狸小路 葛葉、年齢は26歳と3日、職業は陰陽師(仮)そして人妻、そのおまけでウェートレスなどをしています。実はまだ新婚なんですけど、旦那さまが武者修行に出掛けちゃってもう42日ほどが経ってしまってるです。
そして勤め先の喫茶店がお正月の休みに入るという事で都内の実家へと帰ってきて今日で4日目、いよいよ明日からまた仕事が始まると言うのにその実家をまだ出ていません。実は、未だに私と旦那さまの仲を認めてくれない愚かな父が、妨害をしているんです。
本来でしたら、婚家からお正月に戻るつもりなどは毛頭無かったんですけど、喫茶店の方に質の悪いお客様が居着くようになったもので急遽お正月に託けて店を閉めて里帰りする事にしたんです。
それでも本当だったら実家には帰らずに父の勤める東京晴明神社(私を採用してくれなかった所です)の本家、晴明神社のある京都へでも小旅行でもと考えてたんですが、大規模な霊障が途中で発生したとかで行く事も叶わずなし崩しのように泣く泣く里帰りする事になってしまったのでした。でも、ウーちゃんもお店のお客様たちもそのような話は全然されていなかったんですよ?納得がいかなかったのは私だけでは無い筈です。
「クーちゃんクーちゃん。大好きなお父様とお餅でも食べないかい?」
いい年をして猫撫で声を出していますのは、あの手この手で私を家から出すまいと必死になっている実家の父和英です。ついでですけど、私の車をいつも無断で使用しては修理工場を喜ばせている2つ下の弟の名前は秀和といいます。
旦那さまにとっては、このあたりの名前がいつもごちゃ混ぜになってしまうとの事で大変苦手にしています。
それはさておき、嫁に出た娘がいつまでも父親の事を大好きだなどと誰が決めたのですか?それは妄想なのだと私は断言できます。少なくとも私は自分で選んだ旦那さま以外の殿方は御遠慮申し上げたいんです。
もちろん旦那さまとの間に珠のような男の子を授かれたとしたら、それは別枠ですけど。いえ、旦那さまを蔑ろにするなどと言う事は考えてはいません。ただ愛の結晶を大切に育て上げたいだけなんです。
「間に合っております。それよりも明日からまた仕事なので御座いますから帰らせて頂けませんか?」
「クーちゃんは・・・クーちゃんは、大好きなお父様と餅を食べるよりあんなしみったれた小屋を選ぶって言うのか・・・あぁこの世には神も仏もいないのか!
それに、それにクーちゃんの話し方が余所余所し過ぎる!僕の、僕の大事なクーちゃんがこんな喋り方をするなんて!・・・僕は・・・僕は・・・僕は悲しいぞぉぉぉぉ!!!」
しみったれた小屋と言われましても、父たちがいる16強の方で建てた喫茶店じゃないですか。それに今、父さんが焼いた餅をおいしそうに食べているのはウーちゃんなのですよ。神も仏もいないとかめったな事を言われない方が身の為だと思うのですけどね?
【タマちゃん、そないビクビクせんでもええよ。
無能力者にまでわかる度合で顕現するんは、正月早々じゃちぃとキツいさかい気にせんでも構わへんで。
だってほれ3が日は神社仏閣もかき入れ時やさかいなぁ。方々でワテも頑張ったんやで、褒めてくれてもええんよ?】
これはこれは随分とお疲れの御様子で御座いますね。
ねぎらいの言葉を掛けウーちゃんと数日振りの旧交を温めていると、存在が邪魔としか言いようがない父が、不思議そうな顔で私に話しかけてきました。
「クーちゃんクーちゃん、そっちには誰もいないのに誰と話しているんだい?そんなに・・・そんなに大好きなお父様と話をするのが嫌になってしまったのかい?」
はい、その通りで御座いますとでも答えればいいのかしら?流石にそのような不作法は、親子の間でも実行する事は躊躇われるものですけど。
【なぁタマちゃん。タマちゃんの父親言うたら確かどこぞの神社に勤めとったんやなかったか?】
「はい、東京晴明神社で禰宜を神社の霊障解消部では部長代理をそして統括団体の日霊連では専務理事をやっていると聞き及んでおりますが」
