第49話 狐の神様、狐を堕とす
【ひよっこには違いあらへんやないか、ボケェ。ここは言う事聞いてちゃっちゃとやらんかい】
ウーちゃん、もしこいつがゆとり世代だったらイップスになって歩行困難になっちゃうかも知れないからその地獄に淀む闇の奥から全ての者に対する怨嗟を込めた様な威圧はしない、今のままだと確実に眉間の皺がチャームポイントになっちゃうよ。
慌てて眉間のしわ伸ばしに着手するウーちゃんを尻目に、僕に恨めし気な眼差しを向けながら祠を出て行くせの1026番を見送ると、冬眠中の悪臭迸る産業廃棄物の監視を始める。
相も変わらず締まり無くてだらしない笑い顔で葛葉嬢の名を呼んでいる・・・心臓一回引っこ抜くくらい大丈夫だよね?ちょっとでいいからやらせて、お願い!
僕が善悪の狭間でのたうち回っていると外から狐のコーンと言う鳴き声と共に慌てたような念話が飛び込んできた。この臭いの特徴の一つである洗脳が解けたんだろう。
《あわわわわっ!どうしよう・・・アレが、あんなのに乗っ取られたなんて言えないよぉ・・・》
丸聞こえなんだけどね、いい訳が楽しみだわ。
観音開きの格子戸を開けてせの1026番が戻ってきたね、何か秘策でもあるのかな?豪く自信がありげだけど。
《ややっ!!この異臭はどうしたんでしょうか?
この生ゴミが臭いの元なのでしょうか?これは稲荷神さま、誠に申し訳ございませんがこのまま神域を不浄な物にしておくわけにはいきませんので、これを捨てさせていただけませんでしょうか》
取りあえず証拠隠滅を図ってる訳だな。
【己、ワテの目が節穴や思うとるやろ?(はい、僕からはそう見えてます)
コレが今湧いた訳やあらへん事は、さっきからずっとここにおるんやから解っとるがな。まだまだボケはせぇへんで(じゃあ、天然さんですか)。
くっ・・・捨ててしまえばワテの目は誤魔化せるとか思うてんのやったら大きな間違いや(それは御見それしました)。
・・・旦那さん、一々腹の中でワテに茶々入れんの止めてくれへんか。丸聞こえやがな。
ん、んん。ともかく隠そうとか誤魔化そうとかする前に謝ればええやないか。
己はまだ尻尾も分かれとらんのやからひよっこと同じなんやで。未熟もんがゴミの毒でおかしゅうなるんもそれは仕方のない事や。
そんな己に一人きりで祠を任せるなんて事をしよったよの16番の責任の方が重いんやで?もっと言うたらよの16番に差配を任せたワテの責任や。そやからそれはもう気にせんええ、解ったな?】
肩を震わせて涙を堪えてたせの1026番がアレの臭いが染みついた祠の中で顔をくしゃくしゃにして突っ伏した。せの1026番を堕としたねウーちゃん。今度から“仏のウーちゃん”と呼んであげよう。
ウーちゃんが恨めし気に僕を睨むと、すっかり従順になってしまったせの1026番にこれまでの経緯を説明させた。
それによると、
1週間ほど前にどこからかやってきたアレがあちこち公園を転々として喫茶シリウスを尋ねるようになった事。
葛葉嬢とカオルン少年がアレを嫌がっていたけど稲荷社に要請を出さなかったから手助けをしなかった事。
業を煮やしたカオルン少年が警察を呼んだけど洗脳して言い逃れていた事。尤も洗脳している現場は覗いていたらしいけど、急に警察が大人しくなって帰って行っただけだと認識していたが。
そして昨日祠にアレが転がり込んできたらしい。猛烈な臭いに激しく抗議をしていたが途中から記憶が曖昧になりアレがここの主であるといつの間にか認識するようになった事。
警察を丸め込むのは密室だけかと思っていたら屋外でもできるようになったのか・・・嫌な成長だよ。
僕もそうだけど、ウーちゃんもアレには思う事があるみたいで眉間の皺が深くなっているな。
「叩き起こしますか?」
僕の問い掛けに躊躇しながら首を横に振る。らしくなく慎重なんだな。
【らしくなく慎重って何やねん。沈思黙考がワテの本来の姿勢なんやで?
どこぞにおる女にはとことんヘタレな癖してワテにだけアタリがキツいハゲのせいで調子が狂わされとるだけやで】
日本を代表する武神のお諏訪様や八幡様がウーちゃんに異様に怯えていたのが何でなのかは知りませんが、そういう事にしておきましょうか。
「でも、何もしなかったらコレは永久に起きてきませんよ」
【なんや、気付いとったんかい】
そう、こいつは狸寝入りをしているって事さ。あえて寝言で葛葉嬢の名を呼んでいるのは、僕に対する挑発と言うより自分が唾を付けているアピールのつもりなんだろう。僕が相手だと気付いてるかどうかは不明だが。
「おいタナカ。いつまで寝たふりしてるつもりなんだ。さっさと無人島にでも行ってくれないか」
「ん。・・・あ?・・・おはようございます・・・あれ?田貫さん?田貫さんじゃないですか?」
さも嬉しそうに抱き着いてくる生ゴミを、持っていた棒で牽制して遠ざけながら様子を窺う。
「こんなところで何をしている」
「お金も無くて腹も減ってて休むところが欲しくて途方に暮れてたらそこにいるイヌがここにオレを呼んでくれたんですよ」
《嘘だーっ!!勝手にカギをこじ開けて上がり込んで供物をへらへら笑いながら食い散らかしたんです。
出て行くように抗議している稲荷狐である私に向かって、イヌと呼ばわりしながら食いかすを投げつけてきたのもこいつです。》
「相変わらず息を吐くように嘘を吐いているな、お前は。 小さいとはいえ、ここは稲荷社の中で稲荷神の神域なんだぞ?そこに不法侵入して動物虐待してその挙句に環境汚染か。
天罰を受けたくて仕方ないんだな、お前は」
神域に入れば神もその眷属も容易く顕在化ができる。だからこの生ゴミにもウーちゃんやせの1026番の姿や声は判別できるはずだ。
「環境汚染だなんてそんな大げさな。それに警察から許可は貰ってますよ」
「どこの警察にそんな許可を与える権限があるんだ。管理しているのは最寄りの稲荷神社か立てた敷地の持ち主に決まってるだろうが。
特殊能力で警察の目を欺いただけで、違法行為を正当化できる訳無いだろうが」
「でも警察が・・・」
言いかけて生ゴミの目に小ずるそうな光がともる。警察がやってきたってところか。洗脳は済んでるから自分の手駒って訳だな。
「助けてください、おまわりさん!いきなり水を掛けられて殴られたんです。助けてください!」
こいつの手口らしいな。
「県警捜査3課の熊井だ。指名手配犯タナカコウタだな。以前C県でオレの弟が捕まえたのに逃げ出したそうじゃないか。大人しく署まで同行して貰おうか。田貫さんも一緒にお願いします」
「コレと一緒の車だとしたら断固拒否させていただきます。鼻まで悪くなったら取り柄が無くなるじゃないですか」
「・・・成程、調書にもあったが聞きしに勝る悪臭だな。もちろん、配慮はしますよ。おい、誰か車を回してくれ。済みませんが所轄のパトカーになりますけどね」
犯人じゃないのにパトカーかよ。なんて思ってましたタイヤを軋ませて突っ込んでくるパトカーを見るまでは・・・