「クーちゃんクーちゃん、さっきから誰と話してるんだい?もしかして、もしかしてお化けとかそこにいるのかい?お父様は、お父様は怖いのが苦手だって知ってるよね?ね?」
【あーもう、うじうじしてて五月蠅い男やね!己はさっきから何をぐちゃぐちゃ抜かしとんのかい!】
父のしつこい問い掛けにウーちゃんが切れてとうとう姿を現してしまわれました・・・心のどこかでほっとしている自分がいるのが後ろめたくなります。
「えっ?何?誰?いつ来たの?けっけっ警察を!」
普段は一家の長の威厳がどうとか言ってる威張りんぼの父が慌てふためいているのを見ると、少し可哀想な気もしてきますけどこれで落ち着いてくれればと期待するものもありまして私は悪い娘なのでしょうか。
「お父様、警察を呼ばれても何もしてはくれませんよ。
だってお父様がこの方をお呼びになったので御座いますよ。『この世には神も仏もいないのか』っておっしゃるから態々この忙しい時期に顕現されたので御座います」
「へっ?それじゃあ、これがこの方が神様だって言うのかい?・・・随分俗っぽいね・・・」
【ったく、近頃の神職には礼儀ってもんがなってない言うか己は何してけつかる!飯の種をちゃあんと敬らんかい!】
「ふ、ふん!何をなあにを以って敬えと言うか、この不法侵入者め!今すぐ警察を呼んでやる!」
普段は慎重派の父が珍しく激昂して実力行使に出ようとしていますけど・・・やはり自分ではしないつもりのようですね。
【はぁ~、情けないでほんま。こっちかて突然現れたんや不法侵入やなんや言うんは理解できるで。
それでも他人を呼びつけて始末させるったぁどないな了見やねん!
そこへいくとタマちゃんの旦那さんは自分で動きよるがな。あんな中年太りの運動不足がやで?
比べてもうたらその差が歴然やないか、もうこれは勝ち目はあらへんで。
もう諦めて娘を嫁にやりぃな、世界平和の為にもそうせなあかんやろ】
父に対して憐れみまくった表情で今更ながら私の結婚の説得をして下さるウーちゃんですけど、私は既に狸小路家の嫁ですから不要の事だと思っています。帰ってきたくてここに居る訳ではありませんので。
「何を、何を利いた風な事を言ってるんだ!僕は今一番確実な方法で障害を排除しようとしているだけじゃないか!」
【そやからこの一番クッソ忙しい時に職場放棄して、心を決めた娘を無理やり引き留めようとしとるんやな】
「何を、なぁにを戯けた事を!」
お父様、額に汗が。
【偶には職場に顔出さんと机がのうなっとっても知らへんで、ったく・・・あー、そやった!正月の忙しさにかまけてタマちゃんに教えなあかん事を忘れてたんやった!
タマちゃん・・・怒らんといてや?】
「いつもお世話になっておりますのに何をおっしゃられるのやら。何で御座いますか?」
【教えたい事は二つや。
まず一つはシリウスに巣食うとったあのゴミがおらんようになったんや】
「それじゃあもうここには居なくてもよろしいので御座いますね?」
何やら父が騒ぎだしましたけどここはスルーで、全力でスルーで。
【もう一つは、ゴミがおらんようになった原因でもあるんやけど・・・旦那さん、帰ってきたで】
もう私の頭の中は満開の桜が咲き誇っています。あぁ旦那さま!あんな事やそんな事やこんな事を!
思わず鼻血が噴き出してしまいました。旦那さまには見せられませんわ♡
「みっともない所をお見せして申し訳ございません。でも怒らなければならない要素が思い当たらないので御座いますが?」
【いやぁ、旦那さんが舞い戻って来よったんが大晦日やってん。
正月のバタバタでどうにもこうにも抜け出せなんで今日までずれ込んもうてん。
すぐ知らせようとはお持っとったんやけ、ど・・・タ、タマ、ちゃん?い、嫌やわぁ眼ぇ座っとるでぇ。
ほ、ほれなんや、あれ、アレなんていうたかいな、そうそうあれや『すまいる』そやそやすまいるやで。
頼むさかいここで悪神化はせんといてや、な、な。
そそそ、そや今からひとっ走りして旦那さんここに連れて来たる!だからちょっと我慢しとってぇなぁ!】
だったら、最初から旦那さまを連れてきて来てくださればよかったじゃありませんか!気の利かない神様です事♡